66 / 93
番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
初恋よ、さようなら。
しおりを挟む
その日、リヒトはいつものようにシルヴィスと一緒に、婚儀と即位の式典について確認していた。指導役は、大神官ことレフィアスである。
そこに、シェーンベルク大公・アトゥールが私的に訪ねてきた。宰相としてではなく、個人的にとわざわざ前置きしてきたので、エルウィージュが絡んだ内容だと察した。レフィアスに断って、リヒトとシルヴィスは客室で待っているアトゥールの元に急いだ。
――アレクシアがシルハークに行って以降、エルウィージュは危うい。壊れそうな脆さと、他者を絶対的に拒絶する強靭さが同居している。リヒトにも許してくれていた、「エージュ」という愛称で呼ばれることを拒むようになった。
そして、食事の量も回数も減ったとアトゥールから聞いて、きちんと食べなさいと諭したが、聞き入れた様子はない。最近「兄」になったばかりの自分よりはと、彼女の異父兄にあたるバシュラール侯子・エセルバートに説得を依頼したが、「聞く耳を持つはずがない」と断られた。
痩せたりやつれていくわけでもなく、むしろ透明な美しさを増していく妹は、人から精霊へと変じていくようで気がかりだが、婚儀と即位を前にした身は多忙すぎた。レフィアスからは、闇華――アンファとも、もっと馴染むべきだと注意されている。
「大公。エルウィージュに、何かあったのか?」
無意味な修飾は嫌いなので、直接的に問いかけると、アトゥールはわずかに微笑んだ。
「何かあった――これから、何かがあると申した方が正確でしょうね」
「大公?」
「私の姫は、公主をお招きなさった御様子です」
エルウィージュが、アンファを招いた。
それは、言葉通りに受け取れば、よい知らせではある。何故かアンファに敵意を持っていたエルウィージュが、義姉となる少女と親しくなろうとしてくれているなら。
「……何か、問題があるのか?」
リヒトが首を傾げると、アトゥールはにこやかに頷いた。そして、答える。
「あの公主は、我が国とシルハークが戦になることをお望みです。私の姫は、無論、そのようなことは認めない」
「アンファが、そう策謀している動きでもあるのか?」
「いいえ。今のところは。――ですが、まだ初恋しか知らぬ少女とて、いつかは手練手管に長けた女になるものです。現在動いていないからといって、将来もそうであるとは限らない」
アトゥールの、含ませた物言いはいつものことだ。リヒトは、与えられた情報から「何か」を読み取らねばならない。その程度ができなくては、彼の主君とは認められないのだ。
――アンファに敵意を持っていたエルウィージュ。
――戦を起こしたいほどの、アンファの願い。
――今は何もしていないアンファを、エルウィージュが呼び出した。
「……放置しておけば、アレクシアに何かが起きる。そう思ったから、エルウィージュはアンファを牽制に動いた、という辺りか?」
「六十点、差し上げましょうか」
ぎりぎり、及第らしい。アトゥールが笑うと、シルヴィスが焦れた声を上げた。
「アトゥール殿下。はっきりとおっしゃっていただけないか。リヒトは、婚儀や即位の準備で」
「お忙しいのは存じておりますよ。ただ、多忙だからとて、見過ごしてよいことと悪いことがある」
シルヴィスの抗議などどこ吹く風で、アトゥールはさらりと受け流した。リヒトの方は、受け流すわけにはいかない。
「見過ごしてはならぬほどに、エルウィージュは何をする?」
「さて。私の姫の御心は、常に御一人の上にしかない。そのことを、改めてお伝えしておきましょう」
「…………」
考え込んだリヒトは、光の神の彫像のように美しい。端麗な横顔を観賞していたシルヴィスが、はっと我に返った時には、アトゥールは既に退室していた。
「……リヒト。式典の間に戻って、続きを……」
「……いや。大公の言葉をもう少し考えたい。大叔父上に、その旨、お伝えしてくれ」
「わかった」
簡潔に答えたシルヴィスの気配が遠ざかっていくにつれ、思考が深くなっていく。
エルウィージュは、アレクシアの為にしか動かない。彼女がいないこの国は、どうでもいいと思っているはずだ。それこそ、戦が起ころうと王家が滅亡しようと、自身が死のうと、彼女は気にしていない。
そのエルウィージュが、「戦を起こそうとしている」アンファを牽制するのは、シルハークにアレクシアがいるから、というだけではない。戦になったとして、シルハークにいようとヴェルスブルクにいようと、アレクシアは必ず無事だからだ。彼女の傍には、先代の神竜王が付いている。
――いや、違う。
アレクシアなら、戦そのものを起こさせまいとするだろう。
ヴェルスブルク側は簡単だ。アレクシアは、エルウィージュに依頼するだけでいい。リヒトは妹の言葉を聞き入れるし、軍も、アトゥールが上手く立ち回って開戦の士気を下げるくらいはやってのける。
問題は、シルハーク側だ。公主であるアンファが戦を引き起こそうとした場合、それを確実に止められるのは、王たるリーシュだ。
そしてエルウィージュは、以前に言っていた。「ヴェルスブルクの王であろうとシルハークの王であろうと、アリーは渡さない」と。当時は深く考えなかったが、あの時、既にリヒトはアレクシアに恋していた。となると、シルハークの王――彼もまた、アレクシアに惹かれているのではないか。
では、戦を回避したい場合。シルハーク王の最初の申し入れ通り、アレクシアがその妃となればいい。公主が嫁ぎ、王妃の生国でもある国を相手に、戦をする利益はなくなる。
――それは、アレクシアという犠牲の上に成り立つ、ヴェルスブルクとシルハークの平穏だ。そんなものは、エルウィージュは許さない。
「……アレクシア。君は、本当に……」
リヒトは溜息をついた。
自分は、まだ彼女に恋している。――と思う。だが、リヒトが結婚するのはアンファだ。王族の政略結婚に恋愛など関係ないが、できるなら、愛し愛される方がいいことくらいはわかる。
叶うなら、エルウィージュにもそうであってほしかった。アトゥールとの婚約は済ませ、リヒトとアンファの挙式の後に婚儀という話になっているが、妹が彼を愛していないことくらい、リヒトにもわかる。エルウィージュは、ひたすらに、アレクシア以外を拒絶したままだ。
「アンファをお願いする、と話している以上は、一度は再会したはずだが……」
アレクシアは、エルウィージュに「アンファ公主をお願い」している。そこに敵意はないが、人嫌いなエルウィージュは敏感に何かを感じ取って、アンファが両国に戦を起こそうとしていることを突き止めた。
その「戦」が、アレクシアを不幸にするものでなければ、エルウィージュはアンファを敵視しなかっただろう。だが、リヒトの推測が正しければ、アンファの願いはアレクシアの不幸の遠因となる。エルウィージュがどうするかは、火を見るより明らかだ。
実際、あれほど拒んでいたアンファを、ローゼンヴァルト宮に招いた。
――今、自分はどうするべきか。
エルウィージュの兄として。アンファの婚約者として。何より、この国の王となる者として。
瞳を閉じてしばらく思索した結果、リヒトは大神官とシルヴィスの待つ式典の間に向かった。式典の準備を進めるのではなく、大神官の魔力を借りる為に。
「……成程。わしにも異論はありませんな。シルヴィスはどう思う?」
「あり得るというより、もうそれしかないだろうと……」
がっくりと項垂れて、シルヴィスはレフィアスの言葉を肯定した。つまり、リヒトの推測は正しいと、二人揃って保証してくれた。あまり、嬉しくはない。
「それで、大叔父上。魔力をお借りしたい」
リヒトもそれなりに魔力はあるが、レフィアスには及ばない。レフィアスは、薄い金の双眸で兄の孫を見つめた。
「何とされる?」
「アレクシアを、こちらに帰していただこうかと」
「それはなりませぬぞ、殿下」
はっきり拒否して、レフィアスは諭すように説明した。
「王太子の婚儀、そして新王即位。それらに国が揺れる中、アレクシア姫と先代神竜王陛下にお戻りいただくわけには参りませぬ。神竜王陛下は勿論、姫御自身も輝石だけでなく、魔力がお強い。それは、利用しようとする者が多数いるということでもある。国内が安定するまでは、あの御二方にお戻りいただくことはなりませぬ」
「では、どうすればいい? エルウィージュを止めることができるのは、アレクシアだけだ。私は、エルウィージュが必要以上に人を傷つけることは避けたい。アンファの望みとやらも、戦をせねば叶わないものなのか確かめて、平和裡に叶えられることなら、叶えてやりたい」
リヒトの懇願めいた問いかけに、レフィアスは優しい笑みを浮かべた。
「殿下は、いつもお優しい。王となられても、そう在られよ」
「大叔父上。世辞はいい」
「リヒト。称賛は素直に受けておけ」
自分が褒められたよりも誇らしげなシルヴィスに、仕方なく頷いてはみせたが。
「では、私はローゼンヴァルト宮に行く。直接、エルウィージュを止める」
「そうなさるがよい。妃となられる御方を守るに、他の女人の力を借りるなどということはなさいますな」
「ああ。浅慮だった」
今度ははっきり頷いて、リヒトはレフィアスに謝辞の礼をして、くるりと踵を返した。言わなくても、シルヴィスが後を追ってくることはわかっている。
「リヒト!」
「とりあえず、エルウィージュを落ち着かせる!」
「おまえが落ち着け。どうする気だ」
彼女はアレクシアの言うことしか聞かないだろうと言外に告げられ、リヒトは苦笑した。
「エルウィージュは、アレクシアの言葉しか聞かない。アレクシアしか愛さない。――そう思っているから、そうなってしまうんだ」
「リヒト?」
「別に、それでもいい。愛されたら、愛し返さなくてはならないわけではないからな。エルウィージュはそのままでいいんだ」
「よくわからないことを言い出したな」
無理に、愛してくれとは言わない。無理に、誰かを愛せとも言わない。
――ただ、エルウィージュ。君を妹として愛していることは、知っていてほしい。鬱陶しいと思っていてもいいから、忘れないでほしい。
――そして、アンファ。
あなたの望みが、私の手に余ることなら諦めよう。だが、手伝えることなら力になりたい。
私達は、夫婦となるのだから。
あなたへの想いは、まだ恋ではなく、まして愛でもない。ただ、大切な客人という認識だった。いずれ妃となる人、としか思っていなかった。
――それでは駄目だ。
アレクシアが体現していたではないか。愛さなくては、愛されない。彼女は、無条件にエルウィージュを愛し、神竜王を愛した。だから愛されたわけではない、それはわかっている。けれど少なくとも、自分から動かなくては、あの二人の親愛は得られなかった。
「私は、エルウィージュを愛している。アンファのことも、愛したいと思っている。そのことを伝えたい」
「……アレクシアのことは?」
「初恋は美しいものだな、シルヴィ」
「忘れる気はないわけか。多情だぞ、リヒト」
そう苦笑した従兄兼親友に。
「もちろん、おまえのことも愛しているぞ」
そう言ったら、「馬鹿かおまえは」と愛しげに毒づかれた。
そこに、シェーンベルク大公・アトゥールが私的に訪ねてきた。宰相としてではなく、個人的にとわざわざ前置きしてきたので、エルウィージュが絡んだ内容だと察した。レフィアスに断って、リヒトとシルヴィスは客室で待っているアトゥールの元に急いだ。
――アレクシアがシルハークに行って以降、エルウィージュは危うい。壊れそうな脆さと、他者を絶対的に拒絶する強靭さが同居している。リヒトにも許してくれていた、「エージュ」という愛称で呼ばれることを拒むようになった。
そして、食事の量も回数も減ったとアトゥールから聞いて、きちんと食べなさいと諭したが、聞き入れた様子はない。最近「兄」になったばかりの自分よりはと、彼女の異父兄にあたるバシュラール侯子・エセルバートに説得を依頼したが、「聞く耳を持つはずがない」と断られた。
痩せたりやつれていくわけでもなく、むしろ透明な美しさを増していく妹は、人から精霊へと変じていくようで気がかりだが、婚儀と即位を前にした身は多忙すぎた。レフィアスからは、闇華――アンファとも、もっと馴染むべきだと注意されている。
「大公。エルウィージュに、何かあったのか?」
無意味な修飾は嫌いなので、直接的に問いかけると、アトゥールはわずかに微笑んだ。
「何かあった――これから、何かがあると申した方が正確でしょうね」
「大公?」
「私の姫は、公主をお招きなさった御様子です」
エルウィージュが、アンファを招いた。
それは、言葉通りに受け取れば、よい知らせではある。何故かアンファに敵意を持っていたエルウィージュが、義姉となる少女と親しくなろうとしてくれているなら。
「……何か、問題があるのか?」
リヒトが首を傾げると、アトゥールはにこやかに頷いた。そして、答える。
「あの公主は、我が国とシルハークが戦になることをお望みです。私の姫は、無論、そのようなことは認めない」
「アンファが、そう策謀している動きでもあるのか?」
「いいえ。今のところは。――ですが、まだ初恋しか知らぬ少女とて、いつかは手練手管に長けた女になるものです。現在動いていないからといって、将来もそうであるとは限らない」
アトゥールの、含ませた物言いはいつものことだ。リヒトは、与えられた情報から「何か」を読み取らねばならない。その程度ができなくては、彼の主君とは認められないのだ。
――アンファに敵意を持っていたエルウィージュ。
――戦を起こしたいほどの、アンファの願い。
――今は何もしていないアンファを、エルウィージュが呼び出した。
「……放置しておけば、アレクシアに何かが起きる。そう思ったから、エルウィージュはアンファを牽制に動いた、という辺りか?」
「六十点、差し上げましょうか」
ぎりぎり、及第らしい。アトゥールが笑うと、シルヴィスが焦れた声を上げた。
「アトゥール殿下。はっきりとおっしゃっていただけないか。リヒトは、婚儀や即位の準備で」
「お忙しいのは存じておりますよ。ただ、多忙だからとて、見過ごしてよいことと悪いことがある」
シルヴィスの抗議などどこ吹く風で、アトゥールはさらりと受け流した。リヒトの方は、受け流すわけにはいかない。
「見過ごしてはならぬほどに、エルウィージュは何をする?」
「さて。私の姫の御心は、常に御一人の上にしかない。そのことを、改めてお伝えしておきましょう」
「…………」
考え込んだリヒトは、光の神の彫像のように美しい。端麗な横顔を観賞していたシルヴィスが、はっと我に返った時には、アトゥールは既に退室していた。
「……リヒト。式典の間に戻って、続きを……」
「……いや。大公の言葉をもう少し考えたい。大叔父上に、その旨、お伝えしてくれ」
「わかった」
簡潔に答えたシルヴィスの気配が遠ざかっていくにつれ、思考が深くなっていく。
エルウィージュは、アレクシアの為にしか動かない。彼女がいないこの国は、どうでもいいと思っているはずだ。それこそ、戦が起ころうと王家が滅亡しようと、自身が死のうと、彼女は気にしていない。
そのエルウィージュが、「戦を起こそうとしている」アンファを牽制するのは、シルハークにアレクシアがいるから、というだけではない。戦になったとして、シルハークにいようとヴェルスブルクにいようと、アレクシアは必ず無事だからだ。彼女の傍には、先代の神竜王が付いている。
――いや、違う。
アレクシアなら、戦そのものを起こさせまいとするだろう。
ヴェルスブルク側は簡単だ。アレクシアは、エルウィージュに依頼するだけでいい。リヒトは妹の言葉を聞き入れるし、軍も、アトゥールが上手く立ち回って開戦の士気を下げるくらいはやってのける。
問題は、シルハーク側だ。公主であるアンファが戦を引き起こそうとした場合、それを確実に止められるのは、王たるリーシュだ。
そしてエルウィージュは、以前に言っていた。「ヴェルスブルクの王であろうとシルハークの王であろうと、アリーは渡さない」と。当時は深く考えなかったが、あの時、既にリヒトはアレクシアに恋していた。となると、シルハークの王――彼もまた、アレクシアに惹かれているのではないか。
では、戦を回避したい場合。シルハーク王の最初の申し入れ通り、アレクシアがその妃となればいい。公主が嫁ぎ、王妃の生国でもある国を相手に、戦をする利益はなくなる。
――それは、アレクシアという犠牲の上に成り立つ、ヴェルスブルクとシルハークの平穏だ。そんなものは、エルウィージュは許さない。
「……アレクシア。君は、本当に……」
リヒトは溜息をついた。
自分は、まだ彼女に恋している。――と思う。だが、リヒトが結婚するのはアンファだ。王族の政略結婚に恋愛など関係ないが、できるなら、愛し愛される方がいいことくらいはわかる。
叶うなら、エルウィージュにもそうであってほしかった。アトゥールとの婚約は済ませ、リヒトとアンファの挙式の後に婚儀という話になっているが、妹が彼を愛していないことくらい、リヒトにもわかる。エルウィージュは、ひたすらに、アレクシア以外を拒絶したままだ。
「アンファをお願いする、と話している以上は、一度は再会したはずだが……」
アレクシアは、エルウィージュに「アンファ公主をお願い」している。そこに敵意はないが、人嫌いなエルウィージュは敏感に何かを感じ取って、アンファが両国に戦を起こそうとしていることを突き止めた。
その「戦」が、アレクシアを不幸にするものでなければ、エルウィージュはアンファを敵視しなかっただろう。だが、リヒトの推測が正しければ、アンファの願いはアレクシアの不幸の遠因となる。エルウィージュがどうするかは、火を見るより明らかだ。
実際、あれほど拒んでいたアンファを、ローゼンヴァルト宮に招いた。
――今、自分はどうするべきか。
エルウィージュの兄として。アンファの婚約者として。何より、この国の王となる者として。
瞳を閉じてしばらく思索した結果、リヒトは大神官とシルヴィスの待つ式典の間に向かった。式典の準備を進めるのではなく、大神官の魔力を借りる為に。
「……成程。わしにも異論はありませんな。シルヴィスはどう思う?」
「あり得るというより、もうそれしかないだろうと……」
がっくりと項垂れて、シルヴィスはレフィアスの言葉を肯定した。つまり、リヒトの推測は正しいと、二人揃って保証してくれた。あまり、嬉しくはない。
「それで、大叔父上。魔力をお借りしたい」
リヒトもそれなりに魔力はあるが、レフィアスには及ばない。レフィアスは、薄い金の双眸で兄の孫を見つめた。
「何とされる?」
「アレクシアを、こちらに帰していただこうかと」
「それはなりませぬぞ、殿下」
はっきり拒否して、レフィアスは諭すように説明した。
「王太子の婚儀、そして新王即位。それらに国が揺れる中、アレクシア姫と先代神竜王陛下にお戻りいただくわけには参りませぬ。神竜王陛下は勿論、姫御自身も輝石だけでなく、魔力がお強い。それは、利用しようとする者が多数いるということでもある。国内が安定するまでは、あの御二方にお戻りいただくことはなりませぬ」
「では、どうすればいい? エルウィージュを止めることができるのは、アレクシアだけだ。私は、エルウィージュが必要以上に人を傷つけることは避けたい。アンファの望みとやらも、戦をせねば叶わないものなのか確かめて、平和裡に叶えられることなら、叶えてやりたい」
リヒトの懇願めいた問いかけに、レフィアスは優しい笑みを浮かべた。
「殿下は、いつもお優しい。王となられても、そう在られよ」
「大叔父上。世辞はいい」
「リヒト。称賛は素直に受けておけ」
自分が褒められたよりも誇らしげなシルヴィスに、仕方なく頷いてはみせたが。
「では、私はローゼンヴァルト宮に行く。直接、エルウィージュを止める」
「そうなさるがよい。妃となられる御方を守るに、他の女人の力を借りるなどということはなさいますな」
「ああ。浅慮だった」
今度ははっきり頷いて、リヒトはレフィアスに謝辞の礼をして、くるりと踵を返した。言わなくても、シルヴィスが後を追ってくることはわかっている。
「リヒト!」
「とりあえず、エルウィージュを落ち着かせる!」
「おまえが落ち着け。どうする気だ」
彼女はアレクシアの言うことしか聞かないだろうと言外に告げられ、リヒトは苦笑した。
「エルウィージュは、アレクシアの言葉しか聞かない。アレクシアしか愛さない。――そう思っているから、そうなってしまうんだ」
「リヒト?」
「別に、それでもいい。愛されたら、愛し返さなくてはならないわけではないからな。エルウィージュはそのままでいいんだ」
「よくわからないことを言い出したな」
無理に、愛してくれとは言わない。無理に、誰かを愛せとも言わない。
――ただ、エルウィージュ。君を妹として愛していることは、知っていてほしい。鬱陶しいと思っていてもいいから、忘れないでほしい。
――そして、アンファ。
あなたの望みが、私の手に余ることなら諦めよう。だが、手伝えることなら力になりたい。
私達は、夫婦となるのだから。
あなたへの想いは、まだ恋ではなく、まして愛でもない。ただ、大切な客人という認識だった。いずれ妃となる人、としか思っていなかった。
――それでは駄目だ。
アレクシアが体現していたではないか。愛さなくては、愛されない。彼女は、無条件にエルウィージュを愛し、神竜王を愛した。だから愛されたわけではない、それはわかっている。けれど少なくとも、自分から動かなくては、あの二人の親愛は得られなかった。
「私は、エルウィージュを愛している。アンファのことも、愛したいと思っている。そのことを伝えたい」
「……アレクシアのことは?」
「初恋は美しいものだな、シルヴィ」
「忘れる気はないわけか。多情だぞ、リヒト」
そう苦笑した従兄兼親友に。
「もちろん、おまえのことも愛しているぞ」
そう言ったら、「馬鹿かおまえは」と愛しげに毒づかれた。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる