乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

初恋よ、さようなら。

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 その日、リヒトはいつものようにシルヴィスと一緒に、婚儀と即位の式典について確認していた。指導役は、大神官ことレフィアスである。

 そこに、シェーンベルク大公・アトゥールが私的に訪ねてきた。宰相としてではなく、個人的にとわざわざ前置きしてきたので、エルウィージュが絡んだ内容だと察した。レフィアスに断って、リヒトとシルヴィスは客室で待っているアトゥールの元に急いだ。 

 ――アレクシアがシルハークに行って以降、エルウィージュは危うい。壊れそうな脆さと、他者を絶対的に拒絶する強靭さが同居している。リヒトにも許してくれていた、「エージュ」という愛称で呼ばれることを拒むようになった。

 そして、食事の量も回数も減ったとアトゥールから聞いて、きちんと食べなさいと諭したが、聞き入れた様子はない。最近「兄」になったばかりの自分よりはと、彼女の異父兄にあたるバシュラール侯子・エセルバートに説得を依頼したが、「聞く耳を持つはずがない」と断られた。

 痩せたりやつれていくわけでもなく、むしろ透明な美しさを増していく妹は、人から精霊へと変じていくようで気がかりだが、婚儀と即位を前にした身は多忙すぎた。レフィアスからは、闇華――アンファとも、もっと馴染むべきだと注意されている。

「大公。エルウィージュに、何かあったのか?」

 無意味な修飾は嫌いなので、直接的に問いかけると、アトゥールはわずかに微笑んだ。

「何かあった――これから、何かがあると申した方が正確でしょうね」
「大公?」
「私の姫は、公主をお招きなさった御様子です」

 エルウィージュが、アンファを招いた。
 それは、言葉通りに受け取れば、よい知らせではある。何故かアンファに敵意を持っていたエルウィージュが、義姉となる少女と親しくなろうとしてくれているなら。

「……何か、問題があるのか?」

 リヒトが首を傾げると、アトゥールはにこやかに頷いた。そして、答える。

「あの公主は、我が国とシルハークが戦になることをお望みです。私の姫は、無論、そのようなことは認めない」
「アンファが、そう策謀している動きでもあるのか?」
「いいえ。今のところは。――ですが、まだ初恋しか知らぬ少女とて、いつかは手練手管に長けた女になるものです。現在動いていないからといって、将来もそうであるとは限らない」

 アトゥールの、含ませた物言いはいつものことだ。リヒトは、与えられた情報から「何か」を読み取らねばならない。その程度ができなくては、彼の主君とは認められないのだ。

 ――アンファに敵意を持っていたエルウィージュ。
 ――戦を起こしたいほどの、アンファの願い。
 ――今は何もしていないアンファを、エルウィージュが呼び出した。

「……放置しておけば、アレクシアに何かが起きる。そう思ったから、エルウィージュはアンファを牽制に動いた、という辺りか?」
「六十点、差し上げましょうか」

 ぎりぎり、及第らしい。アトゥールが笑うと、シルヴィスが焦れた声を上げた。

「アトゥール殿下。はっきりとおっしゃっていただけないか。リヒトは、婚儀や即位の準備で」
「お忙しいのは存じておりますよ。ただ、多忙だからとて、見過ごしてよいことと悪いことがある」

 シルヴィスの抗議などどこ吹く風で、アトゥールはさらりと受け流した。リヒトの方は、受け流すわけにはいかない。

「見過ごしてはならぬほどに、エルウィージュは何をする?」
「さて。私の姫の御心は、常に御一人の上にしかない。そのことを、改めてお伝えしておきましょう」
「…………」

 考え込んだリヒトは、光の神の彫像のように美しい。端麗な横顔を観賞していたシルヴィスが、はっと我に返った時には、アトゥールは既に退室していた。

「……リヒト。式典の間に戻って、続きを……」
「……いや。大公の言葉をもう少し考えたい。大叔父上に、その旨、お伝えしてくれ」
「わかった」

 簡潔に答えたシルヴィスの気配が遠ざかっていくにつれ、思考が深くなっていく。

 エルウィージュは、アレクシアの為にしか動かない。彼女がいないこの国は、どうでもいいと思っているはずだ。それこそ、戦が起ころうと王家が滅亡しようと、自身が死のうと、彼女は気にしていない。

 そのエルウィージュが、「戦を起こそうとしている」アンファを牽制するのは、シルハークにアレクシアがいるから、というだけではない。戦になったとして、シルハークにいようとヴェルスブルクにいようと、アレクシアは必ず無事だからだ。彼女の傍には、先代の神竜王が付いている。

 ――いや、違う。
 アレクシアなら、戦そのものを起こさせまいとするだろう。
 ヴェルスブルク側は簡単だ。アレクシアは、エルウィージュに依頼するだけでいい。リヒトは妹の言葉を聞き入れるし、軍も、アトゥールが上手く立ち回って開戦の士気を下げるくらいはやってのける。

 問題は、シルハーク側だ。公主であるアンファが戦を引き起こそうとした場合、それを確実に止められるのは、王たるリーシュだ。
 そしてエルウィージュは、以前に言っていた。「ヴェルスブルクの王であろうとシルハークの王であろうと、アリーは渡さない」と。当時は深く考えなかったが、あの時、既にリヒトはアレクシアに恋していた。となると、シルハークの王――彼もまた、アレクシアに惹かれているのではないか。

 では、戦を回避したい場合。シルハーク王の最初の申し入れ通り、アレクシアがその妃となればいい。公主が嫁ぎ、王妃の生国でもある国を相手に、戦をする利益はなくなる。

 ――それは、アレクシアという犠牲の上に成り立つ、ヴェルスブルクとシルハークの平穏だ。そんなものは、エルウィージュは許さない。

「……アレクシア。君は、本当に……」

 リヒトは溜息をついた。
 自分は、まだ彼女に恋している。――と思う。だが、リヒトが結婚するのはアンファだ。王族の政略結婚に恋愛など関係ないが、できるなら、愛し愛される方がいいことくらいはわかる。

 叶うなら、エルウィージュにもそうであってほしかった。アトゥールとの婚約は済ませ、リヒトとアンファの挙式の後に婚儀という話になっているが、妹が彼を愛していないことくらい、リヒトにもわかる。エルウィージュは、ひたすらに、アレクシア以外を拒絶したままだ。

「アンファをお願いする、と話している以上は、一度は再会したはずだが……」

 アレクシアは、エルウィージュに「アンファ公主をお願い」している。そこに敵意はないが、人嫌いなエルウィージュは敏感に何かを感じ取って、アンファが両国に戦を起こそうとしていることを突き止めた。

 その「戦」が、アレクシアを不幸にするものでなければ、エルウィージュはアンファを敵視しなかっただろう。だが、リヒトの推測が正しければ、アンファの願いはアレクシアの不幸の遠因となる。エルウィージュがどうするかは、火を見るより明らかだ。
 実際、あれほど拒んでいたアンファを、ローゼンヴァルト宮に招いた。

 ――今、自分はどうするべきか。
 エルウィージュの兄として。アンファの婚約者として。何より、この国の王となる者として。
 瞳を閉じてしばらく思索した結果、リヒトは大神官とシルヴィスの待つ式典の間に向かった。式典の準備を進めるのではなく、大神官の魔力を借りる為に。




「……成程。わしにも異論はありませんな。シルヴィスはどう思う?」
「あり得るというより、もうそれしかないだろうと……」

 がっくりと項垂れて、シルヴィスはレフィアスの言葉を肯定した。つまり、リヒトの推測は正しいと、二人揃って保証してくれた。あまり、嬉しくはない。

「それで、大叔父上。魔力をお借りしたい」

 リヒトもそれなりに魔力はあるが、レフィアスには及ばない。レフィアスは、薄い金の双眸で兄の孫を見つめた。

「何とされる?」
「アレクシアを、こちらに帰していただこうかと」
「それはなりませぬぞ、殿下」

 はっきり拒否して、レフィアスは諭すように説明した。

「王太子の婚儀、そして新王即位。それらに国が揺れる中、アレクシア姫と先代神竜王陛下にお戻りいただくわけには参りませぬ。神竜王陛下は勿論、姫御自身も輝石だけでなく、魔力がお強い。それは、利用しようとする者が多数いるということでもある。国内が安定するまでは、あの御二方にお戻りいただくことはなりませぬ」
「では、どうすればいい? エルウィージュを止めることができるのは、アレクシアだけだ。私は、エルウィージュが必要以上に人を傷つけることは避けたい。アンファの望みとやらも、戦をせねば叶わないものなのか確かめて、平和裡に叶えられることなら、叶えてやりたい」

 リヒトの懇願めいた問いかけに、レフィアスは優しい笑みを浮かべた。

「殿下は、いつもお優しい。王となられても、そう在られよ」
「大叔父上。世辞はいい」
「リヒト。称賛は素直に受けておけ」

 自分が褒められたよりも誇らしげなシルヴィスに、仕方なく頷いてはみせたが。

「では、私はローゼンヴァルト宮に行く。直接、エルウィージュを止める」
「そうなさるがよい。妃となられる御方を守るに、他の女人の力を借りるなどということはなさいますな」
「ああ。浅慮だった」

 今度ははっきり頷いて、リヒトはレフィアスに謝辞の礼をして、くるりと踵を返した。言わなくても、シルヴィスが後を追ってくることはわかっている。

「リヒト!」
「とりあえず、エルウィージュを落ち着かせる!」
「おまえが落ち着け。どうする気だ」

 彼女はアレクシアの言うことしか聞かないだろうと言外に告げられ、リヒトは苦笑した。

「エルウィージュは、アレクシアの言葉しか聞かない。アレクシアしか愛さない。――そう思っているから、そうなってしまうんだ」
「リヒト?」
「別に、それでもいい。愛されたら、愛し返さなくてはならないわけではないからな。エルウィージュはそのままでいいんだ」
「よくわからないことを言い出したな」

 無理に、愛してくれとは言わない。無理に、誰かを愛せとも言わない。

 ――ただ、エルウィージュ。君を妹として愛していることは、知っていてほしい。鬱陶しいと思っていてもいいから、忘れないでほしい。

 ――そして、アンファ。
 あなたの望みが、私の手に余ることなら諦めよう。だが、手伝えることなら力になりたい。
 私達は、夫婦となるのだから。
 あなたへの想いは、まだ恋ではなく、まして愛でもない。ただ、大切な客人という認識だった。いずれ妃となる人、としか思っていなかった。

 ――それでは駄目だ。
 アレクシアが体現していたではないか。愛さなくては、愛されない。彼女は、無条件にエルウィージュを愛し、神竜王を愛した。だから愛されたわけではない、それはわかっている。けれど少なくとも、自分から動かなくては、あの二人の親愛は得られなかった。

「私は、エルウィージュを愛している。アンファのことも、愛したいと思っている。そのことを伝えたい」
「……アレクシアのことは?」
「初恋は美しいものだな、シルヴィ」
「忘れる気はないわけか。多情だぞ、リヒト」

 そう苦笑した従兄兼親友に。

「もちろん、おまえのことも愛しているぞ」

 そう言ったら、「馬鹿かおまえは」と愛しげに毒づかれた。
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