乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

文字の大きさ
67 / 93
番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

何度でも、愛していると誓う。

しおりを挟む
 駆け込んできたリヒトを、闇華とエルウィージュが同時に見た。
 涙に濡れた闇華の顔を見たリヒトは、勢いよく頭を下げる。

「すまない、アンファ」
「リヒト様?」

 何を謝られるのかわからない闇華の問いかけには答えず、リヒトは妹の前につかつかと進んだ。

「エルウィージュ」
「……はい」

 闇華が泣いているから、エルウィージュが叱責されるのかもしれない。もういいのだと取り成そうとした闇華に、信じられない言葉が飛んできた。

「君を愛している」
「……はい?」

 さすがに、エルウィージュも呆気に取られた。婚約者の前で、しかも泣いているその本人を放置して、他の女に対して口にする言葉ではない。

「君が私を愛していなくてもいい。私は、君を愛している」

 リヒトの、淡い翡翠の双眸には真剣な光しかない。本人も真顔だ。

「鬱陶しくても面倒でもいい、私が君を愛していることは、覚えていてほしい。君は大切な妹だ。私の、ただ一人の妹だ」
「……」

 沈黙しているエルウィージュに、言いたいことはすべて言うつもりらしい。置いてきぼりな闇華は、観客的な気持ちで二人の兄妹を眺めることにした。

「無理に私を愛せとは言わない。あ、もちろん愛してほしいが、無理強いはしない」

 一人で突っ込んで、リヒトは妹に愛の告白を続けている。

「君が笑えば嬉しい。君が泣くなら、何とかしたい。君が悲しむ時は傍にいたい。君が怒るなら、機嫌を取りたい。とにかく私は君を愛してい――……」
「順序が違うだろう、馬鹿リヒト! 先にアンファ公主に言え!」

 後を追ってきたらしいシルヴィスが、開口一番、怒鳴りつける。しかし、リヒトは堂々と言い放った。

「だが、私が今愛しているのはエルウィージュだ。アンファのことは、愛したいとは思うが、まだ愛していない」
「それでもいいから公主を優先しろ、このシスコン!」

 シスコンとは、姉妹をとても愛している人を指すと、未来視の姫が言っていたことを思い出した。にいさまがシスコンならよかったのに、と闇華はぼんやり思う。

「だが、実際に私はまだアンファを愛していない。なのに愛していると偽るのは、不実ではないか」

 非難されるのは納得がいかないと、リヒトが秀麗な顔を困惑させた。シルヴィスはわなわなと震えながらも、どう説教すべきか悩んでいる。
 ――その様子に、闇華は吹き出していた。ヴェルスブルクに来て初めて、心から笑った。

「アンファ?」
「公主……」
「すまぬ、笑うつもりではなかったのだが……すまぬ」

 謝罪して、闇華は笑いを納めた。聖は、顔を伏せて肩を震わせている。

「リヒト様は、まこと、妹想いだな」

 嫌味ではなくそう言うと、リヒトは素直に頷いた。シルヴィスは頭を抱えている。エルウィージュは……無表情だ。

「妾もな、にいさまがとても好きだ」

 闇華の言葉に、リヒトは華やかな笑顔になった。――光。その名を与えられた王子は、屈託がない。

「そうか。リーシュ王にお会いしたことはないが、王と私とは好きな女性が」
「リヒト。黙れ」
「何がだ」
「いいから黙れ。頼むから黙れ」

 シルヴィスの意図はわかるが、闇華はあまり苛立っていない。先程、エルウィージュに叩きのめされた心が、リヒトの妹馬鹿っぷりに和み始めている。

「だから、何故黙らなくてはいけない? リーシュ王のことなら、アンファとの話題になるのに」
「どうせおまえは、私もアレクシアが好きだから、女性の好みは似ているのだろう、だからリーシュ王が一番大切な妹だというあなたのことも好きになれると思う、と言うつもりだろう!」
「シルヴィはよく私を理解してくれているな、まさにそのとおりだ」

 賛嘆したリヒトに、シルヴィスが答えるより早く、闇華が問いかけた。

「リヒト様は、未来視の姫がお好きか」
「ああ。初恋だ。叶わなかったが。それでも、今も愛していると思う」

 シルヴィスは遠い目をしている。現実逃避に走ったらしい。

「あの姫は、皆に愛されているな」
「だって、アリーですもの」

 ずっと黙っていたエルウィージュが、微かな苦笑を浮かべた。声に、愛しそうな熱が宿り、精霊めいた王女は、人らしさを取り戻す。

「アリーは、愛することを躊躇わない。意中にない方に愛されることからは、徹底的に逃げようとしますけれど」

 さりげなく兄に釘を刺して、エルウィージュは闇華を見た。

「リーシュ王の御好意には、気づいていませんわ。気づいていたなら」

 何としてでもヴェルスブルクに帰りたい、と言うだろう。リーシュの好意を厚意だと思っているから、彼女はシルハークでのんびり過ごしているのだ。

「シルヴィス。参りましょう。シスコンの王太子と、ブラコンの王太子妃。よくお似合いですもの、お邪魔になってはいけません」

 揶揄するような言葉とは裏腹に、エルウィージュの声は穏やかだ。

「エルウィージュ」
「兄上様のお気持ちは、よくわかりましたから。愛のお言葉は、わたくしではなく婚約者アンファさまにお捧げなさいませ」
「リヒト。公主に謝罪して話し合え」
「謝罪?」

 きょとんとしているリヒトは、まだわかっていない。恋愛事には、恐ろしく鈍い従弟に、シルヴィスは軽い頭痛を覚えた。まだ婚約する前、リヒトは群がる妃候補達に何の興味も持たなかった。その様子に「自分だけが特別」なのだと嬉しく思っていたが、この従弟は、単にとてつもなくお子様なのかもしれない。そう在るように導いてきたのは、他ならぬシルヴィスなのだが。

「何を、謝罪……」
「よい、よい、シルヴィス。妾は気にしておらぬ」

 闇華は笑って許した。リヒトが愛しているのは妹姫エルウィージュ未来視の姫アレクシアで、闇華のことはまだ愛していないと言う。そのことを責めるつもりはない。闇華とて、まだにいさまだけが好きだし、リヒトのことは愛していない。

「……それでも。リヒト。妃となる女性に、愛していないなどと言うべきではない」
「まだ、と言った。これから愛したいと思っている。私はアンファのことをよく知らないのに、愛していると言っても嘘ではないか」
「………………」

 シルヴィスは深く息を吐いた。その彼に、エルウィージュが退出を促す。

「シルヴィス。ここは、兄上様と公主を二人きりにしてさしあげるべきですわ。――そちらの侍女、あなたも下がりなさい」
「――そうだな。聖、外してくれるか。妾はリヒト様と話してみたい」

 エルウィージュの言葉を受け兼ねた聖は、闇華が改めて命じると、控えめに頷いた。そして、エルウィージュとシルヴィスに付いて、退出する。
 闇華がその後ろ姿を見送っていると、背後でリヒトが「あ」と声を上げた。
 思わず振り向くと、リヒトは困りきった表情で闇華を見つめ返してきた。

「リヒト様……?」
「あなたを愛していないというのは、あなたに魅力がないというわけではない。少し風変わりだが、兄想いのよい姫だと思っている」

 風変わり。兄想い。どちらも、この王太子にだけは言われたくないなと、闇華は苦笑した。

「妾も。あなたを愛してはおらぬが、あなたは誠実な方だと思っている」

 そう答えた闇華に、リヒトは輝くような笑顔で答えた。

「だから、アンファ。まずは相互理解、信頼関係の構築から始めよう」

 色気も何もない提案だが、闇華は頷いた。どうせ政略結婚だ。どうあがいたところで、自分は一旦はリヒトと結婚する。にいさまを手に入れる云々の前に、リヒトの妃になるしかない。

 兄達の妃候補として育てられた闇華は、正妃に必要なものを知っている。美貌でも才でもなく、まずは身分、そして健やかな子を産める体だ。仮に寵愛を得たとして、そんなものは終生続く保証はない。二十年後には、年若い妾妃が迎えられているだろうから。

「異存ない。……具体的にはどうするのだ?」

 闇華の問いに、リヒトは明るく元気に「それを一緒に考えることで、相互理解が始まると思う」と告げ、闇華に「リヒト王太子は猪突猛進系。にいさまの情報は、やはり正確無比だ」と思い知らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...