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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
シルハークside
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「……御覧のとおりだ、アレクシア。どうにかして下さい」
先代神竜王の異能である「遠方視」でヴェルスブルク王家の様子を見学していた仲間に向け、梨樹ことリーシュは懇願した。
「どうにか、って……」
「あの王妹……王女? どっちだ?」
「今は王女ですね。王太子であるリヒト殿下が即位なさっていませんから」
「了解。――あの王女が心を許してるのは、おまえだけなの。自覚しなさい。おかげで闇華が泣いたじゃないか」
リーシュの溜息に、アレクシアは困惑する。エージュには、アンファ公主のことはよろしくお願いしたし、彼女は笑って受け入れてくれた。エージュは約束を破ったりしない。
「……確かに、泣いていたけど。それは、リーシュのお妃になれないからでしょ。リーシュが悪いのよ。あ、アンファのおかーさまに襲われそうになって逃げ回ったって噂、ほんとなの?」
「的確に抉ってくるよな、おまえ。つーか、噂になってんのかよ」
「深夜、逃げ惑う姿を、後宮中に晒していたそうですね」
レンファンは、異能を披露してくれた神竜王への感謝として、甘い菓子と甘い茶を用意しながら突っ込んだ。
「そんなの当たり前だろ、竜玉片手に追いかけられたんだからな、全力で逃げるわ。その後、神竜王に結界張ってもらうまでは寝られなかった、ありがとうな、神竜王」
「ローラン、そんなことしてたの?」
「駄目だったか? シルハークの王は、命が懸かっていると一生懸命だったから……」
先代の神竜王――ローランは、いけなかった?と愛らしく問いかけ、己の召喚者にして恋人であるアレクシアを悶絶させた。
「いけなくないわ。人助けはいいことよ」
「神竜王は俺の恩人です、いつか恩返しするからな!」
「だが、王は、年上の未亡人というだけなら別にいいんだけどなと言っていたから、血族から逃げるのでないなら、私は何もしない」
ローランは、感情のない声で淡々と答えた。それは、他のことがどうでもいいくらい真剣に、果物菓子を選んでいるからだと、ここにいる面々は知っている。
「俺は子供には手を出さない主義だから」
「年上が趣味なの? それなら、アンファのおかーさまなら、リーシュより年上だからいいんじゃないの?」
玲蓉は十四で闇華を産んだので、まだ三十一だ。リーシュの正妃とするには「適齢」とは言い難いが、子を望めない歳でもない。
「年上が趣味なんじゃないの。成熟した女が好きなだけ」
「体が、ですね。陛下は精神的には結構なお子様なので、精神年齢が上の妙齢の姫は苦手なのです。ヴェルスブルクの王女殿下は、その典型例ですね」
レンファンが合いの手を入れると、アレクシアはリーシュに冷ややかな視線を向けた。
「元々、アンファはリーシュのお妃になりたかったんでしょ。特に好きな相手もいないなら、お妃にしてあげればいいじゃない」
「だから。闇華とだと、神竜王の血が濃すぎてだな」
「あなたの子供はいらないって知ってるわよ。跡継ぎは、雪華ちゃんがいるんだから」
「事実ですね。闇華様を妃にしなかったのは、神竜王の血が恐ろしい陛下の臆病風です」
「神竜王の末裔が、そのように恐れ戦慄いてはならない」
ローランが非難すると、リーシュは、銀の瞳にからかうような笑みを浮かべて先代神竜王を見た。
「神竜王は、アレクシア以外の女と二人きりで一晩過ごせるのかなー?」
「過ごすだけならできる。王の姫なら大丈夫だ」
あっさり言われて、リーシュは微妙な顔になった。
「あの王女様と? 凄えな、神竜王」
俺は怖くて無理、と呟いたリーシュに、アレクシアが反論した。
「何よ、その言い方。エージュは優しいわよ」
「おまえにはな。というか、おまえにだけな」
いつになったら理解するんだおまえ、とリーシュに言われて、アレクシアはぐっと言葉に詰まった。エージュは、彼女にはとても優しい。しかし、他の者には――先程垣間見た映像も合わせて判断するまでもなく、興味を持たない。
「つーかね、俺はおまえに、闇華のことよろしくねと言ってくれって言ったのに。どうして闇華があの王女様に苛められてんだ」
「私、ちゃんとアンファのことお願いしたわよ。エージュだって頷いてくれたもの」
「……アレクシア。「お願い」と「よろしく」は全く違うぞ? そのことはわかるな?」
「……違うの?」
リーシュはレンファンは顔を見合わせた。アレクシアは、ヴェルスブルクでも指折りの名門の姫だ。なのに、こういう「言葉の裏」を探ることにひどく疎い。
「アレクシアは、王の姫を疑わない。王の姫も、アレクシアを疑わない。けれど、同じ人間ではないから、同じ想いを抱くわけではない」
「要するに?」
「王の姫は、私に似ている。人が嫌いだし、怖い。だから、シルハークの王妹の野心に気づいた」
そう言うと、ローランは意を決したように「こちらの、青い菓子にする」と選択した。他の色とりどりの菓子を見つめ、名残惜しそうにしているので、レンファンが「全部、よろしいんですよ?」と言うと、ぱっと明るい顔になる。
「アンファの野心……リーシュのお妃になりたいから……その、戦を……」
「まさか、俺を手に入れる為だけに、うちとヴェルスブルクに戦を起こさせようとまで思いつめるとはなあ。それはもう、愛じゃなくて執着だと思う」
「中途半端に期待を持たせるからですよ。闇華様を嫁がせる前に、陛下が正妃を娶られればよかったものを」
「だって俺、好きな女はいないし」
「一国の王の結婚に、恋愛感情なんぞ関係ありません」
一言で言い捨てて、レンファンはローランに菓子を切り分けてやっている。亡くなった先の王太子が恋愛結婚だったことは、気にしない。今話題にしているのは、「王の結婚」なので問題ない。
「いや、ほら……神竜王の血ゆえというのかなー。俺としては、あの執着心の強さや気性の烈しさ、怖いんだよ」
闇華のアレは、刷り込みに近いんだよな。
そう言って、リーシュは(誰も淹れてくれないので)自分で茶を淹れ、ぐいっと飲み干した。
「ちっこい頃から、俺の後をついて回ってて――懐かれて悪い気はしないだろ? 俺も可愛がってたし、甘やかしたなあ。大抵のことなら、他の弟妹より闇華を優先した」
闇華より優先したのは、王太子だった兄だけだ。さすがに、王太子より自分を優先しろとは、闇華も言わなかった。
「香雪様より、闇華様を優先なさったでしょうが。十五になったら妃にしてくれと言われた三年前の夜、「兄上より先に結婚できない」とか言い訳ぶっこいて逃げたのはどなたですか」
「おまえ、どうしてそのこと知ってる!?」
「先代神竜王陛下に、過去視で見せていただきました」
「いけなかったのか」
無心に菓子を食べていたローランは、リーシュではなくアレクシアに問いかけている。確かに、彼の最優先はアレクシアだから、それでいいのかもしれないが。
「なんて言われたの?」
「シルハークの王が、腹心に隠し事をしているといろいろ困るので、過去を丸裸にしておきたいと」
「おまえは本当に手段を択ばないな、レン!」
主の嫌味もどこ吹く風で、レンファンは頷いた。自分の分とアレクシア、ローランの茶はお代わりを注いでいるが、リーシュには注がない辺り、いい度胸である。
「……まあ、リーシュみたいな兄がいたら、ブラコンになるのはわかる気はするわ。私も、あなたが兄だったら、たぶんとても楽しいし、大好きだと思うもの」
「アレクシア……」
途端にローランが哀しげな顔になり、アレクシアは慌てた。
「違うの、そういう意味じゃないわ、私はブラコンにはならないわ!」
「……これ以上、恋敵を増やさないでほしい。王の姫と王太子だけでも、私の手には余るのに」
切なくも真摯なその言葉に、リーシュが深々と同意した。
「先に王太子じゃなくて王女が来る時点で、もういろいろアレだけどな。気持ちはわかるぞ、神竜王。あの王女は敵にしたくない。よく勝ち抜いたな、えらいえらい」
褒められて、ローランはほうっと息をついた。そして、薄い金に輝き始めた瞳で、どこか不思議そうにリーシュを見つめる。
「シルハークの王は、何故言わない?」
「何を?」
「そなたも、アレクシアを好いているだろう?」
その言葉と同時に、レンファンが額に手を当て、天を仰いだ。アレクシアにそれを悟らせないよう、細心の注意をしていたのだが、まさか神竜王が口にするとは思わなかった。
「……そうだな。俺は、アレクシアが好きかもな」
「ならば、何故言わない? ――不動」
硬直しているアレクシアが逃げ出す前に、ローランは彼女の動きを封じる魔法を唱えた。リーシュの気持ちの在り様を、彼女が聞かなければ意味がないのだ。
「けど、それは……そうだな、妃にしたいというのとはちょっと違うかな。妃にもらいたいなーと思わなくもなかったけど、アレクシアには神竜王がいるし。横恋慕はしません」
「そう、割り切れるものなのか?」
「……どう言えばいいかなあ。俺、誰のこともそういう意味では好きじゃないんだ。好きになったことがない。闇華に限らず、家族は大事だ、愛してる。レンも、アレクシアも、神竜王も、大事に想ってる。好きかと言われたら迷わず頷く。――けどな」
銀の瞳は、彷徨うように空を見上げた。行き先は、見つからない。
「アレクシアのことは大事だし、好きだ。だけど、どうしても欲しいわけじゃない。他の誰もいらない、この女だけでいい、っていうような熱情は、俺にはないんだ」
神竜王の末裔。現在では、降嫁した神竜王姫だった桜華こと雪麗を除けば、最もその血が濃い「人間」。同じ存在である弟妹達を愛しく想うし、「神竜王」と信頼で繋がっているアレクシアにも惹かれる。けれど、どこかで血が疼くのだ。「違う」と。
「ま、王としては問題ないっつーか、恋愛不能症の方が好都合だろ。寵姫に溺れることもないし」
茶化すように殊更明るく笑ったリーシュに、レンファンは真面目に「そうですね」と同意した。本気である。
「……そなたは、神竜王の血が怖いと言っていたが」
リーシュの言葉を受け、ローランは小さく呟いた。
「神竜にこそ、惹かれるのかもしれない。ならば、神竜を召喚してみればいい」
「駄目です。俺が神竜を召喚しちゃったら――いや、まあ、できるとは思うんだよ。俺、魔力強いから。こないだ竜は召喚したし。けど、そうなったら、民も臣も俺の子を王太子に、って言い出す。それは駄目だ。神竜の血は、これからは薄めていかないとな」
「何故、と問うてもいいか?」
「シルハークは、人の国だ。神竜の国じゃない。――それが答え」
どこかはぐらかすようなリーシュに、ローランは穏やかな笑みを向けた。そして、アレクシアにかけていた魔法を解呪する。
「……ローラン」
「ごめんなさい。怒らないでほしい、アレクシア」
叱責しようとした途端、機先を制して素直に謝罪され、甘えられたアレクシアは、顔を赤くしておろおろし――結果、愛しさが怒りに勝ったらしく、頷いた。
「ローラン。魔力や力で、相手を抑えつけては駄目よ。一方的にそんなことをされたら、ローランだって嫌でしょう?」
「私にそんなことをできる者はいない」
当代神竜王でも無理だ。本来はローランの次席だった者が、繰り上がって王座に就いているのだから。
「じゃあ、想像してみて。そうされたら、どう思う?」
「…………」
瞳を閉じて思案しているローランの前から、アレクシアの視線の合図を受けたレンファンが、気配もさせずに菓子を隠した。
「……よく、わからな……あ!」
瞳を開けたローランは、絶望そのものの表情になる。彼は心底、甘いものが好きなのである。
「体験なさった結果、如何ですか?」
「……とても、つらいし、悲しい……」
「おまえら、あんまり苛めるなよ。かわいそうだろ。ほら、神竜王。俺の秘蔵の菓子をあげるから、泣かない、泣かない」
「……泣いていない」
だが菓子はもらう。
リーシュが懐から取り出した金平糖を受け取り、礼を言う。その様子に苦笑して、レンファンは隠していた菓子を差し出した。ローランはそれにも礼を言って、無言で食べ始めた。
「そういうわけで、アレクシア」
「何がそういうわけなの」
「俺は、闇華を妃にできない理由を説明した。だから、おまえはあの王女様に、闇華と仲良く……は無理でも、もう少し優しくしてやってくれと頼んでほしい。あと、闇華が戦を起こそうとしたら止めて下さいと」
「エージュにいろいろと要求しすぎだと思うの」
アレクシアの不満は、レンファンがやわらかく否定した。
「大丈夫です。エルウィージュ王女は、あなたの為にやることがある方がいい。そうしている時だけ、生きていると感じられる」
「レンファン?」
「レン……?」
その呼びかけには敢えて答えず、レンファンは黙って茶を淹れ直した。
先代神竜王の異能である「遠方視」でヴェルスブルク王家の様子を見学していた仲間に向け、梨樹ことリーシュは懇願した。
「どうにか、って……」
「あの王妹……王女? どっちだ?」
「今は王女ですね。王太子であるリヒト殿下が即位なさっていませんから」
「了解。――あの王女が心を許してるのは、おまえだけなの。自覚しなさい。おかげで闇華が泣いたじゃないか」
リーシュの溜息に、アレクシアは困惑する。エージュには、アンファ公主のことはよろしくお願いしたし、彼女は笑って受け入れてくれた。エージュは約束を破ったりしない。
「……確かに、泣いていたけど。それは、リーシュのお妃になれないからでしょ。リーシュが悪いのよ。あ、アンファのおかーさまに襲われそうになって逃げ回ったって噂、ほんとなの?」
「的確に抉ってくるよな、おまえ。つーか、噂になってんのかよ」
「深夜、逃げ惑う姿を、後宮中に晒していたそうですね」
レンファンは、異能を披露してくれた神竜王への感謝として、甘い菓子と甘い茶を用意しながら突っ込んだ。
「そんなの当たり前だろ、竜玉片手に追いかけられたんだからな、全力で逃げるわ。その後、神竜王に結界張ってもらうまでは寝られなかった、ありがとうな、神竜王」
「ローラン、そんなことしてたの?」
「駄目だったか? シルハークの王は、命が懸かっていると一生懸命だったから……」
先代の神竜王――ローランは、いけなかった?と愛らしく問いかけ、己の召喚者にして恋人であるアレクシアを悶絶させた。
「いけなくないわ。人助けはいいことよ」
「神竜王は俺の恩人です、いつか恩返しするからな!」
「だが、王は、年上の未亡人というだけなら別にいいんだけどなと言っていたから、血族から逃げるのでないなら、私は何もしない」
ローランは、感情のない声で淡々と答えた。それは、他のことがどうでもいいくらい真剣に、果物菓子を選んでいるからだと、ここにいる面々は知っている。
「俺は子供には手を出さない主義だから」
「年上が趣味なの? それなら、アンファのおかーさまなら、リーシュより年上だからいいんじゃないの?」
玲蓉は十四で闇華を産んだので、まだ三十一だ。リーシュの正妃とするには「適齢」とは言い難いが、子を望めない歳でもない。
「年上が趣味なんじゃないの。成熟した女が好きなだけ」
「体が、ですね。陛下は精神的には結構なお子様なので、精神年齢が上の妙齢の姫は苦手なのです。ヴェルスブルクの王女殿下は、その典型例ですね」
レンファンが合いの手を入れると、アレクシアはリーシュに冷ややかな視線を向けた。
「元々、アンファはリーシュのお妃になりたかったんでしょ。特に好きな相手もいないなら、お妃にしてあげればいいじゃない」
「だから。闇華とだと、神竜王の血が濃すぎてだな」
「あなたの子供はいらないって知ってるわよ。跡継ぎは、雪華ちゃんがいるんだから」
「事実ですね。闇華様を妃にしなかったのは、神竜王の血が恐ろしい陛下の臆病風です」
「神竜王の末裔が、そのように恐れ戦慄いてはならない」
ローランが非難すると、リーシュは、銀の瞳にからかうような笑みを浮かべて先代神竜王を見た。
「神竜王は、アレクシア以外の女と二人きりで一晩過ごせるのかなー?」
「過ごすだけならできる。王の姫なら大丈夫だ」
あっさり言われて、リーシュは微妙な顔になった。
「あの王女様と? 凄えな、神竜王」
俺は怖くて無理、と呟いたリーシュに、アレクシアが反論した。
「何よ、その言い方。エージュは優しいわよ」
「おまえにはな。というか、おまえにだけな」
いつになったら理解するんだおまえ、とリーシュに言われて、アレクシアはぐっと言葉に詰まった。エージュは、彼女にはとても優しい。しかし、他の者には――先程垣間見た映像も合わせて判断するまでもなく、興味を持たない。
「つーかね、俺はおまえに、闇華のことよろしくねと言ってくれって言ったのに。どうして闇華があの王女様に苛められてんだ」
「私、ちゃんとアンファのことお願いしたわよ。エージュだって頷いてくれたもの」
「……アレクシア。「お願い」と「よろしく」は全く違うぞ? そのことはわかるな?」
「……違うの?」
リーシュはレンファンは顔を見合わせた。アレクシアは、ヴェルスブルクでも指折りの名門の姫だ。なのに、こういう「言葉の裏」を探ることにひどく疎い。
「アレクシアは、王の姫を疑わない。王の姫も、アレクシアを疑わない。けれど、同じ人間ではないから、同じ想いを抱くわけではない」
「要するに?」
「王の姫は、私に似ている。人が嫌いだし、怖い。だから、シルハークの王妹の野心に気づいた」
そう言うと、ローランは意を決したように「こちらの、青い菓子にする」と選択した。他の色とりどりの菓子を見つめ、名残惜しそうにしているので、レンファンが「全部、よろしいんですよ?」と言うと、ぱっと明るい顔になる。
「アンファの野心……リーシュのお妃になりたいから……その、戦を……」
「まさか、俺を手に入れる為だけに、うちとヴェルスブルクに戦を起こさせようとまで思いつめるとはなあ。それはもう、愛じゃなくて執着だと思う」
「中途半端に期待を持たせるからですよ。闇華様を嫁がせる前に、陛下が正妃を娶られればよかったものを」
「だって俺、好きな女はいないし」
「一国の王の結婚に、恋愛感情なんぞ関係ありません」
一言で言い捨てて、レンファンはローランに菓子を切り分けてやっている。亡くなった先の王太子が恋愛結婚だったことは、気にしない。今話題にしているのは、「王の結婚」なので問題ない。
「いや、ほら……神竜王の血ゆえというのかなー。俺としては、あの執着心の強さや気性の烈しさ、怖いんだよ」
闇華のアレは、刷り込みに近いんだよな。
そう言って、リーシュは(誰も淹れてくれないので)自分で茶を淹れ、ぐいっと飲み干した。
「ちっこい頃から、俺の後をついて回ってて――懐かれて悪い気はしないだろ? 俺も可愛がってたし、甘やかしたなあ。大抵のことなら、他の弟妹より闇華を優先した」
闇華より優先したのは、王太子だった兄だけだ。さすがに、王太子より自分を優先しろとは、闇華も言わなかった。
「香雪様より、闇華様を優先なさったでしょうが。十五になったら妃にしてくれと言われた三年前の夜、「兄上より先に結婚できない」とか言い訳ぶっこいて逃げたのはどなたですか」
「おまえ、どうしてそのこと知ってる!?」
「先代神竜王陛下に、過去視で見せていただきました」
「いけなかったのか」
無心に菓子を食べていたローランは、リーシュではなくアレクシアに問いかけている。確かに、彼の最優先はアレクシアだから、それでいいのかもしれないが。
「なんて言われたの?」
「シルハークの王が、腹心に隠し事をしているといろいろ困るので、過去を丸裸にしておきたいと」
「おまえは本当に手段を択ばないな、レン!」
主の嫌味もどこ吹く風で、レンファンは頷いた。自分の分とアレクシア、ローランの茶はお代わりを注いでいるが、リーシュには注がない辺り、いい度胸である。
「……まあ、リーシュみたいな兄がいたら、ブラコンになるのはわかる気はするわ。私も、あなたが兄だったら、たぶんとても楽しいし、大好きだと思うもの」
「アレクシア……」
途端にローランが哀しげな顔になり、アレクシアは慌てた。
「違うの、そういう意味じゃないわ、私はブラコンにはならないわ!」
「……これ以上、恋敵を増やさないでほしい。王の姫と王太子だけでも、私の手には余るのに」
切なくも真摯なその言葉に、リーシュが深々と同意した。
「先に王太子じゃなくて王女が来る時点で、もういろいろアレだけどな。気持ちはわかるぞ、神竜王。あの王女は敵にしたくない。よく勝ち抜いたな、えらいえらい」
褒められて、ローランはほうっと息をついた。そして、薄い金に輝き始めた瞳で、どこか不思議そうにリーシュを見つめる。
「シルハークの王は、何故言わない?」
「何を?」
「そなたも、アレクシアを好いているだろう?」
その言葉と同時に、レンファンが額に手を当て、天を仰いだ。アレクシアにそれを悟らせないよう、細心の注意をしていたのだが、まさか神竜王が口にするとは思わなかった。
「……そうだな。俺は、アレクシアが好きかもな」
「ならば、何故言わない? ――不動」
硬直しているアレクシアが逃げ出す前に、ローランは彼女の動きを封じる魔法を唱えた。リーシュの気持ちの在り様を、彼女が聞かなければ意味がないのだ。
「けど、それは……そうだな、妃にしたいというのとはちょっと違うかな。妃にもらいたいなーと思わなくもなかったけど、アレクシアには神竜王がいるし。横恋慕はしません」
「そう、割り切れるものなのか?」
「……どう言えばいいかなあ。俺、誰のこともそういう意味では好きじゃないんだ。好きになったことがない。闇華に限らず、家族は大事だ、愛してる。レンも、アレクシアも、神竜王も、大事に想ってる。好きかと言われたら迷わず頷く。――けどな」
銀の瞳は、彷徨うように空を見上げた。行き先は、見つからない。
「アレクシアのことは大事だし、好きだ。だけど、どうしても欲しいわけじゃない。他の誰もいらない、この女だけでいい、っていうような熱情は、俺にはないんだ」
神竜王の末裔。現在では、降嫁した神竜王姫だった桜華こと雪麗を除けば、最もその血が濃い「人間」。同じ存在である弟妹達を愛しく想うし、「神竜王」と信頼で繋がっているアレクシアにも惹かれる。けれど、どこかで血が疼くのだ。「違う」と。
「ま、王としては問題ないっつーか、恋愛不能症の方が好都合だろ。寵姫に溺れることもないし」
茶化すように殊更明るく笑ったリーシュに、レンファンは真面目に「そうですね」と同意した。本気である。
「……そなたは、神竜王の血が怖いと言っていたが」
リーシュの言葉を受け、ローランは小さく呟いた。
「神竜にこそ、惹かれるのかもしれない。ならば、神竜を召喚してみればいい」
「駄目です。俺が神竜を召喚しちゃったら――いや、まあ、できるとは思うんだよ。俺、魔力強いから。こないだ竜は召喚したし。けど、そうなったら、民も臣も俺の子を王太子に、って言い出す。それは駄目だ。神竜の血は、これからは薄めていかないとな」
「何故、と問うてもいいか?」
「シルハークは、人の国だ。神竜の国じゃない。――それが答え」
どこかはぐらかすようなリーシュに、ローランは穏やかな笑みを向けた。そして、アレクシアにかけていた魔法を解呪する。
「……ローラン」
「ごめんなさい。怒らないでほしい、アレクシア」
叱責しようとした途端、機先を制して素直に謝罪され、甘えられたアレクシアは、顔を赤くしておろおろし――結果、愛しさが怒りに勝ったらしく、頷いた。
「ローラン。魔力や力で、相手を抑えつけては駄目よ。一方的にそんなことをされたら、ローランだって嫌でしょう?」
「私にそんなことをできる者はいない」
当代神竜王でも無理だ。本来はローランの次席だった者が、繰り上がって王座に就いているのだから。
「じゃあ、想像してみて。そうされたら、どう思う?」
「…………」
瞳を閉じて思案しているローランの前から、アレクシアの視線の合図を受けたレンファンが、気配もさせずに菓子を隠した。
「……よく、わからな……あ!」
瞳を開けたローランは、絶望そのものの表情になる。彼は心底、甘いものが好きなのである。
「体験なさった結果、如何ですか?」
「……とても、つらいし、悲しい……」
「おまえら、あんまり苛めるなよ。かわいそうだろ。ほら、神竜王。俺の秘蔵の菓子をあげるから、泣かない、泣かない」
「……泣いていない」
だが菓子はもらう。
リーシュが懐から取り出した金平糖を受け取り、礼を言う。その様子に苦笑して、レンファンは隠していた菓子を差し出した。ローランはそれにも礼を言って、無言で食べ始めた。
「そういうわけで、アレクシア」
「何がそういうわけなの」
「俺は、闇華を妃にできない理由を説明した。だから、おまえはあの王女様に、闇華と仲良く……は無理でも、もう少し優しくしてやってくれと頼んでほしい。あと、闇華が戦を起こそうとしたら止めて下さいと」
「エージュにいろいろと要求しすぎだと思うの」
アレクシアの不満は、レンファンがやわらかく否定した。
「大丈夫です。エルウィージュ王女は、あなたの為にやることがある方がいい。そうしている時だけ、生きていると感じられる」
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「レン……?」
その呼びかけには敢えて答えず、レンファンは黙って茶を淹れ直した。
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