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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
初恋は心の片隅に。
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その日は、式典という式典を凄まじい勢いでこなすことになる、とエルウィージュが「予定表」を見せた。
何せ、午前中にアレクシアと神竜王の挙式、午後にリヒトと闇華の挙式、夜にはリヒトの即位式典という詰め込み方だ。普通にあり得ない。
「敵はまとめて一気に潰したいのです」
事もなげに言い放つ辺りは、エルウィージュだなと闇華は思った。今日も今日とて、男達は室内には入れてもらえずに、事後報告されるのを待っている。今、この国の行方を握っているのは「女」だ。
「これだけ詰め込んでいれば、どこかで手落ちがありましょう。あちらにも、こちらにも。その時、あちらを潰して、こちらは守り抜く。それだけのことですわ」
「エージュのお式も一緒にやればいいのに……」
「駄目よ。わたくしがアトゥール殿下と結婚したら、兄上様の即位式典までの間に、わたくしの即位宣誓書を偽造されかねないわ。婚約しているという現状でもあり得ることだけれど」
エルウィージュは、アレクシアの髪を絡ませながら、優しく微笑んでいる。今日は闇華とアレクシアの婚礼用のドレスの採寸ということで集まっているが、どう見ても、エルウィージュの関心はアレクシアにしかない。
「それはどうやって止めている?」
「アンファ様の脅しが効いていますわね。少なくとも、クレーフェ公爵、フェドレン公爵、ヴェイユ侯爵達には」
神竜王への誓いを反故にした時、今度は闇華からの魔法が彼らを縛る。そのままの意味だ。動きも何もかもを「縛る」のだ。
「バシュラール侯爵とシェイエルン公爵には――表舞台から消えていただくだけではすまないわね。王太子廃嫡を画策した挙句、わたくしの名を騙って、複数の貴族に賛同を募っていた。王族騙りよ」
「だが、そなたの育ての父御と、実の祖父君だろう。厳しく咎めることは、リヒト様は……」
「兄上様は、躊躇われましょうね。ですけれど、アンファ様。わたくしが躊躇う理由は、どこにもありませんの。わたくしの名誉が、わたくしの誇りが傷つけられたのですから」
エルウィージュにとって、名を騙られたことは大した「傷」ではあるまい。名を騙って、ラウエンシュタイン家を窮地に追い込みかけたことが、彼らの失態だ。この国に来て短い闇華にもわかる。エルウィージュは、アレクシア以外を心底どうでもいいと思っている。裏を返せば、アレクシアだけは、何があろうと守り抜くのだ。
「実際には被害は受けていないし、ラウエンシュタイン家のことならいいのよ、エージュ」
「それも駄目。あなたは優しいからそう言うと思っていたけれど、駄目よ、アリー。侯爵如きが、筆頭公爵家に牙を剥いたことは事実。牙が届かなかったからといって、許されてはいけないの」
「最低でも、牙は折らねばな。できるなら爪も、か」
「ええ。――お兄様には、申し訳ないけれど……」
「エセルさん?」
アレクシアが確かめるように問うと、エルウィージュは初めてその繊麗な美貌を翳らせた。その様もまた、溜息が出るほど美しい。
「シェイエルン公爵家は――もしかしたら、お兄様が継ぐかもしれなかったの。公爵には娘しかいなくて、その中では、わたくしの母が一番身分が高いから」
娘達の嫁ぎ先のうち、同格のクルムバッハ公爵家は爵位を奪われ、貴族としては断絶した。格下の侯爵家に嫁いでいたルチア・ジビュレは、エルウィージュを身籠った時点で「ソリアーノ公妃」の称号を得ていたことになっている。
「バシュラール侯爵家は?」
「お兄様の第二子を養子にすることで継ぐ予定だったわ」
「けれど、そなたはシェイエルンもバシュラールも「潰す」気じゃな?」
「はい」
そこは迷いなく頷いたエルウィージュに、闇華は少しだけ手助けすることにした。未来の義妹だ。仲良くなりたい。
「ならば、潰すのは当主だけでよかろう。侯子には、先に別の家を宛がっておけばよい」
「ですけれど。そのようなことをすれば、こちらの思惑が……」
「あちらに知れると? エルウィージュ。書類は、日付を弄ればどうにでもなるものではないのかえ?」
「……そう……でしたわ」
迂闊だったと、悔しそうに俯いたエルウィージュに、アレクシアがおろおろしている。闇華は苦笑して、アレクシアを手招いた。不思議そうに闇華を見ながら近づいてきたアレクシアに、シルハークの鮮やかな色合いの衣装を羽織らせた。
「やはりな。アレクシアには、シルハークの衣装もよう似合う。そう思わぬか、エルウィージュ?」
「……シルハークには、あげませんわよ」
「無論じゃ。だが、シルハークの衣装を纏うことで、にいさまの――シルハーク王の後見があると、牽制もできよう?」
「駄目だ。シルハーク王の手がついたと取る者もいる」
それまで黙っていた神竜王――ローランが首を振った。そしてアレクシアの手を取ると、空いた手に、綺麗な色合いの布地を浮かべた。
「亜界から取り寄せた。王の姫、これはアレクシアに似合うと思う。婚儀なら、アレクシアに他の布は着せたくない。女の衣服の意匠は、私にはわからない。王の姫に任せたい。そなたなら、私と同じくらい、アレクシアを愛してくれているから」
「あら。わたくし、負けませんわよ」
「……私も負けない」
言いながらも、ローランはアレクシアの影に隠れるように反論している。完全に気圧されていらっしゃるなと、闇華は苦笑を禁じ得ない。
「おや、先代様。傍系とはいえ、妾は御身と血縁があるのに、祝いは下されぬのか?」
「え? えーと……えーと、シルハークの公主。桜華公主が好んでいたものなら、何となくわかる。それでいい?」
からかった闇華に、ローランは戸惑いながら提案してきた。
「いや。あなた様が、妾に似合うと思うものを頂きたいな」
「私は、そういうことは苦手だから……アレクシアだけで精一杯だ。王太子に選んでもらうか?」
「無理ではないかな。リヒト様も、そういったことは苦手とお見受けする。あなた様以上に」
「アンファが正しいわ、ローラン」
「ですわね」
立ち直ったらしいエルウィージュは、ローランが渡した生地を眺めると、今度はパラパラとドレスの意匠の素案図を捲りながら同意した。どれが一番アレクシアを映えさせるか、真剣に吟味しているのだろう。
「では、シルハークの王に、選んでもらってもいいか?」
「にいさまに?」
「うん。そなたは身一つで嫁いできた。それがよいことなのかもしれない。けれど、シルハークの王は、そなたを案じている。かの王の護りの想いの込められた品なら、そなたを守ってくれるだろう」
「……はい。では、そのようにお願い致します」
にいさまが、案じてくれている。
そう聞いても、心は熱を持たない。ただ、嬉しく、優しい気持ちになるだけだ。闇華の初恋は、もう終わったのだ。
――案外、呆気ないものじゃな。
闇華が自分の心を不思議に思った時、静かに控えていた聖が、温かな茶を淹れてくれた。
――そうか。妾は落ち込んでいるように見えるのか。
「聖。妾は大丈夫だ」
「闇華様」
「大丈夫だ。妾はこれから、リヒト様に恋せねばならぬのだからな。叶わぬ恋は、もういらぬ」
「頑張って、アンファ。私応援してる。すごくしてる」
「そなたは妾の恋敵じゃぞ、アレクシア。リヒト様の初恋はそなたじゃからな?」
「知らない。私何も知らない」
両手で耳を塞いだアレクシアに、ローランが追い打ちをかけた。きゅっと抱き締めながら、切なそうに告げる。
「愛していると言われていた。私の目の前で……」
「まことに?」
「うん。アレクシアが何も言わないし拒否もしないから……少し、哀しかった」
「ごめんなさいローラン、そんなつもりないわ、私リヒト殿下はいらないわ、あなたとエージュだけでいいわ!」
「私だけでいい、ではないのもつらい……」
「そなたがいらぬでも、妾はリヒト様が欲しいのじゃがなあ。持てる者の傲慢なことよ」
「アリー。わたくしはあなただけでいいわよ?」
聖は、何も聞かなかったことにして、再び、影に戻った。
何せ、午前中にアレクシアと神竜王の挙式、午後にリヒトと闇華の挙式、夜にはリヒトの即位式典という詰め込み方だ。普通にあり得ない。
「敵はまとめて一気に潰したいのです」
事もなげに言い放つ辺りは、エルウィージュだなと闇華は思った。今日も今日とて、男達は室内には入れてもらえずに、事後報告されるのを待っている。今、この国の行方を握っているのは「女」だ。
「これだけ詰め込んでいれば、どこかで手落ちがありましょう。あちらにも、こちらにも。その時、あちらを潰して、こちらは守り抜く。それだけのことですわ」
「エージュのお式も一緒にやればいいのに……」
「駄目よ。わたくしがアトゥール殿下と結婚したら、兄上様の即位式典までの間に、わたくしの即位宣誓書を偽造されかねないわ。婚約しているという現状でもあり得ることだけれど」
エルウィージュは、アレクシアの髪を絡ませながら、優しく微笑んでいる。今日は闇華とアレクシアの婚礼用のドレスの採寸ということで集まっているが、どう見ても、エルウィージュの関心はアレクシアにしかない。
「それはどうやって止めている?」
「アンファ様の脅しが効いていますわね。少なくとも、クレーフェ公爵、フェドレン公爵、ヴェイユ侯爵達には」
神竜王への誓いを反故にした時、今度は闇華からの魔法が彼らを縛る。そのままの意味だ。動きも何もかもを「縛る」のだ。
「バシュラール侯爵とシェイエルン公爵には――表舞台から消えていただくだけではすまないわね。王太子廃嫡を画策した挙句、わたくしの名を騙って、複数の貴族に賛同を募っていた。王族騙りよ」
「だが、そなたの育ての父御と、実の祖父君だろう。厳しく咎めることは、リヒト様は……」
「兄上様は、躊躇われましょうね。ですけれど、アンファ様。わたくしが躊躇う理由は、どこにもありませんの。わたくしの名誉が、わたくしの誇りが傷つけられたのですから」
エルウィージュにとって、名を騙られたことは大した「傷」ではあるまい。名を騙って、ラウエンシュタイン家を窮地に追い込みかけたことが、彼らの失態だ。この国に来て短い闇華にもわかる。エルウィージュは、アレクシア以外を心底どうでもいいと思っている。裏を返せば、アレクシアだけは、何があろうと守り抜くのだ。
「実際には被害は受けていないし、ラウエンシュタイン家のことならいいのよ、エージュ」
「それも駄目。あなたは優しいからそう言うと思っていたけれど、駄目よ、アリー。侯爵如きが、筆頭公爵家に牙を剥いたことは事実。牙が届かなかったからといって、許されてはいけないの」
「最低でも、牙は折らねばな。できるなら爪も、か」
「ええ。――お兄様には、申し訳ないけれど……」
「エセルさん?」
アレクシアが確かめるように問うと、エルウィージュは初めてその繊麗な美貌を翳らせた。その様もまた、溜息が出るほど美しい。
「シェイエルン公爵家は――もしかしたら、お兄様が継ぐかもしれなかったの。公爵には娘しかいなくて、その中では、わたくしの母が一番身分が高いから」
娘達の嫁ぎ先のうち、同格のクルムバッハ公爵家は爵位を奪われ、貴族としては断絶した。格下の侯爵家に嫁いでいたルチア・ジビュレは、エルウィージュを身籠った時点で「ソリアーノ公妃」の称号を得ていたことになっている。
「バシュラール侯爵家は?」
「お兄様の第二子を養子にすることで継ぐ予定だったわ」
「けれど、そなたはシェイエルンもバシュラールも「潰す」気じゃな?」
「はい」
そこは迷いなく頷いたエルウィージュに、闇華は少しだけ手助けすることにした。未来の義妹だ。仲良くなりたい。
「ならば、潰すのは当主だけでよかろう。侯子には、先に別の家を宛がっておけばよい」
「ですけれど。そのようなことをすれば、こちらの思惑が……」
「あちらに知れると? エルウィージュ。書類は、日付を弄ればどうにでもなるものではないのかえ?」
「……そう……でしたわ」
迂闊だったと、悔しそうに俯いたエルウィージュに、アレクシアがおろおろしている。闇華は苦笑して、アレクシアを手招いた。不思議そうに闇華を見ながら近づいてきたアレクシアに、シルハークの鮮やかな色合いの衣装を羽織らせた。
「やはりな。アレクシアには、シルハークの衣装もよう似合う。そう思わぬか、エルウィージュ?」
「……シルハークには、あげませんわよ」
「無論じゃ。だが、シルハークの衣装を纏うことで、にいさまの――シルハーク王の後見があると、牽制もできよう?」
「駄目だ。シルハーク王の手がついたと取る者もいる」
それまで黙っていた神竜王――ローランが首を振った。そしてアレクシアの手を取ると、空いた手に、綺麗な色合いの布地を浮かべた。
「亜界から取り寄せた。王の姫、これはアレクシアに似合うと思う。婚儀なら、アレクシアに他の布は着せたくない。女の衣服の意匠は、私にはわからない。王の姫に任せたい。そなたなら、私と同じくらい、アレクシアを愛してくれているから」
「あら。わたくし、負けませんわよ」
「……私も負けない」
言いながらも、ローランはアレクシアの影に隠れるように反論している。完全に気圧されていらっしゃるなと、闇華は苦笑を禁じ得ない。
「おや、先代様。傍系とはいえ、妾は御身と血縁があるのに、祝いは下されぬのか?」
「え? えーと……えーと、シルハークの公主。桜華公主が好んでいたものなら、何となくわかる。それでいい?」
からかった闇華に、ローランは戸惑いながら提案してきた。
「いや。あなた様が、妾に似合うと思うものを頂きたいな」
「私は、そういうことは苦手だから……アレクシアだけで精一杯だ。王太子に選んでもらうか?」
「無理ではないかな。リヒト様も、そういったことは苦手とお見受けする。あなた様以上に」
「アンファが正しいわ、ローラン」
「ですわね」
立ち直ったらしいエルウィージュは、ローランが渡した生地を眺めると、今度はパラパラとドレスの意匠の素案図を捲りながら同意した。どれが一番アレクシアを映えさせるか、真剣に吟味しているのだろう。
「では、シルハークの王に、選んでもらってもいいか?」
「にいさまに?」
「うん。そなたは身一つで嫁いできた。それがよいことなのかもしれない。けれど、シルハークの王は、そなたを案じている。かの王の護りの想いの込められた品なら、そなたを守ってくれるだろう」
「……はい。では、そのようにお願い致します」
にいさまが、案じてくれている。
そう聞いても、心は熱を持たない。ただ、嬉しく、優しい気持ちになるだけだ。闇華の初恋は、もう終わったのだ。
――案外、呆気ないものじゃな。
闇華が自分の心を不思議に思った時、静かに控えていた聖が、温かな茶を淹れてくれた。
――そうか。妾は落ち込んでいるように見えるのか。
「聖。妾は大丈夫だ」
「闇華様」
「大丈夫だ。妾はこれから、リヒト様に恋せねばならぬのだからな。叶わぬ恋は、もういらぬ」
「頑張って、アンファ。私応援してる。すごくしてる」
「そなたは妾の恋敵じゃぞ、アレクシア。リヒト様の初恋はそなたじゃからな?」
「知らない。私何も知らない」
両手で耳を塞いだアレクシアに、ローランが追い打ちをかけた。きゅっと抱き締めながら、切なそうに告げる。
「愛していると言われていた。私の目の前で……」
「まことに?」
「うん。アレクシアが何も言わないし拒否もしないから……少し、哀しかった」
「ごめんなさいローラン、そんなつもりないわ、私リヒト殿下はいらないわ、あなたとエージュだけでいいわ!」
「私だけでいい、ではないのもつらい……」
「そなたがいらぬでも、妾はリヒト様が欲しいのじゃがなあ。持てる者の傲慢なことよ」
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