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悪役令嬢ガブリエーヌの真実2
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「こんなものかしら……」
私は、ペンを置き、インクが乾くのを待ってから封筒に入れた。
宛先は、あの劇団を率いるボタックと言う名の興行主。
書き上げた物語は、平民ではなかなか知ることの出来ない貴族の暮らし。
見栄の為に、借金を重ねる公爵。
夫以外の子供を身ごもった伯爵夫人。
私が今まで見聞きした事実を、少し名前をもじって書いた。
あくまでも、コメディ。
しかし、本人は、冷や汗をかくような秘密。
そのオンパレードは、きっと、金儲けに余念のないボタックなら、多少の危険を冒してでも上演するだろう。
匿名で送られてきた台本に、まんまと食いついた男は、あくまで架空の話として、大々的に興行に踏み切った。
裏では、当事者の貴族から、圧力を受けたらしいが、金になるなら、命も惜しくないようだ。
それからの1年、私は、題材探しと並行して、健康的な体を目指して鍛錬に勤しんだ。
食事も、きちんと取るようになったことで、背も伸びた。
そのせいか、体が以前より一回り大きくなった。
そんな私を見て、プライスレス先生は、
「素敵よ!あのガリガリは、異常だったのよ!」
と喜んでくれた。
「丁度いい肉付き。あぁ、そのほっぺ、触らせて」
フニフニと私の頬を両手で挟むと、ハンサムなお顔がデレデレになった。
「とっても、セクシー。色気も出てきて、一石二鳥よ」
先生の言葉は、いつも私を幸せにしてくれる。
その一方で、ジーコ殿下と父の目は、どんどん冷たいものになっていった。
「太った」
「デカい」
「醜い」
私の心は、言葉の刃に晒される。
でも、昔みたいに傷つくことはなかった。
元々愛情なんて掛けられていなかった分、私にとってプライスレス先生以外は、本当に、どうでも良い存在になっていた。
そして、次の年、社交界だけでなく平民の間でも噂で持ちきりになった、ある事件を題材にして作品を書いた。
『真実の愛』
誰が付けたのか分からないけど、なんとも陳腐なネーミング。
ある男爵家で、年老いた当主と若きメイドが恋に落ちた。
妻は、自分の半分も歳を取っていない若い娘に手を出した夫を恨んだ。
若さには、勝てない。
捨てられたのだ。
笑いものにされるのは、何故か、自分だけで、当人達は、『真実の愛』と持て囃された。
『離婚』の二文字がアタマに浮かぶが、別れたら自分の手元には、何も残らない。
嫌がらせと言われようと、無様に縋ってると嘲笑われても、妻は、『妻の座』にしがみついた。
その夫は、若いメイドとの純粋な恋に、少年の頃に戻ったようなときめきを感じていた。
手を握るだけで、肩を抱くだけで、長い間不能になっていた下半身に熱が起きるような気がした。
彼の中で、純愛だった。
肉体関係を持たず、ただ、心を通わせる。
そんな思いを吐露した時、同じ世代の男に言われた。
『羨ましい。あと何年一緒にいられるか分からないが、短い時間を大切に生きろよ』
その時、自分に残された時間が有限であることに、今更ながら気づいた。
しかも、それは、長くない。
愕然とした夫は、一人で死にたくないと思った。
そして、若い恋人は、きっと一緒についてきてくれると、信じて疑わなかった。
若いメイドには、産まれた時から父がいなかった。
母は、『これが、貴女の父よ』と1枚の絵姿を見せてくれた。
古びたそれは、新聞の挿絵で、その人が勲章を貰ったという記事だった。
父は、貴族。
それは、彼女の中のプライドとなり、父への憧憬が日に日に大きくなっていった。
そして、ある男爵家にメイドとして入った時、その絵姿によく似た男性が当主だった。
父を求めるように、頼もしい男性像を重ね、淡い恋を抱くのに時間は掛からなかった。
年齢差があるからこその父娘のような、穏やかな触れ合いは、彼女の罪悪感を薄れさせた。
こうして、三者三様の思惑が絡み合い、男が心中を密かに決めた所で、一度筆を置いた。
結末を書かず、私は、再びボタックに原稿を送る。
『続きを読みたければ、こちらに御入金を』
指摘したのは、冒険者ギルドが運営する銀行の口座ナンバー。匿名性が高く、何処の誰なのか探る手立ては無い。
ボタックは、半信半疑ながら、きっと、言い値を振り込んでくるだろう。
なにせ、前回の上演で、財産の額を3倍に増やしたのだから。
私は、新たな人生を始める資金を、彼に出してもらうことに決めた。
だって、私の作品のお陰で、稼げたのだから。
数日後、予想通り、振り込みが行われた。
私は、最後の原稿を送る。
そこに書かれていたのは、『真実の愛を知った二人の心中』という巷の噂とは違う真実。
妻は、夫がメイドと心中をしようとしているのを薄々感じ取っていた。
日に日に夫の表情が鬼気迫るものになってきたからだ。
しかし、彼女は、それを黙認した。
何故なら、財産が全て自分に転がり込んでくるからだ。
夫は、逃げ惑うメイドを追いかけ、背後から短剣で刺した。
一緒に死んでくれと頼んだら、嫌だと言われたからだ。
それは、決して、純愛による心中等と言う崇高なものではなく、ただの殺人だった。
メイドは、気づいてしまった。
自分の思いは、恋に恋するだけの妄想だったということに。
そして、自分を刺した男が、実の父だったということに。
しかも、相手は、自分に母の面影を重ねていた。
反吐が出るほど、嫌悪感を抱いた。
主要人物が二人も亡くなってしまったことで、真実は藪の中。
信じるも信じないも、客次第。
この貴族の狂った恋は、平民の関心を集めた。
恋愛に憧れる若い世代の女性からは、大反発を受けたが、貴族社会を嘲笑う大人世代からは、拍手喝采だった。
「あら、ガブリエーヌ、何か、良いことでもあったの?とっても、楽しそう」
この頃、未来の軍資金を手に入れた私は、プライスレス先生にも分かるくらい、毎日ご機嫌だった。
「少し、お小遣いが入ったんです。コレ、プレゼント。お揃いの物を買ったんです。私、肌見放さず身につけます」
それは、何の変哲もない細い金のネックレス。
ゴールドは、ジーコ殿下の色でもあるけど、私にとっては先生の色。
もし、誰かに見られても、ジーコ殿下をお慕いしてのことだと言い訳がつく。
「良いの?頂いちゃって」
「はい!先生と私が、『家族』だっていう証拠です」
私を王妃にすることだけが目的の父。
暴力的になってきた父を止めることもできない母。
両親の愛を独り占めすることを当たり前と思っている兄。
そんな人達は、家族じゃない。
私の為に、こっそり食べ物を差し入れてくれたり、気晴らしに連れ出してくれたり、ジーコ殿下に憤ってくれるプライスレス先生だけが、私の家族。
「もぉ……そんなこと言われたら、泣いちゃうわ」
先生も、この世界で、唯一本当の自分を出せるのは私の前だけ。
この人とずっと一緒にいられる為なら、なんだってやろうと心に決めた。
私は、ペンを置き、インクが乾くのを待ってから封筒に入れた。
宛先は、あの劇団を率いるボタックと言う名の興行主。
書き上げた物語は、平民ではなかなか知ることの出来ない貴族の暮らし。
見栄の為に、借金を重ねる公爵。
夫以外の子供を身ごもった伯爵夫人。
私が今まで見聞きした事実を、少し名前をもじって書いた。
あくまでも、コメディ。
しかし、本人は、冷や汗をかくような秘密。
そのオンパレードは、きっと、金儲けに余念のないボタックなら、多少の危険を冒してでも上演するだろう。
匿名で送られてきた台本に、まんまと食いついた男は、あくまで架空の話として、大々的に興行に踏み切った。
裏では、当事者の貴族から、圧力を受けたらしいが、金になるなら、命も惜しくないようだ。
それからの1年、私は、題材探しと並行して、健康的な体を目指して鍛錬に勤しんだ。
食事も、きちんと取るようになったことで、背も伸びた。
そのせいか、体が以前より一回り大きくなった。
そんな私を見て、プライスレス先生は、
「素敵よ!あのガリガリは、異常だったのよ!」
と喜んでくれた。
「丁度いい肉付き。あぁ、そのほっぺ、触らせて」
フニフニと私の頬を両手で挟むと、ハンサムなお顔がデレデレになった。
「とっても、セクシー。色気も出てきて、一石二鳥よ」
先生の言葉は、いつも私を幸せにしてくれる。
その一方で、ジーコ殿下と父の目は、どんどん冷たいものになっていった。
「太った」
「デカい」
「醜い」
私の心は、言葉の刃に晒される。
でも、昔みたいに傷つくことはなかった。
元々愛情なんて掛けられていなかった分、私にとってプライスレス先生以外は、本当に、どうでも良い存在になっていた。
そして、次の年、社交界だけでなく平民の間でも噂で持ちきりになった、ある事件を題材にして作品を書いた。
『真実の愛』
誰が付けたのか分からないけど、なんとも陳腐なネーミング。
ある男爵家で、年老いた当主と若きメイドが恋に落ちた。
妻は、自分の半分も歳を取っていない若い娘に手を出した夫を恨んだ。
若さには、勝てない。
捨てられたのだ。
笑いものにされるのは、何故か、自分だけで、当人達は、『真実の愛』と持て囃された。
『離婚』の二文字がアタマに浮かぶが、別れたら自分の手元には、何も残らない。
嫌がらせと言われようと、無様に縋ってると嘲笑われても、妻は、『妻の座』にしがみついた。
その夫は、若いメイドとの純粋な恋に、少年の頃に戻ったようなときめきを感じていた。
手を握るだけで、肩を抱くだけで、長い間不能になっていた下半身に熱が起きるような気がした。
彼の中で、純愛だった。
肉体関係を持たず、ただ、心を通わせる。
そんな思いを吐露した時、同じ世代の男に言われた。
『羨ましい。あと何年一緒にいられるか分からないが、短い時間を大切に生きろよ』
その時、自分に残された時間が有限であることに、今更ながら気づいた。
しかも、それは、長くない。
愕然とした夫は、一人で死にたくないと思った。
そして、若い恋人は、きっと一緒についてきてくれると、信じて疑わなかった。
若いメイドには、産まれた時から父がいなかった。
母は、『これが、貴女の父よ』と1枚の絵姿を見せてくれた。
古びたそれは、新聞の挿絵で、その人が勲章を貰ったという記事だった。
父は、貴族。
それは、彼女の中のプライドとなり、父への憧憬が日に日に大きくなっていった。
そして、ある男爵家にメイドとして入った時、その絵姿によく似た男性が当主だった。
父を求めるように、頼もしい男性像を重ね、淡い恋を抱くのに時間は掛からなかった。
年齢差があるからこその父娘のような、穏やかな触れ合いは、彼女の罪悪感を薄れさせた。
こうして、三者三様の思惑が絡み合い、男が心中を密かに決めた所で、一度筆を置いた。
結末を書かず、私は、再びボタックに原稿を送る。
『続きを読みたければ、こちらに御入金を』
指摘したのは、冒険者ギルドが運営する銀行の口座ナンバー。匿名性が高く、何処の誰なのか探る手立ては無い。
ボタックは、半信半疑ながら、きっと、言い値を振り込んでくるだろう。
なにせ、前回の上演で、財産の額を3倍に増やしたのだから。
私は、新たな人生を始める資金を、彼に出してもらうことに決めた。
だって、私の作品のお陰で、稼げたのだから。
数日後、予想通り、振り込みが行われた。
私は、最後の原稿を送る。
そこに書かれていたのは、『真実の愛を知った二人の心中』という巷の噂とは違う真実。
妻は、夫がメイドと心中をしようとしているのを薄々感じ取っていた。
日に日に夫の表情が鬼気迫るものになってきたからだ。
しかし、彼女は、それを黙認した。
何故なら、財産が全て自分に転がり込んでくるからだ。
夫は、逃げ惑うメイドを追いかけ、背後から短剣で刺した。
一緒に死んでくれと頼んだら、嫌だと言われたからだ。
それは、決して、純愛による心中等と言う崇高なものではなく、ただの殺人だった。
メイドは、気づいてしまった。
自分の思いは、恋に恋するだけの妄想だったということに。
そして、自分を刺した男が、実の父だったということに。
しかも、相手は、自分に母の面影を重ねていた。
反吐が出るほど、嫌悪感を抱いた。
主要人物が二人も亡くなってしまったことで、真実は藪の中。
信じるも信じないも、客次第。
この貴族の狂った恋は、平民の関心を集めた。
恋愛に憧れる若い世代の女性からは、大反発を受けたが、貴族社会を嘲笑う大人世代からは、拍手喝采だった。
「あら、ガブリエーヌ、何か、良いことでもあったの?とっても、楽しそう」
この頃、未来の軍資金を手に入れた私は、プライスレス先生にも分かるくらい、毎日ご機嫌だった。
「少し、お小遣いが入ったんです。コレ、プレゼント。お揃いの物を買ったんです。私、肌見放さず身につけます」
それは、何の変哲もない細い金のネックレス。
ゴールドは、ジーコ殿下の色でもあるけど、私にとっては先生の色。
もし、誰かに見られても、ジーコ殿下をお慕いしてのことだと言い訳がつく。
「良いの?頂いちゃって」
「はい!先生と私が、『家族』だっていう証拠です」
私を王妃にすることだけが目的の父。
暴力的になってきた父を止めることもできない母。
両親の愛を独り占めすることを当たり前と思っている兄。
そんな人達は、家族じゃない。
私の為に、こっそり食べ物を差し入れてくれたり、気晴らしに連れ出してくれたり、ジーコ殿下に憤ってくれるプライスレス先生だけが、私の家族。
「もぉ……そんなこと言われたら、泣いちゃうわ」
先生も、この世界で、唯一本当の自分を出せるのは私の前だけ。
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