唇を隠して,それでも君に恋したい。

初恋

文字の大きさ
5 / 28
ボクはオトコノコ。

ボクはナニモノ。

しおりを挟む


「……あ,伊織……」



教室に入って直ぐ,僕を見たスズが困ったように眉を下げる。

僕は,スズの耳にも届いたんだなと思った。



「さっき俺の友達が来てさ。伊織,この数日で誰かとなんかあったりした?」

「百合川 姫?」



遠回しな言い方は無駄だと気付いたんだろう。

スズは苦笑して,ひとつ頷いた。

僕が否定すると,スズはすんなりと受け入れる。

こう言うところが,スズの人に好かれるところなんだと思う。



「どんな子なの,その人」



出身中でもなければ,去年のクラスメートでもない。

どうして突然僕なんかと。



「可愛い子だよ。特に男子の中では一際目を引くみたいだね」



スズは言いながら,僕の奥へと目を向けた。

周囲のざわめきにつられて,僕も後ろへ振り返る。



「失礼しまぁ~す♡」



とんっと。

何故か突然の来訪者の彼女は,当然のように僕の隣へと立った。

さすがに驚いて目を剥くと,真ん丸の黒目に捉えられる。

白い肌,目元の小さなほくろ。

ぷくりとした唇。

真っ黒な黒髪は,ハーフのツインテールになっていた。

白と黒のはっきりした,モノトーンな人。

多分,この人が



「百合川さん?」

「そう。百合川 姫。ひめって呼ばれるのはあんまり好きじゃないから,ユリユリって呼んでね♡」


瞳をきゅっとつむって,百合川さんは何故か首もとでハートを作る。



「えっと」



何をしたいのか分からなくて,僕は困った。

僕に話をしに来たんじゃ,ない? の?



「一応確認なんだけど,僕達初めましてだよね?」

「うん,そうだね。初めまして,羽村 伊織くん」

「僕達に変な噂が立ってるんだけど,どうしてなのか百合川さんは知ってる?」



僕の困った瞳を見て,百合川さんはかくんと肩を落とす。



「それはねぇ,ほんとにねー。わざとじゃ,無かったんだけど……ユリユリ,今日はそれを謝りに来たの」

「謝るって」

「伊織くん。ユリユリ,あなたのことが好きだったの」

「「えっ」」



突然のカミングアウトに,スズと2人,いや様子を窺っていた他の生徒も言葉を失う。

僕は何から返すべきなのか分からなくて,右手を口元においた。

告白,にしては思いきりがいいけれど。

初めて他人から告げられた気持ちに,戸惑いを隠せない。



「遠くから眺めるのが好きだった。でも……諦めることにしたの。伊織くん,他に好きな人がいるみたいだったから」

「え」「え?!」



フリーズする僕に,スズが驚愕の顔を向ける。

僕は直ぐにはっとして,さも平然としているように表情を繕った。



「やめて,スズ。百合川さん,僕には好きな人なんていないよ。だけど……ごめんね。僕は君の気持ちには応えられない」



だから,そのまま諦めてくれると嬉しい。

彼女の言葉か本当だとして。

共感するように痛む胸に気付かない振りをしながら笑いかける。

そんな態度が気に入らなかったのか,百合川さんは僕へずいっと前のめりに近寄った。



「嘘つき。せっかくユリユリが自分から引いてあげようとしてたのに。……じゃあ,証明して見せてよ,今ここで。私を振れるだけの理由が本当にないって」

「何を」

「動かないでよ,伊織くん」



胸ぐらを掴み,百合川さんは僕の耳へと小さく囁く。



「中島 敦のこと,好きな訳じゃないんでしょ?」

「なっ」



だめだ。

僕はそれを,どっちの意味でも肯定出来ない。

百合川さんはその僕の一瞬の恐怖から生まれた隙をついて,僕の大事なマスクへと手をかけた。



「やめ……!!」



手際よく抜き取られるマスク。

それと引き換えるように身体を押し込んでくる百合川さんは,妖しく微笑んで僕の唇を狙っている。

防げない,どうしよう。

助けて,だれか……っっっ。



「っ伊織ーーー!」




身体か後ろへと引っ張られる。

なすがままに,僕は後ろへと倒れた。

数人分の倒れた音がして,数秒後。



「ったた」



僕が下敷きにしたと思われる人間の顔を確認するために,僕は目を開く。



「! リュー!!!」



ごめん。

直ぐに起こすよ。

でも,助かった,本当にありがとう。



「痛くない? ごめんね」



僕を引っ張って,倒れてまで助けてくれたのは,掃除場所から帰ってきたであろうリューだった。

事も無げに頷くリューの額にはうっすらと汗が滲んでいて,僕はほっと眉を垂らす。

良かった。

僕には人とキスすることが出来ない理由が……



「もぅ,いったぁあい♡ もーーーっ誰なの,あと少しだったのにぃー!」



ドンッと,上体を起こしたのであろう百合川さんの背中が僕のお尻に当たった。

突き飛ばされるような形で僕は前へと再び倒れる。

ま,ず……い。

リューがとっさに自分を庇おうと動くも,僕らの間には既に腕1本も挟まる隙は無い。

いっそ突き飛ばして欲しかったけど,それもお互い無理だった。

眼前にリューのぎゅっとした目が見える。



「「伊織!!!!」」



スズと敦の声が聞こえた。

でもその時にはもう。

無防備な僕の唇は,リューのそれとしっかり合わさった後だった。

僕には,人に言えない秘密がある。

ひとつは,敦への恋心。

ふたつめに……他人には理解されないだろう,稀有な体質のこと。

スズが掴んだだろう無駄に終わった襟首が苦しい。

僕はスズに引っ張られるようにして胴体をあげた。



「なんてことを」



僕の言葉に,後ろで百合川さんのびくりと反応した気配がする。

取り返しのつかない出来事に,三太や他の人たちからのひぇぇえという情けない声も聞こえた。

僕は咄嗟に自分の口を指で押さえたけれど,今さらもう遅い。

起きてしまったものは,戻らない。

リューの顔を覗き込む。

離れなければ,でも,もしもなんともないなら。

一縷の望みにすがって,僕は混乱する脳みそでマスクをし直した。

僕は,誰が相手だろうと,口元を晒しては……いけなかったんだ。

僕は,生まれたときから身体の構造が人と違う。

小さい頃にはただのむちむちな子供だと思われていた胸は,年齢と共に,女性のように,だけど小さくほんのりとだけ膨らみ。

かと思えば,ーーーも変わらずついたまま。

けれどそれらは全て,とある存在としての一特徴でしかない。

僕のからだの,本当に恐ろしいのは……外見的なものではない。

僕が普段必死に隠している,この唇の奥から常に分泌されている……唾液の効果だった。

涙でも汗でもなく,唾液だけにとても大きな特徴を持っている。

甘い。

とても甘いのだ,僕のそれは。

味覚ともいいがたい,麻薬のように危うい"甘さ"。

頭に直接痺れる,劇毒。

それを1滴でも他人の口に入れてはいけない。

うっかり咳をして飛びました,では許されない。

そんな,他人を惑わせる甘い唾液をもって生まれるもの。

それが僕,四百万人に1人といわれる,sweet poison甘い毒と呼ばれる存在だ。

地球上で換算すると,2000人にも及ばないレアなニンゲンらしい。

反対に……どこにでもいる普通の人達の事をpoor beeかわいそうなハチと呼ぶ。

Ssweet·Ppoisonの存在を世界なんたら協会に秘匿されているPpoor·Bbeeは,唾液の作用になど気付けないまま心を操られ,1度味わってしまっては惹き寄せられる運命にあるから,だ。

一般人のことは蜂に喩えるくせに,僕らの唾液を蜜とは呼ばない。

僕らが影響を与えようが与えまいが,既に彼らを可哀想と名付ける。

きっとこの分類をはっきりと示した人間は,僕らS·Pの事がよほど嫌いだったのだと思った。

だからこそ。

ー僕は誰ともキスをすることが出来ない。

しては,いけない。

この特異な体質は名前の通り,誰にとってもpoisonどくなのだから。

どんなに誰かを愛しても,愛されたいと願っても。

それをしたが最後,そこには最初から,傷つく未来しか用意されていないのだ。

幼いトラウマが甦る。

保育園の頃,自覚せず1人の女の子を惑わせたこと。

大人同士が呼び出され,騒ぎになったこと。

相手の女の子は精神異常の疑いで病院へ向かい,その後何故か僕まで呼ばれ……自分がどんな人間なのかを両親と共に知らされたこと。

幸か不幸か,綺麗好きな上にそれまで僕の唇に1度もキスをしなかった両親は無事で,だけどそのまま僕を国に引き渡したこと。



『うちの娘を……っっ。何なんだお前!!!』



後始末を,僕を引き取った国の施設がお金で解決したこと。

僕のこの身体も,特殊な唾液も。

元は遠い昔,人類が絶滅しそうになったとき。

進化の形として一部の人間だけに備わったものらしい。

血筋に関係するわけでもなく,どう言った基準で発現するのかは分からない。

ただ言えるのは,S·Pは生まれた瞬間からS·Pだということ。

その昔,S·Pの身体は人間の絶滅回避に育児の人手を増やすため母乳が出るようになり,やがて他人を籠落するために媚薬のような成分を唾液に含むようになり……他人を受け入れる側に回れば,僕でも出産まで出来るのだと言う。

だけど今はもうそんな時代でもなければ,僕達のような存在をP·Bは誰も知らない。

知られても遠ざけたいと思われるのが関の山だ。

秘匿され,身体検査や経歴全てにおいて他人の目を欺き。

そんな中で,一体,なんのために。

一体,僕が何者であるかなんて……そんなの本当は僕が一番知りたいんだ。

こんな迷惑なだけでなんの意味も役にもたたない身体になんて,生まれたくなかった。

報われない恋をしたっていいじゃないか。

僕はただ,普通に生きて,普通に死ねる人間が良かった。

これじゃあ,本当に人間と呼んでいいのかも分からない。

お願いリュー。

不幸な事故だけど,なんでもないんだって笑って。

騒ぐクラスメートに,不機嫌な顔で悪態ついて。

僕を好きだとか,そんな馬鹿げたこと,いわないでよ。

僕は,僕は……何なんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...