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最終章 領主夫人、再び王都へ
3.名付けるならば(Side S)
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空を見上げる。アンブロスの空には、今尚、十日前にアオイが発動させた結界が燦然と輝いている─
「…たく。相変わらず、うちの領主夫妻はとんでもないことしでかしてくれんな?」
「…マティアス。」
領軍からの報告、可視の結界に関する定時報告を持って現れたマティアスの声に、見上げていた空から視線を戻す。
「…結界の効果に変化はありましたか?」
「ああ。まぁ、流石に、構築直後と比べるとだいぶ効果は落ちて来たな。昨日に引き続き小型種が五体、中型種に関しても二体、結界の内側で確認した。」
「…そう、ですか。」
「ただ、大型種に関しては未だに恐ろしいくらいの効果があんのも間違いない。」
「それは、どういう…?」
「巨岩亀が結界に衝突しやがったんだよ。あ、言っとくが、事故だからな?事故。」
「…」
故意に巨岩亀との接触を図った訳ではないというマティアスの言に頷けば、目の前の男は口の端を上げて笑う。
「で、まぁ、亀の野郎が勢い余って転がりやがったところをサクッとやっちまったのは、領軍としての判断、拠点の安全確保のためだから仕方ねぇってことで。」
「…」
「正規の報告は後で上げるつもりだが、奥方様への執り成しは頼んだ。」
アオイの怒りを買うと知った上でのマティアスの判断、だが、それが領軍としてのものであれば、己に疑義はない。ただ、言葉でいうほどに容易ではなかったはずの大型種討伐を、アオイがどこまで容認できるか。
「…アオイは、領軍の皆を案じているだけです。」
「まぁ、それは分かってんだけどなぁ…」
言って、頭をかいた男が空を見上げる。釣られて見上げる空。通常ではあり得ないほどの濃度を持った結界は、魔力を見る目どころか、魔力そのものを持たぬ者にもその姿を視認させている。
「…なんか、執念に近いもんを感じんだよな。」
「…」
惜しみなく注がれたアオイの魔力、彼女の思いそのもののように思える結界は、構築と同時に崩壊を始め、煌めく欠片が宙に舞う。
(…温かい。)
そんなはずは無いと分かっていても、降り注ぐ光に確かに感じてしまう温もり。アオイの思い、深い深い慈愛の心─
「…まぁ、おかげで、飛行種、上空からの襲撃を気にせずに済むようになったのは有難い。」
「…ええ。」
「城壁の建造に関しちゃ、『アンブロスの虹』の恩恵はデカいな。」
「…『アンブロスの虹』?」
「おぅ。」
言って、上空を指さすマティアス。
「言っただろ?領軍じゃあ、アオイの張った結界で大騒ぎだって。…まぁ、一番騒いでんのはジグなんだが、アオイの張った結界を奇跡だなんだって喧伝しちゃあ、色々、名前つけて喜んでやがる。」
「…そう、ですか。」
その光景が手に取るように分かって、返す言葉に詰まった。
「アンブロスの虹以外にも、結構、あんぞ?『虹の結界』やら『虹の奇跡』やらは、まぁ、まだ分からんでもないが、『愛の結実』やら『アンブロスの至愛』やら。」
「…愛?」
己と同じ、アオイのこの地へ向ける思いを知っての言葉かと尋ねれば、マティアスの顔に人の悪そうな笑みが浮かぶ。
「それに関しちゃあ、アオイが悪いな。」
「アオイが?なにを…?」
「あっちこっちで、『結界はセルジュが自分のために作ってくれたもんだ』って自慢して回ってるからな。巷じゃあ、あの結界は『領主様が奥方様に捧げた愛の結晶』ってことになってる。」
「…」
「知らなかったか?」
「…知りませんでした。」
そのような話、特に誰も─
(…気遣われた…?)
事実ではあるが、外から指摘されるとやはり多少は面映ゆいものがある。今まで知らずに居たことは幸いだったが─
「…で、だ。」
「はい。」
改まったマティアスの態度に、こちらも意識を集中する。
「巨岩亀の討伐に関して、領主の許可をもらいたい。」
「それは…」
「あいつらの縄張りは、魔の森開拓の延長上にある。いつかは必ずぶつかる。このままずっと避け続けるわけにはいかないってのは、分かってるだろ?」
「…」
「…安心しろよ。一気に殲滅なんてことは考えていない。幸い、虹色結界が巨岩亀に有効だってのが分かったからな。」
再び、口の端を上げるマティアス。
「群れから一匹ずつ釣る。釣って、結界にぶつける。今回みたいに都合よくいくかは分からんが、少なくとも、結界内は安全だろ?人死には、…まぁ、なるべく怪我人も出さずに狩ってみせる。」
軽い調子で、それでも、マティアスがアオイの言に逆らうというのなら、それはこの地にとって必要なこと。アオイも、それは理解するだろう。
それに─
「…そう、ですね。」
「お!許可してくれんのか?」
「ええ。…状況も変わりましたし…」
「状況?」
「はい…」
結界の有効性が確認できただけではない。アオイが王都へ招かれたこと、彼女に伯爵令嬢帰還の助力が要請されたこと、それらを加味すれば、「このまま」ではいられない。
(…ただの杞憂、何も起きなければいいが…)
備えは必要。そのために、先ず、変わらなければならないのは─
「…たく。相変わらず、うちの領主夫妻はとんでもないことしでかしてくれんな?」
「…マティアス。」
領軍からの報告、可視の結界に関する定時報告を持って現れたマティアスの声に、見上げていた空から視線を戻す。
「…結界の効果に変化はありましたか?」
「ああ。まぁ、流石に、構築直後と比べるとだいぶ効果は落ちて来たな。昨日に引き続き小型種が五体、中型種に関しても二体、結界の内側で確認した。」
「…そう、ですか。」
「ただ、大型種に関しては未だに恐ろしいくらいの効果があんのも間違いない。」
「それは、どういう…?」
「巨岩亀が結界に衝突しやがったんだよ。あ、言っとくが、事故だからな?事故。」
「…」
故意に巨岩亀との接触を図った訳ではないというマティアスの言に頷けば、目の前の男は口の端を上げて笑う。
「で、まぁ、亀の野郎が勢い余って転がりやがったところをサクッとやっちまったのは、領軍としての判断、拠点の安全確保のためだから仕方ねぇってことで。」
「…」
「正規の報告は後で上げるつもりだが、奥方様への執り成しは頼んだ。」
アオイの怒りを買うと知った上でのマティアスの判断、だが、それが領軍としてのものであれば、己に疑義はない。ただ、言葉でいうほどに容易ではなかったはずの大型種討伐を、アオイがどこまで容認できるか。
「…アオイは、領軍の皆を案じているだけです。」
「まぁ、それは分かってんだけどなぁ…」
言って、頭をかいた男が空を見上げる。釣られて見上げる空。通常ではあり得ないほどの濃度を持った結界は、魔力を見る目どころか、魔力そのものを持たぬ者にもその姿を視認させている。
「…なんか、執念に近いもんを感じんだよな。」
「…」
惜しみなく注がれたアオイの魔力、彼女の思いそのもののように思える結界は、構築と同時に崩壊を始め、煌めく欠片が宙に舞う。
(…温かい。)
そんなはずは無いと分かっていても、降り注ぐ光に確かに感じてしまう温もり。アオイの思い、深い深い慈愛の心─
「…まぁ、おかげで、飛行種、上空からの襲撃を気にせずに済むようになったのは有難い。」
「…ええ。」
「城壁の建造に関しちゃ、『アンブロスの虹』の恩恵はデカいな。」
「…『アンブロスの虹』?」
「おぅ。」
言って、上空を指さすマティアス。
「言っただろ?領軍じゃあ、アオイの張った結界で大騒ぎだって。…まぁ、一番騒いでんのはジグなんだが、アオイの張った結界を奇跡だなんだって喧伝しちゃあ、色々、名前つけて喜んでやがる。」
「…そう、ですか。」
その光景が手に取るように分かって、返す言葉に詰まった。
「アンブロスの虹以外にも、結構、あんぞ?『虹の結界』やら『虹の奇跡』やらは、まぁ、まだ分からんでもないが、『愛の結実』やら『アンブロスの至愛』やら。」
「…愛?」
己と同じ、アオイのこの地へ向ける思いを知っての言葉かと尋ねれば、マティアスの顔に人の悪そうな笑みが浮かぶ。
「それに関しちゃあ、アオイが悪いな。」
「アオイが?なにを…?」
「あっちこっちで、『結界はセルジュが自分のために作ってくれたもんだ』って自慢して回ってるからな。巷じゃあ、あの結界は『領主様が奥方様に捧げた愛の結晶』ってことになってる。」
「…」
「知らなかったか?」
「…知りませんでした。」
そのような話、特に誰も─
(…気遣われた…?)
事実ではあるが、外から指摘されるとやはり多少は面映ゆいものがある。今まで知らずに居たことは幸いだったが─
「…で、だ。」
「はい。」
改まったマティアスの態度に、こちらも意識を集中する。
「巨岩亀の討伐に関して、領主の許可をもらいたい。」
「それは…」
「あいつらの縄張りは、魔の森開拓の延長上にある。いつかは必ずぶつかる。このままずっと避け続けるわけにはいかないってのは、分かってるだろ?」
「…」
「…安心しろよ。一気に殲滅なんてことは考えていない。幸い、虹色結界が巨岩亀に有効だってのが分かったからな。」
再び、口の端を上げるマティアス。
「群れから一匹ずつ釣る。釣って、結界にぶつける。今回みたいに都合よくいくかは分からんが、少なくとも、結界内は安全だろ?人死には、…まぁ、なるべく怪我人も出さずに狩ってみせる。」
軽い調子で、それでも、マティアスがアオイの言に逆らうというのなら、それはこの地にとって必要なこと。アオイも、それは理解するだろう。
それに─
「…そう、ですね。」
「お!許可してくれんのか?」
「ええ。…状況も変わりましたし…」
「状況?」
「はい…」
結界の有効性が確認できただけではない。アオイが王都へ招かれたこと、彼女に伯爵令嬢帰還の助力が要請されたこと、それらを加味すれば、「このまま」ではいられない。
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