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最終章 領主夫人、再び王都へ
4.二年でさえ
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「…これは、無いんじゃない…?」
「…どうあっても、という意志を感じますね…」
降臨祭出席のためにアンブロス領を出てから三日、王都の城門にたどり着いたところでの突然の足止め。現れたのは王太子殿下直属だという使者で、このまま王宮へ招きたいという彼の言葉に、いよいよ頭痛がしてきた。
(…さっきまでは、アンブロス領のみんなの心配でいっぱいだったのに。)
レナータは泣いていないか、魔物以外の危険に晒されていないか。マティアスやオットー達は無茶はしていないか、目を離した隙にまた子ども達がやんちゃをしていたらどうしよう。
杞憂だと思う一方で、側に居られない不安が膨らみきっていた中、まさか、面倒事が自分の方にやって来るなんて。
「…お断り、…は難しいんですよね?」
「…どうか…」
彼もそれがお仕事なんだろうけれど、ひたすらに頭を下げる使者に、段々、拒否するのも難しくなってくる。
「…分かりました。」
「アオイ…」
「殿下に会って、直接、お断りする。…もう、それしかないんじゃないかなって。」
「…」
黙したセルジュも、最終的には頷いてくれた。苦い顔のまま、夫婦そろって、王宮へと向かう。
「…よく、来てくれた。」
「…本日はお招きに預かり、」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。…どうか、くつろいでくれ。」
型どおりの挨拶をぶった切って、着席を進める王太子の言葉に従う。セルジュと並んでソファに腰を下ろしながらも、意識はずっと部屋の奥、ただ一人の男に向けられていた。
(…なに、アレ…)
部屋の隅、魔力の見えない私でも禍々しいものを感じてしまうほどの何かをまとった男、二年ぶりに目にするアンバー・フォーリーンの姿。二年前、最後に会った時の男の様相も異様なものだったが、今では、全くの別人にさえ見える。服から覗く細い手足、顔の肉は落ち、目の下には酷い隈。どこを見ているのか分からない、けれど、そこだけが生気を失っていない瞳をギラギラと輝かせて─
「…巫女、…いや、アンブロス夫人、単刀直入に願おう。」
「…」
「クリューガー伯爵令嬢帰還に力を貸してもらいたい。」
「…それは、既にお断りしているはずですが。」
「…夫人の意志は聞いている。だが、そこを曲げて、どうか、頼む…」
「…」
言って、頭を下げた王太子に、彼の背後でサキアが僅かに表情を変えた。一国の王太子が頭を下げるほどの価値、それが彼女にあるということなんだろうけれど─
「っ…!?」
「…アンブロス夫人?」
「…いえ…」
(…うっわぁ…)
─最悪だ
人一人が行方不明になっている。その安否を気に掛けるのは普通の感覚で、救助可能ならば救助する。それが当然だと、以前の自分なら、そう胸を張って言えた。それが、
(…人を、身分とか、価値の有無で見るようになるなんて…)
少なくとも、私は、今、王太子の人格ではなく、その身分で彼の行為を判断してしまった。同じく、クリューガー伯爵令嬢のことも。
(…染まっちゃってるなぁ…)
身分なんてそんなもの、関係ないっていう世界で生きていたはずなのに。
(…彼女を、ちゃんと、一人の女性として見るなら…)
こちらの世界ではぎりぎり成人。それでも、自活できる力は持たない。マルステア辺境伯の姪で、アンバー・フォーリーンの婚約者。
そして、きっと、家族に愛されていた女の子─
「…私も…」
「…夫人?」
「…私も、クリューガー伯爵令嬢の身は案じていますし、無事であればと祈っています。」
「っ!では?」
「ただ、承諾できない理由があります。…私だって、何の理由もなく、殿下の要請をお断りしているわけではないんです…」
「…理由?…理由があるのか?」
身を乗り出す勢いの王太子に、願いをぶつける。これで断られれば仕方ない。その時は、こちらも要求を飲めないだけのこと。
「…王家の、禁書というのを見せてください。」
「…なに?」
「歴代巫女に関する資料があるんですよね?」
「それは…」
「見せてください。…でなければ、殿下の願いを聞くことは出来ません。」
「…」
厳しい顔、思い悩んだ様子の王太子だったが、数舜の葛藤の後、再び口を開いた。
「閲覧を許せば、令嬢帰還への助力を確約してもらえるのだろうか?」
「いえ。禁書はあくまで判断材料、…どうしても、気になることがあるんです。」
「それを、今ここで明かすことは?」
「…それはちょっと。」
言いながら、視線を部屋の奥へと向ける。
「…私も、確信があるわけではありませんので。」
嘘をついた。
本当は、ほとんど確信してしまっている。ただ、根拠なんて何もない「私だけの感覚」を理解してもらえるとは思えなかった。
「…分かった。」
「…」
「禁書の閲覧を許可しよう。」
「…ありがとうございます。」
「いや。…夫人の助力を請う手段がそれだけならばやむを得ない。…出来れば、良い返事を期待している。」
「…」
最後の、王太子の言葉には頷けなかった。私がしようとしていることは、彼の望みとは正反対だったから。
「…どうあっても、という意志を感じますね…」
降臨祭出席のためにアンブロス領を出てから三日、王都の城門にたどり着いたところでの突然の足止め。現れたのは王太子殿下直属だという使者で、このまま王宮へ招きたいという彼の言葉に、いよいよ頭痛がしてきた。
(…さっきまでは、アンブロス領のみんなの心配でいっぱいだったのに。)
レナータは泣いていないか、魔物以外の危険に晒されていないか。マティアスやオットー達は無茶はしていないか、目を離した隙にまた子ども達がやんちゃをしていたらどうしよう。
杞憂だと思う一方で、側に居られない不安が膨らみきっていた中、まさか、面倒事が自分の方にやって来るなんて。
「…お断り、…は難しいんですよね?」
「…どうか…」
彼もそれがお仕事なんだろうけれど、ひたすらに頭を下げる使者に、段々、拒否するのも難しくなってくる。
「…分かりました。」
「アオイ…」
「殿下に会って、直接、お断りする。…もう、それしかないんじゃないかなって。」
「…」
黙したセルジュも、最終的には頷いてくれた。苦い顔のまま、夫婦そろって、王宮へと向かう。
「…よく、来てくれた。」
「…本日はお招きに預かり、」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。…どうか、くつろいでくれ。」
型どおりの挨拶をぶった切って、着席を進める王太子の言葉に従う。セルジュと並んでソファに腰を下ろしながらも、意識はずっと部屋の奥、ただ一人の男に向けられていた。
(…なに、アレ…)
部屋の隅、魔力の見えない私でも禍々しいものを感じてしまうほどの何かをまとった男、二年ぶりに目にするアンバー・フォーリーンの姿。二年前、最後に会った時の男の様相も異様なものだったが、今では、全くの別人にさえ見える。服から覗く細い手足、顔の肉は落ち、目の下には酷い隈。どこを見ているのか分からない、けれど、そこだけが生気を失っていない瞳をギラギラと輝かせて─
「…巫女、…いや、アンブロス夫人、単刀直入に願おう。」
「…」
「クリューガー伯爵令嬢帰還に力を貸してもらいたい。」
「…それは、既にお断りしているはずですが。」
「…夫人の意志は聞いている。だが、そこを曲げて、どうか、頼む…」
「…」
言って、頭を下げた王太子に、彼の背後でサキアが僅かに表情を変えた。一国の王太子が頭を下げるほどの価値、それが彼女にあるということなんだろうけれど─
「っ…!?」
「…アンブロス夫人?」
「…いえ…」
(…うっわぁ…)
─最悪だ
人一人が行方不明になっている。その安否を気に掛けるのは普通の感覚で、救助可能ならば救助する。それが当然だと、以前の自分なら、そう胸を張って言えた。それが、
(…人を、身分とか、価値の有無で見るようになるなんて…)
少なくとも、私は、今、王太子の人格ではなく、その身分で彼の行為を判断してしまった。同じく、クリューガー伯爵令嬢のことも。
(…染まっちゃってるなぁ…)
身分なんてそんなもの、関係ないっていう世界で生きていたはずなのに。
(…彼女を、ちゃんと、一人の女性として見るなら…)
こちらの世界ではぎりぎり成人。それでも、自活できる力は持たない。マルステア辺境伯の姪で、アンバー・フォーリーンの婚約者。
そして、きっと、家族に愛されていた女の子─
「…私も…」
「…夫人?」
「…私も、クリューガー伯爵令嬢の身は案じていますし、無事であればと祈っています。」
「っ!では?」
「ただ、承諾できない理由があります。…私だって、何の理由もなく、殿下の要請をお断りしているわけではないんです…」
「…理由?…理由があるのか?」
身を乗り出す勢いの王太子に、願いをぶつける。これで断られれば仕方ない。その時は、こちらも要求を飲めないだけのこと。
「…王家の、禁書というのを見せてください。」
「…なに?」
「歴代巫女に関する資料があるんですよね?」
「それは…」
「見せてください。…でなければ、殿下の願いを聞くことは出来ません。」
「…」
厳しい顔、思い悩んだ様子の王太子だったが、数舜の葛藤の後、再び口を開いた。
「閲覧を許せば、令嬢帰還への助力を確約してもらえるのだろうか?」
「いえ。禁書はあくまで判断材料、…どうしても、気になることがあるんです。」
「それを、今ここで明かすことは?」
「…それはちょっと。」
言いながら、視線を部屋の奥へと向ける。
「…私も、確信があるわけではありませんので。」
嘘をついた。
本当は、ほとんど確信してしまっている。ただ、根拠なんて何もない「私だけの感覚」を理解してもらえるとは思えなかった。
「…分かった。」
「…」
「禁書の閲覧を許可しよう。」
「…ありがとうございます。」
「いや。…夫人の助力を請う手段がそれだけならばやむを得ない。…出来れば、良い返事を期待している。」
「…」
最後の、王太子の言葉には頷けなかった。私がしようとしていることは、彼の望みとは正反対だったから。
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