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最終章 領主夫人、再び王都へ
5.心を決めて
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「…では、これより先は巫女様お一人でご入室ください。申し訳ありませんが、私の立ち入りは許可されておりませんので。」
「ああ、はい。…ありがとうございます?」
「…」
禁書の保管された宝物庫、その扉の前まで案内してくれたサキアが慇懃に頭を下げた。王宮の中枢、王太子の側近である彼だからこそここまでの入室が許されたが、国の要職にはないセルジュの同行は許されず、王太子が用意した部屋で私の帰りを待ってくれている。
(ここまで来て、心細いなんて言ってられないけど…)
扉を開ける。事前に指示された通り、入って直ぐの右の扉、書物関連が納められているというそちらへと歩を進めた。
(…まぁ、やっぱり、っていうか、なんていうか…)
書物庫にこもってどれくらいの時間が経ったのか。窓もなければ、時計もないその場所で、少なくとも肩がバキバキに固まるくらいには集中してしまっていたらしい。
その結果得られた情報は、自分の推測を補完するものでしかなく、つまり、私が王太子の要請に応える可能性は完全になくなった。
「…面倒、だなぁ…」
どうやって、自分の意志を伝えるか。ここで知り得た情報は王太子にとっては既知のもの。それで、彼が私と同じ結論に至らないのは、彼に私の世界に対する知識がないからに他ならない。
(けど、それを一々説明したところで、納得する?)
結局、全てが私の「証言」の上に成り立つものでしかなく、彼らが私の言葉を全面的に信用するかどうか。
(少なくとも、あの男だけは絶対に納得しないだろうし…)
確実に訪れるであろう面倒事にため息をついて立ち上がる。凝り固まった身体を伸ばしながら、宝物庫の扉を出たところで固まった。
「え?…サキア?え?」
「…確認は終わられましたか?」
「え!?終わった、けど、え?もしかして、サキア、ずっとここで待ってたの?」
「それが私の務めですので。」
「…」
(…ビックリした。)
ビックリして、ついでに言葉が昔のものに戻ってしまっていた。
「…すみません、王太子補佐様。まさか、このような場所でお待ちいただいているとは思っていませんでしたので。」
「いえ。…巫女様が気になさるようなことではありません。」
「…」
「…確認がお済みでしたら、部屋までご案内いたします。」
「…お願いします。」
表情一つ変えずに頷いたサキアが、こちらに背を向け歩き出す。
(…なんか、ちょっと懐かしい。)
愛想は無いし、無駄口も一切たたかない男。第一印象としてはかなり最悪、冷たい人間だと思っていたが、自分に余裕が出来てから気づいた彼の側面。自分の知らないところで色々とでサポートしてくれていたのだと知ってからは、彼への印象は大きく変わった。
(…まぁ、それでも、プロポーズされたのは予想外過ぎたけど。)
今でも、彼の真意がどこにあったのか。実はちょっと疑ってしまっている彼の告白。それまで、私への嫌悪はなくても、好意と言えるようなものを感じたこともなかったので、あれは、九割九分、彼の責任感から来るものではなかったかと─
「あぁ、巫女様!やっと見つけましたわ!」
「え…?」
突如、掛けられた声。王宮の離宮近くから、表へと戻る途中の回廊。こんな王宮の最奥とも言える場所で、私を「巫女」と知って呼び止めることが出来る人間と言えば─
振り返り、そこにある人の姿を認めて、漏れそうになるため息を飲み込んだ。ドレスの裾を取り、頭を下げる。
「…お久しぶりでございます。王太子妃殿下。」
「ええ。久方ぶりですね?」
微笑みを浮かべたまま近づいて来る彼女の、その後ろに控える貴族令嬢らしき女性の姿に既視感を覚えたところで、王太子妃に手を取られた。
「私、巫女様が本日お見えだと聞いて、急ぎ参りましたの。」
「それは…」
「巫女様、是非、私のお茶会にいらっしゃって下さいませ。」
「え?いえ、あの、でも、私、まだ、この後に予定が…」
「ええ。存じておりますわ。殿下とのご会談の予定でございましょう?」
「…ええ。」
「でしたら、余計に私どもとお過ごし下さいませ。殿下は只今、王室会議に出席中でございますから。」
「あ。…そうなんですか?」
言いながら、視線をサキアへと向ける。小さく頷いた彼が口を開き、
「…ですが、巫女様の御用がお済み次第、殿下にはお声をかけるようにと賜って、」
「あら!それは駄目よ!大事な会議を抜け出すなんて!殿下の評判に関わります。…それは、巫女様の望まれるところではございませんよね?」
「それは、まぁ…」
そう言われて、「気にしない」なんて答えられるはずもなく、曖昧に頷いた。
「では、会議が終わるまでのひと時、巫女様のお時間を私どもに頂けないでしょうか?」
「…あの、すみません。私、お茶会というのが、少々、苦手で…」
婉曲に断っているつもりなのだが、それでもグイグイ来る王太子妃に引く気配は見当たらない。
「ご安心下さいませ、巫女様。お茶会と言いましても、私と他に二名、友人を招いてのごく私的なものですから。巫女様が気兼ねなさる必要は一切、ございませんわ。」
「…だったら、あの、少しだけ。」
少しだけ、顔を出してさっさと逃げよう。そう決めて、隣のサキアに伝言を頼む。
「…すみません、王太子補佐様。夫に、もう少し、時間がかかるとお伝え願えますか?」
「…それは、構いませんが。…よろしいのですか?」
サキアの言葉に、こちらを案じる響きを聞き取って苦笑する。
「…大丈夫です、多分。」
「…」
お茶会のマナーなんてほとんど付け焼刃。それも、王族相手のものなんて、習ったかどうかも覚えていないという怪しさ。私のマナー講師でもあったサキアが案じてしまうのは当然のこと。
(…まぁ、失礼なことだけはしないように気を付けよう。)
後は、もう、なるようになるしかない。
「ああ、はい。…ありがとうございます?」
「…」
禁書の保管された宝物庫、その扉の前まで案内してくれたサキアが慇懃に頭を下げた。王宮の中枢、王太子の側近である彼だからこそここまでの入室が許されたが、国の要職にはないセルジュの同行は許されず、王太子が用意した部屋で私の帰りを待ってくれている。
(ここまで来て、心細いなんて言ってられないけど…)
扉を開ける。事前に指示された通り、入って直ぐの右の扉、書物関連が納められているというそちらへと歩を進めた。
(…まぁ、やっぱり、っていうか、なんていうか…)
書物庫にこもってどれくらいの時間が経ったのか。窓もなければ、時計もないその場所で、少なくとも肩がバキバキに固まるくらいには集中してしまっていたらしい。
その結果得られた情報は、自分の推測を補完するものでしかなく、つまり、私が王太子の要請に応える可能性は完全になくなった。
「…面倒、だなぁ…」
どうやって、自分の意志を伝えるか。ここで知り得た情報は王太子にとっては既知のもの。それで、彼が私と同じ結論に至らないのは、彼に私の世界に対する知識がないからに他ならない。
(けど、それを一々説明したところで、納得する?)
結局、全てが私の「証言」の上に成り立つものでしかなく、彼らが私の言葉を全面的に信用するかどうか。
(少なくとも、あの男だけは絶対に納得しないだろうし…)
確実に訪れるであろう面倒事にため息をついて立ち上がる。凝り固まった身体を伸ばしながら、宝物庫の扉を出たところで固まった。
「え?…サキア?え?」
「…確認は終わられましたか?」
「え!?終わった、けど、え?もしかして、サキア、ずっとここで待ってたの?」
「それが私の務めですので。」
「…」
(…ビックリした。)
ビックリして、ついでに言葉が昔のものに戻ってしまっていた。
「…すみません、王太子補佐様。まさか、このような場所でお待ちいただいているとは思っていませんでしたので。」
「いえ。…巫女様が気になさるようなことではありません。」
「…」
「…確認がお済みでしたら、部屋までご案内いたします。」
「…お願いします。」
表情一つ変えずに頷いたサキアが、こちらに背を向け歩き出す。
(…なんか、ちょっと懐かしい。)
愛想は無いし、無駄口も一切たたかない男。第一印象としてはかなり最悪、冷たい人間だと思っていたが、自分に余裕が出来てから気づいた彼の側面。自分の知らないところで色々とでサポートしてくれていたのだと知ってからは、彼への印象は大きく変わった。
(…まぁ、それでも、プロポーズされたのは予想外過ぎたけど。)
今でも、彼の真意がどこにあったのか。実はちょっと疑ってしまっている彼の告白。それまで、私への嫌悪はなくても、好意と言えるようなものを感じたこともなかったので、あれは、九割九分、彼の責任感から来るものではなかったかと─
「あぁ、巫女様!やっと見つけましたわ!」
「え…?」
突如、掛けられた声。王宮の離宮近くから、表へと戻る途中の回廊。こんな王宮の最奥とも言える場所で、私を「巫女」と知って呼び止めることが出来る人間と言えば─
振り返り、そこにある人の姿を認めて、漏れそうになるため息を飲み込んだ。ドレスの裾を取り、頭を下げる。
「…お久しぶりでございます。王太子妃殿下。」
「ええ。久方ぶりですね?」
微笑みを浮かべたまま近づいて来る彼女の、その後ろに控える貴族令嬢らしき女性の姿に既視感を覚えたところで、王太子妃に手を取られた。
「私、巫女様が本日お見えだと聞いて、急ぎ参りましたの。」
「それは…」
「巫女様、是非、私のお茶会にいらっしゃって下さいませ。」
「え?いえ、あの、でも、私、まだ、この後に予定が…」
「ええ。存じておりますわ。殿下とのご会談の予定でございましょう?」
「…ええ。」
「でしたら、余計に私どもとお過ごし下さいませ。殿下は只今、王室会議に出席中でございますから。」
「あ。…そうなんですか?」
言いながら、視線をサキアへと向ける。小さく頷いた彼が口を開き、
「…ですが、巫女様の御用がお済み次第、殿下にはお声をかけるようにと賜って、」
「あら!それは駄目よ!大事な会議を抜け出すなんて!殿下の評判に関わります。…それは、巫女様の望まれるところではございませんよね?」
「それは、まぁ…」
そう言われて、「気にしない」なんて答えられるはずもなく、曖昧に頷いた。
「では、会議が終わるまでのひと時、巫女様のお時間を私どもに頂けないでしょうか?」
「…あの、すみません。私、お茶会というのが、少々、苦手で…」
婉曲に断っているつもりなのだが、それでもグイグイ来る王太子妃に引く気配は見当たらない。
「ご安心下さいませ、巫女様。お茶会と言いましても、私と他に二名、友人を招いてのごく私的なものですから。巫女様が気兼ねなさる必要は一切、ございませんわ。」
「…だったら、あの、少しだけ。」
少しだけ、顔を出してさっさと逃げよう。そう決めて、隣のサキアに伝言を頼む。
「…すみません、王太子補佐様。夫に、もう少し、時間がかかるとお伝え願えますか?」
「…それは、構いませんが。…よろしいのですか?」
サキアの言葉に、こちらを案じる響きを聞き取って苦笑する。
「…大丈夫です、多分。」
「…」
お茶会のマナーなんてほとんど付け焼刃。それも、王族相手のものなんて、習ったかどうかも覚えていないという怪しさ。私のマナー講師でもあったサキアが案じてしまうのは当然のこと。
(…まぁ、失礼なことだけはしないように気を付けよう。)
後は、もう、なるようになるしかない。
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