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42. 陰謀
しおりを挟む「陛下、調べて参りました」
春燕が包みを携えて戻ってきた。
晧月は報告を聞くのなら、重華を退席させるべきかしばし悩んだ。
だが、今後を考えれば知っておくべきかもしれない、そう思い春燕に調査内容を全て話すよう促した。
「結論から申し上げますと、持って来られた点心の中の1つだけに、毒が混入されておりました」
「ど、毒!?」
重華が驚きの声をあげ、青ざめる。
しかし、晧月も雪梅も想定の範囲内だったのか、ほとんど顔色を変えていない。
「死に至るような毒ではありません。ですが、摂取すると、子ができなくなってしまいます」
「なるほど、よく考えたな。丞相の娘が皇子を産み昇進するのを阻むだけではなく、朕に世継ぎができるのも阻むことができるというわけだ」
晧月に世継ぎができれば、先帝の皇子たちの皇位継承は自ずと遠のく。
重華が寵愛されていることで焦った第三皇子側の勢力が、策を練った結果なのだろう。
だが、晧月からすればあまりにもわかりやすく、愚かで稚拙な策だった。
「な、なんで、1つだけ、だったんでしょうか?」
重華が気になったのそこだった。
毒入りのものを、食べさせられたいとは決して思っていないけれど、確実に食べさせるなら全てに入れるべきではないかと思ったのだ。
「疑われないためですよ」
「え……?」
簡潔に雪梅が説明をしたが、重華の理解は残念ながら及ばなかった。
その様子を見て、晧月はくすりと笑う。
「毒入りのものを、見分けられるようにしていたのだろう。その毒入りをそなたに手渡すなどして、確実にそなたに食べさせておけば、あとは誰が点心に手をつけようと毒を食べてしまうことはない。そうすれば、後にそなたが毒に倒れたとしても、他に食べたものは無事であり、さらに残った点心を調べたところで毒は検出されないから、持ってきた点心は疑いを免れる、といったところだろう」
重華は、言葉を失った。
全てに毒が入っているよりも、その先がいろいろと考えられている分、より悪意を感じられる気がして恐ろしかった。
「あまり怖がらせたくはないが、残念ながら後宮ではこういったことも、珍しくはない」
言葉を返すことのできない重華に、晧月は淡々と告げる。
「今、この後宮にいる妃嬪のほとんどが、朕と敵対する役人たちの血縁者だ。それはつまり、そなたの父である丞相とも敵対関係にあるということになる」
重華にとっては、考えてもみなかった解釈だった。
一気に周囲が敵だらけになったような気がして、重華は身体を震わせる。
「この後宮で一番高貴な身分となったそなたを狙う者は、今後も増える可能性が高い。だから、必要以上に妃嬪たちと関わるな。何を渡されようとも、決して受け取ってはならぬ。いいな?」
重華は力なく、こくんと頷いた。
後宮は重華にとってこれまで、暖かく幸せな場所だった。
けれど、今は不安や恐怖といった、負の感情ばかりが湧き上がってくる場所に思えてしまう。
「大丈夫ですよ、珠妃様」
「ええ。私たちが必ずお守りいたします」
春燕と雪梅が安心させるように、重華に微笑みかける。
いつもなら重華を落ち着かせてくれるだろうその笑みを見ても、重華の不安は全く消えることはなかった。
「へ、陛下、それを、どうなさるのですか……?」
方容華によってもたらされ、春燕によって中身を調査された包み。
晧月はそれを持って、どこかへ行こうとしている。
「さて、どうするか……」
晧月は重華に毒を盛ったという確実な証拠として、とりあえず掴んだにすぎない。
それを、どうするか、そして方容華の処分をどうするか、まだ決めかねている最中だった。
「そうだな、持ってきた者にでも、食わせてみるか」
「方容華様に、ですか……?」
「そなたは、容華にまで様をつけるのか……」
晧月は久々にずきずきと頭が痛むような感覚を覚え、こめかみを抑える。
(まさか、本人の前でもそのように呼んでいないだろうな……)
春燕と雪梅にもう少し後宮の知識を教えさせる必要がありそうだ、晧月はそんなことを考えながら重華を見る。
「今そなたより高位な妃嬪はいない。誰に対しても、そのような敬称は不要だ」
「は、はい……」
重華は晧月の言葉に頷き、俯いた。
だが、すぐにはっとして顔をあげる。
「今、大事なのはそんなことではありません」
「朕には、こちらの方が大事だがな」
晧月の言葉に、うっと詰まりながらも重華はなんとか話を戻そうとする。
「安心しろ、まだそうと決めたわけではない」
それはもちろん、そうしないと決めたわけでもないということなのだが。
その晧月の一言にあからさまにほっとした様子の重華を見て、晧月は苦笑する。
思いつきで言ったものの、実はなかなか悪くない考えかもしれないと思っていることを、晧月は重華に明かすことはなかった。
「毒の入手経路もわかっていないし、他にも調べることを多々ある。どのみち罰を与えるのは、もう少し後だろう」
ということはきっと、点心も食べられなくなってしまっている。
きっと処分されてしまうだろうから、方容華の口に入ることもなさそうだ。
晧月がどのように考えているかなど知る由もない重華は、そのように考えていた。
それは、晧月が立ち去った後のことだった。
「珠妃様、甘いものでもいかがですか?気分が落ち着くかと」
未だ恐怖が消えない様子の重華を心配し、春燕が点心を差し出した。
それは、重華が好んでよく食べる、いつもの点心だ。
一目見てそうだとわかるのに、重華はなぜか手が伸ばせなかった。
「こちらは私が作ったものですから、大丈夫ですよ」
重華の不安を察知したかのように、春燕が言う。
言われなくても、重華はよくわかっているはずだ。
けれど、手を伸ばそうとすると、なぜか手が震えてしまうのを止められない。
(どうしよう、これじゃあ春燕さんを疑っているみたいになってしまう)
先ほど毒入りの点心の話があったばかり。
だからといって、重華は春燕や雪梅まで自身に毒を盛るなど夢にも思っていないのだ。
それなのに、まるで自分のものではないかのように、身体が思うように動いてくれない。
なんとか手を伸ばそうと必死になればなるほど身体が震え、呼吸も荒くなり、徐々に息苦しささえ感じるようになっていく。
「珠妃様、止めましょう。無理はよくありません」
震える手を、雪梅が掴んで止めた。
「ち、違うの、私は……っ」
「大丈夫ですよ。私たちはわかっておりますので」
雪梅は安心させるようにそう言って、重華の前に湯呑みを置いた。
「お茶は、いかがですか?」
重華はそう言われて、今度はお茶へと手を伸ばそうとした。
けれど、それも上手くいかない。
点心の時と、同じように身体の震えを抑えられない。
「わ、私……っ」
「珠妃様、大丈夫ですから、少し落ち着きましょう」
再び雪梅が、止めるように重華の手を掴んだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
重華の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
自身が酷く情けなく思えて、重華はその場にいるのが耐えられなくなった。
「しばらく、1人にしてください」
重華はそう言うと、立ち上がり寝室へと逃げ込んだ。
(私、最低だ……)
重華は泣き崩れるように、寝台に倒れ込んだ。
食べ物に毒が入っているなど、今までの重華には考えもつかないことだった。
そういった事がありえるのだということは、重華にはとても衝撃的なことだった。
だからといって、春燕が用意した点心にも、雪梅が入れたお茶にも、毒なんて入っているはずがない。
そう思っているはずなのに、まるで2人を疑うかのようにしか動いてくれない自身の身体が憎らしかった。
(きっと、2人を傷つけてしまった……)
ずっと重華に優しくしてくれた2人を、裏切ってしまった。
そんな罪悪感で、重華は押しつぶされそうだった。
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