68 / 107
68. 想望
しおりを挟む「今日も絵を描いてるんだ、本当に好きなんだね」
方容華の話題は、舜永の中で終わったらしい。
舜永は興味深そうに重華の描く絵を覗き込んだ。
「あ、これ、昨日の続き?もうすぐ完成しそうだね」
「は、はい」
舜永さえ来なかったら、昨日完成していたかもしれない絵だ。
昨日途中から記憶がなくなり、倒れた状態で晧月に発見されるという事態になってしまったことで、中途半端に終わってしまったのだ。
「ね、これ、完成したら、俺にちょうだい?」
「え?ええっ!?」
「そんなに驚くこと言った?」
重華の絵を欲しがるのなんて、晧月くらいだと思っていた。
こんなの貰ってどうするんだろう、晧月に欲しいと言われた時と同様にそんな気持ちももちろん沸き上がる。
ただ、それ以上に重華の中を占めたのが……
(まさか、今後ずっと揶揄うために使われたりするんじゃ……?)
なぜか、いいことに使われる気がしなくて、そんな悪い予感ばかりだった。
「ね?完成まで、待ってるからさ」
「いや、あの……っ」
別に渡して困ることはないのだけれど、どうも渡す気にはなれない。
(もしかしたら、陛下も欲しいって仰るかもしれないし……)
描いた絵を全て持っていくわけでは、もちろんない。
けれど、晧月は時折重華の絵を欲しがってくれる。
今描いている絵は、晧月にはまだ見せていない絵だ。
確率が低いとしても、もし晧月が欲しいと言ってくれたら、重華は舜永よりは晧月に渡したいと思った。
けれど、そう言われなかったとしたら、舜永に断るのは非常に申し訳ないとも思う。
印象はよくないとはいえ、相手は皇位継承権第一位という高貴な皇子なのだ。
(どうしよう……)
晧月が欲しいということは、そうあることではない。
渡してしまった方がいいのかもしれない。
重華がそう考え始めた時だった。
「悪いが、その絵は渡せない」
今、まさに、重華が思い浮かべていた晧月が、重華と舜永の目の前に現れた。
重華と舜永が隣り合って座っているのが気に入らなくて、晧月は重華に手を差し出す。
その意図は重華には伝わってはいなかったものの、重華は当然のようにその手を取って立ち上がった。
「体調はどうだ?」
「あ、ご心配をおかけしました。もう、大丈夫です」
「そうか。ならよかった」
まるで、その場に舜永など居ないかのように、晧月は立ち上がった重華だけに視線を向けて声をかける。
「ふーん……先約があったわけね。なら、そう言えばよかったのに」
そう言うと、まるで自ら晧月の視界に飛び込むかのように、舜永も立ち上がった。
あからさまに不機嫌な晧月の視線が、ちらりとだけ舜永に向けられる。
「あ、先約というか、その、えっと……」
別に、晧月に渡すと約束をしていたわけではなかったため、重華はどう答えるべきかわからずしどろもどろになる。
そんな重華を助けるかのように、晧月は重華を自身に引き寄せると、重華を庇うかのように一歩前に出た。
「そういうことだ。だから、諦めろ」
そうして晧月がどれだけ鋭い視線を向けようとも、舜永はただ肩を竦めて見せるだけだった。
「だいたい、なぜおまえがここにいる?」
「え?そりゃあ、噂の兄上の寵妃に会いに来たんですよ。会うくらい、問題ないでしょう?」
あえて晧月の神経を逆撫でするかのような言い方に、晧月は怒り出しそうになるのをぐっと耐える。
舜永の言う通り、皇子が皇帝の妃に会うだけならば禁じられてはいないし、問題もない。
「何を企んでいる?」
「人聞きの悪いこと、言わないでくださいよ。兄上の妃なら、俺にとっては義理の姉ってことでしょう?親睦を深めておこうかなって」
「心にもないことを」
そもそも晧月のことを、兄として慕っているわけではない舜永が、重華を義理の姉と捉えているわけがない。
自身の寵妃という立場の重華に、何か使い道がないか、確かめに来たとしか晧月には思えなかった。
「酷いなぁ。ま、いいや。今日は兄上の機嫌がこれ以上悪くならないうちに、退散しますよ。珠妃、またね」
重華に対しにこりと笑って、ひらひらと手を振る舜永の姿が、晧月の怒りをさらに増長させる。
「もう来るな。皇帝の妃に、頻繁にちょっかいをかけるようなら、罰を与えるぞ」
「へぇ……俺が他の妃嬪の元に毎日通ったとして、あなたは欠片も気にしなかっただろうに、随分変わりましたね」
現に、舜永は過去、情報収集も兼ねて頻繁にとある妃の元を訪れた。
だが晧月は罰を与えるどころか、その動向を気にもとめていなかった。
今もこうして通う相手が、重華でなければ、晧月はここまで干渉してくることさえなかったはずだ。
(おもしろいもの、見つけたかもしれないな)
再度重華に視線を向け、くすっと笑みを漏らすと、舜永はそれ以上は何も言わずその場を立ち去った。
「あいつ、いったい何を考えて……」
こうして突然重華の元を訪れはじめた舜永を、警戒せずにはいられない。
晧月はいろんな考えを巡らせながら、姿が見えなくなって尚、舜永が立ち去った方角をじっと見つめていた。
「あ、あの、申し訳、ありません……」
「ん?」
「その、舜永様と、お話していたので……」
晧月の機嫌を損ねてしまった気がして、重華は頭を下げる。
避けられなかったとはいえ、敵対する存在と話をする妃の姿など、気分がよくないはずだ。
しっかりと追い返せなかったことを、重華は後悔していた。
「ああ。おまえは悪くないから、気にするな。どうせあいつが勝手に押しかけてきたんだろうし、あいつも言ってた通り妃と皇子が話しているだけなら、問題にはならない」
「問題に、なることも、あるんですか……?」
「男女の関係を疑われるようなことがあれば、な」
重華は驚き、慌てて首を振った。
「安心しろ、おまえがそんなことするとは思っていない」
それは、晧月を裏切るようなことはしないだろうとか、晧月が居ながら他の男に目を向けることはないだろうとか、そういった信頼とは少し違ったけれど。
皇帝の妃でありながら、他の皇子と関係を持つ。
良くも悪くも、重華にそんな度胸があるようには思えない、というだけである。
「で、舜永とは、どのような話を?」
「あ、その、私が過呼吸を起こしたことをご存知で……」
「あの太医は使えんな……」
吐き捨てるように言った晧月の言葉を聞きながら、重華は少し前に聞いた舜永の言葉を思い返した。
(やっぱり、そうなんだ……)
病状を簡単に明かしてしまうような太医は、どうやら歓迎できないようだ。
こういったことは、やっぱり、晧月に伝えるべき情報だったのだ、と重華は思った。
「それで?まさか、心配して見舞いに来たというわけではないだろ?」
「えっと、その、なんで、過呼吸になったのか、お知りになりたかったようで……」
結局のところ、重華も舜永の目的はよくわからなかった。
「お見舞い、ではなかったかもしれませんが……なんか、慰めてもらった気がします……」
舜永にそういった意図があったのかはわからない。
けれど、舜永との会話を通して、重華の心は少なからず軽くなったような気がしているのだ。
だが、それを聞いた晧月は、決してそれを歓迎する様子はなく、顔を顰めてしまった。
「気に入らんな」
「え?」
「不安なことがあるなら、なぜ俺に言わない。なぜ、あんな奴に慰めてもらうんだ」
「あ、あの、慰めてもらおうと、思ったわけではなくて……」
確かに、晧月に話していないようなことも口にしたかもしれない。
だが、慰めて欲しいと思って打ち明けたわけではなく、たまたま結果的にそうなっただけだ。
「なら、なぜ、俺に言わないようなことを、あいつに話したりしたんだ」
「もしかして、さっきの話、聞いて……?」
「全て聞こえたわけではない」
それは、一部は聞かれてしまっている、ということだ。
(どこから、聞いていらしたんだろう……)
重華が舜永に話せたのは、重華にとって舜永がよくも悪くもどうでもいい人だったからだ。
舜永が重華の言葉を聞いて、重華を軽蔑しようと、揶揄おうと、どのような感情を抱こうともさして気にはならなかった。
しかし、晧月に対しては違う。
「陛下に、嫌われたく、なかったんです……」
今の心のうちを知られ、晧月が離れてしまうことが、重華は何よりも怖かったのだ。
20
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
『魔王』へ嫁入り~魔王の子供を産むために王妃になりました~【完結】
新月蕾
恋愛
村の人々から理由もわからず迫害を受けていたミラベル。
彼女はある日、『魔王』ユリウス・カルステン・シュヴァルツに魔王城へと連れて行かれる。
ミラベルの母は魔族の子を産める一族の末裔だった。
その娘のミラベルに自分の後継者となる魔王の子を産んでくれ、と要請するユリウス。
迫害される人間界に住むよりはマシだと魔界に足を踏み入れるミラベル。
個性豊かな魔族たちに戸惑いながらも、ミラベルは魔王城に王妃として馴染んでいく。
そして子供を作るための契約結婚だったはずが、次第に二人は心を通わせていく。
本編完結しました。
番外編、完結しました。
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
冷酷な王の過剰な純愛
魚谷
恋愛
ハイメイン王国の若き王、ジクムントを想いつつも、
離れた場所で生活をしている貴族の令嬢・マリア。
マリアはかつてジクムントの王子時代に仕えていたのだった。
そこへ王都から使者がやってくる。
使者はマリアに、再びジクムントの傍に仕えて欲しいと告げる。
王であるジクムントの心を癒やすことができるのはマリアしかいないのだと。
マリアは周囲からの薦めもあって、王都へ旅立つ。
・エブリスタでも掲載中です
・18禁シーンについては「※」をつけます
・作家になろう、エブリスタで連載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる