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90. 雪
しおりを挟む季節は廻り、あっという間に冬を迎えた。
重華が不安に思っていた、晧月への新たな輿入れの話は、その後全く音沙汰がなかった。
そのため、最初こそ不安に押しつぶされそうだった重華も、いつしかそんな気持ちとともにきれいさっぱり忘れてしまった。
(寒い……お布団から、出たくない……)
その日は重華が後宮に入ってから、おそらく一番だと思うほどの寒さを感じ、重華は布団にくるまって身体を震わせていた。
そろそろ春燕か雪梅が来るだろうから、起き上がらなくてはいけない、と思っている。
それでも、まだ布団の温もりを手放したくないという願望を、重華は捨てられなかった。
「雪!?」
まだ起き上がりたくない自分自身と、重華は何度となく格闘し、なんとか自身を奮い立たせて、ようやく起き上がった。
そうして、窓の向こうに見えた外の景色の様子に、重華は非常に驚いた。
(どうりで、寒いはずだわ……)
目の前に広がるのは、雪が積もり、真っ白に染まってしまった景色だった。
見ているだけで寒さが増してしまいそうだ、そう思いながら重華は目の前の光景を眺めていた。
「こ、れは、いったい……?」
いつものように身支度を整えてもらい、朝食を食べ終えた頃だった。
突如、琥珀宮に大量の贈り物が届けられたのである。
積み上げられたその贈り物の量には、重華はもちろん、春燕と雪梅までも驚いた。
「陛下から、ですね」
重華に贈り物をするような人間など、限られている。
春燕も雪梅もおそらくはそうだろうと思っていたけれど、念のため添えられていた手紙を確認すれば、やはり贈り主は予想通り晧月であった。
「なんで、突然、こんなにたくさん……」
「急に寒くなったので、珠妃様の体調を心配されたようですよ」
そこにあったのは、高級な毛皮で作られた外套や、今使っているものよりも厚手で、保温性の高い寝具。
他にも香りのよい高級な炭や、足炉、身体を温める効果のある薬湯など、防寒のためのありとあらゆる贈り物が届けられていた。
「まぁ、これは貂皮で作られた外套のようですね」
「貂皮……?」
「毛皮の中でも特に貴重で高級なものですよ。歴代の皇帝の妃嬪であっても、皇帝から贈られた方は数えるほどしかいらっしゃらないかと」
「そ、そんな貴重な品を、私がいただいてもいいんでしょうか……?」
「もちろんです。陛下自らお贈りになったのですから」
春燕は笑顔でそう言ったけれど、重華はそれに触れるだけで震えてしまいそうだと思った。
他にも春燕と雪梅が贈り物を確認すればするほど、めったに手にできないような貴重な品ばかりが現れ、重華はもはや卒倒しそうだった。
「陛下からの寵愛の深さが伺えますね」
よかったですね、と雪梅も笑っていたけれど、恐れ多い気持ちでいっぱいだった重華はともに笑うことなどとてもできなかった。
「珠妃様、外に出るのであれば、今日陛下から贈られた外套をお召しになるように、とのことですよ」
そろそろ、重華が絵を描くために庭に出るかもしれない。
そう思って雪梅は声をかけたのだが、重華は顔を曇らせてしまった。
「珠妃様?」
「やっぱり、出ないと駄目でしょうか?」
重華は今日は寒いし、雪も積もっているし、さらには真っ白な紙に真っ白な雪景色を描くのはあまり楽しそうだと思えなかったし、そんなこんなで外には出たくないと思っていた。
しかしながら、わざわざ贈られてきた非常に貴重らしい外套を眺めていると、それを身にまとい、外に出なければならないのではないかという気がしたのだ。
「いえ、出たくなければ、無理に出る必要はないかと」
「本当に?そのために陛下は外套をくださったのでないのですか?外に出なかったら、陛下を失望させませんか?」
不安そうに瞳を揺らす重華を安心させるように、雪梅は重華の手を握った。
「大丈夫ですよ。むしろ珠妃様がより暖かい場所にいらっしゃる方が、陛下は安心されるはずですから」
晧月はただ、重華なら絵を描くために、今日のように寒い日でも外に飛び出してしまいそうだと心配し、万が一に備えて外套を贈ったにすぎない。
決して、外に出て欲しいと願っているわけではない。
そのことを丁寧に伝えると、重華はようやく安心したようにほっと息を吐いた。
その日、晧月が重華の元を訪れたのは夕方のことだった。
「今日は外で絵を描かなかったのだな」
外に出なかっただけではなく、今日の重華は珍しく画材にも触れていない。
晧月はただ、珍しいこともあるものだ、とそう思ったにすぎなかったのだけれど。
重華は、つい雪梅に投げたのと同じ質問を投げてしまう。
「やっぱり、出ないと駄目でしたか?」
「いや、そんなことはない。おまえはよく体調を崩すし、今日のように寒い日は、部屋でおとなしくしておく方がいいだろ」
朝こそ震えるほどの寒さを感じたけれど、今は春燕と雪梅のおかげで部屋はすっかり暖められて快適に過ごせている。
そこから無理に外へ飛び出す必要性は、晧月だってあまり感じてはない。
「ただ、好きかと思ったんだ。雪景色」
雪が積もって真っ白になった景色ではしゃぐ子どもは多い。
重華もそんな子どものように、雪が積もったことを喜んで外に飛び出すのではないかと晧月は思った。
だからこそ上質な外套を、急いで届けさせたのである。
「真っ白な紙に、真っ白な景色を描いても、あまり……」
色をつける楽しみだってない、重華は目の前に広がる雪景色を、絵に描きたいとは思っていないことを伝える。
(ただ、白いだけではないんだがな)
雪の合間から花も咲いていたりするし、よくよく見れば白一色の景色ではない。
しかし、それを言ってしまうと、無理してでも絵を描けと言っているように捉えられてしまそうな気がして、晧月は何も言わなかった。
「雪が、好きではないんだな」
重華を見ていて、晧月はそう思った。
ただ、絵に描くには面白みがないとかそういった理由だけではなく。
重華は、もっとずっと前から、あまり雪が好きではなさそうに思ったのだ。
「はい、雪の日はその……いつもより、大変だったから」
雪が積もると、重華の仕事はより多く大変なものになった。
庭の掃除をしながら雪かきをしなければならなかったし、外にいるだけで手足は凍ってしまいそうなほど冷たくなって、身体を動かすことも大変だった。
今でも、思い出すだけで、指先が凍りそうなほど冷たくなっていくような気がした。
そんな思いでまじまじと自身の両手を見ていると、その手を暖めようとするかのように、晧月の両手が包み込んだ。
「陛下?」
「なら、雪が積もっている間は、こうして部屋から雪景色をともに眺めることにしよう」
「えっ?」
「そして、雪が解けたら、またともに庭で散歩でもしようか」
雪がなくなるまで、外に出なくてもいいと言ってくれているのだと、重華は気づいた。
せっかく貴重な外套貰ったというのに、それを使うのが雪が解けてからでもよいと、晧月は言ってくれているのだ。
「だが、外に出なくとも、夜は冷え込む。暖かくして寝るんだぞ」
「はい」
重華は、その言葉だけで、心も身体も暖かくなったような気がした。
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