皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ

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98. 想定外

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 その知らせは、翌日、朝早くから晧月の元へ届き、晧月は琥珀宮までの道のりを急いだ。

「陛下!?」

 勢いよく飛び込んで来た晧月の姿に驚きながらも、春燕と雪梅は慌てて礼をする。
 だが、晧月は挨拶を受ける時間さえも惜しいとでもいうように、2人へと詰め寄った。

「重華がまた倒れたとは、どういうことだ!?」
「それが、その……」
「こちらを見られて……」

 困ったような表情を浮かべながら、2人は同じ方向へと視線を向ける。
 追いかけるように晧月もそちらへ視線を向ければ、一目で高価だとわかる贈り物があれやこれやと積みあがっている。
 近づけば一通の文が目に入り、晧月はそれを手に取った。
 そして、内容を確認するや否や、深いため息をついた。

(本人の立ち入りは禁じていたが、物を贈ることを禁じてはいなかったな……)

 むしろ、今までを考えれば、そんなことは想定外だった。
 晧月は自身の手の中にある丞相からの文を見ながら、再度深いため息をついた。

「重華は、また過呼吸を?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
「今は部屋に?」
「はい」

 晧月は簡潔に知りたいことだけ訊ねると、持っていた文を放り投げ、重華のいる部屋へと向かった。



「起きていて、大丈夫なのか?」

 てっきり眠っているだろうと思っていた重華は、寝台の上にはいるものの身体を起こした状態だった。
 顔色もそれほど悪くはなく、予想よりもずっと元気な様子に、晧月は少し拍子抜けした。

「あ、驚かせてしまって、ごめんなさい。その、たいしたことはなくて……」

 ほんの一瞬、気を失ってしまっただけだった。
 それでも晧月に知らせは届いてしまい、こうして朝早くから心配させ、わざわざ様子を見に来させてしまったのだ。
 そう思うと、重華は申し訳なくて仕方がなかった。

「いや、元気そうで何よりだ」
「はい、もう、なんともないです」

 柳太医にも、問題ないとしっかりとお墨付きをもらっている。
 重華がそのことを告げると、晧月は安堵の笑みを見せた。
 だが、部屋に昨日と同じ香が焚かれていることに気づき、すぐにその顔を顰めた。

「あ、その香、お嫌いですか?下げてもらいましょうか?」
「いや、いい。そういうつもりで、見たわけではない」

 決して、その香が嫌いなわけではない。
 心を落ち着ける効果があるとされるだけあって、不快感を感じるようなこともない。
 ただ、思っただけなのだ。

(これがあるということは、おそらく……)

 そう、倒れた理由は、精神的なことに起因するところが大きいのだろうと。

「丞相から届いたものが、そんなに嫌だったのか?」
「見たんですか?」
「ああ」
「お手紙も?」
「ああ」

 どのような物が届いたか、手紙にはどんなことが書かれていたか、どうやら晧月は全て把握しているようだ。
 それならば、話は早いかもしれない、と重華はそう思った。
 手紙の内容はともかく、何が届いたかを説明するのは、大変そうだと思っていた。
 重華はただ、どれもとても高級なものらしい、というくらいしか残念ながら把握できてはいないから。

「私は、読めなかったんです。だから、春燕さんに代わりに読んでもらって」

 残念ながら、重華はまだ、字を全てすらすらと読めるわけではない。
 そのため、春燕に内容を音読してもらったのだ。
 そうして知った手紙に書かれた内容は、今までのことを詫びる旨と、それから、許して欲しいという言葉だった。

「あれ、どれもすごくいいものらしいんです」
「そうだな」
「私が見ても、すごく高価なんだろうなってわかるものもあって」

 特に、着物はわかりやすかった。
 晧月に貰ったものに、負けないくらいの手触りのよい物もあって、春燕と雪梅の説明がなくとも、きっと高価なのだろうと思ったのだ。

「そんなすごい物をたくさん贈ってもらったから、許さなきゃって頭ではそう思ってるんですけど……」

 考えれば考えるほど、納得のいかないことばかりな気がして、重華はどうしても丞相の謝罪を受け入れる気にはなれなかったのだ。

「悪い子、ですよね。ちゃんと謝ってもらったのに、許すことができないなんて……」

 晧月にそうだと言われてしまう前に、自分からそう認めてしまった方がいい。
 重華はそう思いながら、目を伏せてそう言った。
 すると、すぐにため息が聞こえてきて、きっと呆れられてしまったのだろうと重華は思った。

「それが、倒れた理由か」
「はい……」
「くだらない」
「も、申し訳……っ」

 吐き捨てられるように言われ、重華は反射的に頭を下げ、謝罪しようとした。
 しかし、下がる前に重華の顎に晧月の手がかかり、頭を下げることは阻まれてしまった。

「おまえに今までしてきたことを考えれば、俺だって許せないのに、おまえがそう簡単に許せるわけがないだろう」
「へ……?」

 晧月の言葉が、あまりにも予想外で、重華はつい気の抜けた声を出してしまう。

「で、でも、すごく高価な物や、貴重な物ばかり、あんなに……っ」
「確かに、皇宮でもめったに見られないような、珍しい品もあったが、だからなんだ?」
「え?だって……」
「18年だ。おまえは18年もの間、丞相に辛い思いをさせられた来たのだろう?」
「えっと、その…………はい……」

 重華は頷いてよいのか、しばし迷った。
 18年ずっと、というわけでは決してない。
 母が生きている頃は、幸せを感じる日だってあった。
 後宮に入ってからの日々は、晧月や、春燕、雪梅のおかげで何不自由なく幸せに過ごせている。
 だが、晧月の視線がそうなのだろう、と肯定を促してくるような気がして、重華はこくりと頷いてしまった。

「おまえの18年はそんなに安くない。俺なら、あの倍の量の贈り物を貰ったとしても、簡単に許すつもりはない」

 自身の18年をそれほど重く考えたことなど、重華にはなかった。
 重華にとって晧月の言葉はあまりに意外すぎて、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
 そんな重華を見て、晧月はくすりと笑みを漏らす。

「丞相を許さない俺を、悪い奴だと思うか?」

 重華は、慌ててふるふると首を振った。
 もちろん、晧月にとって想定通りの反応である。

「なら、おまえだって、何も悪くない。だから、そんなこと、気にしなくていい」

 そう言われると、確かに悪くないかもしれない、重華はだんだんとそう思えてきた。

「おまえが許したくなるまで、放っておけ」

 重華はずっと、許さなければならない、そんな感情に縛り付けられて身動きが取れなくなっているような感覚があった。
 それが今、全て解けて、身体が軽くなっていくような気がした。

(そっか、無理に許さなくてもいいんだ)

 いつか許せる時が来るかもしれないし、もしかしたら一生そんな気持ちにはなれないかもしれない。
 でも、少なくとも晧月は、それでも重華を咎めたりはしないのだ、そう思えるだけで心も驚くほど軽くなった。

「ああ、文句の一つでも言ってやりたいなら、いつでも会わせてやるぞ」

 晧月がふと、思いついたように言う。
 重華はまたしても、ふるふると首を横に振った。

「今は、会いたくない、です」
「そうか。会いたくないなら、無理に会う必要はない。一生会いたくないというなら、一生会わないようにだってしてやれる」

 この先ずっと、一生会いたくないと思い続けるかどうか、今の重華にはわからない。
 けれど、会いたくなるような未来は、今のところ想像できないと思った。



 話が終わると、晧月はすぐに天藍殿へ戻ろうとした。
 だが、重華は引き留めたい気持ちから、つい晧月の着物を掴んでしまう。

「もう、行ってしまうんですか?」
「ああ。悪いな。政務を放り出して来たんだ。すぐ、戻らないと」

 忙しいのに、それほど心配して、急いで来てくれたのだろう。
 そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになり、重華は慌てて掴んでいた着物を手放した。

「政務が片付いたら、また様子を見に来る。だから、おまえはそれまでゆっくり休んでおけ」
「あ、あのっ」

 晧月は足早に立ち去ろうとしているのに、重華は引き留めるかのように声をかけ、またしても晧月を止めてしまう。
 それでも、晧月は怒ることなく、重華の言葉を待ってくれた。

「き、昨日は、ごめんなさい。あんな話、するべきじゃなかったのに……」

 訊かれたわけでもないのに、ついべらべらと自ら過去を話してしまったことが、重華はずっと気になっていた。
 きっと、聞きたくはなかっただろうと思うから、これだけは次に会った時、きちんと謝罪しなくては、と思っていたのだ。

「気にしなくていい。確かに楽しい話ではなかったが、おまえのことなら、何でも知りたいと思っている」

 安心させるように、晧月の手が優しく重華の頭を撫でてくれた。
 怒られなかっただけで十分だったのに、晧月は知りたいと、そう思ってくれている。
 そのことが、重華は非常に嬉しかった。

「来るのはおそらく、夕方くらいになるだろう。一緒に、食事でもしようか」
「は、はい、お待ちしてます」

 今度こそ、重華は足早に立ち去る晧月の足を止めることなく、その背中をしっかりと見送った。
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