他人の不幸を閉じ込めた本

山口かずなり

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クジャク・アカカンガルーの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。

「クジャクの刺青」

「アカカンガルーの刺青」

ある町に人形職人を夢見る少女がいた。

少女は自分が納得する作品しか作らなかった。

作り上げた作品も、直ぐに壊してしまい、誰にも見せない子だった。

その性格が仇となり、時間だけが虚しく過ぎていった。

少女は結局、人形職人にはなれなかった。

少女は夢を諦めて、親に勧められた大工の男と結婚した。

少女の理想には程遠い男だったが、親の言うことは絶対だった。

少女は愛してもいない男に、毎晩のように抱かれ、一人虚しく眠る日々を送っていた。

いつしか少女は、自分の事を棚にあげて、人を恨むような「女」になっていた。

隣で眠る男は、私を性欲の捌け口と思い込んでいるに違いない。

だから毎晩、私を見るなり、強く抱き締めて、私を押し倒す。

君が愛しい、

君が欲しい、

君の子が欲しいと卑猥な言葉を囁いて。

女には、この男の思考が全く理解出来なかった。

ある晩。

男が果てるようにベッドに倒れた。

仕事の疲れが限界に近付いていたのかもしれない。

だが、女は、冷たく言い放った。

やっとゆっくり眠れるわね、と。

女は氷のように冷たかった。

そして朝…。

女は氷のような冷たさに、眼を覚ました。

何かが、女を後ろから包み込むように拘束していた。

それは隣で眠っているはずの男だった。

愛と言う名の拘束具を無理矢理解いた女は、折れ曲がった蒼白い男の身体を見て、歓喜の涙を頬に伝わせていた。

これで自由になれる。

夢の続きをまた見られる、と…。

男の葬式を終えて、女は一人帰宅した。

誰もが、女の事を不幸だと哀れんだが、女自身はそれほど不幸ではなかった。

女を包み込む、その孤独感こそが、永年、女が求めてきたものだったからだ。

やっと、人形作りに専念出来る。

女は倉庫に閉じ込めておいた、作りかけの人形達をベッドの上に並べた。

女が人形に触れようとすると、玄関で物音が聞こえた。

玄関に行ってみると、黒いローブに身を包んだ怪しい男が倒れていた。 

怪しい男の両手には、分厚い本が抱えられていた。

怪しい男は、女に分厚い本を押し付けると、その場から逃げるように外へ飛び出していった。

女は分厚い本を返そうと、外に飛び出した。

だが、既に怪しい男の姿はどこにも見当たらなかった。

女は仕方なく分厚い本を自室の本棚になおして、人形作りを始めた。

―数ヶ月後―

人形が一体生まれた。

納得のいく子だった。

女が二体目を作ろうとすると、激しい痛みが、女の膨れ上がった下腹部を襲った。

それは他人にとっての幸福で、女にとっての不幸だった。

二体目は一人として生まれた。

可愛くて、いじらしい男の子だった。

女手ひとつで育てられた男の子は、女から人形のように可愛がられ、大切にされた。

女は、男の子がもっと自分の理想に近付けるように、男の子が持つ男らしさを全て奪った。

そして、泣き止まない男の子に言った。

あなたは私、私の理想だ、と。

この日から女は、男の子の事を女の子として育てるようになっていった。

綺麗な洋服や小物で、男の子を着飾り、人形のように椅子に腰掛けさせて、有名な画家に男の子を少女のように描かせた。

男の子にとってそれは、疑問でしかなかった。

ある昼下がり、女がいつものように男の子の長い髪を編んでいると、男の子が前を向いたまま言った。

今日は本を読んでいる私を描いて欲しい…。

男の子はそう言って、どこからか分厚い本を持ってきて、いつもの椅子に腰掛けた。

暫くして、画家が家にやって来た。

 男の子は、女と画家に、自分の不幸とよく似た、ある男の子の物語を読み聞かせた。

そこには黒文字で「クジャクの刺青」と書かれていた。

その物語は読者の気分を害する内容だった。

女と画家は、顔色を悪くしていた。

自分達の行いが悪人として書かれていたからだろう。

画家は、途中で聞くに耐えられなくなったのか、筆を折り曲げ、頭をぐしゃぐしゃにして、家を出ていった。

画家は消えた。

これでいい、これで拷問椅子に縛られなくて済む。

男の子は、密かに安堵の表情を浮かべていた。

だが、これで終わりではなかった。

物語で続きが書かれていたように、男の子の物語は続いていた。

女は次なる恐ろしい理想を 男の子に押し付けてきた。

それは、人形作りなるという、女の過去の夢だった。

男の子は、うんざりしていた。

だが、親の言うことは絶対だった。

男の子は泣きながら、趣味でもない人形作りに専念させられた。

女の子になるだけでも辛かったのに、今度は夢までも奪われたのだ。

男の子は、両手で顔を覆い隠して、ポロポロと泣いていた。

その時、誰かが囁いた。

【涙で美しい顔を汚す者よ、涙を枯らしたければ己が変わり、理想を産む母を越えるのだ、そうすれば己が創造者となり、混沌の母になれるだろう、だが忘れるな、混沌はあらゆるモノを生み出す、だが、生み出したモノが、全て、主に従うとは限らない、お前のように刃向かうものもいる】

声は止みかけていた。

だが、止んだと思った声は、まだ何かを囁いていた。

【我が子を狂わせる愚か者よ、我が子に、己の夢の実現を願うならば、我が子に代償の肉体を捧げよ、そうすれば我が子は創造者となり、混沌の母、己の夢に変わるだろう、だが、忘れるな、夢を見るのはお前ではない、混沌の母だ】

声が完全に消えると、女が部屋に入ってきた。

女は無言で男の子の腕を掴むと、男の子を綺麗で冷たい部屋に閉じ込めた。

最高の人形を一体作り上げるまで外出は許さない、と。

次の日の朝。

女が人形のパーツを男の子の部屋に持ってきた。

これで最高の人形を作ってほしい。

男の子は、それを黙って受け取った。

男の子は涙を流しながら人形を組み立てた。

そして、金色の糸を人形の頭部に縫い付けた。

眼には硝子の玉を入れ、人形の全身を高貴な洋服で、綺麗に着飾った。

男の子は外に出たい一心で、女に人形を見せた。

だが、女は何か気に食わなかったのか、その人形を恐ろしい眼で睨み付けると、次に男の子を睨み付け、その人形を 男の子の腹へ投げ付けてきた。

「誰でも作れる人形なんていらない、私が欲しいのは独創的発想、私自身」

男の子は、また部屋に閉じ込められた。

気が付くと、出入口の扉には覗き穴のようなものが開けられていた。

男の子がその穴を覗くと、女の眼がぎょろりと現れ、男の子の様子を監視していた。

もう逃げ場なんてどこにも無かった。

男の子は、最高の人形を作り上げる事が唯一の救いだと信じ、人形を作り続けた。

女は言っていた。

私が求めているのは「独創的発想、私自身」だと。

つまり、それが女の理想。

男の子は、女に幾つか質問を投げ掛けた。

「あなたの理想は暖かいものですか、それとも冷たいものですか」

その質問に女は、暖かいものと答えた。

男の子は何かに気付き始めていた。

「その暖かいものは生きていますか」

その質問に女は、生きていると答えた。

男の子は、女に人形のパーツを書いた紙を手渡した。

女はその紙を見て、眼を見開いていた。

男の子の狙い通りだった。

男の子は言った。

それを持ってきてくれないなら、最高の人形は作れない、と。

女は、男の子に人形のパーツを取りに行かせようとして、やめた。

女は無言で部屋から出ていくと、キッチンから刃物を持ち出し、どこかに出掛けた。

その夜。

女は帰ってきた。

女は男の子に、まだ、生暖かい人形のパーツを手渡した。

これで最高の人形が作れるわね、と。

男の子の狙い通り、最高の人形が出来上がった。

それは女の理想に近付く、独創的作品だった。

だが、理想に近付いてきているだけで、女の理想には、まだ遠かった。

男の子は、自分の綺麗な顔をかきむしりながら、毎日のように頭を悩ませていた。

女は、そんな哀れな男の子を見て、生まれて初めて、親心というものを抱いた。

それはおぞましく、狂った決断だった。

女は、あの言葉通りに、自身の肉体を捧げたのだ。

それは最高の人形を作り上げるためには、なくてはならない、最高の材料だった。

男の子は、女の無様な姿を見て、何故か泣いていた。

酷い仕打ちを受けてきたのに…。

男の子はやがて、最高の人形を作り上げた。

だが、母の喜びの声は聞けなかった。

男の子は、作り上げた人形を鏡の前で優しく抱いた。

その人形の全身には「アカカンガルーの刺青」が刻まれていたという。

―数年後―

その町に生きた作品を作り上げる、美しい人形職人が誕生した。

綺麗な男だった。

男は、夢の実現のために、人形を作り続けていた。

だが、母を越えられる人形は作れなかったという。

男は、その美しさで男女関係無く、自分の虜にすると、決まって二人きりになるように仕向けた。

女には美男子の姿で近寄り、男には美女の姿で近付いた。

そして、身体を許した瞬間、奪うのである。

最高のパーツを。

誰もが人形職人の男を犯人だと疑った。

だが、男は囚われなかった。

男が美しすぎたのだ。

犠牲者は増えるばかりだった。

そんなある日。

人形職人の男と同じ心を持った、美しい男が人形職人の屋敷を訪ねてきた。

美しい男は誰よりも自分を愛していた。

「僕を鏡に映したような人形を作ってほしい」

男の願いを叶えてやろうと、人形職人の男は背後から忍び寄った。

だが、無理だった。

その美しい男には、隙が全く無かったのだ。

美しい男は、いつも鏡で自分を見つめていた。

これでは最高のパーツを奪えない。

人形職人の男は、頭を悩ませていた。

美しい男は、いつまで待っても出来上がらない人形に苛立ち始めていた。

このままでは、まずい。

早く最高のパーツを奪わなければ…。

人形職人の男は、隠し持っていた刃物を取り出し、美しい男に襲い掛かった。

美しい男は、手足をばたつかせ激しく抵抗した。

これでは、最高のパーツが奪えない。

人形職人の男は、苛立っていた。

だから、隙をつかれてしまった。

人形職人の男は、美しい男に突き飛ばされ、鏡に激突した。

人形職人の男は、気絶した。

眼を覚ますと、そこは暗い牢獄の中だった。

人形職人の男は、ついに、人の手によって囚われたのだ。

混沌を生む母は、混沌にのまれ、牢獄の中で息を引き取った。

その者の全身には「クジャクの刺青」が刻まれていたという…。
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