他人の不幸を閉じ込めた本

山口かずなり

文字の大きさ
55 / 79

コウテイペンギンの刺青

しおりを挟む


彼等には刻まれていたという。


おぞましい魔獣の刺青が…。


コウテイペンギンの刺青


ひび割れの氷像


―極寒の地・吹雪流れ―


地吹雪が冷酷に吹き荒れる 


その極寒の地では、「吹雪流れ」というものが行われていた。


夫となった男が、妻と子を「氷上の主」に奪われないようにと、自身の「身体」を「生き餌」とし、よその地へ逃がすのである。


だが、ほとんどの妻と子が吹雪流れも出来ずに生き絶える者ばかりで、


その吹雪流れで、生き餌となった男たちの行いは、ただ、哀れだった。


そして、ある男の旅も、のちに「冷たい旅」と語られ、分厚い本に残るだけだった。


―蝋燭(ろうそく)の民家―


最期の蝋燭が消えかける民家の中、白銀の髪をした若い男は、我が子を抱き抱える若い妻に、吹雪が止む日を再会の日として、「その日まで生きる」ことを誓った。


その直後だった。


民家の外から拷問官の脅しの声が聞こえてきた。


「誰一人として、この極寒の地からは逃れられない、それは、死を避けれぬ罪人と同じである」と。


男は、民家から飛び出すと、憎しみの眼で拷問官を睨み付け、拷問官の脚に噛みついた。


その凍える背中が、何度、冷血な棒で打たれようとも、妻と、我が子を逃がそうと必死だった。


男は、拷問官から鉄の棒を奪い取ると、その棒で拷問官の両足の骨を叩き折り、絶叫する拷問官の頭部を叩き潰した。


「追うな、追うな」と呪文のように唱えながら。


何度も、何度も、叩き潰した。


その凍える背中に、「コウテイペンギンの刺青」を、浮かび上がらせながら…。


―残された者―


男は、拷問官の死体を民家へ運び終えると、その死体を毛布で覆い隠し、妻が歩いたであろう雪の道を、足跡を辿るように歩いた。


しばらくすると、雪の赤い絨毯の上に、何かが転がっているのが見えた。


我が子だ。


男は、急いで我が子を抱き抱えると、民家へと連れ帰った。


そして、その冷たい身体を毛布で包み、まだ呼び慣れない我が子の名を呼び続けた。


男が、我が子をしばらく抱きしめていると、天使が微笑んだかのように、その身体があたたかくなり、男の腕の中でかすかに動いてくれた。


「良かった、生きていた」


男は、安堵の表情を浮かべていた。



―妻の行方―


我が子は、ここにいる。


だが、妻の行方が気になった。


妻を責める気はない。


妻も生き延びようと必死だったに違いない。


あの拷問官は、もう動かないからいいとして、他の拷問官は、いまだに獲物を求めている。


男は、妻の行方が心配だった。


―待つ人―


男は待つことにした。


地吹雪が止む、遠い日を。


男は、いつになっても父親の名を呼べない、未熟な我が子を必死に育て、いつの日か、我が子を抱き抱えて、妻との再会を夢見ていた。


だが、その間にも、たくさんの人が雪のように消え、無意味な吹雪流れは続いた。


男は、虚ろな闇の中、願いを呟いた。


「我が子をみせたい」と。


―吹雪の訪問者―


しばらく眠っていると、眠っている内に誰かが民家を訪問したのか、テーブルの上に三日分の食料と、「分厚い本」が置かれていた。


男は、三日分の食料を、神からの授け物として食うと、我が子の口にもそれを優しく当て、最後にその分厚い本の、しおりの挟まれたページを開いた。


そこには、「コウテイペンギンの刺青」と、黒文字で書かれていた。



―冷たい旅へ―


それは、冷たい旅をする、ある父親の物語だった。


男は、読み上げる。


「父親は、妻子を吹雪から守り、最期には太陽に抱かれる 強く儚き者」と。


男は、頬に涙を伝わせながら、その全てを読み解いた。


そして、後ろから近付いてくる「黒いローブの男」の声に耳を傾けた。


【見捨てられた、ひび割れの氷像よ、待つ者として、たった一人でその儚い生涯を終えるか、儚い時を信じ、太陽を目指すかを選べ、太陽をめざせば、お前の望みは見えてくる、だが忘れるな、見えてくるだけだけで、お前からは触れられない、


氷像は動けない】


男は、涙の絶叫をあげた。


そして、我が子を抱き抱えて、旅立った。


黒いローブの男は、男に捨てられた分厚い本を拾い上げ、無表情で呟いた。


「気付かぬのも幸福か」と。


―行方―


我が子を抱き抱えた男は、冷たい旅へと旅立ったが、その旅の結末は、決して「幸福」などではない。


ある詩人もどきは、男が氷像となった後に、妻がその身体をあたためて奇跡が起きたと歌うが、


真実を眼にした詩人は、その妻の絶叫する姿を見て、「真実は、いつも残酷だ」と、頬に涙を伝わせたという。


吹雪流れで、妻子を失った男、


その男の、「我が子」を抱き抱える両腕には、


氷像の父鳥(ちちどり)


「コウテイペンギンの刺青」が、冷たく刻まれているという…。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...