56 / 79
ホッキョクグマの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。
おぞましい魔獣の刺青が…。
「ホッキョクグマの刺青」
氷結牢の主・はらぺこ拷問官
-氷上の大物たち-
黒いローブの男は、次の標的を狩り取ろうと、単独で極寒の地を訪れていた。
この地にも多くの罪人が存在した。
次の標的は、その中の「大物たち」
黒いローブの男は、「分厚い本」を開いた。
そこには、「ホッキョクグマの刺青」と、黒文字で書かれていた。
-氷結牢-
吹雪流れで「生き餌」となった「夫ら」が収容される場所
「氷結牢」
そこは、まさに冷たい地獄だった。
―地獄での仕事―
氷上の主の命令に従い、夫らの監視を任せられた白服の拷問官らは、氷結牢に囚われた夫らを毎夜拷問し、男であることを忘れるほどの屈辱をあたえた。
本来、拷問は、「逃した妻子の居場所を吐かせる為」の行為だったが、ほとんどの拷問官が、女なしの牢獄生活による性欲に負け、相手が男であっても、それを快楽としていた。
だが、「ある痩せた拷問官」だけは違った。
性欲よりも、「食欲」の方が勝っていた。
この仕事での報酬は、氷上の主から支給される少ない食料と、欲望発散の為に与えられた夫らの拷問のみ。
同僚の食事を横取りしての「食い溜め」も意味がなかった。
この仕事での唯一の利点といえば、
「天敵に喰われない」ことくらいだった。
―恐怖の腹鳴り―
ある夜。
痩せた拷問官は、あまりの空腹に眼を覚ました。
ここは、牢獄の中の相部屋。
隣では、同僚の男が眠っていた。
見ると、胸元をはたげさせ、皮を露(あらわ)にしていた。
その時、痩せた拷問官の腹が鳴った。
痩せた拷問官は、その胸元へと口をゆっくりと近付け、唾液だらけの口をパカッと開いた。
そして、犬歯のような歯を光らせ…旨そうな胸元へと噛み付いた。
―喰えるなら―
同僚の男は、激痛に声をあげようとしたが、隣から飛んできた「矢」がそれを防いだ。
同僚の男の頭部には、灰色の矢が突き刺さり、矢が飛んできた方角には、「黒いローブの男」が立っていた。
痩せた拷問官は、侵入者だと思い、棒状の武器を手に取ったが、黒いローブの男の、ある言葉に動きを止めた。
「お前も不幸だな」
痩せた拷問官の腹が、また鳴った。
「好きなものを自由に食べられないのは不幸のなにものでもない、この「分厚い本」を読み解き、理解するのだ」
黒いローブの男は、そう言うと、分厚い本を床へと投げ捨て、去っていた。
しまった、逃げられる!
だが、同僚の死体も放置できない。
痩せた拷問官は、迷ったが、鳴り続ける腹に、選択肢は決まった。
先に喰おう。
痩せた拷問官は、同僚の身体に馬乗りになり、同僚の骨や髪の毛だけを残して、その全てを喰らった。
下手物も喰えるなら貴重な食料で、生命の源(みなもと)だった。
―食の悩み―
痩せた拷問官は、相部屋の床や壁の汚れを、真っ赤な舌で綺麗に舐め取り、分厚い本を片付けようと、それを手にした。
そして、あの黒いローブの男の言葉が気になり、分厚い本を開いた。
そこには、110人の不幸な物語が書かれていた。
痩せた拷問官は、その中から食の悩みを抱えた ある男の物語を読み上げた。
その男は、食や、あらゆるものを粗末にしてきた男で、現在の囚人だった。
男は、当たり前のように与えられた自由であるはずの食事に、厳しい制限を与えられ、食の罰を受け続けていた。
かつての姿は、ふくよかで、幸福に見えたが、現在はその鏡に、骨人間が映り込んでいた。
食の自由を奪われた者は、下手物であっても、喰えるものならば、舌が歓喜した。
これらは、食の選り好みと同じで、旨い話ばかりを選び、多くのものを粗末にしてきた罰だった。
痩せた拷問官は、かつての自分と、この男を重ねた。
「これは、この道を選んだ罰なのか、
彼等を逃がしてやれば罪は…」と、自分の過ちに気付いた。
だが、後戻りは許されなかった。
既に何人ものの夫を拷問し、同僚を一人、喰らっていた。
痩せた拷問官は、悩んだ。
そして、あの声は聞こえてきた。
【様々なものを選り好みし、食を奪われた愚か者よ、喰らったものを吐き出すことは決して許されない、腹が鳴るのならば、冷たい牢獄の中で希望なき生き餌を喰らい、絶望の底から救ってやるのだ、
だが、忘れるな、お前は白服の拷問官、大自然では、お前もただの餌である】
痩せた拷問官は、絶叫をあげた。
―のこさずに―
痩せた拷問官は、喰らった。
その白服を真っ赤に染めながら。
妻子を失い、哀しむ生き餌たちを。
罪滅ぼしだと自分に言い聞かせて喰らった。
腹が鳴り続ける中で喰らった。
この同僚も、
あの同僚も、
ここにいる同僚も、
逆らってくる同僚も、おいしそうだったから喰らった。
だが、その行いをずっと遠くから見ていた妖艶な格好をした占い師の女だけは、こわくて喰えなかった。
あいつは、氷上の主さえも喰らえる。
白服の拷問官は、逃げ出そうとした。
だが、捕らわれた。
罪を喰らおうとした拷問官の男、
その男の腕には、氷上の白い狩り熊、
「ホッキョクグマの刺青」が冷たく刻まれているという…。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる