他人の不幸を閉じ込めた本

山口かずなり

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ホッキョクグマの刺青

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彼等には刻まれていたという。


おぞましい魔獣の刺青が…。


「ホッキョクグマの刺青」


氷結牢の主・はらぺこ拷問官


-氷上の大物たち-


黒いローブの男は、次の標的を狩り取ろうと、単独で極寒の地を訪れていた。


この地にも多くの罪人が存在した。


次の標的は、その中の「大物たち」


黒いローブの男は、「分厚い本」を開いた。


そこには、「ホッキョクグマの刺青」と、黒文字で書かれていた。


-氷結牢-


吹雪流れで「生き餌」となった「夫ら」が収容される場所


「氷結牢」


そこは、まさに冷たい地獄だった。


―地獄での仕事―


氷上の主の命令に従い、夫らの監視を任せられた白服の拷問官らは、氷結牢に囚われた夫らを毎夜拷問し、男であることを忘れるほどの屈辱をあたえた。


本来、拷問は、「逃した妻子の居場所を吐かせる為」の行為だったが、ほとんどの拷問官が、女なしの牢獄生活による性欲に負け、相手が男であっても、それを快楽としていた。


だが、「ある痩せた拷問官」だけは違った。


性欲よりも、「食欲」の方が勝っていた。


この仕事での報酬は、氷上の主から支給される少ない食料と、欲望発散の為に与えられた夫らの拷問のみ。


同僚の食事を横取りしての「食い溜め」も意味がなかった。


この仕事での唯一の利点といえば、


「天敵に喰われない」ことくらいだった。


―恐怖の腹鳴り―


ある夜。


痩せた拷問官は、あまりの空腹に眼を覚ました。


ここは、牢獄の中の相部屋。


隣では、同僚の男が眠っていた。


見ると、胸元をはたげさせ、皮を露(あらわ)にしていた。


その時、痩せた拷問官の腹が鳴った。


痩せた拷問官は、その胸元へと口をゆっくりと近付け、唾液だらけの口をパカッと開いた。


そして、犬歯のような歯を光らせ…旨そうな胸元へと噛み付いた。


―喰えるなら―

 
同僚の男は、激痛に声をあげようとしたが、隣から飛んできた「矢」がそれを防いだ。


同僚の男の頭部には、灰色の矢が突き刺さり、矢が飛んできた方角には、「黒いローブの男」が立っていた。


痩せた拷問官は、侵入者だと思い、棒状の武器を手に取ったが、黒いローブの男の、ある言葉に動きを止めた。


「お前も不幸だな」


痩せた拷問官の腹が、また鳴った。


「好きなものを自由に食べられないのは不幸のなにものでもない、この「分厚い本」を読み解き、理解するのだ」


黒いローブの男は、そう言うと、分厚い本を床へと投げ捨て、去っていた。


しまった、逃げられる!


だが、同僚の死体も放置できない。


痩せた拷問官は、迷ったが、鳴り続ける腹に、選択肢は決まった。


先に喰おう。


痩せた拷問官は、同僚の身体に馬乗りになり、同僚の骨や髪の毛だけを残して、その全てを喰らった。


下手物も喰えるなら貴重な食料で、生命の源(みなもと)だった。


―食の悩み―


痩せた拷問官は、相部屋の床や壁の汚れを、真っ赤な舌で綺麗に舐め取り、分厚い本を片付けようと、それを手にした。


そして、あの黒いローブの男の言葉が気になり、分厚い本を開いた。


そこには、110人の不幸な物語が書かれていた。


痩せた拷問官は、その中から食の悩みを抱えた ある男の物語を読み上げた。


その男は、食や、あらゆるものを粗末にしてきた男で、現在の囚人だった。


男は、当たり前のように与えられた自由であるはずの食事に、厳しい制限を与えられ、食の罰を受け続けていた。


かつての姿は、ふくよかで、幸福に見えたが、現在はその鏡に、骨人間が映り込んでいた。


食の自由を奪われた者は、下手物であっても、喰えるものならば、舌が歓喜した。


これらは、食の選り好みと同じで、旨い話ばかりを選び、多くのものを粗末にしてきた罰だった。


痩せた拷問官は、かつての自分と、この男を重ねた。


「これは、この道を選んだ罰なのか、


彼等を逃がしてやれば罪は…」と、自分の過ちに気付いた。


だが、後戻りは許されなかった。


既に何人ものの夫を拷問し、同僚を一人、喰らっていた。


痩せた拷問官は、悩んだ。


そして、あの声は聞こえてきた。


【様々なものを選り好みし、食を奪われた愚か者よ、喰らったものを吐き出すことは決して許されない、腹が鳴るのならば、冷たい牢獄の中で希望なき生き餌を喰らい、絶望の底から救ってやるのだ、


だが、忘れるな、お前は白服の拷問官、大自然では、お前もただの餌である】


痩せた拷問官は、絶叫をあげた。


―のこさずに―


痩せた拷問官は、喰らった。


その白服を真っ赤に染めながら。


妻子を失い、哀しむ生き餌たちを。


罪滅ぼしだと自分に言い聞かせて喰らった。


腹が鳴り続ける中で喰らった。


この同僚も、


あの同僚も、


ここにいる同僚も、


逆らってくる同僚も、おいしそうだったから喰らった。


だが、その行いをずっと遠くから見ていた妖艶な格好をした占い師の女だけは、こわくて喰えなかった。


あいつは、氷上の主さえも喰らえる。


白服の拷問官は、逃げ出そうとした。


だが、捕らわれた。


罪を喰らおうとした拷問官の男、


その男の腕には、氷上の白い狩り熊、


「ホッキョクグマの刺青」が冷たく刻まれているという…。
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