リンダの入念な逃走計画

ねこまんまときみどりのことり

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情報漏洩した、使用人達

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 イスズが木から降ろされた、その後。

 隠れてリンダを護衛していたことを、知られる失態をしたイスズは、ボルケに締められていた。

「どうしてくれるんだ、イスズ。戦闘力や魔法を学ばせても、夜間はまだリンダは無防備状態なのに。
 責任取ってくれるんだろうな!」

「え、えーと。はい、勿論です」

 
 と言うことで線の細いイスズは、夜間は女装し扉の付近でリンダの護衛をすることになった。
 冒険者じゃない使用人もいる為、正体は明かせない。
 そしてイスズのことを知っている仲間は、腹を抱えて笑っていた。

「似合うじゃん。ゴリゴリ筋肉付いてなくて良かったな。くふふっ」
「化粧したら美人じゃないか。知らなければ、誘っちゃうかも? あははっ」

「……くぅ、面白がってんな、ちくしょー」


 長い水色の髪はおかっぱの黒髪 (のかつら)へ、金色のつり目は黒縁眼鏡で正体を隠して。
 声音は特殊な訓練で、ある程度の高音を出せてもいる。

 何度か女装でリンダと話しているが、気付かれてはいないようである。

「あ、ちょっとお水を飲みに行ってくるわ」
「お持ちしますから、お部屋でお待ち下さい」

「えっ、良いのよ。貴女も休んで」
「これも仕事ですから、お気になさらず」

「じゃあ、お願いしようかしら」
「はい」

 そんな感じである。
 邸内に侵入者はいないはずだが、何らかの事情で人が裏切る可能性を生じることを知っているからだ。



◇◇◇
 あれからの捜索で、ナルシー(ビルワの母)の偽装結婚の情報をシチルナ(ボルケの兄)に流したのは、長く侯爵家に勤める30代のメイドだった。
 再婚をちらつかせた結婚詐欺師に騙され、借金を負ったところをシチルナに唆されたらしい。

 ボルケが信頼していた使用人であった為、調査が後手にまわり、発覚まで時間がかかったそうだ。

「申し訳ありませんでした。どうか殺して下さい。
 魔が差したとはいえ、奥様の秘密をシチルナ様なんかに……。旦那様の敵のような存在の方に。
 本当に、申し訳ありませんでした」


 メイドはボルケが元冒険者であることは知っていたが、『煌めきのななつ星』のメンバーであることは知らなかった。

 もし殺る気だったならば、瞬殺だったであろう。


 けれどボルケは、そのメイドを許した。
「もう良い。過ぎたことだ。それに俺に寄越した金、これは兄に貰った金に上乗せした額なのだろう。
 あれからお前は懸命に働き、借金を返し貯蓄してきた。
 数年分の賃金を何も贅沢せずに、ここに置いたのだろう。
 そのくらい、使用人の給金を管理してきた俺には分かる。
 だからもう良い。
 お前はこれを持って故郷に戻れ。
 それで手打ちにしよう。
 今までご苦労であった」

「あぁ、旦那様。……本当に、申し訳、ありませんでした。ずっ、ぐすっ、ありがとうございます。ありがとうございます………………うっ、くぅ、」


 土下座してボルケに跪くメイドは、頭を上げずに泣き続ける。それを切ない気持ちで彼は眺めていた。

(金が必要なら、俺に相談してくれれば良かったのに。
 信頼感が不足していたか……)

 メイドはボルケを信頼していたし、頼りがいがあり憧れてもいた。
 そんなボルケに、結婚詐欺のことを言えなかったのだ。
 それがなければ、シチルナ等に協力はしなかっただろう。
 借金取りが、病気がちの両親のところにも現れるようになり、とにかくその時は、せっぱ詰まっていたのだ。


 メイドはせめて、シチルナから貰った分だけでも返すつもりで懸命に働いていた。それが終われば、どうなっても構わないと自分に言い聞かせながら。


 メイドは騎士団に行くことも伝えたが、侯爵家の恥になるから止めてくれとボルケが言う。

 その時期は丁度、ナルシーが事故に合ったとされ、死亡が発表された時だった。
 だからボルケは、もう良いと思えたのだ。

 結局メイドは王都を離れ、農業を営む生家に戻って行った。今は弟夫婦が農業を継いでいると言う。
 彼女もそれを手伝いながら、給金を貰い生計を立てていくことになる。

 本当なら牢の中か、土の下の可能性もあった。
 だからメイドは感謝し、生きていくことにした。



 その他にもたいした理由もなく、偶然に聞きかじった情報を切り売りしていた従者や洗濯女が判明した。
 彼らは小遣い稼ぎの遊ぶ金欲しさに、ずいぶんと前から他家に情報を漏らしていたようだ。

「申し訳ありません。つい出来心で……。許して下さい! もうしませんから……」と、男爵家出身の従者(20代)。

「ちょっとお話しただけなんです。本当に、たいしたことは言ってないですよ。信じて下さい、旦那様!」と、没落子爵家出身の庶子の洗濯メイド(10代)。

「ただの噂話じゃないですか? でへへっ。まさかこれでクビとかにならないですいね」と、準男爵家出身の馭者(30代)。


 下働きの者でも下位貴族の一員だったはずだが、何の反省も矜持もないようだった。

(ここまで酷いとは……。シチルナの件には関わっていなかったが、こんな使用人はいらないな)

 彼らにはたいしたことがない情報でも、他家の貴族に、特にあのデンジャル公爵家に付け入らせるものも、中にはあったのだった。

「お前達はクビにはしない。ただ配置換えをして貰う。
 ダンジョン地下迷宮に行く手前の小さな村だ。
 そこは管理する邸も小さいし、村人もいない。
 いくらでもお喋りしてて良いぞ。
 3人で仲良く協力するんだな」

「聞いたことがない、村なのですが?」
「ああ、人がいないからな」

「食料などは、どうしたら良いのですか?」
「必要な物は準備するが、食べ物はない。森の木の実や山菜、川には魚もいる。勿論猛獣もな。
 罠を張ったり、採取して食べることだ。
 武器で小さい猛獣を狩るのも良いだろう。

 今回は罰なんだから、1年は暮らして貰う。
 逃走すれば、もっと重い罰を与えるからそのつもりでな」

「「「そんなぁ~」」」

 不満顔の3人に、ボルケは喜色めいて言葉を続けた。
「後30分後に出発だから、大事な物は持っていけよ」

「さ、さ、30分、酷いです」
「ほら、後28分になったぞ。急げ急げ!」
「「「あぁ、もう、イヤだ!」」」

 そう言って部屋へ走る3人に、少しだけ溜飲が下がったボルケ達だ。

 侯爵家の使用人は基本的に忠義に厚く、いくら調べても裏切っていたのはそのくらいだった。
 これでまだ残っていたら、それはかなりの手練れであり諦めるしかないだろう。


 結局のところ、ダンジョン近くに臨時で立てられた邸と言う名の小屋生活は、一月ひとつき(実際には10日)もせずに終わりを告げた。

 もともと冒険者達しかこない場所である。
 冒険者はテントを立てて、寝ずの者を立てての夜営をする場所だ。

 いくら建物(小屋)の中でも、猛獣の鳴き声や鋭い爪で壁を削る音は生きた気がしなかっただろう。

 食料は建物近くに自生する、木の実や草を川の水を沸かした鍋で煮炊きして食べていた。最初は釣りもしていたが、熊のような猛獣が襲って来た為、じっと座って待つことは出来ないと思って止めた。
 罠を仕掛けても取れず、彼らは日に日に痩せていったようである。

 たまたま狩りのついでに、様子を見に行ったボルケの護衛(冒険者のミント)が、衰弱した彼らを見つけた。

「た、助けて、下さい。ここ以外ならどこでも行きますから…………」
「もう、無理です。一生懸命働きますから。最悪牢の方がまだマシです……しくしく」
「…………死にたくない。重い罰でも受けますから……助けて…………」

 
 彼らは昼夜猛獣の襲撃に怯え、食料や水も命がけで取りに行き、飲まず食わずのこともあった。
 夜も爪を立てられる音で寝られず、かと言って昼間も安全という訳ではなかった。

 栄養失調と不眠で、ここに来た時とは見る影もないほど窶れていた。

 ミントは悠々と彼らを担ぎ、乗り合い馬車まで運んでボルケのもとまで運んだ。
 彼は休暇で、ソロの狩りに来ていたから、馬車の準備などはしていなかったのである。

 馬車に乗り込んだ3人は、安堵し眠り込んだ。
 板張りの乗り心地の良くない馬車だったが、そんなことはものともせず、とても幸福そうに見えた。

 その後は果物やパンなどを、果実水でゆっくり飲み込み、3日の帰路を辿ったのだ。
 さすがに可哀想になり、ミントがそれらを奢ってあげた。

「美味しい……ありがとうございます。うっ、うっ」
「ちゃんとした食べ物……ありがたいなぉ」
「……もう、駄目だと思った……ああ今、ちゃんと生きてるんだぁ」

「これでもボルケ様の罰としては、軽いものだったんだぞ(まあ、戦闘が出来る者ならだけど)。
 今回で反省出来たんなら、何処でも頑張れそうだな」

「「「はい。助けて頂き、ありがとうございました。今度は絶対に一生懸命に生きていきます!」」」
 
 3人は同じようなことを言いながら、涙が止めどなく溢れていた。
 これで彼らは、貴族家の情報漏洩がどれほどの罪か、身をもって分かったのだ。

 ミントからはボルケは優しい方で、他家で酷い時はむち打ち100回とされ、激しい苦痛で数回でショックで死んだり、腕を切り落とされたり、娼館に売り払われたり、家族にも咎が及んだり等などと、酷いことをたくさん聞かされた。

 そこで彼らは、顔を青くしたり白くしたりしていた。


 その後ボルケに面会した彼らは、2年の牧場の手伝いを言い渡された。

 生き物に触れたことのない彼らだったが、酪農家の指示を真剣に聞いて一生懸命に働いた。
 その姿を見て、酪農家は関心したと言う。

 約束の2年が経った時、彼らは経営者の酪農家に、正式に働かないかと声をかけられた。
 ボルケに連絡すると、好きに決めて良いと手紙が来た。

 3人ともそこに就職し、近隣に家を借りて通勤することにしたのだった。
 ホコリにまみれ糞にまみれ、貴族として育った彼らからすると、綺麗な仕事とは言えなかった。
 けれど牛から牛乳を貰い、ブラッシングすると気持ち良さそうにするのを見ると、とても嬉しくなった。
 子牛は可愛いし、精肉とされる為に別れる時は、涙も流れた。

 そこで暮らすことで、本当の従業員になっていたのだ。
 元からそこにいる従業員も、経営者も、彼らの姿勢を見てとても頼もしく思ったのだ。
 彼らが真剣だからこそ、周囲も受け入れたのだった。


 軽い気持ちで秘密を漏洩した彼らは、ダンジョンの小屋で死にそうになり、生き方が変わった。

 結果的にはそれが良い方に転がった。
 あんな目にあっても、変われない者はいる。
 彼らは変われて幸福に近づいたのだ。


 結果的に酪農家へ仕事を紹介したボルケも、酪農家も、使用人達もうまくいった形だ。



◇◇◇
 でも…………。
 彼らが更生しなければ、伯爵家の門に転がされた、ならず者と同じ運命を辿ったかもしれない。

 彼らはギリギリ難を逃れたのだ。


 
 まだ、シチルナは見つかっていない。
 彼はたぶん、許されないだろう。

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