リンダの入念な逃走計画

ねこまんまときみどりのことり

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悩むボルケ

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 シチルナの断罪を行う度に、物思いに耽るようになったボルケ。
 その様子に、妻であるミルカは心を悼めていた。

(彼が上の空になったのは、シチルナに関わってからだわ。私には教えてくれないけれど、断罪することが辛いのかしら? たった一人の兄だもの、いろんな思いもあるわよね)


 ボルケの兄シチルナは、勉強の出来る馬鹿である。誰でも生きていれば、楽な方に流されることはあるだろう。
 シチルナは甘やかされて育ち、その度合いが強かった為、なるようになった現在。

 弟であるボルケは、両親に愛されているシチルナが羨ましくはあったが、彼から意地悪をされたことはなかった。
 気が向いた時には、勉強を教えてくれることもあった。

 シチルナからすれば、『弟を可愛がる俺、格好良い』的な話のネタにしたかっただけだが、その関わりも悪くなかった。ほんの少しだけ、嬉しいとさえ思っていた。

 大人になってからの駄目な部分が多くて忘れていたが、周囲の関わり一つで兄の人生は変わったかもしれない。人の意見に影響される兄には、良い友人はいなかったのだろうか?

 時にシチルナの態度(複数人との浮気)に諫言をしたボルケだったが、兄と両親が組むことで聞き入れて貰えることはなかった。


 こんなことを考えるのも、シチルナの健康状態が悪くなってきたからだ。もし後一度でも魔獣の囮にすれば、命の保障はないだろう。

 自分の手で兄の命を消してしまうことが、辛いのだとボルケはやっと気付いたのだ。


「ねえ、ボルケ。辛いことなら、みんなに話してみたら?  
 一人で考えても解決できないことも、いろんな意見を聞けば正解に近付くかもよ」

 ボルケは情けない顔をしながら、ミルカを見上げた。
「俺は駄目な奴だ。どう考えても許してはいけない者なのに、身内だからと留めを戸惑っているんだから。お前にもリンダにも、害しかない男なのに…………」

 ミルカは思った。
 実際に自分を襲ってきたならず者達は、ミルカやボルケに比べれば弱く、驚異にもなっていなかった。
 彼らならず者の顔を、見慣れた者でさえ判別できないほどずたぼろにしたのは、あまりにも余罪が多く、次の犯罪を起こさせない為だった。

 高額でダヌクの依頼を受けたならず者達は、ミルカの件の前にも人を拐い、強盗などの悪事を犯していた。少し腕に覚えのある彼らの中には、息をするように婦女への暴行にまで手に染める者まで。
 ダヌクにとってミルカのことは、わざわざ他国で自分の仲間達の手を使うほどの価値はないと考えていた。
 少し脅す程度なら、その国のならず者程度で十分だと思い、身分を明かさず依頼を行ったのだ。
  
 結果は惨敗で、ならず者達は再起不能と死亡者が殆どとなり、却ってボルケに情報が漏れることになった。
 罪が軽微な者は、それなりに痛め付けただけで済ませた。
 まあ詳細を知らぬならず者達は、匿名で名乗ったダヌクの名は知らなかったが。

 けれどボルケは一流の冒険者、『煌めきのななつ星』のリーダーであることは、公には伏せられていることで、ダヌクはボルケを侮っていた。

 もう少し調査を綿密にしていれば、ボルケ達の糸口くらいは掴めただろうに。
 ダヌクの仲間である諜報員達は、自分達の実力を過信していたから、尻尾を捕まれたことに気付くことはなかった。



◇◇◇
 ボルケはミルカの提案に従い、周囲の者へ相談することにした。このままにしておけば、スケジュールに添ってきっと兄を殺めてしまうだろうから。

 ビルワ、リンダ、友人のロベルトとリキュー、弟子の中でも距離が近いイルワナやイスズと、ミルカで執務室の机を囲む。

「聞いて欲しいんだ。どうすれば良いのか……。俺はどうやら、シチルナに生きていて欲しい。でも……もしこれが他人なら、速攻でシメてると思うんだ。勝手だよな」

 いつも強気なボルケの弱気に、一同は真剣に考えて言葉を伝えた。

「別に良いんじゃない。だって冒険者のリーダーはお父様なんだし、采配は臨機応変が許されるでしょ?」

 ビルワが言えば、リンダも控えめに頷いた。
「私も気にしてないですよ。まあ私の場合は守って貰っていたから、狙われていたことにも気が付いていなかったのですが。お父様がシチルナさんを許したいのであれば、私は従います。会ったこともない方ですし」


 ロベルトとリキューも、好きなようにすれば良いと言う。「死んでから後悔して落ち込まれるくらいなら、生かして鉱山にでも送ってやれば良い」と、ボルケの気持ちを汲んでくれた。
 
 イルワナとイスズは、特に意見らしいことは言わなかったが、「ボルケが思う通りにすれば良い」「俺はあんたに従う」と、ボルケの意見を支持することに決めた。

 ミルカも「私に勝てる奴なんて、そうそういないわ。特にシチルナなんてワンパンで倒せるから、心配しないで」と、俯いて涙を堪えきれないボルケの手を強く握りしめたのだ。

「ありがとう、みんな。勝手なことだと分かっているが、シチルナを兄を助けることにした。今回はロベルトの力を借りることにする」

 立ち上がり頭を下げる彼は、目尻は赤くなっていたが迷いが晴れていたようだった。それで良い、それでこそボルケだとみんなが思った。


 ちなみに……。
 リキューは転移魔法、固定・呪縛魔法の名手。
 イスズは治癒魔法、保護魔法が使え、ロベルトは普段は滅多に使わないが、闇魔法が使える。


 他の冒険者仲間にも魔法が使える者はいるが、この3人は最強の部類である。ちなみにボルケは炎魔法が少し使えるが、戦いの際には剣に夢中で魔法を使いこなせない。もっぱら他者から、補助や援護魔法をかけて貰うだけである。



◇◇◇
「シチルナは何処か悪いのか? 見る間に痩せて窶れていくみたいだけど」

「医者は特に、病気は見つからないと言っておりました。ダヌク様、シチルナは気が病んでいるのではないですか? いくら地位が欲しくても、実の弟を脅すことになるのですから」

 ダヌクは後ろに手を組み、曇天の空を窓から眺めていた。
「どうだろうねぇ? そんな殊勝な感じには、見えなかったけど。でもそうだね、そんなになってるなら処分しようか?」

「畏れながら、それが良いかと。手配しますか?」

「うん、お願い。偽物くらいならまた探してくるし、彼の家族全部消せば、ちょっと変わってても押し切れると思うし。ああ、彼の父親には生きてて貰ってよ。籍を戻すまではね。フフフッ」

 ダヌクは子供の頃から彼を育てて来た、養父ナイラインに、シチルナの処分を依頼した。自らは前侯爵に、シチルナの除籍を解き、再び籍を戻すように動くつもりでいた。



◇◇◇
 既にダヌクの邸に潜んでいたボルケの弟子は、ボルケにこのことを報告する。報告を受けた彼は、即座に動いた。

「リキュー、頼むよ。どうやら相手の動きが怪しいから、シチルナを拐って来て」

「しょうがねえな。旨い酒を用意しておけよ」

「ワインセワーから、好きなのを持って行けば良い。感謝する」


 瞬時に座標をダヌク邸に繋ぎ、シチルナの口に布を噛ませ彼を連れてきたリキューは、侯爵家のワインセワーに向かう。バカ高いワインは前侯爵の集めたものだ。エールビールが好きなボルケには、ワインの味は分からない。

「置いとくぞ、ボルケ。じゃあ俺は、これからワインセワーに行くから。後は好きにしろ」

 グッドラックとニヤケながら去っていくリキューと、青ざめてボルケを見るシチルナ。


「ようこそ、お兄様。お久し振りですね」
「う~、う~、うぐぐっ」

「ああ、そうだった。手足を縛られ、口に布を突っ込まれていたら、話せないですよね。……でも芋虫みたいな姿もレアなので、暫くこのままでも良い気がするな」
「ウガウガ、ギョアー」

 体を捩って不満を訴えるシチルナに、少しだけ脅すような言葉を囁くボルケ。


「口のタオルは外しますけど、お静かに。みんな貴方の悪事を知っているので、暴力を振るわれるかもしれませんから。ここにはダヌクはいませんからね」

 ボルケはシチルナの口に巻かれているタオルを外しながら、囁くように伝えた。

「! どうしてお前がここにいる? 俺は隣国近くまで逃げた筈なのに。それにダヌクは何処にいる?」

 うろんげな表情でボルケを見るシチルナに、「ここはキュナント侯爵邸の執務室ですよ。お忘れですか?」と微笑めば、急にキョロキョロし始めるシチルナ。

「う、嘘だ。何でこんなことを。まさか魔法か!?」
「まあ、そうですね。今日はゆっくり話をしましょうか、お兄様」

 体のロープはそのままで、床に這っているシチルナを目を細めて微笑むボルケ。
(生きたまま保護できた。良かった。生きていてくれた)

 ボルケの今の表情に含みはなかったが、シチルナは恐怖に震えていた。

 方や味方不在のひょろひょろな男、方や侯爵家の当主の筋肉隆々男。さらに場所も筋肉隆々男のホームグラウンドである侯爵邸の執務室。

 弟であるボルケを蹴落とし、侯爵に返り咲く計画を進行中のシチルナには不安しかないだろう。


◇◇◇
 そんな彼を放置し執務を熟すボルケと、いつの間にかワインセワーから戻ったリキュー。リキューは10本ほどのワインをテーブルに置き、グラスに注いで飲み始めた。

「旨いな、侯爵家のワインは。ボルケがワインの味が分からなくて残念だよ ワハハハッ」

 呑みながらも視線は、シチルナを捉えている。それをシチルナも感じ、居心地が悪くて顔を背けた。


 黙々と仕事を熟すボルケは、けれど僅かな安心感を抱いていた。



◇◇◇
 その頃のダヌク邸では、シチルナの失踪に大騒ぎしていた。

「見張りは何をしていた。扉の前にいたのだろう?」

 怒るダヌクに、見張りはずっといたと訴えた。
 では、彼は何処から消えたのか?

「もしかすると、この国の組織が動いたのではないでしょうか?」
「俺達の動きを把握していたと言うのか?」

「はい、恐らくは」
「どうするナイライン? もう囲まれただろうか?」

 不安げな顔を見せるダヌクに、ナイラインは答える。
「いいえ、そのような気配は感じませんな。取りあえずここから出て、一先ずは国へ戻りましょう。他国にならば外国人は簡単に入れないですから」

「そ、そうか。ならば明日からは、我が国へと戻るとしよう。頼むぞ」
「はい、ダヌク様の望む通りに」

 
 少人数で潜んでいた小さな邸から、夜明け前に出立することにしたダヌク達。

 ダヌクの胸には今、限りない不安が渦巻いていた。




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