リンダの入念な逃走計画

ねこまんまときみどりのことり

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ダヌクとナイライン

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『ダヌク・カヌエオ』

 名字はあるが、彼は庶子。
 ある大国のバリーボス侯爵家当主の、11人目の子供である。

 バリーボス侯爵家は国の暗部を担っており、半ば洗脳のようにして育てられる庶子達は、周囲の兄弟姉妹を見て、これが普通なのだと思い成長する。

 侯爵家当主と、その家門が重要視するのは、当主の妻と彼女から生まれた子供のみ。庶子は子として扱われない。

 その庶子の生活を支えるのが、侯爵家の寄子貴族である現カヌエオ子爵である、ナイラインである。
 
 彼自身は家庭を持っていないが、世間的には侯爵の愛人が子爵夫人として振る舞っている。公的書類も同じように偽装されている。

 それがカヌエオ家の当主の宿命として受け止め、その家門を維持している。ただカヌエオ家と言っても、実際は侯爵の庶子しか子供はいない。

 しかしカヌエオ家に関わる貴族達は、バリーボス家の庇護を受けて裕福に生活している為、その仕組みを否定しない。

 バリーボス家の庶子は、子供を作ることは許されておらず、カヌエオ家の後継は完全なる養子だ。実際の国への届け出は、カヌエオ家門からの養子を実子として出されることになる。
 それにはバリーボス家の庶子に力を持たせないことと、カヌエオ家の仕事を全うさせる為である。

 庶子達は、最期まで使い潰されることになる。
 そしてカヌエオ子爵家の当主も、驚くほど自由がない生け贄と言っても過言ではない。



 バリーボス家での11番目の庶子など、使い捨ても良いところだ。事実として、カヌエオ家のダヌクの名を持つ男児は、既に4人死んでいる。
 今いるダヌクは5人目だ。
 
 その前にいた筈の姉や兄は、体が弱くて亡くなったと国へ報告しているが、同じようなことになっていたのだろう。


 任務中の戦闘による死亡、任務失敗により敵に拷問され死亡、仲間を庇って死亡、作戦に失敗し侯爵からの私刑を恐れ自死、逃走に失敗して処刑等など。
 特に侯爵からの私刑は、一度失敗して受けたことがあったと推察される。それが死ぬほど嫌と言うことは、よっぽどのものなのだろう。


 今回シチルナを逃がしたことは、大失敗である。
 豊かなキュナント侯爵家の簒奪作戦を、困難または不可能に近付けてしまったのだから。


「どうしよう、ナイライン? もう俺ダメかな?」

 国への逃走中の馬車で、ナイラインに問いかけるダヌクは苦笑していた。

「それは……まだ何とも」

 大丈夫だと言えない苦しさに、沈痛な面持ちのナイライン。

「ごめん、変なこと言って。忘れてくれ」

 ナイラインが答えられないことを知っていた。過去に亡くなった兄のことを彼も知っていたから。

 失敗は許されない。命じられたとしても、責任は自らで取るしかない現実。


 けれどナイラインは、この時覚悟を決めていた。
「ダヌク様。我が国に入国したら、カヌエオ子爵には戻らずに逃げましょう。潜伏先なら何か所も心当たりが御座いますから!」

「ど、どうして? そんなことをすれば、ナイラインだってどうなるか!?」

 困惑するダヌクは、微笑むナイラインを見つめた。

「ダヌク様とは長い付き合いとなりました。私がお預かりしたお子様の中では、最年長になりますね」

 侯爵家の庶子を実子として届けている家はカヌエオ子爵家だけだ。5歳なる頃にバリーボス侯爵家から、子爵家に送られていく。

 侯爵家での庶子の扱いは酷いもので、同じバリーボス侯爵の子とは思えない違いだった。使用人と共に生活し、教育だけは体罰を受けながら詰め込まれるのだ。

 食事だとて最低限で、バリーボス侯爵を父と言うことさえ出来ない。そもそも会う機会もない。
 子供達に情をかける使用人は、罰せられることになっていたから、優しい使用人も傍に寄ることも出来ず、悪意のある者達には『庶子の癖に』とバカにされた。


 子爵家に移動してからは戦闘訓練で傷つくことにもなるが、人として扱われることで徐々に心を取り戻していくのだ。
 あくまでも子爵当主は、侯爵家の庶子を大事に扱う。訓練と侯爵家の命令以外のところでは、様付けで名を呼び服従の構えだ。

 けれど………………。
 幼い時から手塩にかけた子供達を、バリーボス侯爵は手荒く任務につける。侯爵家の子として、まして貴族としても有り得ない危険な任務に。

 ナイラインとて身を守れるように、幼い時より戦闘訓練を実地で学ばせてきた。一対一なら決して引けを取らない。多数対一でもある程度は訓練を積ませているが、守りを付けない、若しくは少なすぎる潜入の成功率は高くないに決まっている。

 その責任を、成人にもならぬ子供に取らせるのだから、とてもやりきれない。
 
 ダヌクは今、23歳。幾度かの難しい任務を成功し、生き延びていた。彼の上になる兄弟姉妹は死に、子爵家にいるのは彼が最後だ。
 次期バリーボス侯爵家の当主が、もうじき侯爵家を継ぐ為、庶子は今侯爵家にはもういない。
 今後の庶子は、後を継いだ次期当主が生ませていくのだろう。

 ナイラインの任務もダヌクに仕えるだけで終了で、次期子爵も決まっている。



◇◇◇
「私は多くの子供達を死地に送りました。侯爵様の庶子は貴方様が最後でしょう。
 今回の計画は、小規模で動くことには最初から無理がありました。失礼ながら侯爵様に進言しましたが、却下されております。いつもは共に動くことを止められていた私も、今回は参加が許可されました。
 恐らく失敗を見越して、私ごと処分するおつもりでしょう」

 全てを悟ったようにナイラインは告げ、歴代の子爵家当主の最期を話す。全員ベッドの上で亡くなることは許されなかった。

「じゃあ、成功していたら?」
「成功すれば僥倖と生かされたでしょうが、次の指令で生き残ることは難しかったでしょう」

「処分、と言うこと?」
「庶子の仕組みを維持する為でしょう。長く裏の情報を知る寄子当主は、扱いづらくなりますから。だから代々子爵家の家門に大金を渡し、逆らえないようにしているのだと思います」

「そ、そんな…………」


 子爵家に関わる者の事業や、役職への融通、商会への融資などを侯爵家が援助する。しかも裕福な侯爵家には、微塵も影響がない。

 誰か一人、責任を取るだけで。



「私は今まで天に送った子供達の為にも、貴方様に生きて欲しい。この老骨で盾になるのなら、惜しくもないことです」
「……そんなこと言わないでよ。ナイラインが、父さんがいたから、俺達は生きていられたのに。血の繋がっていない兄弟姉妹だけど、ここにこれて良かったと思ってるんだよ。死ぬみたいなこと、言わないでよ!」

「ダヌク様……ありがとうございます。私は果報者で御座います」


 バリーボス侯爵が血縁上の父である為、ダヌク達はナイラインを父と呼べなかった。呼んだことはあっても、「それはバリーボス様に不敬となりますので」と、固辞されてしまった。

 けれどもう、そんなことに意味はない。

「父さんに死んで欲しくない。きっと死んだみんなもそう思っている筈だよ。一緒に逃げよう」

「……はい、ダヌク様。必ずや安全な場所へお連れ致します」



◇◇◇
 そんな様子を、偵察に訪れていたリキューが覗いていた。

「何か変だと思ったんだよ。侯爵家の簒奪なんてこと、普通の悪人が考えねえもんな。本当に迷惑なこった。
 でもなあ、知っていて放っておくのもな~」

 このまま放置すれば、ダヌク達は処分されるだろう。けれどそれで良いのか? と、リキューは葛藤していた。
 同じ庶子と言う部分にも、情が湧いたのだ。

 観察しているうちに、ダヌクの監視役の男も見つけた。

「しめしめ。これを報告すれば、バリーボス侯爵に報酬が貰えるぞ。あんな母親も分からん庶子が上司なんて、本当に嫌だったんだ。ズタズタに切り裂かれると言い! ハハハッ」
 小太りのパッと見れば優しそうな中年男は、意地悪そうに微笑んだ。


(裏切りにしても酷い言い種だな。取りあえず、身柄を預かっておくか)

 リキューはその監視役の頚部を圧迫し、意識を奪って連れ帰った。キュナント侯爵家の執務室へ。


「う、う~ん、何で俺寝てたんだ? 暗いな、ここは何処だ?」

 気付いた時は後の祭り。

「ずいぶん粋が良いんだってな? 丁度、囮役が足りなかったんだ。助かるよ」
「くくっ。良い仕事するだろ? 俺は」


 灯りのついていない執務室は、暗くて何も見えない。
 だが聞こえる会話で、男が二人いるのは分かった。

 月明かりが差し、その男達の姿がぼんやりと見えた。

「ヒィ、ゴリラか! 嘘だろ!」

 腕と胸筋の筋肉のせいか、大きな上半身は獰猛な猛獣に見えたのだ。

「フッ、ゴリラか? 褒め言葉だな」
「ああ。間違いない。けどこいつ、気が小さいな。股間が濡れているじゃないか?」

「え、え、人間か? ここは何処だ?」

 羞恥心で股間を隠し、大きな声で威勢良く言葉を発する男。それなりの腕も自負している為、人間ならば勝てると思ったのだろう。

 そんな彼にボルケは微笑んだ。
「知らないなんて嘘だろう。ここはキュナント侯爵家だ。あんた達のターゲット標的なんだろ?」

「俺達もあんた達のことが知りたいんだよ。一方通行はフェアじゃないよな。そう思うだろ?」

「! (嘘だろ? 拉致られらのか、いつの間に?)」

 ボルケは、小者に期待はしていない。
 目的は他にある。

「まあ少し話してから、魔獣狩りに行こうか? 先に言っておく。逃げられると追うのが面倒だから、逃げるなよ」

「良いじゃん、ボルケ。ダンジョン地下迷宮で逃げてくれたら、丁度良い囮になる。こいつ弱そうだし」

 不穏な台詞に目を剥く男は、「馬鹿な、ダンジョンなんて何処にあると言うのだ。ブツブツ……」と呟く。


 ボルケは説明も面倒くさいし、執務後に暴れたいしで「先にダンジョンに行くか!」と、リキューに声をかけた。
 リキューもそれに応じる。
 きっともう、面倒くさくなったんだろうなと察し、リキューはダンジョンに飛んだ。

 真夜中のそこダンジョンは、暗くて何も見えない。
 入った階は外と同じように、内部も草と木々で覆われていた。
 アチコチから「ウゴォ、グオォ~!!!」と、何かの唸り声のようなものが聞こえてくる。

 すると突然、木々の間から突然赤い光が飛び出してきた。
 ジャイアントアミメオグロヌーの口から放たれた、高熱の炎のようだ。


「おい、避けないと焼けるぞ!」
「やっさしいな、ボルケ」

「え、え、うぎゃあ~、何これ、何これ???」


 さっきダンジョンに行くとは聞いたが、嘘だと思っていたから気持ちが付いていかない。

 そして足に火傷を負って、尻もちをついた。
「痛い、痛い、痛い、何であんな化け物が! 嘘だろ!」


 対人用の訓練しか受けていない男は、魔獣の驚異に戦く。

 ボルケとリキューは、食い付いてきたオグロヌーに嬉々として切りかかる。

「フハハハハッ。ほらっ、こっちに来い!」 
「ズバアーァァァン!!! グウォオオオ!!!」
「ホラよ。黒曜石の角が切り落とせだぞ! ボルケ」
「やったな。後一息だ! オリャアアアーー!!!」

 その血に塗れて笑う二人を見て、男は腰を抜かした。
「お、鬼だ、鬼がいる。助けて~、ヒイィィィ!!!」


「「ダンジョンへようこそ!」」
 二人の赤鬼に地獄に落とされた気分の男は、悲鳴をあげて倒れたのだった。


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