11 / 24
ダヌクとナイライン
しおりを挟む
『ダヌク・カヌエオ』
名字はあるが、彼は庶子。
ある大国のバリーボス侯爵家当主の、11人目の子供である。
バリーボス侯爵家は国の暗部を担っており、半ば洗脳のようにして育てられる庶子達は、周囲の兄弟姉妹を見て、これが普通なのだと思い成長する。
侯爵家当主と、その家門が重要視するのは、当主の妻と彼女から生まれた子供のみ。庶子は子として扱われない。
その庶子の生活を支えるのが、侯爵家の寄子貴族である現カヌエオ子爵である、ナイラインである。
彼自身は家庭を持っていないが、世間的には侯爵の愛人が子爵夫人として振る舞っている。公的書類も同じように偽装されている。
それがカヌエオ家の当主の宿命として受け止め、その家門を維持している。ただカヌエオ家と言っても、実際は侯爵の庶子しか子供はいない。
しかしカヌエオ家に関わる貴族達は、バリーボス家の庇護を受けて裕福に生活している為、その仕組みを否定しない。
バリーボス家の庶子は、子供を作ることは許されておらず、カヌエオ家の後継は完全なる養子だ。実際の国への届け出は、カヌエオ家門からの養子を実子として出されることになる。
それにはバリーボス家の庶子に力を持たせないことと、カヌエオ家の仕事を全うさせる為である。
庶子達は、最期まで使い潰されることになる。
そしてカヌエオ子爵家の当主も、驚くほど自由がない生け贄と言っても過言ではない。
バリーボス家での11番目の庶子など、使い捨ても良いところだ。事実として、カヌエオ家のダヌクの名を持つ男児は、既に4人死んでいる。
今いるダヌクは5人目だ。
その前にいた筈の姉や兄は、体が弱くて亡くなったと国へ報告しているが、同じようなことになっていたのだろう。
任務中の戦闘による死亡、任務失敗により敵に拷問され死亡、仲間を庇って死亡、作戦に失敗し侯爵からの私刑を恐れ自死、逃走に失敗して処刑等など。
特に侯爵からの私刑は、一度失敗して受けたことがあったと推察される。それが死ぬほど嫌と言うことは、よっぽどのものなのだろう。
今回シチルナを逃がしたことは、大失敗である。
豊かなキュナント侯爵家の簒奪作戦を、困難または不可能に近付けてしまったのだから。
「どうしよう、ナイライン? もう俺ダメかな?」
国への逃走中の馬車で、ナイラインに問いかけるダヌクは苦笑していた。
「それは……まだ何とも」
大丈夫だと言えない苦しさに、沈痛な面持ちのナイライン。
「ごめん、変なこと言って。忘れてくれ」
ナイラインが答えられないことを知っていた。過去に亡くなった兄のことを彼も知っていたから。
失敗は許されない。命じられたとしても、責任は自らで取るしかない現実。
けれどナイラインは、この時覚悟を決めていた。
「ダヌク様。我が国に入国したら、カヌエオ子爵には戻らずに逃げましょう。潜伏先なら何か所も心当たりが御座いますから!」
「ど、どうして? そんなことをすれば、ナイラインだってどうなるか!?」
困惑するダヌクは、微笑むナイラインを見つめた。
「ダヌク様とは長い付き合いとなりました。私がお預かりしたお子様の中では、最年長になりますね」
侯爵家の庶子を実子として届けている家はカヌエオ子爵家だけだ。5歳なる頃にバリーボス侯爵家から、子爵家に送られていく。
侯爵家での庶子の扱いは酷いもので、同じバリーボス侯爵の子とは思えない違いだった。使用人と共に生活し、教育だけは体罰を受けながら詰め込まれるのだ。
食事だとて最低限で、バリーボス侯爵を父と言うことさえ出来ない。そもそも会う機会もない。
子供達に情をかける使用人は、罰せられることになっていたから、優しい使用人も傍に寄ることも出来ず、悪意のある者達には『庶子の癖に』とバカにされた。
子爵家に移動してからは戦闘訓練で傷つくことにもなるが、人として扱われることで徐々に心を取り戻していくのだ。
あくまでも子爵当主は、侯爵家の庶子を大事に扱う。訓練と侯爵家の命令以外のところでは、様付けで名を呼び服従の構えだ。
けれど………………。
幼い時から手塩にかけた子供達を、バリーボス侯爵は手荒く任務につける。侯爵家の子として、まして貴族としても有り得ない危険な任務に。
ナイラインとて身を守れるように、幼い時より戦闘訓練を実地で学ばせてきた。一対一なら決して引けを取らない。多数対一でもある程度は訓練を積ませているが、守りを付けない、若しくは少なすぎる潜入の成功率は高くないに決まっている。
その責任を、成人にもならぬ子供に取らせるのだから、とてもやりきれない。
ダヌクは今、23歳。幾度かの難しい任務を成功し、生き延びていた。彼の上になる兄弟姉妹は死に、子爵家にいるのは彼が最後だ。
次期バリーボス侯爵家の当主が、もうじき侯爵家を継ぐ為、庶子は今侯爵家にはもういない。
今後の庶子は、後を継いだ次期当主が生ませていくのだろう。
ナイラインの任務もダヌクに仕えるだけで終了で、次期子爵も決まっている。
◇◇◇
「私は多くの子供達を死地に送りました。侯爵様の庶子は貴方様が最後でしょう。
今回の計画は、小規模で動くことには最初から無理がありました。失礼ながら侯爵様に進言しましたが、却下されております。いつもは共に動くことを止められていた私も、今回は参加が許可されました。
恐らく失敗を見越して、私ごと処分するおつもりでしょう」
全てを悟ったようにナイラインは告げ、歴代の子爵家当主の最期を話す。全員ベッドの上で亡くなることは許されなかった。
「じゃあ、成功していたら?」
「成功すれば僥倖と生かされたでしょうが、次の指令で生き残ることは難しかったでしょう」
「処分、と言うこと?」
「庶子の仕組みを維持する為でしょう。長く裏の情報を知る寄子当主は、扱いづらくなりますから。だから代々子爵家の家門に大金を渡し、逆らえないようにしているのだと思います」
「そ、そんな…………」
子爵家に関わる者の事業や、役職への融通、商会への融資などを侯爵家が援助する。しかも裕福な侯爵家には、微塵も影響がない。
誰か一人、責任を取るだけで。
「私は今まで天に送った子供達の為にも、貴方様に生きて欲しい。この老骨で盾になるのなら、惜しくもないことです」
「……そんなこと言わないでよ。ナイラインが、父さんがいたから、俺達は生きていられたのに。血の繋がっていない兄弟姉妹だけど、ここにこれて良かったと思ってるんだよ。死ぬみたいなこと、言わないでよ!」
「ダヌク様……ありがとうございます。私は果報者で御座います」
バリーボス侯爵が血縁上の父である為、ダヌク達はナイラインを父と呼べなかった。呼んだことはあっても、「それはバリーボス様に不敬となりますので」と、固辞されてしまった。
けれどもう、そんなことに意味はない。
「父さんに死んで欲しくない。きっと死んだみんなもそう思っている筈だよ。一緒に逃げよう」
「……はい、ダヌク様。必ずや安全な場所へお連れ致します」
◇◇◇
そんな様子を、偵察に訪れていたリキューが覗いていた。
「何か変だと思ったんだよ。侯爵家の簒奪なんてこと、普通の悪人が考えねえもんな。本当に迷惑なこった。
でもなあ、知っていて放っておくのもな~」
このまま放置すれば、ダヌク達は処分されるだろう。けれどそれで良いのか? と、リキューは葛藤していた。
同じ庶子と言う部分にも、情が湧いたのだ。
観察しているうちに、ダヌクの監視役の男も見つけた。
「しめしめ。これを報告すれば、バリーボス侯爵に報酬が貰えるぞ。あんな母親も分からん庶子が上司なんて、本当に嫌だったんだ。ズタズタに切り裂かれると言い! ハハハッ」
小太りのパッと見れば優しそうな中年男は、意地悪そうに微笑んだ。
(裏切りにしても酷い言い種だな。取りあえず、身柄を預かっておくか)
リキューはその監視役の頚部を圧迫し、意識を奪って連れ帰った。キュナント侯爵家の執務室へ。
「う、う~ん、何で俺寝てたんだ? 暗いな、ここは何処だ?」
気付いた時は後の祭り。
「ずいぶん粋が良いんだってな? 丁度、囮役が足りなかったんだ。助かるよ」
「くくっ。良い仕事するだろ? 俺は」
灯りのついていない執務室は、暗くて何も見えない。
だが聞こえる会話で、男が二人いるのは分かった。
月明かりが差し、その男達の姿がぼんやりと見えた。
「ヒィ、ゴリラか! 嘘だろ!」
腕と胸筋の筋肉のせいか、大きな上半身は獰猛な猛獣に見えたのだ。
「フッ、ゴリラか? 褒め言葉だな」
「ああ。間違いない。けどこいつ、気が小さいな。股間が濡れているじゃないか?」
「え、え、人間か? ここは何処だ?」
羞恥心で股間を隠し、大きな声で威勢良く言葉を発する男。それなりの腕も自負している為、人間ならば勝てると思ったのだろう。
そんな彼にボルケは微笑んだ。
「知らないなんて嘘だろう。ここはキュナント侯爵家だ。あんた達のターゲットなんだろ?」
「俺達もあんた達のことが知りたいんだよ。一方通行はフェアじゃないよな。そう思うだろ?」
「! (嘘だろ? 拉致られらのか、いつの間に?)」
ボルケは、小者に期待はしていない。
目的は他にある。
「まあ少し話してから、魔獣狩りに行こうか? 先に言っておく。逃げられると追うのが面倒だから、逃げるなよ」
「良いじゃん、ボルケ。ダンジョンで逃げてくれたら、丁度良い囮になる。こいつ弱そうだし」
不穏な台詞に目を剥く男は、「馬鹿な、ダンジョンなんて何処にあると言うのだ。ブツブツ……」と呟く。
ボルケは説明も面倒くさいし、執務後に暴れたいしで「先にダンジョンに行くか!」と、リキューに声をかけた。
リキューもそれに応じる。
きっともう、面倒くさくなったんだろうなと察し、リキューはダンジョンに飛んだ。
真夜中のそこは、暗くて何も見えない。
入った階は外と同じように、内部も草と木々で覆われていた。
アチコチから「ウゴォ、グオォ~!!!」と、何かの唸り声のようなものが聞こえてくる。
すると突然、木々の間から突然赤い光が飛び出してきた。
ジャイアントアミメオグロヌーの口から放たれた、高熱の炎のようだ。
「おい、避けないと焼けるぞ!」
「やっさしいな、ボルケ」
「え、え、うぎゃあ~、何これ、何これ???」
さっきダンジョンに行くとは聞いたが、嘘だと思っていたから気持ちが付いていかない。
そして足に火傷を負って、尻もちをついた。
「痛い、痛い、痛い、何であんな化け物が! 嘘だろ!」
対人用の訓練しか受けていない男は、魔獣の驚異に戦く。
ボルケとリキューは、食い付いてきたオグロヌーに嬉々として切りかかる。
「フハハハハッ。ほらっ、こっちに来い!」
「ズバアーァァァン!!! グウォオオオ!!!」
「ホラよ。黒曜石の角が切り落とせだぞ! ボルケ」
「やったな。後一息だ! オリャアアアーー!!!」
その血に塗れて笑う二人を見て、男は腰を抜かした。
「お、鬼だ、鬼がいる。助けて~、ヒイィィィ!!!」
「「ダンジョンへようこそ!」」
二人の赤鬼に地獄に落とされた気分の男は、悲鳴をあげて倒れたのだった。
名字はあるが、彼は庶子。
ある大国のバリーボス侯爵家当主の、11人目の子供である。
バリーボス侯爵家は国の暗部を担っており、半ば洗脳のようにして育てられる庶子達は、周囲の兄弟姉妹を見て、これが普通なのだと思い成長する。
侯爵家当主と、その家門が重要視するのは、当主の妻と彼女から生まれた子供のみ。庶子は子として扱われない。
その庶子の生活を支えるのが、侯爵家の寄子貴族である現カヌエオ子爵である、ナイラインである。
彼自身は家庭を持っていないが、世間的には侯爵の愛人が子爵夫人として振る舞っている。公的書類も同じように偽装されている。
それがカヌエオ家の当主の宿命として受け止め、その家門を維持している。ただカヌエオ家と言っても、実際は侯爵の庶子しか子供はいない。
しかしカヌエオ家に関わる貴族達は、バリーボス家の庇護を受けて裕福に生活している為、その仕組みを否定しない。
バリーボス家の庶子は、子供を作ることは許されておらず、カヌエオ家の後継は完全なる養子だ。実際の国への届け出は、カヌエオ家門からの養子を実子として出されることになる。
それにはバリーボス家の庶子に力を持たせないことと、カヌエオ家の仕事を全うさせる為である。
庶子達は、最期まで使い潰されることになる。
そしてカヌエオ子爵家の当主も、驚くほど自由がない生け贄と言っても過言ではない。
バリーボス家での11番目の庶子など、使い捨ても良いところだ。事実として、カヌエオ家のダヌクの名を持つ男児は、既に4人死んでいる。
今いるダヌクは5人目だ。
その前にいた筈の姉や兄は、体が弱くて亡くなったと国へ報告しているが、同じようなことになっていたのだろう。
任務中の戦闘による死亡、任務失敗により敵に拷問され死亡、仲間を庇って死亡、作戦に失敗し侯爵からの私刑を恐れ自死、逃走に失敗して処刑等など。
特に侯爵からの私刑は、一度失敗して受けたことがあったと推察される。それが死ぬほど嫌と言うことは、よっぽどのものなのだろう。
今回シチルナを逃がしたことは、大失敗である。
豊かなキュナント侯爵家の簒奪作戦を、困難または不可能に近付けてしまったのだから。
「どうしよう、ナイライン? もう俺ダメかな?」
国への逃走中の馬車で、ナイラインに問いかけるダヌクは苦笑していた。
「それは……まだ何とも」
大丈夫だと言えない苦しさに、沈痛な面持ちのナイライン。
「ごめん、変なこと言って。忘れてくれ」
ナイラインが答えられないことを知っていた。過去に亡くなった兄のことを彼も知っていたから。
失敗は許されない。命じられたとしても、責任は自らで取るしかない現実。
けれどナイラインは、この時覚悟を決めていた。
「ダヌク様。我が国に入国したら、カヌエオ子爵には戻らずに逃げましょう。潜伏先なら何か所も心当たりが御座いますから!」
「ど、どうして? そんなことをすれば、ナイラインだってどうなるか!?」
困惑するダヌクは、微笑むナイラインを見つめた。
「ダヌク様とは長い付き合いとなりました。私がお預かりしたお子様の中では、最年長になりますね」
侯爵家の庶子を実子として届けている家はカヌエオ子爵家だけだ。5歳なる頃にバリーボス侯爵家から、子爵家に送られていく。
侯爵家での庶子の扱いは酷いもので、同じバリーボス侯爵の子とは思えない違いだった。使用人と共に生活し、教育だけは体罰を受けながら詰め込まれるのだ。
食事だとて最低限で、バリーボス侯爵を父と言うことさえ出来ない。そもそも会う機会もない。
子供達に情をかける使用人は、罰せられることになっていたから、優しい使用人も傍に寄ることも出来ず、悪意のある者達には『庶子の癖に』とバカにされた。
子爵家に移動してからは戦闘訓練で傷つくことにもなるが、人として扱われることで徐々に心を取り戻していくのだ。
あくまでも子爵当主は、侯爵家の庶子を大事に扱う。訓練と侯爵家の命令以外のところでは、様付けで名を呼び服従の構えだ。
けれど………………。
幼い時から手塩にかけた子供達を、バリーボス侯爵は手荒く任務につける。侯爵家の子として、まして貴族としても有り得ない危険な任務に。
ナイラインとて身を守れるように、幼い時より戦闘訓練を実地で学ばせてきた。一対一なら決して引けを取らない。多数対一でもある程度は訓練を積ませているが、守りを付けない、若しくは少なすぎる潜入の成功率は高くないに決まっている。
その責任を、成人にもならぬ子供に取らせるのだから、とてもやりきれない。
ダヌクは今、23歳。幾度かの難しい任務を成功し、生き延びていた。彼の上になる兄弟姉妹は死に、子爵家にいるのは彼が最後だ。
次期バリーボス侯爵家の当主が、もうじき侯爵家を継ぐ為、庶子は今侯爵家にはもういない。
今後の庶子は、後を継いだ次期当主が生ませていくのだろう。
ナイラインの任務もダヌクに仕えるだけで終了で、次期子爵も決まっている。
◇◇◇
「私は多くの子供達を死地に送りました。侯爵様の庶子は貴方様が最後でしょう。
今回の計画は、小規模で動くことには最初から無理がありました。失礼ながら侯爵様に進言しましたが、却下されております。いつもは共に動くことを止められていた私も、今回は参加が許可されました。
恐らく失敗を見越して、私ごと処分するおつもりでしょう」
全てを悟ったようにナイラインは告げ、歴代の子爵家当主の最期を話す。全員ベッドの上で亡くなることは許されなかった。
「じゃあ、成功していたら?」
「成功すれば僥倖と生かされたでしょうが、次の指令で生き残ることは難しかったでしょう」
「処分、と言うこと?」
「庶子の仕組みを維持する為でしょう。長く裏の情報を知る寄子当主は、扱いづらくなりますから。だから代々子爵家の家門に大金を渡し、逆らえないようにしているのだと思います」
「そ、そんな…………」
子爵家に関わる者の事業や、役職への融通、商会への融資などを侯爵家が援助する。しかも裕福な侯爵家には、微塵も影響がない。
誰か一人、責任を取るだけで。
「私は今まで天に送った子供達の為にも、貴方様に生きて欲しい。この老骨で盾になるのなら、惜しくもないことです」
「……そんなこと言わないでよ。ナイラインが、父さんがいたから、俺達は生きていられたのに。血の繋がっていない兄弟姉妹だけど、ここにこれて良かったと思ってるんだよ。死ぬみたいなこと、言わないでよ!」
「ダヌク様……ありがとうございます。私は果報者で御座います」
バリーボス侯爵が血縁上の父である為、ダヌク達はナイラインを父と呼べなかった。呼んだことはあっても、「それはバリーボス様に不敬となりますので」と、固辞されてしまった。
けれどもう、そんなことに意味はない。
「父さんに死んで欲しくない。きっと死んだみんなもそう思っている筈だよ。一緒に逃げよう」
「……はい、ダヌク様。必ずや安全な場所へお連れ致します」
◇◇◇
そんな様子を、偵察に訪れていたリキューが覗いていた。
「何か変だと思ったんだよ。侯爵家の簒奪なんてこと、普通の悪人が考えねえもんな。本当に迷惑なこった。
でもなあ、知っていて放っておくのもな~」
このまま放置すれば、ダヌク達は処分されるだろう。けれどそれで良いのか? と、リキューは葛藤していた。
同じ庶子と言う部分にも、情が湧いたのだ。
観察しているうちに、ダヌクの監視役の男も見つけた。
「しめしめ。これを報告すれば、バリーボス侯爵に報酬が貰えるぞ。あんな母親も分からん庶子が上司なんて、本当に嫌だったんだ。ズタズタに切り裂かれると言い! ハハハッ」
小太りのパッと見れば優しそうな中年男は、意地悪そうに微笑んだ。
(裏切りにしても酷い言い種だな。取りあえず、身柄を預かっておくか)
リキューはその監視役の頚部を圧迫し、意識を奪って連れ帰った。キュナント侯爵家の執務室へ。
「う、う~ん、何で俺寝てたんだ? 暗いな、ここは何処だ?」
気付いた時は後の祭り。
「ずいぶん粋が良いんだってな? 丁度、囮役が足りなかったんだ。助かるよ」
「くくっ。良い仕事するだろ? 俺は」
灯りのついていない執務室は、暗くて何も見えない。
だが聞こえる会話で、男が二人いるのは分かった。
月明かりが差し、その男達の姿がぼんやりと見えた。
「ヒィ、ゴリラか! 嘘だろ!」
腕と胸筋の筋肉のせいか、大きな上半身は獰猛な猛獣に見えたのだ。
「フッ、ゴリラか? 褒め言葉だな」
「ああ。間違いない。けどこいつ、気が小さいな。股間が濡れているじゃないか?」
「え、え、人間か? ここは何処だ?」
羞恥心で股間を隠し、大きな声で威勢良く言葉を発する男。それなりの腕も自負している為、人間ならば勝てると思ったのだろう。
そんな彼にボルケは微笑んだ。
「知らないなんて嘘だろう。ここはキュナント侯爵家だ。あんた達のターゲットなんだろ?」
「俺達もあんた達のことが知りたいんだよ。一方通行はフェアじゃないよな。そう思うだろ?」
「! (嘘だろ? 拉致られらのか、いつの間に?)」
ボルケは、小者に期待はしていない。
目的は他にある。
「まあ少し話してから、魔獣狩りに行こうか? 先に言っておく。逃げられると追うのが面倒だから、逃げるなよ」
「良いじゃん、ボルケ。ダンジョンで逃げてくれたら、丁度良い囮になる。こいつ弱そうだし」
不穏な台詞に目を剥く男は、「馬鹿な、ダンジョンなんて何処にあると言うのだ。ブツブツ……」と呟く。
ボルケは説明も面倒くさいし、執務後に暴れたいしで「先にダンジョンに行くか!」と、リキューに声をかけた。
リキューもそれに応じる。
きっともう、面倒くさくなったんだろうなと察し、リキューはダンジョンに飛んだ。
真夜中のそこは、暗くて何も見えない。
入った階は外と同じように、内部も草と木々で覆われていた。
アチコチから「ウゴォ、グオォ~!!!」と、何かの唸り声のようなものが聞こえてくる。
すると突然、木々の間から突然赤い光が飛び出してきた。
ジャイアントアミメオグロヌーの口から放たれた、高熱の炎のようだ。
「おい、避けないと焼けるぞ!」
「やっさしいな、ボルケ」
「え、え、うぎゃあ~、何これ、何これ???」
さっきダンジョンに行くとは聞いたが、嘘だと思っていたから気持ちが付いていかない。
そして足に火傷を負って、尻もちをついた。
「痛い、痛い、痛い、何であんな化け物が! 嘘だろ!」
対人用の訓練しか受けていない男は、魔獣の驚異に戦く。
ボルケとリキューは、食い付いてきたオグロヌーに嬉々として切りかかる。
「フハハハハッ。ほらっ、こっちに来い!」
「ズバアーァァァン!!! グウォオオオ!!!」
「ホラよ。黒曜石の角が切り落とせだぞ! ボルケ」
「やったな。後一息だ! オリャアアアーー!!!」
その血に塗れて笑う二人を見て、男は腰を抜かした。
「お、鬼だ、鬼がいる。助けて~、ヒイィィィ!!!」
「「ダンジョンへようこそ!」」
二人の赤鬼に地獄に落とされた気分の男は、悲鳴をあげて倒れたのだった。
13
あなたにおすすめの小説
特技は有効利用しよう。
庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。
…………。
どうしてくれよう……。
婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。
この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
義妹がピンク色の髪をしています
ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。
【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ
【完結】平民聖女の愛と夢
ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる