リンダの入念な逃走計画

ねこまんまときみどりのことり

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国王マルコディーニの献身

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 マルコディーニは朝の業務に就く前にいつも一時、ジルパークン王国を救った王女エルザのことを考えていた。

 彼女は北の棟と言われる、戒律の厳しい修道院で元王妃である母親の世話をしながら、祈り暮らしている。

 その建物のある方向を眺め、彼女の安寧を願う彼。


 マルコディーニは、他国(グランバルケ)の騎士団に所属する騎士だった。彼の母の姉がこの国ジルパークン王国の侍女としてエルザに仕えていた為、時々独裁的な政治体制のことは家族で耳にしていた。

 エルザの祖母とマルコディーニの生国は同じだった。
 その当時、王子にしか関心のないジルパークン王国夫妻は、蔑ろにしていた王女エルザを祖母の元に送った。その際に家に遊びに来ていたマルコディーニと彼女は、偶然に出会ったのである。
 それは側近達から王妃へ、王女についての(無関心さ等の)態度に対する諫言からだった。
 内容はたとえば専属の侍女を付けない、宮廷教師を付けない、誕生日等の慶事を行わないこと等。その行為は王女の尊厳を貶めることになるからだ。


「もう、どうしてそんなことを言うの? 私は次期国王を生んだ王妃なのに。役に立たない娘に割く時間なんてないのよ。娘は嫁いで、何れいなくなるもの。王子さえいれば、私の地位は安泰なのだから」

 実の娘なのに、この態度を崩さない王妃。
 その後王女等邪魔だと言わんばかりに、「体が弱っているみたいだから、静養させる為よ」と、生家に送られることになる。

 それには少し訳もあった。
 彼女は前国王に優秀さを見込まれ、政略として嫁いだ為、国王には愛されていなかった。

「お前はいつも、賢しらなことばかりで煩わしい。女は黙って言うことを聞いておれば良いのだ。俺の愛人達のようにな。くくくっ」

(くっ、酷いわ。いつも女の肩を抱いて、見せつけるような素振りで。私だって出来るなら、誠実な人に嫁ぎたかったのに。それならば私だって、好きにさせて貰うから)

 国王に逆らうことも出来ず、黙することしか出来なかった彼女の心は歪んでいく。


 国王は女性の尻ばかりを追いかけ、王妃は宝石やドレスを買い込み贅沢ざんまい。当然のことながら国費は私的に使われ、国は商人に借金をするまでに落ちぶれていく。

 その時にはもう、前国王夫妻は亡くなっており、誰も彼らを止めることは出来ないでいた。


 何度も諫言し、国を憂いた側近は処分され、貧困で内乱が活発となっていく。
 悪い商人達はジルパークン王国の山脈に、鉱石がある調査を勝手に行い、山を国を奪い取ろうとしていた。


 そんな時に現れたのが、マルコディーニだったのだ。

 忘れられていた王女エルザは、母方の祖父母に大切に育てられていた。
 グランバルケ王国は産業の盛んな場所で、既に身分制度は意味を成さない装飾程度のものだった。

 マルコディーニは幼い時から兄に付いて狩りへ行き、成長してからは騎士団に所属していた。エルザも幼い時から彼にまとわり付いていたので、共に狩りができる腕前を持つ程に成長していた。

 それに彼は他の兄妹と同様に魔法が使えたので、エルザを密かに守ることもできたのだ。まあだからこそ、エルザの祖父母は彼に世話を頼んでいたのだが。

 形骸化されていても方や伯爵家と、(マルコディーニの家は)男爵家の関係だったので、マルコディーニに拒否権はなくエルザを妹のように扱っていた。
 この時はエルザの詳細は伏せ、親戚の子を預かっていると伯爵から説明された周囲が、彼女を王女だと思うこともなかった。
 彼女はメイドの一人も付いて来なかった為、疑う者がいるはずもなく。


 何れ帰るまでの役割として面倒を見ていたマルコディーニだが、自分の後を懸命に追いかけて来る彼女を妹から友人のようにと、成長と共に意識が変化していくのだ。

「マルコが行くなら、私も行く。私だって結構強くなったもの。私がマルコを守ってあげる」
「俺は強いから平気だ。それよりエルザは女の子なんだから、怪我をしたらダメだろ? 嫁に行けなくなるぞ」

「嫁になんて行かない。ずっとマルコといるの!」
「馬鹿だなぁ、エルザは。いっつもそんなこと言って」

「馬鹿じゃないよ。家族になれば、ずっと傍にいられるもの」
「は。家族、家族って!」

「うん。私がお嫁さんになれば良いでしょ? 死ぬまでずっと一緒だよ」
「……そんなこと言っても、まだ12歳でしょ? もっと良い男を見たら気が変わるかもよ~。そん時に後悔しても知らないぞ。黒歴史だったのって、冷や汗かくことになるぞ~」

 冷やかすマルコディーニに、真剣な表情で答えるエルザ。
「ならないよ、そんなの。ずっと好きだったのに。良いとこも悪いとこも知ってるし、傍にいたいのはマルコだけだもん!」

「っ。ちょっと待て。落ち着け。……返事はもう少し大人になってからでも良いか?」
「うん、良いよ。私、ずっと待ってる」


 熱烈な告白を受けたじろくマルコディーニに、微笑んだ彼女。本当は実らない恋だと、知っていたのかも知れない。


 その後も騎士団に勤めながら、休日は冒険者のように狩りをするマルコディーニには、職種が違う多くの狩り仲間がいた。商人、医者、文官、料理人、そして彼と同じ騎士も。
 自由な気風な国ならではである。
 身分がどうこうで威張る者がいないのも、その要因だろう。

 一応王国を名乗っているが、絶対君主制ではなく選挙で代表を決めている。その為王ではなく代表と呼ばれていた。対外的には大統領だ。

 そんな文官の一人から、ジルパークン王国の不穏な話をされたのだ。それは新聞に乗っていることよりも、かなり詳しい内容だった。

「言っとくけど、情報漏洩じゃないからな。大統領からはジルパークン王国にいる親戚がいれば、今のうちにこの国で保護するから連れて来いって言われてるんだ。
 どうやら日に日に、状況が悪化しているらしいぞ。他国とあまり交易がない国だから、俺もよくは知らないんだけどさ」

「そんな……」


 エルザの蒼白な顔を見て、マルコディーニはジルパークン王国と関係があるのだと思った。さすがに王女だとは思っていなかったが。


 その日を境に、マルコディーニに会いに来なくなったエルザ。
 彼は覚悟を決めて伯爵家を訪問し、前伯爵夫人となったエルザの祖母と、現伯爵夫妻、そしてエルザが座る応接室で全てを打ち明けられたのだ。
 
「ごめんなさい黙っていて。私は見捨てられた王女なの。でも私、お兄様を救いたい。ずっとお母様の人形のように振り回されていたお兄様を。
 自分が苦しんでいても、私には優しかったお兄様を」


 伯爵家には定期的に、王太子からの便りとエルザへの贈り物が届いていた。
「エルザを託して申し訳ない。いつもありがとうございます」との手紙と、養育資金とが伯爵家の元に。

 それももう、数か月は届いていないが。


「私、お兄様を救いたい。出来ることなら、民の為に内乱も沈下させたい。……私が生まれた国だから」

 エルザはこの国の冒険者を集めて、ジルパークン王国に向かうと言う。費用は王太子が彼女の為に伯爵家に送った資金と、伯爵家資金を捻出することに。

「エルザの養育費なんて、いらなかったんだよ。だって可愛い孫のことだもの。それも予算はゼルビル (王太子)の個人資産のはずだわ。あの国王夫妻が出すはずがないもの」


 それを聞いて概要が掴めたマルコディーニ。
 ジルパークン王国を滅ぼしかけているのは、国王夫妻でエルザの両親なのだと。


「少し待っててくれないか? 大統領にも相談してくるから。たぶん個人で乗り込むより、この国にも話を通して人数を増やした方が良いだろ? 勿論ジルパークンの国王夫妻の味方はしないし、鉱山の利権も多少は融通して貰うことになるだろうけど。
 収集がつかなくなる前に、早期に解決した方が良いだろう?」

 その言葉に少し躊躇うエルザだが、「そうしたい。出来ることなら協力をして欲しいです」と、必死に頼むのだった。




◇◇◇
 混乱に乗じてジルパークン王国に入国したマルコディーニ達は、グランバルケ王国の冒険者仲間達で内乱を制圧した。

 民の抵抗する勢いが強く、既に王国では防戦に転じていた状態だった。 

 王太子であるゼルビルは王太子妃アルメニアと、その生家と共に、国王夫妻と敵対姿勢を取り民を守っていた。

 そこにグランバルケより派遣された冒険者達が突入し、行方不明だとされた王女が先導して戦いを沈静化していく。
 国王夫妻達はすぐに捕縛され、国王は断罪されて命を断たれた。王妃は捕縛のショックで気が触れ、正気に戻ることはなかった。

 国王達を唆し内乱を誘導した形となった商人達は、一部は逃亡し、一部は捕まり罪を償うことになった。

 その逃亡した商人と繋がる国の国王は、さらなる混乱を図る為に、巨大人喰い狼の群れをジルパークン王国に放つ。普通の冒険者では束になっても倒せない、凶悪な魔獣を。


 もう駄目だと思った時に現れたのが、『煌めきのななつ星』である。
 一瞬のうちに現れて、バッタバッタと狼を倒していくのだから、狼を放った国の国王も怯えていた。

 魔道具で制御されていた狼は、放った者は襲わないように調整されていたようだ。それを解析して証拠を見つけたボルケ達はその国王の元に出向き、「どう言うことなんだ? 世界に公表するぞ、このクソ野郎!」とかと脅して、賠償金をもぎ取り王太子へと渡したのだ。


 もうその時には、内乱を収めた代表がマルコディーニとなっており、彼が暫定の国王になっていた。

 王太子は国王の内乱を収められなかったと言って、王族を退き教会の神父となった。
 王太子妃と王子達は城に残り、国の政務を熟すことになった。身分は一応そのままではあるが、継承権は停止された。


 多くの民は王太子のことを認めていたが、弾圧で亡くなった者等の一部の反発勢力があり、道を降りることにしたようだ。

 そんな中で巨大人喰い狼の群れを倒したボルケ達には、マルコディーニとグランバルケ国王が相談の上で男爵位を渡したのだった。
 狼関連の賠償金をもぎ取ってもくれたし、今後も他国から狙われるであろう、混乱時のこの国を守護して貰いたくて。

 結果として移住は断られたが、コネクション作りには成功したマルコディーニだ。グランバルケ王国は支配ではなく、協力国としてジルパークン王国を支えることになった。
 ボルケ達に褒賞金が渡されたのは、鉱山を採掘して金が掘り出されてからだ。使う予定もなく銀行に預けていた彼だが、後日根こそぎ底をつくことになる。

 マルコディーニは暫定の国王となったが、国が安定すれば次の者に譲位することにしていた。



◇◇◇
 あれから23年が経ち、マルコディーニは38歳、エルザは35歳になった。

 その間にマルコディーニは貴族の爵位を形骸化し、民主化を押し進めた。民衆はともかく、利権を失うことになる貴族達は反発した。それでも、少しずつグランバルケ王国のような形に近付けていったのだ。


 修道院で暮らしていた元王妃が老衰で亡くなってからも、エルザは祈りを捧げて暮らしていた。

 マルコディーニと共に国政を担っていた第一王子が、選挙で信任を受けもうすぐ次の国王となる。

 マルコディーニは自身の役割を果たし、エルザを迎えに行けるのだ。彼女とは手紙のやり取りを続け、お互いを支え続けてきた。

 ジルパークン王国には優秀な人材も集まったことで、マルコディーニが退位してもグランバルケや他国から攻められることもないだろう。




◇◇◇
「ようやく迎えに来られた。会いたかったよ、エルザ」

「私だって。貴方を巻き込んでしまって、ごめんなさい。ずっと申し訳なく思ってたの」

 年をとっても可愛らしいエルザに、マルコディーニは微笑んで答える。

「エルザの頼みじゃなければ聞いていないさ。君だけが特別なんだ。……ずっと傍にいてくれるんだろ?」

  エルザは嗚咽し、何度も頷く。
「ええ、ええ、勿論よ。大好きよ、マルコ。ずっと待ってたの。会えない間、貴方が他の人を好きにならないか心配だった。神に仕える身だったのに、失格ね」


 抱きしめ合う二人に、神父もシスターも涙して祝福したのだった。


 その後に近くの教会で式を挙げた二人。
 公にはせず、身内だけの温かなものだった。

 
 その中にはボルケ達『煌めきのななつ星』も駆けつけていた。


「良かったな、マルコディーニ。今度はお前が幸せになれよ」

 ボルケの言葉に感謝するマルコディーニとエルザ。

 イスズの「俺も結婚したい」の言葉に素早く反応するボルケは、無言のジト目を彼に向ける。

 リキューは大笑し、マースは「リンダはもう大人だぞ。好きにさせてやれよ」と呟き、ロベルトはフヨフヨとにやけ、イルワナは(義父がボルケとか無理だ)と顔をしかめた。
 

 国と身分を越えた恋は、長い年月を経て実を結んだのだった。




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