【完結】ブレイクスルートゥルー

笹川リュウ

文字の大きさ
1 / 17

しおりを挟む
 駅のロータリーから出立したばかりのバスが、四方に散らばっていく。
 街灯モニターから轟く、ハスキーボイスが売りのスパイシーな歌声は、三週間も前から流れている。
 その曲は社会現象にまでなっているドラマの主題歌で『悪魔の甘い誘惑に酔いしれろ、初のソロシングル、大ヒット発売中!』という謳い文句が、先日追加されたばかりだ。
 ピタリと背後で誰かが立ち止まった気配。
「まだ流れてんのかよ……」
 吐き捨てるような男の呟きは、手前にいる土岐透琉ときとおるにだけ聞こえた。
 テレビを見ない透琉からすれば、ドラマの名場面を思い浮かべることはないので、良い声だなと思いこそすれ、退屈な信号待ちの時間に同じ曲ばかり聞かせられて辟易している。
 後ろの男は苦痛だと言わんばかりのため息をついた。

 透琉は、いつもと変わらぬ雑踏に紛れながら、歩道の端っこでスクールバッグを抱き締めながら信号が青になるのを待つ。
 母親の寿美子すみこにこれから塾に行くと連絡を入れてからニ十分。いつもならとっくに塾に到着している時間だ。
 先ほどから震えているスマートフォンは、おそらく寿美子からのものだろう。
 あまりにも鳴りやまない通知に根気負けした透琉は、スクールバッグからスマートフォンを取り出す。ロック画面には最新のメッセージが表示されていた。
『透琉さん、どこで寄り道しているの? 早く塾に行きなさい』
「……寄り道はしていません。もうすぐ着きます」
 返信をした透琉は、背中を丸めて俯く。
 歩車分離信号の大きな交差点は、いかなる時間帯でも交通量が多い。下校や退勤の時間ともなればなおさらだ。

 高校生活も残り一年となった透琉だが、なぜか最近、慣れたはずの下校ルートが恐ろしく感じる。
 聞き飽きた曲に鬱々としていた方がまだ健全だと思えるくらい、一体どうしてか体が沸騰しているかのように熱くなったり背中に冷や汗をかくほど猛烈に寒くなったりを繰り返しているのだ。
 原因不明の動悸は、日増しに激しくなっていく。
 眩暈を起こして校内で何度か倒れたことがある。幸い大きな怪我はしていないが、体調が良いと感じる日は少ない。
 心配性な寿美子に病院を連れ回されたが、どこも異常はなく、最終的に行き着いたのは心療内科だった。
 それでも眩暈の原因が判明することはなかった。
 学校に行くことが嫌なわけではないし、大きな事件に巻き込まれたわけでもない。
 透琉は、ブレザーの下のシャツは第一ボタンまでしっかり留めて着崩さない。染髪はしないし、もちろんアクセサリーもつけない。自宅と学校と塾を往復するだけの、極めて模範的な学生だ。
 華奢な体格に大きな瞳と垂れた眉は、時折女性や中学生に間違えられるほどで、本人の知らぬところでは、才貌両全の美少年と崇められている。

 強いて言えば、医学部を受験するつもりのため、少々プレッシャーを感じているくらいであるが、それは受験生に等しく降りかかる問題であることくらい透琉も理解しているので、眩暈を起こすほどでもない。
 目が霞むと感じるのは、視力が落ちたせいかもしれない。思い返してみれば、眩暈を起こす前も目の奥がズキズキと痛んでいた気もする。
 近々、眼科に行ってもう一度検査をしてみようか――。
 歩行者用の信号が青になり、聞き慣れたメロディが流れ始めた。
 信号が変わる前に早く渡らなければ、と透琉が歩き出した瞬間、道路の向こう側にある塾の窓がガタガタと震え始めた。
 ガッシャーン! バリンッバリンッ! と激しく音を立てた窓ガラスは、すべて粉々になって、歩道を埋め尽くしていた。
 通行人はいなかったように見えたが、心配になった透琉は駆け足で現場に向かった。
 地震が発生したとか突風が吹いたとかではない。物が当たってガラスを突き破った痕跡もない。内側から強烈な圧力がかかり破裂したというよりは、ヒビが入ってから、一斉に落下したように見えた。
 週に三回、あの窓の横で講義を受けているので、老朽化で割れるほど古いわけでもないことを知っている。

 原因を探るべく、砕けたガラスに手を伸ばすと、ひと回り大きな手に制される。
「ストップ! 素手で触ろうとするとか、さすがにそれは想定外」
 驚いた透琉は振り返る。
「岡崎くん……?」
 背後にいたのは、転校生の岡崎新多おかざきあらただった。
「良かった。名前覚えてくれてたんだな。とりあえず、またガラス降って来ると危ないから、一旦避難しようぜ」
「う、うん……。だけど、僕これから塾で……」
「塾……? ははっ、この状態で授業あるわけなくね? ほら、アレ」
 新多は、親指でビルの出入り口を指す。
 視線の先にいたのは、血相を変えた警備員や塾の講師たちだ。
 ビルは人通りの多い交差点の一角にあるため、写真や動画を撮る野次馬も集まって来た。
 顔を真っ青にした担当講師から今日は臨時休業と告げられたため、透琉は成り行きで新多と一緒にその場を離れることにした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

鏡開きと恋のぜんざい~無愛想な和菓子職人はスランプ作家を甘く溶かす~

水凪しおん
BL
「あなたの作るお菓子が、僕を救ってくれたんです」 仕事の重圧に潰れ、言葉を紡げなくなったライターの一ノ瀬湊。 逃げるように訪れた冬の古都で、彼は一軒の古びた和菓子屋『月光堂』と出会う。 そこで黙々と菓子を作るのは、鋭い眼光を持つ無愛想な職人・高遠蓮。 第一印象は最悪。けれど、彼が差し出した不器用なほど優しい和菓子の味に、湊の凍りついた心は次第に解かされていく。 経営難に苦しむ店を救うため、湊は自身のペンを武器に宣伝部長に立候補するが――? 「俺は、あなたに食べてほしかった」 閉ざされた蔵の鍵、硬い鏡餅、そして頑なな職人の心。 二人なら、どんな硬い殻だって割ることができる。 冬の京都を彷彿とさせる古都で紡がれる、甘くて温かい救済と再生のBLストーリー。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

処理中です...