【完結】ブレイクスルートゥルー

笹川リュウ

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 高校三年生の五月に転校してきた新多は、クラスメイトではあるが、数回ほどしか話したことがない。
 髪は脱色しているの真っ白で、肩まで伸びた襟足は外に向かって跳ねている。
 都内屈指の進学校だが自由な校風で、新多以外にも派手な髪色をしている者も多いので、悪目立ちはしていない。
「いやぁ、いきなりバリバリってガラスが落ちてくんだもん。ビビったわー。土岐は怪我してねぇ?」
 こちらを覗き込むように、ずいっと顔を近づけられ、透琉はよろめいた。
 頭二つ分も違う背丈とすらっとした手足。涼しげな目元に薄い唇は、童顔の透琉とは正反対だ。
 甘ったるい語尾は、駅前で流れていた男性シンガーのハスキーな声に少し似ていて、蠱惑的な魅力がある。
 いつも女子に囲まれて騒がれているのは、転校生が珍しいからという理由だけではなさそうだ。
 本人は少し迷惑そうな顔をしているので、騒がしいのは好きではないのかと思っていたが、塾から駅に向かう際もひたすらしゃべり続けていたし、実際はかなり気さくな青年といった印象である。
「岡崎くんがガラスに触る前に止めてくれたおかげで無事です。先ほどはありがとうございました」
「良かった。てか、なんでずっと敬語? 同級生じゃん」
「あまり話したことがなかったので……。気に障ったのなら謝るよ、ごめんなさい……ごめんね?」
「おう。土岐はタメ口でもなんか丁寧だな。なあなあ、このあと時間ある?」
 休校になったため、予定はなくなった。早く帰宅したところで、自室で勉強するだけだろう。
 透琉は「うん」と素直に頷いた。
「良かった。俺、転校してきてからまだどこにも遊びに行ってなくてさ。どっかイイとこ紹介してほしいんだけど」
 クラスでも引く手あまたな新多が、自分を誘っている――。
 理解が追いつかない透琉は、眉間に皺を寄せた。
「僕が案内できるところなんて……。そういうのは、別の人に頼んだ方がいいと思う」
「土岐がいいんだよ! 前から話してみたいと思ってたんだ。このあと予定ないなら、いいだろ?」
「遊べる場所なんて本当に知らないんだって……。休みの日も図書館くらいしか行かないから」
「おー、図書館、いいじゃん。行こ行こ! 俺、どこでも楽しめるし、静かな場所も結構好きだから案内してよ。ここから歩き? バスとか電車?」
「……バス」
「はい、決定。しゅっぱーつ」
「そ、そっちじゃないよ!」
 透琉は、自信たっぷりに見当違いなバス乗り場に向かう新多のカーディガンを掴む。
 ハッとした時にはバスの中で、透琉は、新多の術中にはまり、まんまと自ら進んで道案内することになってしまった。


 意外にもバス車内で話しかけられることはなく、新多は瞳をキラキラとさせながら、目的地に到着するまで静かに乗っていた。
 最初はからかわれているだけかと思っていたが、スマートフォンでこれから行く図書館の公式サイトをチェックしていたので、どこでも楽しめるというのは、本当のようだ。
 図書館についてしまったので、雑談可能なイートインスペースで、売店で買ったサンドイッチを食べながら時間を潰す。
「これ、面白いの……?」
「こうやって土岐と向かい合って飯食ってるだけで、わりと面白いけど?」
「それって僕の顔が面白いってこと?」
 ショックを受けた透琉は、思わずサンドイッチを落としそうになる。
 新多は、図書館に似つかわしくない声量で笑った。
「ちげぇって! 土岐の顔は、可愛い系だろ? クラスの女子は『高嶺の透琉きゅん、今日もチワワみたいできゃわい~』って騒いでたぜ」
「……それクラスの女子にも僕にも喧嘩売ってない?」
「褒めてんだよ。それに面白いってのは、細いわりに意外と食うなって思って。見てて面白いっつーか、気持ちいい的な? サンドイッチだけでも三人前くらいあんじゃん。土岐って、じつは大食い?」
 丸テーブルにびっしりと並ぶサンドイッチを見る二人。
 透琉は、眉を下げて照れ笑いを浮かべる。
「大食いってわけでもないけど、なぜかここ数ヶ月お腹がへって仕方ないんだ」
「んじゃぁ、成長期か……せ、成長……?」
 親指と人差し指で隙間を作って目測する新多に、透琉は「ちょっと!」と憤る。
「ごめん、ごめん。いいじゃん。好きなもんはどんどん食べて、好きなこともどんどんしようぜ。自由な時間は学生の間だけって言うし」
「自由な時間……。そういえば、今日は久しぶりにスケジュールから逸脱した行動を取っているかもしれない。これが自由っていうのかな……」
「へぇ、真面目だな。スケジュールって、そんな毎日立てるもん?」
「そ、それは……」
 テーブルの上に置いていたミネラルウォータ―のペットボトルが、キャップを閉める際にへこませてしまったのか、ベコっと嫌な音を立てた。
 新多は、ペットボトルを手に取るとキャップを緩めて、黙り込んでしまった透琉に差し出した。
 おずおずと手を伸ばした透琉は、空気が入り込んで元通りになったペットボトルを受け取る。
「無理に吐かせたいわけじゃねえから。ただ土岐のこと知りたいだけ。今んところ、サンドイッチが好きってことは知ってる。他には、何が好きで、何が苦手? 教えてよ、土岐のこと」
 天使か悪魔か、甘い囁きに打ち勝てる人間は、果たしてどれくらいいるのだろうか。
 丸テーブルを囲む椅子は四つあるが、すっと立ち上がった新多は、透琉の隣の席に移動して顔を覗き込んで来た。
「なぁ、それくらいいいだろ?」
「好きなもの……は、わからない。苦手なことは……美術。絵を描くのが下手みたい」
「苦手科目ね。へぇ、そう言われると土岐の絵見てみたいなぁ。というわけで、絵しりとりで勝負だ」
「絵しりとりって何?」
「言葉じゃなくて、絵を描いてしりとりすんだよ。ほい、これ紙。土岐からスタート」
 サンドイッチを購入した際にもらったレシートを財布から取り出した新多は、目を細め、左頬だけ上げてにっと笑う。

 不本意ながらも、透琉は、時間をかけて丁寧に犬を描いた。
 完成じっと待っていた新多は、レシートを顔に近づけたり遠ざけたりしたあと、犬の隣に可愛らしいタヌキを描いた。
 透琉は、次にキリンを描く。
「あっ、終わっちゃった」
「しりとり、弱いどころの話じゃねぇぞ⁉ てか、ちょ、ちょっと待って! ブタ、タヌキ、ブタで終わるわけなくね⁉」
「豚……? 豚じゃなくて犬とキリンなんだけど……」
「ひっ……犬とキリン………くっ、ぶふっふ……これは一周回って才能が爆発……」
 フリースペースとはいえ、他にも利用客がいるため、新多は大声を出さないように涙を堪えて震える。
 顔を真っ赤にした透琉は、レシートを取り上げると「本を借りに行くからもう終わり!」と告げて立ち上がった。
「待って待って! 上手いか下手かはわかんねぇけど、俺、透琉の絵好きだわ。だからレシートは返してもらう」
 すっとレシートを引き抜かれてしまったが、透琉の頭の中はそれどころではない。
「と、透琉って……」
「あー、だめ? 俺のことも新多でいいから」
「ああ、あ、新多君……?」
「はーい、新多じゃなくて〝新多君〟ね。新鮮だわ」
 机の上をさっと片付けた新多は、透琉の肩に腕を回す。
 急速な距離の詰め方にドギマギしながら、両手と両足を同時に動かすと、新多が笑いを堪えている振動が伝わって来た。
「透琉は、本も好きなんじゃないの?」
「好き、なのかな……。勉強の邪魔をしないものは、許可されているから。本が好きかどうか比べられるほど、他の遊びを知らない。でも苦じゃないから、本は好きなのかもしれない」
「そっか。じゃあ、俺と一緒にこの街を開拓しようよ。色んなところに行ってみたら、好きなこと見つかるかも」
「一緒に、好きなことを見つける……?」
「そう。岡崎新多おれ土岐透琉おまえで、一緒に」
 未知の感情に振り回されるなんていつぶりだろうか。悩みの種である不快な動悸ではなく、期待に満ちた鼓動の乱れだ。
 透琉は、襟元をきゅっと握ると、今日初めて微笑んだ。
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