音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第三幕 抗う者たち

戦わないという選択肢

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 ハルへ

 久しぶりだな。魔笛団のみんなも元気そうでなによりだ。

 こっちも元気だぞ。

 一昨年だったかな、ニコのことを書いたよな。生気のない顔で引きこもってしまって部屋からも出てこない、って。それが今は見違えるほど元気になった。毎日外を飛び回ってるし、あれだけ嫌がってた村にも行けるようになった。まるでお留守になってた魂が戻ってきたみたいだ。

 黒髪の歌い手について何か情報がないか、ってことだよな? 実はそのニコが元気になった理由について書けば、お前への良い返事になると思う。



 ちょうど1年ぐらい前になるな。あの子が朝、いきなり外に駆け出して行って「裏の麦畑に男の子が倒れてる!」って言うんだ。慌てて行って驚いた。ニコよりちょっと年上ぐらいの少年が、寝間着姿で本当に倒れてたんだ。

 家の中に担ぎ込んで身体を温めてやったらすぐに意識は戻ったけど、言葉が全く通じない。なによりその髪が真っ黒だ。もしかして歌い手か? とは思ったが、いや、まさかなあ、っていう感じだった。

 というのも俺の中にある歌い手のイメージ、屈強なタフガイ、っていうのからはほど遠かったんだ。何とも華奢で線の細い、髪を伸ばせば女の子に見えそうな、優しげな男の子なんだ。とても礼儀正しく物腰も柔らかい。この子が歌い手なのか、俺とナギでいろいろ議論したがこの時点では結論は出なかった。

 ただ一つはっきりしていたのは、ニコが彼、ソウタをすっかり気に入ってしまったということだ。毎日付きっきりで、あれこれ世話したり言葉を教えたり、とにかくソウタにべったりだ。

 でもそのおかげでニコは別人のように元気になった。目の輝きが戻った。ナギに言わせると「恋する乙女の目だ」ってことだが、俺もそう思う。



 ニコの気持ちを考えると、ソウタが歌い手なんかではなく、髪が黒いだけの普通の少年であって欲しかった。ニコの良き伴侶として、そして我が家の息子として、末永く平和に暮らして欲しかった。

 ただ、やはりそうは行かなかった。村人が騒ぎ出したんだ。久々にニコが村に顔を出すようになったと思ったら常に知らない少年が一緒にいる。しかも黒髪だ。ニコのファンの若い男達を中心に不穏な空気が漂い始めた。そしてやはり歌い手の血が黙っていないのだろう、ソウタ自身も歌うことを我慢しきれなくなってきた。



 残念ながらソウタはこのまま村にいてもロクなことはないだろう。もちろんニコとソウタを引き離すなんて可哀想なこともできない。となったら、2人を旅人として送り出すしかないだろう。俺はとりあえずソウタとニコにこっそり歌術を教えることにした。

 そしたらどうだ。

 初めて、本当に初めての震歌でいきなりドカン! だ。頑丈な作業机をばらばらにしちまった。震刃を教えたらすぐにリンゴをスパスパ切ってくれた。全く助奏なしでいきなり震歌や震刃を発動させる技も見せてくれた。しかも俺の何倍もの威力でだ。

 とんでもない能力だ。『天才』なんていう生ぬるいもんじゃない。ケタ違いだ。俺はこの時点で彼が歌い手だと確信した。



 ただナギは今も、ソウタを歌い手として扱うことには反対だ。

 もちろんその気持ちは分かる。少なくともこれまでの歌い手の運命は暗かった。こんな良い子を、そして娘の大事な初恋の相手を、危険で悲しい運命に追いやりたくない。それに一緒にいればニコも間違いなく危険に曝される。

 しかし俺は、ソウタの力を制限してしまうより、歌い手として思う存分、力を発揮してもらう方がより安全だと思う。彼の歌の強さは本物だ。強ければ自分の身を守ることもできる。ニコも守ってもらえる。



 俺とお前が袂を分かつことになった理由、もちろん覚えてるよな。

 魔笛団を設立し活動するうち、俺は『歌い手に頼らず自分たちの手で黙呪王を倒そう』と考えるようになった。それは今も変わらない。

 俺はこれから半年みっちりソウタに歌術を教えるつもりだ。ニコにも歌術と奏術を教え込む。しかしそれは決して歌い手として黙呪王と戦わせるためではない。ニコと2人で黙呪王の手から逃げおおせるためだ。

 どこか辺境の地でもいい。2人でひっそりと、でも末永く幸せに暮らして欲しい。それが愛娘とそのパートナーに対する、俺とナギの心からの願いだ。



 俺たちもこの村に来て10年以上になる。もうこのまま農業で生きて行こうかとナギと話したこともあった。しかし一度燃え上がった心の火は何年経っても消えないみたいだ。ソウタとニコに歌術をちょっと教えただけで、もう俺も歌いたくて歌いたくてたまらなくなった。ナギも田舎の退屈な暮らしに飽き飽きしているようだ。

 それに、ここで何年暮らしていても結局、村人たちは俺たちを完全に受け入れてくれるわけではないようだ。最近どうも居心地の悪さを感じる出来事が多い。

 だから俺たちもソウタとニコを送り出した後は旅を再開しようと思ってる。そしてもう一度、黙呪兵の秘密を探ってみるつもりだ。黙呪兵は王の最大の武器だからな。もちろんこれは相当危険な旅になる。俺とナギはこの仕事に残りの人生をかけるつもりだ。



 ソウタとニコは来年の春に旅立つ予定だ。それまでの半年間、俺がしっかり教育するつもりだが、もし途中で俺の身に何かあった時には、ハル、お前を頼らざるを得ない。もしソウタとニコがお前を頼って行った時にはどうかよろしく頼む。

 もうすぐ雪の季節だな。身体に気を付けてな。

 ジゴより



P.S.
 ニコは間違いなく俺とナギの娘なんだが、どうも最近不思議に思うことが多い。あの子にも初めて歌術を教えたんだが異様にのみ込みが早い。始めて数日で炎歌を成功させやがった。ソウタほどではないが、普通じゃあり得ないスピードだ。

 小さい時から火傷しそうな場面でも火傷しないし、妙に耐性の高い子だなと思ってたが、ソウタと出会ってから髪の色まで黒っぽくなってきた。ソウタと長時間一緒にいる影響かもしれないし、親馬鹿だと思うが、この子も普通の子ではないのかもしれん(笑)。





 ハルさんは手紙を読み終えてほーっとため息をついた。その目には涙が浮かんでいる。

 俺もジゴさんの熱く優しい気持ちが伝わってきて胸が切ない。それにニコの初恋の相手とか書いてあって、「違うだろ」とは思うけど嬉し恥ずかしだ。

「あのね。アタシも昨日ソウタに会うまでは、『歌い手様と一緒に黙呪王と戦おう!』って思ってたわ。でもね、ソウタを迎えに行って実際に会って、そしてあなたとニコちゃんの初々しいペアの姿を見て、気が変わったの。あなたたちをそんな死地に向かわせることは、私にもできないわ。ジゴの言う通りよ」

 ハルさんはきっぱりと言い切った。

「あなたたち、逃げなさい。アタシが命をかけてサポートするから」

 俺とニコは顔を見合わせた。

「でも……逃げても追っかけてくるんですよね? 狙われ続けるんですよね?」

「そうね。でも本当に逃げられないのか、とことん逃げれば逃げ切れるのか、それは誰にも分からないわ。大陸のどこかに安全な隠れ家が見つかるかもしれない。一か八か思い切り逃げてみない?」



「あの……魔笛団の他の人たちは?」

 昨夜の熱烈歓迎に示されていたように、彼らはみんな歌い手に大きな期待を抱いている。俺たち2人はともかくハルさんまで逃げたら、みんなを裏切ることになるだろう。

「いいのよ。アタシからうまいこと言うわ」

 うまいことって……どう言い訳するんだよ。

 しかしその時、ニコが口を開いた。

「私、ソウタと逃げます。私も命をかけてソウタを守ります」

 そう言ってニコは俺を見た。その目はこっちが気圧されるほど強い。いやいや、守らないといけないのはこっちだ。俺がニコを守らないといけないんだ。

「うん。でもニコも命なんてかけちゃダメよ。命をかけるのはアタシ。あなたたち2人は死なせないわ」

 ハルさんはそう言って右手を差し出した。俺とニコは何となくその上に手を重ねた。その上にハルさんは左手を重ねて俺たちの手をぎゅっとサンドイッチにした。

「今ここで魔笛団の活動方針を変更するわ。団の第1目標は、歌い手様とともに黙呪王と戦うことではなく、ソウタとニコを守り抜くことにするわ」

「そ、そんなのいいんですか? 話し合いとかしないで決めちゃって」

「いいのよ。だってアタシが団長なんだし。先代の団長ジゴと意見は一致してるし」

 ハルさんは笑って言う。ニコの方を見るとこっちももう笑っている。困っているのは俺だけだ。



 いや、俺だって死にたくはない。逃げてもいいんなら逃げたい。でもこれまで逃げた歌い手は結局殺されてるんだろ。戦って死ぬのと、逃げて死ぬのなら、戦って死ぬべきじゃないのか。逃げて殺されるってすごいカッコ悪くね?

 それに歌い手に期待して生きてきた人はどうするんだ。歌い手に逃げられたらやってられないだろう。かわいさ余って憎さ百倍、ものすごい恨まれるんじゃないか。そんなのやだやだ。

 どうにも納得いかない。もやもやする。

 でもジゴさんもハルさんもニコもみな「逃げろ」と言ってるのに俺だけ「戦うぞ」っていうほど戦いたいわけでもない。全然ない。

 逃げるか? 逃げてみるか?

 歌い手の運命、死すべき運命に、抗ってみるか?

 いや……でも、なあ……
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