音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第三幕 抗う者たち

死すべき運命

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 目が覚めた。

 珍しく何の夢も見ずに爆睡してたみたいだ。しばらく天井を見上げたままぽかんとしてた。

 しかしすぐに自分がいつも寝てたベッドじゃないことに気がついて、ここ数日のことをあれこれ思いだし、そして昨夜のことを思い出した。

 ふと左を見ると、可愛い寝顔を見せていたはずのニコがいない。不安に駆られてがばっと起き上がったが、足元で彼女が座り込んで何かしているのを見つけてホッとした。

「あ、ソウタ、おはよう。ってもうお昼だけどね」

「おはよ、ニコ」

 俺はニコの手元をのぞいてみた。彼女は昨日の戦闘であちこちが破れてしまった俺の服を繕ってくれてたようだ。

「ソウタの服がぼろぼろになってたから、ほら、縫っといたよ」

 ちょうど修復が完了した俺の上着を笑顔でかかげる。

「ありがとう、ニコ……」

 感動のあまり、あやうくまた涙ぐみそうになって、慌てて俺は誤魔化した。

「ニコ、いつ起きたの? ちゃんと眠れた?」

「うーん、私もさっき起きたとこ。こんなに寝たの初めて、っていうぐらいよく寝たよ」

 でも、もう服も着てるし髪もちゃんとまとめられている。俺の服を縫ってくれたのだってそれなりに時間がかかったろう。相変わらず嘘をつくのが下手だな、ニコは。



「あ、そういえば私、不思議な夢見たの。聞いてくれる?」

「ああ、もちろん」

 女神様の見る夢って、俺が見る下らない夢と比べてどんだけ内容の詰まった夢なんだろう。興味津々だ。

「私ね、ソウタに勉強教えてもらってるの。ここのお店にもあるカウンターみたいなところで。その日はね、ソウタがわざわざ何か持って来てくれて、私の目の前で実験してくれたの」

 へええ。何の実験だろう。

「コルク栓ぐらいの大きさの金属棒をいくつか並べて、そこに針金で丸い小さい物をつなげたらピカッと光るの。ソウタは『デンチのつなぎ方にはチョクレツとヘイレツがあって、光り方も変わるんだ』って言ってた」

 あ? それって理科の『電池のつなぎ方』か?

 いや、しかし、この世界には電池なんてない。元の世界の生活についてはニコにいろいろ話したけど、電池の話なんてしたことあったっけ? でも、そうじゃなきゃニコが電池を知ってるわけない。いつか電池の話をしたんだろうな。

「でね、勉強の後は手に筒みたいな物を持って、ソウタと一緒に歌を歌ってるの。それを持って歌うと声がすごく大きくなるの。あれってソウタのいた前の世界の場面じゃないかな? 不思議でしょ?」

 それってマイク? カラオケ? まあ、マイクの話はしたことあるかもしれないな。カラオケの話はしたことあったかなあ……

 あれ? でも俺にも似たような場面の記憶があるような、ないような。年下の女の子に電池と豆電球で実験してあげたことがあったような……一緒にカラオケ歌ったような記憶があるような……あれ誰だ? 俺には妹なんていないしな。あれも夢か。

 まあ夢っていうのはいろいろ不思議な働きがあるっていうしな。集合的無意識、だったっけ? 同じような夢を2人でシェアしてしまう、なんてこともあるのかもしれない。



 その時、トントンと遠慮がちなノックが聞こえた。

 ドアを開けるとハルさんだ。

「ごめんなさいね。起こさないって言ったのに」

「いえいえ、もう2人とも起きてましたから」

 と言いつつ、俺はまだパジャマのままだ。

「それなら良かったわ。まだいろいろしないといけない話もあるし、見せたい物もあるのよ。それにお腹減ったでしょ? 準備できたらお店に下りてきてよ」

「分かりました」

 それで終わりかと思ったら、ハルさんは部屋ににゅっと首を突っ込んできょろきょろし、俺とニコの顔を見て意味ありげに笑い、ドアを閉めた。な、何なんだよ、今の笑い。



 ニコが直してくれた上着に袖を通し、2人で階段を下りて行く。

 カウンターの奥は小さいキッチンになっており、ハルさんがそこで何か作ってくれてる。

「今お昼作ってるからちょっとその辺に座ってて」

 言われて俺たちはカウンターに並んで座った。自然とさっきニコがしていた夢の話を思い出す。ニコも同じことを思い出していたようだ。

「そうそう、ちょうどこんな感じだったの。ソウタ、何か勉強教えて」

「勉強っていってもなあ」

「何? 何の話?」

 そこにハルさんが加わってきた。

「ニコが昨日見た夢なんですけど、何だか僕がいた前の世界の場面みたいで、しかも僕も何となくその場にいたような感じがちょっとだけあって、不思議だなあと」

「へええ、あなたたち、そんなところでも『つながってる』のね。うらやましいわ」

 ハルさんは妙に『つながってる』を強調した。そんなところを強調されるとまたアダルトな意味に聞こえてしまうじゃないか、って実際にそういう意図だな。

 ハルさんは俺とニコを見比べてニヤニヤ笑っている。そしてニコはいつものように意味が分からずキョトンとしている。いや俺たち、そんなアダルトな関係ではないですから!



 お昼をいただいた後、ハルさんは俺たちにお茶を入れてくれた。そして俺たちがお茶をすすってる間に、ガチャリと表のドアに鍵をかけた。

「じゃあ、ぼちぼち昨夜の話の続きをしましょうか。歌い手の話の続き、それと『第13代』という言葉の意味だったわね」

「はい」

 俺はうなずいた。ハルさんはさらに前置きをした。

「確認だけど、今からする話はソウタにとってかなり厳しい内容になるけど、本当に聞く? ニコちゃんにも聞かせる?」

 ハルさんは真顔で俺に尋ねた。俺はニコを見る。少し青みがかった灰色の瞳が真っ直ぐこちらを見返している。

 家を出て今日でまだ3日目だが、ニコの目は確実に変わってきてると思う。

 そこには強さと優しさが宿ってる。この子はもう同級生を避けて引きこもってる子ではない。俺の服の裾をつかんで泣いてるだけの子ではない。俺が聞く話は、ニコにも聞いてもらうべきだ。2人で聞こう。

「はい。厳しい話でもいいです。2人で聞きます」

「私も聞きます」

 ニコもしっかりした声で答えた。

「ふふふ。あなたたち本当に良いペアね。昔のジゴとナギを思い出すわ」

 そう言って笑いながら話し始めたハルさんだったが、話の内容は予想以上に厳しいものだった。



 現在は黙呪暦254年、つまり黙呪王がこの大陸を支配するようになって254年になる。

 もちろん黙呪王は普通の人間ではない。ごく一部の側近を除いて黙呪王の姿を見た者はいないが、その正体は巨大なドラゴンだとも、不老不死の術を成した魔術師だとも言われている。

 王は、自身が歌術に熟達し、歌術の持つ不思議な力について通暁している。それ故、民衆に歌うことや楽器を奏でることを厳しく禁じ、弾圧し続けて来た。

 もちろん民衆の方も完全に黙していたわけではない。歴史上、何度か反乱が起きている。そして不思議なことに反乱の先鋒は決まって、異世界から来た、黒髪で歌に長けた者だった。民衆は、自分たちの不幸の蓄積が異世界から定期的に救世主『黒髪の歌い手』を召喚するのだと解した。

 しかし王は自分を脅かす危険因子として黒髪の歌い手を非常に恐れ嫌い、疑わしい者を片っ端から殺害するよう眷属の魔物や親衛隊に命じた。そして黒髪の者がいるという噂だけで村を焼き払うような非道を繰り返した。

 その結果、徐々に民衆は黒髪を恐れ嫌うように心理操作されてしまった。そして民の心は諦めに支配され、黙呪王を倒しこの世界を変えることなど、考えもしなくなった。一部の抗う者たちを除いて。



 記録によるとこれまでこの世界に12人の歌い手が召喚されている。しかしながら黙呪王の支配は今も全く揺るがない。つまり反乱は全て鎮圧されてきた。

 黙呪王の城の守りは堅く、眷属の魔物たちは強い。黙呪兵は無数に湧いてくる。それらを全て打ち倒し、城に乗り込んで王と直接戦った歌い手もいたが、誰も戻っては来なかった。

 また黙呪王と戦う以前に、城までたどり着けなかった歌い手もいるし、姿をくらませた歌い手もいる。しかし黙呪王は決して歌い手を見逃さず、執拗に行方を追った。また歌い手がどこへ逃げても、王を恐れる民から密告された。

 結局、これまでの歌い手は12人全員が命を落とした。死亡率100%だ。



 そして俺が13人目だ。

 13回目の正直を期待する人もいるかもしれない。

 しかし、俺がそんな得体の知れない魔王様にタイマンで勝つとか、そんなことは1000%あり得ない。

 この世界には13という数字を不吉とする風習はない。しかし、ただでさえ救いのない話の上に、あまりにも縁起が悪すぎるじゃないか。

 俺は殺されるために召喚されたんだ。死ぬためにこの世界に来たんだ。

 100%殺される運命。追放モノや悪役令嬢よりも扱いがひどいんじゃないか。



 ハルさんは話し終えてふーっとため息をついた。俺もニコも何も言えなかった。しばらく沈黙が流れた。

 しかしハルさんが固い表情をふっと緩めた。

「ソウタ。確認させて欲しいんだけど、あなた、元の世界に戻りたくはない?」

 確か、この世界に来て半年ほど経った頃、ジゴさんにも同じことを訊かれた。あの頃はまだ元の世界に多少の未練はあった。だから即答できなかったのを覚えてる。

 今はどうだ。

 この世界の俺は100%殺される運命だ。元の世界に戻ったところで大したことない生活だが、殺されることはない。戻った方がマシじゃないか?

 いや、今の俺ははっきり言える。戻りたくはない。

 もっと端的に言えば、ニコと一緒にいたい。たとえ殺される運命だとしても。

 俺はニコを見た。ニコは泣きそうな顔をしてこっちを見ていた。

「戻りたくはないです。こっちの世界にいたいです」

 きっぱりそう言った。

「うふふふふ……やっぱりね」

 ハルさんは笑いながら意外なことを口にした。

「だとしたらね、ソウタ。あなた別に黙呪王と戦う必要はないのよ」

 は? どういうこと?



 ハルさんは言う。

「これまでの歌い手はみな、元の世界に大事な人や大事なことを残してきていて、『元の世界に戻りたい』という強い思いでもって黙呪王と戦ったと言われてるわ」

「つまり、黙呪王と戦って倒せば、元の世界に戻れると?」

 俺は尋ねた。

「そういうことね。黙呪王が民衆を弾圧し、その恨み辛みの蓄積が歌い手を召喚しているなら、黙呪王を倒し民を解放すれば、逆召喚が発動して元の世界に戻れる……実際それを果たした歌い手はいないからあくまで推測だけどね」

 ああ、なるほど。そういうことか。

「だから、もしあなたが戻りたくないんだったら、黙呪王と戦う理由はないわ」

「いや、でも……歌い手は民衆を解放する救世主なんですよね? 反乱を起こさないといけないんですよね?」

「それはアタシたち、この世界を変えたいと思ってる人間の勝手な希望よ。さっきも言ったように、世の大半の人はもう諦めてしまってて、むしろ歌い手を忌み嫌ってるわ。だから歌い手自身が元の世界に戻りたくなければ、積極的に黙呪王と戦う理由なんかないのよ」

 ああ、また分からなくなってきた。

 俺は魔王様と戦わないといけないのか、そうじゃないのか、どっちなんだ?



「あのね、じゃあ、これを読んでみて」

 困惑する俺にハルさんが差し出したのは手紙だ。

「ほら、昨日言ってた、アタシが出した手紙にジゴから返事が来たのよ。村が襲われる前にぎりぎり投函されたものが、今朝になって届いたみたいなの」

 中を開けると便せん数枚に几帳面な文字がびっしり並んでいる。ジゴさんの性格がにじみ出てるな。

「ごめんなさい。僕まだ字が読めないんです」

 俺が謝るとハルさんは笑った。

「ああ、そりゃそうよね。まだこちらに来て1年だもんね。アタシが読んであげるわ」

 そう言って手紙を音読してくれた。
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