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第三幕 抗う者たち
三人の晩餐
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ハルさんは扉の外に『当分休業します』と書いた札をかけた。
「いいのよ、別に。お客さんったって、ほとんどが魔笛団のメンバーだから、事情は察してくれるわ。そんなことより旅の準備を急がないと。今晩中にはここを出ないといけないわ」
「ええっ、どうして?」
ニコがちょっと不満そうに尋ねる。
「ふふふ、そうよね。やっとソウタと一緒にゆっくりできるようになったところなのにね」
「え、別にそういうわけじゃないですけど……」
ニコが赤くなってるのを見ると、なんだか俺も恥ずかしくなってしまう。
「ところがね、ソウタは重罪犯の上に拘置所を脱獄した超危険人物ってことで緊急手配されてるし、アタシも脱獄を幇助した重罪犯ってことになるので、あまりここでゆっくりはできないのよ。たぶん明日には親衛隊が踏み込んで来るわ」
そうか。そりゃそうだよな。あんな歌術封じの牢に鎖ジャラジャラの状態で入れられてたのが脱獄したんだ。とんでもない野郎だ、手引きした奴もいるに違いない、親衛隊の威信をかけて草の根かき分けても探し出せ! ってなるよな。
「それにね、風を見てると、今年は雪の降り始めが早そうなのよ。たぶん2、3日中には本格的に降り出すわ。積もったら歩きにくくなるし、一刻も早く出発した方がいいのよ。ごめんね、ニコ」
「別にいいです」
と言いつつも、ニコは明らかにしょぼんとしてしまった。見てると可哀想になってくる。
俺も全くテンションが上がらない。
逃げたってなあ……どうせ殺されるんだろうな、そういう気持ちが湧き上がってくる。これまで12人全員が死んでるのに、俺だけが逃げ切れるとは思えない。
それにさっきジゴさんの温かい手紙を読んで、またジゴさんナギさんのことが気になってきた。今頃どうしてるんだろう。無事だろうか? 本当にひどい目に遭ってないだろうか? それに黙呪兵の秘密を暴くなんて、聞いただけでもヤバそうなミッションだ。そんなことに首を突っ込んで大丈夫なのか?
「何? あなたたち暗いわねえ」
ってハルさんは言うが、明るくなんてなれねえよ。
しかしその時、俺は思い出した。今日はニコの誕生日だった。16歳になったんだよな。
「あの、ハルさん、実は今日ってニコの誕生日なんです。この辺で何かデザート売ってるお店はありませんか? せめて僕たちだけででもお祝いしてやりたくって」
その途端、ニコがぱっと顔を上げた
「あ、そうだ。ソウタがこっちの世界に来てちょうど1年でもあるの。何かお祝いしないと」
「あら、いいわね、お祝いね。3人の旅立ちを祝う意味でも、ちょっと晩ご飯は豪勢にしましょうか。デザートのお店もあるけど、ケーキで良ければアタシが作るわ」
「あ、私も手伝います!」
やっとニコが笑顔になった。良かった。
「じゃあ、材料も要ることだし、とりあえずお買い物に行きましょう。あなた達の防具も必要だし」
ということで3人で街に買物に出ることになった。
ただ、俺は緊急指名手配犯で、この黒髪が親衛隊の目に触れたら即、大捕物になる。またニコの美少女ぶりもかなり目立つ。ハルさんは街の人だから良いとして、俺達は顔を隠した方が良い。
ということで俺は大きなストールを頭と顔に巻き、中東のゲリラ兵士のような出で立ちになった。ニコも顔の下半分をスカーフで隠して出ることになった。
最初に行ったのは防具屋さんだ。店主は昨夜魔笛亭に来ていたおっちゃんの一人だ。実は昨夜のうちに魔笛亭でサイズを計っていたので、俺とニコの防具の調整はもう済んでいた。
俺の専用装備は分厚い皮でできた真っ黒なベストだ。服の上から着込んで腰のベルトを締めると、胴回りをしっかりガードしてくれる。ポケットもいくつかついてるし、ボタンが金属製でヘビメタっぽい。しかもめっちゃ軽い。
「歌い手様は属性耐性をお持ちですので、4属性に対する耐性は捨て、物理防御と敏捷性のバランスを究極まで追求したものです。特に防刃性能は金属製のアーマーにも負けません」
あ、またゾクセイタイセイっていうのが出てきたな。
「あの、その属性耐性っていうのは何ですか?」
「ああ、それはね……」
ハルさんが教えてくれた。何でも歌い手の身体は最初からこの世界の6属性のうち震と情を除いた熱風水雷の4属性に強い耐性を持っており、ダメージを受けにくいんだそうな。
例のライオンが使った風の歌術で身体が切り刻まれなかったのもその耐性のおかげなんだと。いや、結構傷だらけになってたけどな。
この世界の防具は基本的に、歌術の攻撃に耐えるためいずれかの属性への耐性を持たせてある。ただ俺の場合は最初から耐性があるので物理防御特化になってるということらしい。
ニコのための防具も革製だが、こちらはちゃんと女性用になっていて、胸の部分が少し膨らみ、お腹の部分はきゅっと締まってコルセット風になっている。肩のところには金属製のガードがついていて、スチームパンクっぽいというか、すごく格好良い。
試着したニコの姿を見て俺は絶句した。
か、可愛い……
ちょっとだけボンデージな雰囲気もあって、ニコの優しい顔とミスマッチなのが妙に惹かれる。鞭を振り回して「お舐め!」とか言われたらどうしよう。
ハルさんが笑って言う。
「あらまあ、あなた、美人なだけじゃなくってスタイルも抜群なのね。ほら、ソウタの鼻の下が伸びてるわよ」
「えっ! どうしよう……」
俺の方をちらっと見てうつむくニコがまた超絶可愛い。何も言われなくても勝手にひざまずいて靴先を舐めてしまいそうだ。
ニコの防具は、普通は1属性のところ風水雷の3属性に対する耐性を持っていて、この上に熱属性への耐性を持つマントかローブを着ればほぼ完璧だそうだ。
これ、お値段はいくらぐらいなんだろうと気になったが、店主は「代金はいらない」と言い張る。一応お金は持ってきてるし払いますと言っても決して譲らない。
「おいらは歌術も使えねえし、歌い手様と一緒に戦うこともできねえ。良い防具を作って歌い手様に使ってもらうのが唯一できることだ。それで黙呪王に一矢報いることができるんだったらこんな有り難いことはねえ」
店主は語り出した。
「おいらが駆け出しの職人だった頃のことだ。幼なじみの村娘と結婚して双子の娘を授かった。カロとナロと名付けて大事に育ててたんだが、双子というのは大変でな。片一方が泣き出して、なだめてなだめてようやっと寝たと思ったらもう一方が泣き出すというような有様だ。女房も困ってな、ついつい子守歌を歌ってしまったんだ」
赤ちゃんなんて一人でも大変なのに、二人いっぺんに生まれてきたらそりゃ大変だろう。子守歌ぐらい歌うだろう。
「気をつけて小さい声で歌ってたと思う。それなのに、村の誰かがチクりやがったんだ。突然親衛隊が来て女房も娘たちも連れて行かれてしまった。むずかる子に子守歌を歌っただけなのに」
俺たちは一言も発することができなかった。
「女房も娘たちもそのまま二度と戻らなかった。骨を拾ってやることもできねえままだ。俺も死のうと思ったがなかなか自分では死ねねえ。何年もさまよい、結局このナジャの街に流れ着いた。飲み屋で魔笛団のメンバーと知り合って入団した」
「あの頃はアンタも荒れてたわよねえ」
ハルさんが遠い目で言う。
「そうだな。でも、おめえらと知り合って、俺には生きる目標ができた。良い防具を作って歌い手様に使ってもらい、黙呪王や親衛隊をぶっ殺す手伝いをさせてもらうことだ。それが唯一、女房や娘たちの弔いになる。歌い手様、どうかこれを着て戦って下せえ。俺が自分の人生をかけて作ったレザーアーマーでさあ」
ここまで言われてしまうと受け取らざるを得ない。しかし俺はもう床にめり込んでしまうほど気分が落ちてしまった。
だって、俺は今から逃げようとしてるんだ。この店主の人生を裏切ろうとしてるんだ。申し訳なくって泣きそうになるのを必死で堪えるしかなかった。
しかし次に行った服屋でも、俺は物理耐性のマントを、ニコは熱耐性のローブを無料でいただいてしまい、また店主に辛い物語を聞かされた。
その他にも食料品店や雑貨屋、古書店など何軒か回ったが、どこへ行ってもハルさんと俺たちは料金を請求されることはなく、その代わりに「がんばってね」「応援してるからね」という言葉を浴びることになった。
いろいろな人から歌い手への熱い期待を聞かされ、帰り道、俺はすっかり凹んでしまってた。
ハルさんが気遣って声をかけてくれる。
「ソウタ、気にしなくてもいいのよ。あなたの人生はあなたのものよ。他の人の人生まで背負い込む必要はないわ。みんな勝手に歌い手に期待してるだけよ」
と言われても……
ニコもこっちをのぞき込んでくる。
「ソウタ、大丈夫?」
ああ、大丈夫だ。大丈夫だけど、辛いな。
魔笛亭に戻り食事の支度を手伝っていても、一向に気分は晴れない。ニコの誕生日を祝おうと俺から言いだしたんだし、もうちょっと盛り上げないといけないんだが、どうもそういう気分になれない。
それでもケーキの飾り付けを手伝い、大きな丸焼きチキンの盛り付けを手伝い、何だかんだやってるうちにもう夕方だ。
「ニコ、お誕生日おめでとう!」
「ソウタもこっち来て1周年おめでとう!」
昨夜の残りのクラッカーを鳴らし、お互いに祝福し合う。ハルさんがヴィンテージのシャンパンを開けてくれた。昨夜は飲むのを遠慮したが、もう今晩は飲もう。飲んじゃおう。
ぐいっ。あ、美味しいや。炭酸ぶどうジュースみたいな感じでどんどん飲める。
しかし。
調子に乗ってグラス何杯も飲んでいるうちに顔が火照って、頭がくらくらしてきた。どうも俺はアルコールにあまり強くないらしい。同じぐらい飲んでるのにニコは涼しい顔をしてハルさんと話してる。
「あら、あなたたち、ジゴたちと同じパターンね」
「何が?」
ニコが尋ねる。
「ジゴもお酒弱くってね。すぐに真っ赤になってしまうのよ。そのくせに飲むもんだから酔っ払っちゃってよくナギに介抱されてたわ」
「お母さんは平気だったの?」
「そうね。ナギは別種の生き物かと思うぐらいアルコールに強くて、いくら飲んでも酔うっていうのがないのよ。ニコちゃん、あなたお母さん似のようね」
「それって良いこと?」
「まあ、女の子がお酒に弱いといろいろリスクもあるから、その方が良いんじゃないかしら。でも調子に乗って飲み過ぎちゃダメよ」
「は-い」
二人が横でそんな話をしててもそこに加わる気力が出てこない。飲めばちょっとでもテンションが上がるかと思ったのにさっぱりだ。さっきの店主の話とか、気持ちが沈むようなことばかり頭に浮かんでくる。
「ほら、そこ、何だかまた暗い顔してるわよ」
ハルさんに言われて無理矢理笑顔を作ろうとしても笑顔にならない。思わず、はああとため息が出てしまった。
「これからまた旅に出ようっていうのに、それじゃ先が思いやられるわねえ」
「……すいません」
「謝らなくってもいいわよ。それよりねソウタ、これからの旅について、こう考えたらどうかしら?」
ハルさんの提案はこうだ。
黙呪王と戦わずに逃げるとしても歌術の力が強いに越したことはない。親衛隊や黙呪兵、眷属のモンスターに遭遇すれば戦わざるを得ない。攻撃は最大の防御、強ければ強いほど安全だ。
だからこれからの旅も、表向きは『黙呪王を倒すための旅』ということにしておいて、歌術の鍛錬はしっかり続けて行く。
戦おうが逃げようが黙呪王は追ってくるし一般市民には嫌われる。だが「黙呪王と戦う」と言えば、各地のレジスタンスは味方になってくれる。陰でいろいろサポートしてくれる。ところが最初から「逃げます」と言えばレジスタンスの支援すら失ってしまう。
「つまり『黙呪王と戦う』という看板はそのままで旅を続けるの。十分な実力ができたところで姿を消せば、後はアタシが『歌い手は黙呪王にやられた』と言いふらしておくわ。レジスタンスのみんなをだますことにはなるけど、それだったらみな諦めてくれるし、誰にも恨まれないわよ」
ううーん……
みんなをだますというのが、どうにも受け入れ難い。それじゃ『戦う戦う詐欺』みたいじゃないか。
しかしニコまで言う。
「ソウタ、私もそれでいいと思うよ。だって、悩んでても相手は襲ってくるんだし、どっちにしても強くなるに越したことはないと思うの。私も歌術、がんばるから」
ニコに真顔でそう言われると、俺はもう反論できない。女神の仰せのままにするしかない。
俺はヤケクソな気分になってきて、身体がぐらぐらしてるのに、もう一杯、グラスのシャンパンを飲み干した。
とりあえず逃げよう。最終的に黙呪王と戦うかどうかは逃げながら考えよう。
それがアルコールで止まりかけた俺の頭がひねり出した結論だった。
「いいのよ、別に。お客さんったって、ほとんどが魔笛団のメンバーだから、事情は察してくれるわ。そんなことより旅の準備を急がないと。今晩中にはここを出ないといけないわ」
「ええっ、どうして?」
ニコがちょっと不満そうに尋ねる。
「ふふふ、そうよね。やっとソウタと一緒にゆっくりできるようになったところなのにね」
「え、別にそういうわけじゃないですけど……」
ニコが赤くなってるのを見ると、なんだか俺も恥ずかしくなってしまう。
「ところがね、ソウタは重罪犯の上に拘置所を脱獄した超危険人物ってことで緊急手配されてるし、アタシも脱獄を幇助した重罪犯ってことになるので、あまりここでゆっくりはできないのよ。たぶん明日には親衛隊が踏み込んで来るわ」
そうか。そりゃそうだよな。あんな歌術封じの牢に鎖ジャラジャラの状態で入れられてたのが脱獄したんだ。とんでもない野郎だ、手引きした奴もいるに違いない、親衛隊の威信をかけて草の根かき分けても探し出せ! ってなるよな。
「それにね、風を見てると、今年は雪の降り始めが早そうなのよ。たぶん2、3日中には本格的に降り出すわ。積もったら歩きにくくなるし、一刻も早く出発した方がいいのよ。ごめんね、ニコ」
「別にいいです」
と言いつつも、ニコは明らかにしょぼんとしてしまった。見てると可哀想になってくる。
俺も全くテンションが上がらない。
逃げたってなあ……どうせ殺されるんだろうな、そういう気持ちが湧き上がってくる。これまで12人全員が死んでるのに、俺だけが逃げ切れるとは思えない。
それにさっきジゴさんの温かい手紙を読んで、またジゴさんナギさんのことが気になってきた。今頃どうしてるんだろう。無事だろうか? 本当にひどい目に遭ってないだろうか? それに黙呪兵の秘密を暴くなんて、聞いただけでもヤバそうなミッションだ。そんなことに首を突っ込んで大丈夫なのか?
「何? あなたたち暗いわねえ」
ってハルさんは言うが、明るくなんてなれねえよ。
しかしその時、俺は思い出した。今日はニコの誕生日だった。16歳になったんだよな。
「あの、ハルさん、実は今日ってニコの誕生日なんです。この辺で何かデザート売ってるお店はありませんか? せめて僕たちだけででもお祝いしてやりたくって」
その途端、ニコがぱっと顔を上げた
「あ、そうだ。ソウタがこっちの世界に来てちょうど1年でもあるの。何かお祝いしないと」
「あら、いいわね、お祝いね。3人の旅立ちを祝う意味でも、ちょっと晩ご飯は豪勢にしましょうか。デザートのお店もあるけど、ケーキで良ければアタシが作るわ」
「あ、私も手伝います!」
やっとニコが笑顔になった。良かった。
「じゃあ、材料も要ることだし、とりあえずお買い物に行きましょう。あなた達の防具も必要だし」
ということで3人で街に買物に出ることになった。
ただ、俺は緊急指名手配犯で、この黒髪が親衛隊の目に触れたら即、大捕物になる。またニコの美少女ぶりもかなり目立つ。ハルさんは街の人だから良いとして、俺達は顔を隠した方が良い。
ということで俺は大きなストールを頭と顔に巻き、中東のゲリラ兵士のような出で立ちになった。ニコも顔の下半分をスカーフで隠して出ることになった。
最初に行ったのは防具屋さんだ。店主は昨夜魔笛亭に来ていたおっちゃんの一人だ。実は昨夜のうちに魔笛亭でサイズを計っていたので、俺とニコの防具の調整はもう済んでいた。
俺の専用装備は分厚い皮でできた真っ黒なベストだ。服の上から着込んで腰のベルトを締めると、胴回りをしっかりガードしてくれる。ポケットもいくつかついてるし、ボタンが金属製でヘビメタっぽい。しかもめっちゃ軽い。
「歌い手様は属性耐性をお持ちですので、4属性に対する耐性は捨て、物理防御と敏捷性のバランスを究極まで追求したものです。特に防刃性能は金属製のアーマーにも負けません」
あ、またゾクセイタイセイっていうのが出てきたな。
「あの、その属性耐性っていうのは何ですか?」
「ああ、それはね……」
ハルさんが教えてくれた。何でも歌い手の身体は最初からこの世界の6属性のうち震と情を除いた熱風水雷の4属性に強い耐性を持っており、ダメージを受けにくいんだそうな。
例のライオンが使った風の歌術で身体が切り刻まれなかったのもその耐性のおかげなんだと。いや、結構傷だらけになってたけどな。
この世界の防具は基本的に、歌術の攻撃に耐えるためいずれかの属性への耐性を持たせてある。ただ俺の場合は最初から耐性があるので物理防御特化になってるということらしい。
ニコのための防具も革製だが、こちらはちゃんと女性用になっていて、胸の部分が少し膨らみ、お腹の部分はきゅっと締まってコルセット風になっている。肩のところには金属製のガードがついていて、スチームパンクっぽいというか、すごく格好良い。
試着したニコの姿を見て俺は絶句した。
か、可愛い……
ちょっとだけボンデージな雰囲気もあって、ニコの優しい顔とミスマッチなのが妙に惹かれる。鞭を振り回して「お舐め!」とか言われたらどうしよう。
ハルさんが笑って言う。
「あらまあ、あなた、美人なだけじゃなくってスタイルも抜群なのね。ほら、ソウタの鼻の下が伸びてるわよ」
「えっ! どうしよう……」
俺の方をちらっと見てうつむくニコがまた超絶可愛い。何も言われなくても勝手にひざまずいて靴先を舐めてしまいそうだ。
ニコの防具は、普通は1属性のところ風水雷の3属性に対する耐性を持っていて、この上に熱属性への耐性を持つマントかローブを着ればほぼ完璧だそうだ。
これ、お値段はいくらぐらいなんだろうと気になったが、店主は「代金はいらない」と言い張る。一応お金は持ってきてるし払いますと言っても決して譲らない。
「おいらは歌術も使えねえし、歌い手様と一緒に戦うこともできねえ。良い防具を作って歌い手様に使ってもらうのが唯一できることだ。それで黙呪王に一矢報いることができるんだったらこんな有り難いことはねえ」
店主は語り出した。
「おいらが駆け出しの職人だった頃のことだ。幼なじみの村娘と結婚して双子の娘を授かった。カロとナロと名付けて大事に育ててたんだが、双子というのは大変でな。片一方が泣き出して、なだめてなだめてようやっと寝たと思ったらもう一方が泣き出すというような有様だ。女房も困ってな、ついつい子守歌を歌ってしまったんだ」
赤ちゃんなんて一人でも大変なのに、二人いっぺんに生まれてきたらそりゃ大変だろう。子守歌ぐらい歌うだろう。
「気をつけて小さい声で歌ってたと思う。それなのに、村の誰かがチクりやがったんだ。突然親衛隊が来て女房も娘たちも連れて行かれてしまった。むずかる子に子守歌を歌っただけなのに」
俺たちは一言も発することができなかった。
「女房も娘たちもそのまま二度と戻らなかった。骨を拾ってやることもできねえままだ。俺も死のうと思ったがなかなか自分では死ねねえ。何年もさまよい、結局このナジャの街に流れ着いた。飲み屋で魔笛団のメンバーと知り合って入団した」
「あの頃はアンタも荒れてたわよねえ」
ハルさんが遠い目で言う。
「そうだな。でも、おめえらと知り合って、俺には生きる目標ができた。良い防具を作って歌い手様に使ってもらい、黙呪王や親衛隊をぶっ殺す手伝いをさせてもらうことだ。それが唯一、女房や娘たちの弔いになる。歌い手様、どうかこれを着て戦って下せえ。俺が自分の人生をかけて作ったレザーアーマーでさあ」
ここまで言われてしまうと受け取らざるを得ない。しかし俺はもう床にめり込んでしまうほど気分が落ちてしまった。
だって、俺は今から逃げようとしてるんだ。この店主の人生を裏切ろうとしてるんだ。申し訳なくって泣きそうになるのを必死で堪えるしかなかった。
しかし次に行った服屋でも、俺は物理耐性のマントを、ニコは熱耐性のローブを無料でいただいてしまい、また店主に辛い物語を聞かされた。
その他にも食料品店や雑貨屋、古書店など何軒か回ったが、どこへ行ってもハルさんと俺たちは料金を請求されることはなく、その代わりに「がんばってね」「応援してるからね」という言葉を浴びることになった。
いろいろな人から歌い手への熱い期待を聞かされ、帰り道、俺はすっかり凹んでしまってた。
ハルさんが気遣って声をかけてくれる。
「ソウタ、気にしなくてもいいのよ。あなたの人生はあなたのものよ。他の人の人生まで背負い込む必要はないわ。みんな勝手に歌い手に期待してるだけよ」
と言われても……
ニコもこっちをのぞき込んでくる。
「ソウタ、大丈夫?」
ああ、大丈夫だ。大丈夫だけど、辛いな。
魔笛亭に戻り食事の支度を手伝っていても、一向に気分は晴れない。ニコの誕生日を祝おうと俺から言いだしたんだし、もうちょっと盛り上げないといけないんだが、どうもそういう気分になれない。
それでもケーキの飾り付けを手伝い、大きな丸焼きチキンの盛り付けを手伝い、何だかんだやってるうちにもう夕方だ。
「ニコ、お誕生日おめでとう!」
「ソウタもこっち来て1周年おめでとう!」
昨夜の残りのクラッカーを鳴らし、お互いに祝福し合う。ハルさんがヴィンテージのシャンパンを開けてくれた。昨夜は飲むのを遠慮したが、もう今晩は飲もう。飲んじゃおう。
ぐいっ。あ、美味しいや。炭酸ぶどうジュースみたいな感じでどんどん飲める。
しかし。
調子に乗ってグラス何杯も飲んでいるうちに顔が火照って、頭がくらくらしてきた。どうも俺はアルコールにあまり強くないらしい。同じぐらい飲んでるのにニコは涼しい顔をしてハルさんと話してる。
「あら、あなたたち、ジゴたちと同じパターンね」
「何が?」
ニコが尋ねる。
「ジゴもお酒弱くってね。すぐに真っ赤になってしまうのよ。そのくせに飲むもんだから酔っ払っちゃってよくナギに介抱されてたわ」
「お母さんは平気だったの?」
「そうね。ナギは別種の生き物かと思うぐらいアルコールに強くて、いくら飲んでも酔うっていうのがないのよ。ニコちゃん、あなたお母さん似のようね」
「それって良いこと?」
「まあ、女の子がお酒に弱いといろいろリスクもあるから、その方が良いんじゃないかしら。でも調子に乗って飲み過ぎちゃダメよ」
「は-い」
二人が横でそんな話をしててもそこに加わる気力が出てこない。飲めばちょっとでもテンションが上がるかと思ったのにさっぱりだ。さっきの店主の話とか、気持ちが沈むようなことばかり頭に浮かんでくる。
「ほら、そこ、何だかまた暗い顔してるわよ」
ハルさんに言われて無理矢理笑顔を作ろうとしても笑顔にならない。思わず、はああとため息が出てしまった。
「これからまた旅に出ようっていうのに、それじゃ先が思いやられるわねえ」
「……すいません」
「謝らなくってもいいわよ。それよりねソウタ、これからの旅について、こう考えたらどうかしら?」
ハルさんの提案はこうだ。
黙呪王と戦わずに逃げるとしても歌術の力が強いに越したことはない。親衛隊や黙呪兵、眷属のモンスターに遭遇すれば戦わざるを得ない。攻撃は最大の防御、強ければ強いほど安全だ。
だからこれからの旅も、表向きは『黙呪王を倒すための旅』ということにしておいて、歌術の鍛錬はしっかり続けて行く。
戦おうが逃げようが黙呪王は追ってくるし一般市民には嫌われる。だが「黙呪王と戦う」と言えば、各地のレジスタンスは味方になってくれる。陰でいろいろサポートしてくれる。ところが最初から「逃げます」と言えばレジスタンスの支援すら失ってしまう。
「つまり『黙呪王と戦う』という看板はそのままで旅を続けるの。十分な実力ができたところで姿を消せば、後はアタシが『歌い手は黙呪王にやられた』と言いふらしておくわ。レジスタンスのみんなをだますことにはなるけど、それだったらみな諦めてくれるし、誰にも恨まれないわよ」
ううーん……
みんなをだますというのが、どうにも受け入れ難い。それじゃ『戦う戦う詐欺』みたいじゃないか。
しかしニコまで言う。
「ソウタ、私もそれでいいと思うよ。だって、悩んでても相手は襲ってくるんだし、どっちにしても強くなるに越したことはないと思うの。私も歌術、がんばるから」
ニコに真顔でそう言われると、俺はもう反論できない。女神の仰せのままにするしかない。
俺はヤケクソな気分になってきて、身体がぐらぐらしてるのに、もう一杯、グラスのシャンパンを飲み干した。
とりあえず逃げよう。最終的に黙呪王と戦うかどうかは逃げながら考えよう。
それがアルコールで止まりかけた俺の頭がひねり出した結論だった。
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