音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第八幕 奸計の古城

不気味な古城

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 結局その夜もよく眠れないまま翌朝を迎えた。朝食もそこそこに俺たちはまた船上の人になった。

 しかし早朝の船着き場にずらっと人が並んで深々とお辞儀をしている様子は、旅立つ歌い手の壮行というより死者の葬送みたいで、堅苦しく陰気だった。雨が小降りになったのだけがせめてもの救いか。

 大きなイカダのような船は、ゆったりした大河の流れを、船頭の人力で少しずつさかのぼって行く。

 河岸は最初、スラム街みたいなごちゃごちゃした下町だったが、上流に行くにつれ、田舎の田園風景に変わっていく。



「ナラさん、大丈夫ですか?」

「そんなに大丈夫か大丈夫か何回も訊かんでも大丈夫ちゃうわ。絶賛船酔い中じゃ」

 それでも海と違って河には大きな波がないだけ、まだマシみたいだな。

 結局、スギナ会の人は誰も付いて来なかった。この船の船頭さんも、俺たちを船着き場に下ろしたらすぐに街に戻るらしい。

 あれだけお勤めがお勤めがと言っておきながら、いざとなったら意外にあっさりしたもんだ。それに子供達のことも、そこまで心配なら自分たちも動けば良いのに、俺たちに任せてしまうというのが、どうも解せない。

 まあしかし、あれこれ考えてもしょうがない。こっちとしても、誰も付いて来ない方がありがたい。



 流れは次第に急になり、櫓を漕ぐ船頭さんも必死になってきた。

「船頭さん、ここは普段からこんなに流れがきついの?」

 ハルさんが尋ねると、汗を拭き拭き答えてくれる。

「いやいや、いつもはこの船で楽に行き来できるぐらいの緩い流れでさ。ちょっと雨が降ったぐらいでは変わらねえはずだが、この先の渦と言い、ここ数日何か変でさ。河が怒っとるみたいだわ」

 最初はまっすぐ上流に進んでいた船が、流れに負けてジグザグにしか進まなくなってきた。船頭さんが気の毒だ。

 その時、俺は思いついた。

「船頭さん、この辺りは歌術を使っても大丈夫ですか?」

「ああ、この辺ならもう大丈夫だけんど」

 確認して奏鳴剣を抜き、切っ先を水面に沈めた。

「ニコ、水鳴剣を頼む」

「え? ああ、うん」

 彼女も俺のやろうとしていることが分ったのだろう。すぐに笛を出して涼しいメロディーを奏でてくれた。

 剣が水色に光ったかと思うと、水流がほとばしる……代わりに船がぐいっと前進した。そうだ。水鳴剣の水流を活かしたジェットエンジンだ。

 船はスムースに河をさかのぼるようになった。

「おお! こりゃラクでええわ。ありがとうごぜえます、歌い手様」

 船頭さんは大喜びだ。

「さすが異世界人ね。天才的な発想ねえ」

 ハルさんもほめてくれるが、剣を支える腕がだるくってしょうがない。これじゃ俺が船を漕いでいるのと同じだ。ニコもずっと笛を吹き続けだと疲れるだろう。時々休憩しながらじゃないと無理だな。



 さらに河を上るにつれ水面に妙な変化が出てきた。単に流れが急なだけでなく、あちこちで小さく渦を巻いている。集合体恐怖の人が見たら卒倒しそうな絵柄だ。

「船頭さん、これは?」

 ハルさんが怪訝な顔で尋ねるが、

「いや、分からね。2、3日前から急にこんな渦が出てきたんでさ。子供の頃からこの河の上で育ってきたが、こんなのは初めてでさ」

 船頭さんにも分からないようだ。これがヤスさんの言っていた『渦』だな。

「この辺りはまだ渦が小さいから船も進むが、この先、どんどん渦が大きくなっていくんでさ。とても一刻城には近づけねえ」

 そうだな、今は奏鳴剣の推進力で船は真っ直ぐ進んでいるが、これ以上渦が大きくなったら無理だろう。巻き込まれてしまうかもしれない。



 そうこうするうちに小さい船着き場に到着した。周りは人家も何もない、うっそうとした森だ。

「歌い手様、すまねえ。本当なら一刻城のすぐ下までお連れするはずが、この渦のせいで、ご案内できるのはここまででさ」

「いえいえ、それでも助かりました。ありがとうございました」

「オイラの親父は先々代の歌い手様を一刻城に案内したのをずっと自慢してたんでさ。オイラも、自分が案内した歌い手様が黙呪王を倒したんだって息子に自慢してえんで、がんばって下せえ」

「ありがとう。とりあえず一刻城のお勤め、がんばって来ます」

 手を振って船頭と別れ、森の中に入った。



「そういえば先々代の歌い手様って女性だったのよね。すごい美人だったって言い伝えられてるわ」

「へえ、そうなんですか。ナラさんは会ったことないんですか?」

「んなもんあるかい。ワシをいくつや思とんねん」

「40歳ぐらいですか?」

「アホか! キョウに会うた時が7、8歳やったから、まだ30歳にもなっとらんわ。こんな清々しい若者に何ちゅう失礼なこと言うねん」

「ええーっ! そんなに若かったんですか?」

「何よ、小僧じゃないの。もっと人生の先輩を敬いなさい」

「うっせえわ。鹿の中やったらもう長老じゃ。お前こそ長老を敬え、ヴォケ」



 そんなことを話しながら歩いていると、

「きゃああああああっ!」

 凄まじい悲鳴をあげて、先頭を歩いていたアミが俺のところに飛んできた。

 何かと思うと畳1枚ぐらいの大きさのゴキブリが道をふさいでいる。いよいよお出ましか。

 しかしデカいな。これが走ったり飛んだりすると……俺もイヤだな。

 とりあえず頭の辺りを狙って震刃を飛ばしたが、ほとんど同時にニコも炎刃を放っていた。巨大ゴキはあっという間に処分された。

「お前でも苦手なものはあるんだな」

 アミをからかうと

「うるさいわね! 私だって苦手ぐらいあるわよ。そんなこと言うんだったらあんたが先頭歩きなさいよ」

 斬り込み役を押しつけられてしまった。しかし、この辺りは蛇も多いんだよな……

「どわあああああああっ!」

 いきなり目の前に蛇が落ちてきて尻餅をついてしまった。

「情けないわねえ……」

 今度はアミが切り払って助け起こしてくれた。

「さっきのお前の悲鳴だって凄かったぞ」

「格好悪さはあんたの方がだいぶ上よ」

 そんなことを言い合ってたら

「じゃあ、私が先頭歩くね」

 ニコが先に立ってさっさと歩き出した。

 俺とアミは顔を見合わせ、おとなしく後に付いて行った。そんな俺たちを見てハルさんとナラさんはにやにや笑っている。



 城に着いたのは夕方だった。

 ババーン! という効果音がしそうな感じで目の前に現れたのは、日本の城とは違う、西洋風の古城だ。

 しかし石造りの城壁はあちこちが崩れ、コケやツタに覆われて周囲の森に同化している。さらに城の半分ぐらいが河に浸かっていて、最初から川辺にあったのか、水没したのか分らない。廃墟と言うより、もうほとんど自然に還りかけてるような状態だ。ここが日本ならホラースポットとして有名になること間違いなしだ。

「うわあ、すごい所ですね」

 思わず声が出る。

「またここに来ることになるとは思とらんかったわ……」

 ナラさんがぼそっとつぶやく。

 子供たちのことを思うと、即、助けに突入したいところだが、3人だけで行くことや、夜になって視界が失われることを考えると、夕方の時間帯から突入することは憚られた。

 俺たちは城の外にキャンプを張り、明朝、作戦開始ということにした。

 子供たち、がんばれ。もうすぐ助けに行くから踏ん張るんだぞ。

 ……ってか、本当にこんな所に子供がいるのか?
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