スピリット・マイグレーション

ヘロー天気

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よろずの冒険者編

第三十八話:枯尾花ソリューション

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 丑三つ時を過ぎた深夜。民宿・万常次に発炎筒を投げ込んで来た宗近とその取り巻きを、コウは夢幻甲虫で追跡していた。
 宗近達が走りながら路地の側溝に投棄した手袋や未使用の発炎筒などを、その都度回収しては異次元倉庫に収納する。

(こんなに用意してたのか)

 彼等が棄てた未使用の発炎筒は全部で七本。ライト照射で牽制していなければ十本もの発炎筒を投げ込まれていたかもしれない。これは延焼も起きるなぁと納得するコウ。
 やはりケイの記憶にあった前回のあの火事は、宗近達が原因である可能性が高まった。

 住宅街を抜けた宗近達は、最後に着ていた上着を茂みに放り込んで商店街の方へ歩き出した。
 犯行時に使った手袋と上着、残った発炎筒とそれを入れていた袋をバラバラに投棄した事で、証拠品を処分できたと考えているようだ。

 このまま商店街のホテルに戻るのかと思いきや、宗近達が用意していたワンボックスカーが迎えに来た。
 車の中には他の取り巻きも揃っている。

「宗さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です、宗近さん」

「おう、帰るぞ」

 横開きのドアから真ん中の座席にどっかと乗り込んだ宗近が町を出る事を告げると、取り巻きの一人が訊ねる。

「あの、先生のところの人達は?」
「あいつ等は後始末だ」

 お目付け役の三人についてそう答えた宗近は、運転手に「出せ」と合図する。コウは、この短いやり取りから彼等の、ここ数時間の動きや思惑をある程度読み取る事ができた。


 夜、展望レストランで暴れていたのは、祖父の筋から直ぐに町を出るよう指示があったのと、都内の自宅(高級マンション)でしばらく謹慎の申し付けを伝えられたから。

 宗近は、お目付け役の三人が祖父に余計な事を言って口出しさせたと思い込んだ。その報復に嫌がらせ・・・・の後始末を押し付けて帰る計画で、発炎筒の襲撃嫌がらせをおこなった。
 完全に宗近一人の暴走のようだ。

 読み取れた宗近の記憶情報の中には、彼を宥めようとしたお目付け役の言葉に『ちょっとマズい相手から抗議が来ているらしい』という内容があった。
 その事を、宗近は全く気に掛けていない。代議士の祖父が、何処かの誰かに抗議されたからと、自分の行動を縛る筈がないと思っているようだった。

(ふーむ)

 車の屋根に張り付いているコウは、このまま宗近の帰宅に便乗して都内のマンションまで付いて行き、宗近が重ねてきた犯罪の証拠を物色する案も考えたが――

(ここは町から逃がさない方向でいこう)

 宗近が放火の疑いなどで逮捕でもされれば、合法的に家宅捜索がおこなわれるかもしれない。彼等が日常的に違法な事をやっていたなら、その時に色々見つかるだろう。

 昨夜の拉致監禁に契約書への署名強要計画はいずれも未遂に終わっているが、ケイが言及していたとおり完全にアウトな犯罪行為だ。
 美鈴を狙っていた取り巻き四人組の記憶情報を鑑みても、余罪は沢山ありそうだった。


 その時、エイネリアから援軍到着の報せが入った。

『コウ様。重雄様一行が到着しました』
(わかった。ボクはムネチカの足止めをしてるから、こっちの状況説明してあげて?)

 ケイにも説明に協力してもらうよう指示を出すと、コウは練り上げた魔力を車の中に浸透させて、とある術の形を編み始めた。

 狭間世界に遊びに行った時に見た、神技人達が使う様々な『神技』から学んだ特殊な術式。

 邪神・悠介の複雑怪奇な『カスタマイズ・クリエート』に比べれば、コウのよく知る魔法と仕組みはあまり変わらないので、見よう見まねで直ぐに使い方を覚えられた。

(これでよし、『幻惑の風』はつどう!)

 悠介邸を偵察していた精鋭の特殊工作員、レイフョルドの記憶情報から得た催眠系の神技。『幻惑の風』が車内を満たし、乗っている者全員を幻惑状態に堕とした。

 車は何もない道の途中で端に寄ると、信号待ちでもするかのようにゆっくり停車する。
 運転席の傍に移動したコウは、車のエンジンを切ってキーを異次元倉庫に仕舞った。キーを回す程度なら、精神体を重ねて魔力の膜で包んで動かすくらいは可能だ。

 幻惑が掛かった全員の意識内では、車は普通に走っている状態なので、運転手はハンドルを握ったまま運転を継続中。
 車内の宗近一行はただ、ぼーっとした表情で大人しく座っている。


 少年型を召喚し、車の傍で待つ事しばらく。現場に朔耶の兄、重雄が運転するRV車がやって来た。同乗者には件の刑事さんと、町のベテラン駐在さんの姿もあった。

「やあ、コウ君。ナイスメイドさんだ」
「いぇーい」

 開口一番、エイネリアに出会えた喜びをダブルグッジョブサインで表現する重雄に付き合って、どや顔ダブルピースで応えるコウ。

 宗近達のワンボックスの前にRV車を停めて降りて来た重雄達と、互いに現状の報告をし合う。

「ムネチカたちは『幻惑の風』で足止め中だよ」
「なるほど。こっちは例の映像も確認済みだから、ここの駐在さんに捕縛してもらう事になってるぞ」

 ひとまず一番事情に通じている駐在さんを先行して連れて来たが、最寄りの警察署にも応援要請の連絡を入れているので、朝には護送用のパトカーが麓の町からやって来るだろうとの事。

 コウと重雄がそんな話をしている傍らで、宗近達の車の中を窺っていた駐在さんが困惑した様子で訊ねた。

「ええーと……これは、どうなってるのかな?」

 停まった車の中で大人しく座って窓の外など眺めている宗近達と、何故かハンドルを握ってペダル操作もしている運転手の異様な光景に、駐在さんが戸惑っている。

「催眠術が掛かってるみたいな状態だよ」
「さ、催眠術……」

 正気に返すと面倒な相手なので、全員を護送できる応援のパトカーが来るまでこのままにしておきたい旨を伝えるコウ。

 駐在さんとしては事情聴取もしたいところだったが、面倒な相手というのは確か。
 宗近達の犯行の映像はしっかり残っているし、駐在さんもそれを確認済みなので、コウの提案に同意した。

 一応、駐在さんは車の傍に立って宗近達の監視を続けるようだ。

 この駐在さんに忖度を指示した上役にも、朔耶の友達の筋から圧が掛かっている。
 普段の宗近がトラブルで身柄を確保された時のように『今すぐ解放しろ』などという指示は下りてこない。

 その上役も、今は自分の立場を護る事で精一杯――という内容が、重雄に同行して来た刑事さんの記憶情報から読み取れた。

 コウが刑事さんに意識を向けた事に気付いた重雄が、改めて紹介してくれる。

「こちら刑事の矢萩やはぎさん。今日は非番で付き合ってくれた事になってるけど、現場の状況確認も兼ねてるんで、彼が気付いてない事があったら教えてあげてくれ」

「りょーかい、よろしくー」
「あ、ああ。よろしく?」

 矢萩刑事は少し戸惑い気味にコウと挨拶を交わした。その内心では、色々と葛藤があるようだ。

『――この子が人じゃないってマジか? 代議士先生に圧力掛ける財閥のお嬢様といい、都築家兄妹といい、あの失踪事件に関わってから厄介な事ばかりだな――』

 都築朔耶の失踪理由に疑問を持って、独自に調査を続けた結果、異世界などと言う非現実的な事象に関わる羽目になった元捜査員の刑事。矢萩やはぎ 敬一郎けいいちろう36歳。(事件当時34歳)

 都築家の長女による異世界交流に関しては、国内で事情を知る物は極僅かだが存在する。
 それは朔耶の家族や友人回りといった身内を中心にした限定的なコミュニティの外から見守る人々で、警察組織の関係者ではこの矢萩刑事の他に一人か二人。
 後は政府筋でも自衛隊の幕僚幹部の一部。政治家の中にはほぼ居ない。――彼からはそんな情報が読み取れた。

(もしかして、将来キョウヤがこっちの政府と交渉の席に着いたりするの見越してるのかな……?)

 地球世界こちらの世界に関してまだ疎いところがあるコウの為に、朔耶が情報源の一例として送ってくれた人材なのかもしれない。コウが覚えておけば自動的に京矢の知識にもなる。
 コウは何となくそんな意図を感じた気がした。


 応援のパトカーを待っている間、万常次で待機している美鈴やケイ達とも連絡を取り合って現在の状況など情報共有に努める。

 コウが回収した証拠品は駐在さんに提出。ケイ達の方でも、投げ付けられた発炎筒は回収済みとの事だった。



 そうして、麓の町からの応援が到着したのは、明け方になる頃だった。数台連なったパトカーが赤色灯を回しながら仙洞谷町に入る。

 町を出る道の途中に停まっていた宗近達のワゴン車と、その前に停めてある重雄のRV車に並ぶように道端に次々と停車。結構な数の警察官が降りて来た。

 停まらずに通り過ぎたパトカーは、万常次の方へ向かうようだ。

 駐在さんが対応し、宗近達の車へ案内する。そのタイミングで、コウは幻惑の風を解除して宗近達を正気に戻した。車のキーは運転席の床に落としておく。

 先導されてきた警官達は、こんな現場に小学生くらいの子供が居る事を訝しんでいたが、とりあえず宗近達の車を囲んで職務質問からの任意同行へと仕事を始めた。

「北条さーん? ちょっとお話聞かせてもらえるかなー?」
「は!? なんだこれっ! はぁ!?」

 声を掛けられた宗近は、都心に向けて順調に走っていた筈なのに、気が付くと仙洞谷町の道の途中でパトカーと警官に囲まれている状況に混乱している。

 この頃になると、異変に気付いた宗近のお目付け役三人組もやって来た。
 彼等が警官の集団に割って入ろうとするなど、現場は一時騒然となったが、更に応援の追加もあって夜が明けきる頃には終息した。

 状況を知らされた北条代議士の筋からお目付け役達に新たな指示が下り、混乱の収拾に協力するように動いた為、宗近達は大人しくパトカーに分乗して連行されていく。

 普段の彼等ならば、混乱のどさくさで現場から立ち去り、その案件も曖昧にして騒動自体を無かった事にするというパターンで握り潰して来たが、今回ばかりは絡んだ相手が悪かった。

「さて、俺達は少し休んだら引き揚げるけど、コウ君達はどうする?」

 重雄達は、何かあった場合の緊急避難の手段として来ているので、警察に騒動の元凶の身柄が確保されたなら、後は速やかに帰るだけ。
 こちらでの用事が終わっているなら一緒に連れ帰る事もできるが――

「ボク達はまだやる事があるから、予定どおり帰りはでんしゃに乗るよ」

「そっか。じゃあこれにてサラバだー!」
「さらだばーっ」

 独特のテンションで挨拶を交わし、ブオンと一吹かしして重雄のRV車は去って行った。助手席に座る矢萩刑事は、内心で『俺、来る必要あったか?』と疑問を浮かべていたが。

(備えあれば憂いなしだよね)

 しばらくすると、万常次の方に向かっていたパトカーも戻って来て町の外へと通り過ぎて行った。
 すれ違う時、こんな早朝に町外れの道を一人で歩いている小さい子供の姿を見て、不思議そうな表情を浮かべる若い警官と、顔を強張らせた年配の警官が印象的だった。

(声掛けようか迷ってたみたいだね)

 運転する若い警官は子供コウの事が気になったようだが、年配の警官からこのまま止まらず町を出るよう指示されていた。

 年配の警官は、コウの事を『この世のモノならざる存在』と感じているようだった。幽霊とか妖怪など『怪異』的なモノである可能性を警戒したようだ。
 多少なりとも霊感など持っているのかもしれない。

(この辺りって、そういうの多いのかな?)

 最後のパトカーを見送ったコウは、万常次に戻るべく少年型を解除すると、甲虫ゴーレムに憑依してこの場を飛び立ったのだった。





 町を出る道を行くパトカーにて。顔は正面を向いたままバックミラーをじっと見つめていた年配の警官は、不自然な場所と時間にすれ違った先程の子供がスッと消える瞬間を目撃して息を呑む。

「ああ……やっぱり」
「え? なんすか先輩」

 何でもないと答えた年配の警官は、神妙な顔をして小さく念仏を唱えたのだった。



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