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よろずの冒険者編
第三十七話:伏在のトゥルーパースト
しおりを挟む無事に三日目を迎えるべく、立てられた万常次防衛計画。コウが早速見張りに出ようとした時、朔耶から電話が掛かって来た。
コウは銭湯帰りに宗近達に絡まれていた時、エイネリアに朔耶と連絡を取るよう指示しておいたのだ。
異世界を文字通り飛び回っている朔耶だが、別世界に行ったきり数日戻らないような事は滅多になく、ほぼ毎日地球世界の自宅に帰って来るので、直ぐに連絡は付けられると予測していた。
そうしてエイネリアからの留守電メッセージを聞いた朔耶から連絡が届いたのだ。コウは今現在の状況を説明する。
『ふむふむ。実穂の伝手を借りたいわけね?』
「うん。いける?」
『ちょっと聞いてみるわ。直ぐまた連絡するから待ってて』
朔耶はそう言って一旦電話を切った。
朔耶の友人に連絡が付きそうなので、コウはこちら側のコネについてケイに説明しておく事にした。
「さっき話した女の人は朔耶っていって、ボクと本体を異世界と繋ぐ人なんだけど――」
彼女の友人に大財閥のお嬢様が居るのだが、異世界の王室と個人で交易をしているこちら側の人間なので、まず間違いなく力になって貰える筈だと。
「おおう、またがっつりファンタジーに振ってきたな」
「上の方でちょうせいがついたら、ムネチカグループも町から引きあげるんじゃないかな」
特に、今日対峙した初顔の三人組は宗近の祖父に派遣されている部下で、宗近の尻拭いだけでなくお目付け役も担っている。
「ああ、何か雰囲気が違うと思ったけど、あの人等ってそうだったのか」
「あんな感じだったけど、内心ではムネチカのやってる事に批判的だったよ」
財閥家の働き掛けで件の代議士との話し合いが済めば、そちらから連絡がいってこの問題にも決着が付くだろう。
もしかしたら宗近が個人で暴走するかもしれないが、組織的に何かして来るのに比べれば、単体でやれる事などたかが知れている。
「あ、でもこーいうのフラグって言うんだっけ」
「上げて落とすのやめようか、コウ君」
不安になるような話の振り方をして、ケイに突っ込まれるコウなのであった。
それからしばらくして、朔耶から連絡があった。
『話は通しておいたわ。実穂からご両親に相談して――色々動いてもらう予定よ』
少し時間は掛かるが、北条代議士と繋がりのある財界人から圧力をかける事になりそうだとか。
『後、お兄ちゃんと知り合いの刑事さんも派遣しといたから、何かあったら車で避難しちゃって?』
「りょーかーい。ありがとう」
知り合いの刑事さんのくだりで、朔耶から意識の糸を通じて詳細が送られてきた。
異世界に召喚されていた朔耶がおよそ二ヶ月間の失踪期間を経て帰還した時、現場で捜索に当たっていた刑事の一人らしい。
謎の多い『都築朔耶失踪事件』を、捜査が終わった後も独自で追っている内に世界渡りを目撃してしまい、その縁で異世界の事を知る警察関係者というポジションに置かれた人物なのだそうな。
所謂こちら側の人間なので、魔法や遡り能力などの秘匿にあまり気を使わなくて済む相手である。
今回、刑事という肩書きは保険であり、非番の一般人枠として来てくれるという事だった。
「じゃあボクは見張りにいくね」
現在こちらに向かっている協力者についてケイに説明したコウは、甲虫ゴーレムに憑依して空に上がる。
民宿・万常次の上空で甲虫ゴーレムを解除したコウは、精神体となって定点から監視を始めた。辺りはすっかり夜の帳に包まれているが、コウの視点は暗闇でも問題無く見通せる。
商店街の方に視線を向けると、その一帯だけ煌々と明かりが灯っており、まだ多くの行きかう人々の姿が見える。
ふと、潟辺達が泊まっているホテルが視界に入ったので視点を寄せてみた。
(今日も酒盛りミーティング中か……)
先日ほどのギスギスした様子は無く、普通に和やかな雰囲気で缶のビールやお酒を飲んでいる。彼等はもう大丈夫かもしれない。
そうしてホテルの各階を窓ごしに観察していると、最上階のレストランに宗近の姿を見つけた。
(お?)
個室っぽい端っこの窓際の席。ソファーに身体を沈めた宗近は、憮然とした表情で琥珀色の何かを飲んでいる。
(ウイスキーかな?)
そのうち、お目付け役の三人組の一人がやって来て何やら話し始めるも、据わった目をした宗近が丸いグラスをぶん投げた。
お目付け役の人が宥めているが、宗近は何かを喚きながらテーブルを蹴り倒そうとして失敗して転び、倒れた瓶やらコップを薙ぎ払うなど、八つ当たり気味に暴れている。
(荒れてるなぁ)
しかも大分酔っぱらっているようだ。あの様子なら朝まで酔いつぶれて、何か仕掛けて来るような事もないのでは? とコウは思えた。
レストランの従業員と宗近グループの取り巻きとお目付け役達がわちゃわちゃしながら、暴れる宗近を落ち着かせようとしている様子を観察しつつ、万常次周辺の見張りを続ける。
定期的にエイネリアと交信を繋ぎ、こちらに向かっているという朔耶の兄と、知り合いの刑事さんの現在地も把握しておく。
到着時刻は深夜過ぎから明け方になりそうだった。
夜の十時を回る頃。
コウはエイネリアを通じてケイと現状を確認し合ったり、美鈴と明日の撮影予定について話し合ったりして深夜までの時間を過ごす。
『見張り、任せちゃってわるいね』
「とくいぶんやだから大丈夫だよー」
やがて二人が就寝したので、コウは監視を行いつつ異次元倉庫の整理など始めた。
収納物の中でも一際大きい携帯拠点を異次元倉庫内の倉庫として、狭間世界で入手した品物を纏めておく。
フラキウル大陸のダンジョンや、オルドリア大陸など向こうで手に入れた品物も種類別に収める。
(あぶない資料とか、ダンジョンで拾った物はまた別に仕分けておこうかな)
コウの意識がバラッセのダンジョンで初めて目覚めてから、様々な活動で収拾した品々を選り分けていく。
ガウィーク達と行動を共にするようになり、冒険者になって少年型を手に入れるまでの、初期の頃に集めた物品は様々だ。
金銀の硬貨や宝石などの装飾品の山に交じって、変わった形の石とか壊れた武具の残骸など、ガラクタも結構多かった。
(こっちも携帯拠点の倉庫に纏めておこう)
邪神・悠介に組んでもらった携帯拠点は、ベースとなる住居用の多機能施設棟の他に、魔導製品の生産工房や食糧生産ユニットを積んだ棟もある。
異次元倉庫内倉庫用に、最低限の収納や棚しか置いていない多目的仕様の拠点はまだ二棟分ほど空いているので、細かい物はそれぞれ異世界品、狭間世界品、地球世界品に分けておいた。
(すっきり整理整頓)
エイネリアとレクティマは待機用の椅子を携帯拠点の前に配置。今はエイネリアは出動中なので、レクティマだけ待機している。
いつも複合体と専用武器を並べていた場所には、ぽっかりとスペースが空いたままだ。
複合体と専用武器はメンテナンスと改良の為、機動甲冑二機と共にアンダギー博士の研究所に預けてある。
機動甲冑にはエイネリアとレクティマを乗せて運用する場合もあるので、待機用の椅子の近くに配置場所を想定しておく。
他にも直ぐに取り出せる位置には、お馴染みの魔導輪や邪神・悠介に貰ったミニミニ魔導船がある。
この辺りの品はキョウヤからこっちでの使用禁止を念押しされているが。
(あとはコレも近くに置いておこうかな)
『究極の魔材』が入った容器を引き寄せて浮かべる。レイオス王子の魔導船団による冒険飛行で立ち寄った無人島の古代遺跡で、エイネリアやレクティマと共に手に入れた変形魔法素材。
送り込んだイメージを模る働きをする素材で、いまのところ精巧なお面を作るくらいにしか使っていないが、魔導具としてのポテンシャルは非常に高い魔法触媒材である。
何かもっと良い使い道がある筈だと期待している。
『重雄様達が町に繋がる国道に入りました。間もなく麓を通過します』
(りょーかい。ひきつづき追跡よろしく)
エイネリアからの定期連絡に応えつつ見張りを続行。時刻は日付も変わって、既に丑三つ時。仙洞谷町も明かりが灯っている民家は僅かで、住人の大半は寝静まっているようだ。
このまま朝まで静かな時間が流れるかと思われたその時、覚えのある攻撃的な思念が近付いて来るのを感じた。
思念が流れて来る方向を注視すると、民宿・万常次の玄関に面する通りを挟んだ向かい側。建物の隙間の路地から宗近が現れた。取り巻きを二人ほど連れている。
どうやらお目付け役の目を盗んで抜け出してきたようだ。取り巻きの二人は、不安半分、楽しさ半分な気持ちで付き従っていた。
(発炎筒……? あ、もしかして――)
彼等の思考からその企みを読み取ったコウは、一つの仮説を思い浮かべつつエイネリアをライト照射に向かわせた。
エイネリアが二階の窓からライトで表の通りと路地の付近を照らすと、万常次の庭先に発炎筒を投げ込もうとしていた宗近の取り巻きが、慌てて隠れようとする。
「何やってるっ! さっさと放り込め!」
「まずいですよ、宗近さん!」
「グズが! 貸せっ」
取り巻きから発炎筒をひったくった宗近は、発火させたそれを投げてきた。コウは風の魔術を発現させて弾き返す。たちまち辺りに立ち昇る煙と、それを照らし出す発炎筒の赤い光。
宗近は発火させた発炎筒を三本ほど投げ込んで来たが、全てコウが風の魔術で弾き返したので、それらは万常次の玄関前の通りに落ちて付近一帯を煙で満たした。
(前回の火事の原因って、これ? ボクがあの時居なかったのって、ムネチカ達を追ってた?)
万常次前の通りは煙と光で派手な事になっているが、発炎筒は全て道の上に落としたので建物などに被害はない。
宗近達はそれに気付かず、目的は果たしたと逃走している。その思考内容から、証拠品の処分というキーワードが拾えた。
「今の記録した?」
『はい。こちらの文明の映像機器で閲覧可能な規格に合わせたファイルも用意しました』
地球世界の記憶媒体にコピーして再生が可能な状態で保存しているという。コウは『夢幻甲虫』を召喚して憑依する。
「ちょっとムネチカ達を追ってくるよ。ケイと美鈴に説明と報告よろしくね」
『承知しました』
この時間軸では直接の目撃はしていないが、宗近達と潟辺のグループにトラブルがあった事は確認している。
ケイの記憶に見た、前回の時間軸で潟辺が呟いていた『あいつら』が宗近達を指していたとしたら。
万常次の屋敷上空から飛び立ったコウは、風の魔術を使って速度を上げて、宗近と取り巻きが走り去った路地へと追跡を始めた。
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