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トレクルカーム王国編
第十二章:希美香のグランダール入り
しおりを挟む夕食後、朔耶は兄を通じて矢萩刑事に連絡を取った。朔耶の事情を知る地球世界の住人の中でも、公権力に携わる数少ない味方である。
『なんだ? 急に連絡して来たと思ったら、失踪者の照会?』
「はい、ちょっと調べてもらいたくて」
電話口から聞こえる、どことなく怠惰そうなイントネーションの話し方は、くたびれた中年男性っぽさがにじみ出ているのだが、実際に会ってみると見た目はもっと精悍な雰囲気の中年男性だ。
『名前は"南田希美香"? 年齢十八、現住所は都心のアパート――』
指定された人物のプロフィールを読み上げながら照会の入力をしているらしく、電話の向こうからカタカタというキーボードの音が聞こえてくる。
『んん? 半年ほど前に家族から行方不明者届が出ている――って、おいまさか……』
「うん、そのまさかです」
異世界で本人に会ってきましたという朔耶に、絶句気味な矢萩刑事。
『マジかよ……』
思わず素の声を漏らしている矢萩刑事に、朔耶はいま彼女の帰還に向けて動いているので、協力してほしい旨を持ち掛けた。
『それは構わんが、具体的には?』
「失踪理由とか、今までどこで何をしてたのとか、全部はぐらかす事になるから、なるべく瑕疵がつかないように便宜を図って欲しいんですよ」
『そう言われてもな。俺の権限で取り調べの人事に介入なんて無理だぞ?』
「そこはそれ、矢萩さんが保護した事にすればオッケー」
『おい』
あたしで実績あるんだし等とのたまう朔耶に、矢萩刑事は電話の向こうで頭を抱えていた。
(はぁ~、ほんっと厄介な兄妹に関わっちまったぜ……何だよ異世界って、ラノベかよ。チートだの無双だのは創作物の世界だけにしといてほしいぜ)
「おおー、矢萩さんからラノベチートなんて言葉が出て来るとは」
『電話越しに心を読むなっ』
言葉には出してない! と抗議する、若者のサブカルチャーに理解のある中年刑事。和気藹々としたやり取りを終えた朔耶は、また追って連絡する事を告げて電話を切った。
「さて、後やる事はー――」
キョウハ モウ ヤスムガ ヨイ
フラキウル大陸に飛ぶなら今向こうに居るであろうコウ少年や京矢、沙耶華にも希美香と転移門の事を伝えておく方が良いかもしれないと思いつつ、今日はもう夜も遅いので休むことにした。
翌朝。
朔耶は朝から件のドア枠を抱えて庭の転移陣に入ると、フラキウル大陸はグランダール王国の王都トルトリュスにあるアンダギー博士の研究所に転移した。
「おはよーございまーす」
「うひゃあ」
「おん? サクヤ嬢か……って、なんじゃそれは?」
研究所内に突如出現して挨拶する朔耶に、博士の助手のサータが飛び上がって驚くが、博士は研究観察中の古代の魔導具に集中しているせいか、リアクションは薄かった。
が、朔耶が抱えているドア枠を見て目を丸くしてる。
「実はかくかくしかじか――」
――と経緯を説明した朔耶は、このドア枠が実は個人の能力によって作られた転移門である事を明かす。
「なんと! 遂に転移門に届く異能者が現れたか」
ドア枠には、地球世界に転移した時には消えていた空間接続部分、斑模様の蠢く膜が出現していた。
アンダギー博士は、研究用テーブルの上に並べられた古代の魔導具の動作確認を一旦脇に置き、研究所の壁に立てかけられたドア枠転移門に注目する。
ちなみに、ここにある古代の魔導具は先日、冒険飛行から帰って来たレイオス王子が、無人島の古代遺跡で手に入れて来た品々である。
コウ少年が所持している古代魔導文明の魔導人形、ガイドアクトレスのエイネリアやレクティマ達の居た遺跡だ。
「これ、一応動作テストは済んでるらしいんだけど、世界移動した影響とか、無茶苦茶距離がある条件とかでの検証はまだだから、そこの安全確認をまず済ませたいのよ」
「ふむふむ、今これは空間が繋がっておるのじゃな?」
アンダギー博士は、朔耶の説明から必要な実験の手順を組み立てると、サータ助手に指示して計測器やら謎の物体やらをドア枠の前に用意した。
魔力の揺らぎやら空間の歪みを観測する計測器をドア枠に繋ぎ、センサーになる部分を斑模様の膜に向け、博士は小さな計測装置を先端に付けた棒を用意して膜の中に突き込んだ。
しばらくして棒を戻し、先端の計測装置を読み取り機らしい装置に繋いで、モニターに表示される波長を確認している。
「うむ、空間移動による内部の構成には問題ないようじゃな」
小さな計測装置の中には色々な物質が収められているらしく、環境の変化に対する影響をそれらの物質の変質度合いで検証できるのだそうな。
「では、実際に生き物を通す実験を――」
「にゃー」
と、博士が次の検証に入ろうとした時、どこからか研究所に入り込んでいた猫がドア枠の膜に飛び込んで行った。
「あ!」
「あっ」
「あ」
博士と助手と朔耶が思わず声を漏らす。
『コウ君じゃないわよね?』
タダノ ネコダ
しばらくして、パンを咥えた猫が戻って来た。
自分の顔ほどもある丸いパンを、「どや」みたいな雰囲気で見せびらかすと、研究室の隅の方に行ってもしゃもしゃ食べ始める。
「ふむ、問題なしと見てよいようじゃ」
「っていうーか、あのパンどうしたのかしら」
今、転移門の向こう側はどうなっているのか疑問に思う朔耶。
念の為、先に手紙と通信魔導具を乗せたトレイを膜の向こうに送る。すると、こちらの通信魔導具に反応があった。
『も……もーし――サ――です――……』
「む、ノイズだらけじゃな。そのままでは無理か」
「声は希美香さんっぽい」
博士は通信魔導具の魔力調整をしようとしたが、今度は向こう側から何かが送られてきた。艶のある滑らかな表面の黒石が一つ。強い魔力を帯びているのが分かる。
「これは……『対の遠声』か? にしては整い過ぎておるな。まるで天然の魔力石じゃ」
「あ、多分それ希美香さんが作った創作鉱石だと思う」
「ほうっ! これがそうか。むむ、何か聞こえるが、何を喋っているのか分からんのう」
石を握った博士が、耳を澄ますようにしながら唸る。声が遠いのかと思いきや、言葉が分からないらしい。言語が違っているようだ。
「何となくのニュアンスは分かるんじゃがなぁ」
「まさかの言葉の壁」
朔耶は希美香に繋ぐイメージで意識の糸を伸ばし、彼女に『疎通の加護』が必要である事を知らせた。
すると、先ほどと同じように艶のある黒石が膜を通って送られてくる。どうやら『疎通の効果』も付与した『精神感応石』らしい。
「なんと! そんなに容易に仕様を反映できるとは、これは研究のし甲斐があるのう」
精神感応という通信方法で希美香と転移門越しに会話をしたアンダギー博士によると、準備を済ませ次第、転移門を通ってこちらにやって来るそうだ。
昨日の今日でグランダール入りすると聞いて、朔耶は『調整の準備期間とは何だったのか』等と思ってみたりする。
とは言え、実際に地球世界に渡る前に向こうでやっておかなければならない事もある。希美香のご両親に事前連絡は入れておきたい。
「サータよ、王城に連絡じゃ。客室の手配も頼むぞ」
「分かりました」
「先にレオゼオス王との謁見があると思うが、サクヤ嬢は立ち会うのかの?」
「うーん、そうね。転移門と今後の事も考えると、あたしも一緒に会っておいた方がいいかも」
遥か南方大陸のトレクルカーム王国と簡単に行き来できる環境が確立されたなら、それは東方オルドリア大陸との交流にも影響を及ぼす事になる。
古代魔導文明時代にあったという転移回廊のような、人々が気軽に利用できる移動手段に至るまでには色々と乗り越えなければならない問題も多いだろう。
しかし、物資と人材が即日遠方の国まで届くようになったならば、外交のやり方も従来の方法から変わってきそうである。
それからしばらくして、南方大陸のトレクルカーム王国で『異界の錬金術士』と呼ばれる異世界人『南田 希美香』が、三人の護衛と一人の従者を連れてアンダギー博士の研究所に現れた。
「いらっしゃーい」
「よく来た! お主の作った魔法鉱石を見たが実に興味深い、研究のし甲斐がある特異能力のようじゃ。それで早速じゃがこの生体魔導器を――」
「ようこそ、グランダール王国へ。私はアンダギー博士の助手のサータといいます。まずは王宮の客室に案内しますね」
朔耶が軽い挨拶で迎えるも、研究者モードのアンダギー博士が挨拶もそこそこに怒涛の勢いで検証実験を持ち掛けようとしたが、サータ助手にヒップアタックで吹っ飛ばされた。
「よ、よろしくお願いしま~す」
向こうではなかなか見ないキャラの濃い人達と唐突なドタバタ劇に、護衛の三人と従者の少年は唖然として固まり、希美香は苦笑を浮かべながら挨拶を返したのだった。
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