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トレクルカーム王国編
第十一章:帰還に向けて
しおりを挟む「本人の意思を確認したので、これから希美香さんの帰還スケジュールを組みたいと思います」
そう宣言して、朔耶は地球世界に還るまでに必要な手順を説明し始める。
「まず、世界の壁を越える時に身体と精神と魂が一旦バラバラになるから、それぞれが迷子にならないように保護する必要があるの」
「ば、バラバラになるんですか?」
希美香が驚いた様子で思わず聞き返した。彼女の後ろに控える護衛らしき三人や従者の少年も、ぎょっとした反応を見せている。
朔耶は、「まあそこだけ聞くとビックリするわよね」と苦笑しつつ、安全に渡る方法は確立されているので心配ないと諭した。
「あたし自身もそうだけど、もう何度も家族とか友人とか知り合いの人を運んでるから」
定期的に異世界と地球世界を行き来している知り合いや家族がいる事を告げる。
「え! それって、またこっちに来られるんですか?」
「今のところ、あたしが送り迎えしてる状態なんだけどね」
希美香の、『少し希望が湧いた』かのような反応を見るにつけ、彼女もまた御国杜京矢や遠藤沙耶華達のように、こちらの世界で簡単には断ちがたい縁を結んでいるのであろう事が感じ取れた。
この会議室内で朔耶と希美香のやりとりを見守っている偉い人達も、朗報を得たかのような反応を示している。
窮状に藻掻く今のトレクルカーム王国にとって、希美香は最早手放しがたい存在になっているようだ。
彼らの事はさておき、朔耶は続ける。
「もしかしたら、希美香さんの転移門でもっと気軽に行き来できるようになるかも」
一度、実際に世界移動を体験する事で次元を超える感覚も掴めるかもしれない。それを転移門に反映してヴァージョンアップを重ねていけば、異世界同士を繋ぐ転移門が作れるかも。
朔耶のそんな主張を聞いた希美香は、頷いて応える。
「できそうな気がします」
「じゃあその方向で調整しましょっか」
ただ、仮にうまくいったとして、世界を繋ぐ事にどんな弊害があるか分からないので、そこは慎重に見定めなければならないだろう。
その後は、カフネス侯爵達にも色々と説明をしながら希美香の帰還スケジュールを組んでいく。
まずはフラキウル大陸のグランダール王国に渡る必要があるが、移動手段に希美香の転移門を活用する案を挙げる。
一対の転移門を作ってもらい、片方を持った朔耶がフラキウル大陸に渡って目的地に設置するという流れだ。
「希美香さんの道具が、世界を渡る時に影響が出ないかどうかも確かめてからになるけど」
朔耶の世界移動を利用した裏技。こちらの世界で長大な距離を移動する際、一度地球世界に戻ってから目的の場所に再び転移する事で、時間と距離を大幅に短縮する。
したがって、転移門の片方をフラキウル大陸に運ぶ際、一度地球世界に持っていく事になる。
これまでにも魔道具や電化製品を他の世界に持ち込んできたが、全て正常に動いているので問題はないと思われるものの、一応検証をしてから使う事になった。
それで万が一、転移門が使えなかった場合は、片道十日以上の旅程を考えなければならない。航路は危険なうえに十日程度では済まないので、空路を使う事になるだろう。
「空飛んでいくんですか?」
「目指すのはフラキウル大陸にあるグランダールっていう国なんだけどね、そこの魔導船を出してもらう事になると思うわ」
魔導文明が非常に進んでいるグランダール王国には、魔導船という空飛ぶ船が普通に国内の空を飛び交っている。
魔導船は基本すべて軍属だが、民間人が遠くの街と行き来するのに利用できる定期便もあるほど、そこそこ一般的な乗り物として普及しているのだと軽く説明しておく。
「一応、フラキウル大陸とオルドリア大陸間の往復を、あの国の王子様が冒険飛行で成功させてるから、ここまで飛んで来られるはずよ」
「お、王子様が……」
一国の王子様による冒険飛行と聞いて、希美香は『一体どんな国なんだろうか』とか考えていそうな表情を浮かべていた。
そこでふと、朔耶は大事な要件を思い出す。これを聞いておかなければならない。
「あ、それともうひとつ重要な事」
「はい?」
「希美香さんの向こうでの住所とか」
「あ」
確かに――と、希美香も今気づいたように納得している。彼女がこちらで過ごしている間、向こうでは行方不明状態が続いているのだ。
「行政手続きとかご家族への連絡とか、あたしの方で大体処理できるんで、そこは任せて?」
「よ、よろしくお願いします……」
なかなか現実的な問題の話に、希美香は帰還の実感が伴ってきたのか、先程より緊張が増している様子がうかがえた。
ひとまず通っていた大学と勤めていたアルバイト先を教えてもらう。
「もしかしたら、実家にも連絡がいっているかも……?」
「あー、それは十中八九いってるでしょうね」
高校卒業と同時に田舎を出て、都心で一人暮らしをしていたらしい。
日々の学業とアルバイトの忙しさに紛れて、実家に連絡する機会もあまりなかったそうだが、半年以上も学校に通わず、アルバイト先にも顔を出さず、アパートにも帰らずの状況では――
「事件と事故の両面で捜査されてるかも。あたしもそうだったし」
「うへぁ~……」
希美香は、すごく面倒そうに表情を歪めながら呻いていた。気持ちは分かる朔耶であった。
おおよそのスケジュールが決まり、話し合いを終えた朔耶は、ここらで一旦引き揚げる事を告げた。グランダール側との調整を考えると準備に数日はかかる。
(アンダギー博士ならすぐ対応してくれそうだけど)
それから、希美香が移動の要となるドア枠サイズの転移門を作ってくれたので、片方を預かっていく。
『うわ、すごいわね。こんな簡単に空間接続する道具を作るとか』
チカラノ シュウソクト サダメ ミチビクコトニ トッカシテイル ヨウダ
やはり彼女の能力はだいぶ特異な性質を持っているようだ。
「それじゃあ、準備を進めつつ毎日顔出すようにしますね」
「よろしくお願いします」
今回の件は希美香の帰還実現がメインだが、トレクルカーム国内の内通者探しにも協力する事になっているので、連日この王都ハルージケープを訪れる予定である。
朔耶はカフネス侯爵達を振り返り、聞いていたと思うが話が纏まった事をうなずいて報せると、向こうからも『心得た』の意を込めたうなずきを返された。
それから希美香に向き直り――
「じゃあまた明日」
と一声かけて地球世界に転移した。
「よっと」
いつもの自宅庭に帰還した朔耶は、抱えているドア枠をのぞき込む。転移する前はまだら模様の蠢く膜で覆われていたが、今は膜が消えて向こう側が見える。
自宅の影越しに覗くのは現代科学文明の輝く夜景と、星の少ない都会の夜空。少し肌寒い風が吹き抜けていく。
「これ、やっぱりこのままじゃ接続は切れるのね」
向こうに戻れば空間接続効果も戻るのか、まずはその検証からになるだろう。
『とりあえず、今日の活動はここまでにしましょうか』
ウム シッカリ ヤスムト ヨイ
もうすっかり陽も落ちているし、お腹もすいた。朔耶は庭の物置から引っ張り出した防水シートをドア枠転移門に被せて『重要品』のメモを張り付けると、そのまま居間に上がって壁に立てかけた。
「ご飯食べたら矢萩刑事に電話かな」
今日の残り時間でやれる事と、明日からの予定を考えつつ、晩御飯に向かう朔耶なのであった。
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