異界の魔術士

ヘロー天気

文字の大きさ
148 / 148
トレクルカーム王国編

第十二章:希美香のグランダール入り

しおりを挟む



 夕食後、朔耶は兄を通じて矢萩やはぎ刑事に連絡を取った。朔耶の事情を知る地球世界の住人の中でも、公権力に携わる数少ない味方である。

『なんだ? 急に連絡して来たと思ったら、失踪者の照会?』
「はい、ちょっと調べてもらいたくて」

 電話口から聞こえる、どことなく怠惰そうなイントネーションの話し方は、くたびれた中年男性おっさんっぽさがにじみ出ているのだが、実際に会ってみると見た目はもっと精悍な雰囲気の中年男性おじさまだ。

『名前は"南田みなみだ希美香きみか"? 年齢十八、現住所は都心のアパート――』

 指定された人物のプロフィールを読み上げながら照会の入力をしているらしく、電話の向こうからカタカタというキーボードの音が聞こえてくる。

『んん? 半年ほど前に家族から行方不明者届が出ている――って、おいまさか……』
「うん、そのまさかです」

 異世界で本人に会ってきましたという朔耶に、絶句気味な矢萩刑事。

『マジかよ……』

 思わず素の声を漏らしている矢萩刑事に、朔耶はいま彼女の帰還に向けて動いているので、協力してほしい旨を持ち掛けた。

『それは構わんが、具体的には?』
「失踪理由とか、今までどこで何をしてたのとか、全部はぐらかす事になるから、なるべく瑕疵がつかないように便宜を図って欲しいんですよ」

『そう言われてもな。俺の権限で取り調べの人事に介入なんて無理だぞ?』
「そこはそれ、矢萩さんが保護した事にすればオッケー」

『おい』

 あたしで実績あるんだし等とのたまう朔耶に、矢萩刑事は電話の向こうで頭を抱えていた。

(はぁ~、ほんっと厄介な兄妹に関わっちまったぜ……何だよ異世界って、ラノベかよ。チートだの無双だのは創作物の世界だけにしといてほしいぜ)

「おおー、矢萩さんからラノベチートなんて言葉が出て来るとは」
『電話越しに心を読むなっ』

 言葉には出してない! と抗議する、若者のサブカルチャーに理解のある中年刑事。和気藹々としたやり取りを終えた朔耶は、また追って連絡する事を告げて電話を切った。


「さて、後やる事はー――」
キョウハ モウ ヤスムガ ヨイ

 フラキウル大陸に飛ぶなら今向こうに居るであろうコウ少年や京矢、沙耶華にも希美香と転移門の事を伝えておく方が良いかもしれないと思いつつ、今日はもう夜も遅いので休むことにした。



 翌朝。
 朔耶は朝から件のドア枠を抱えて庭の転移陣に入ると、フラキウル大陸はグランダール王国の王都トルトリュスにあるアンダギー博士の研究所に転移した。

「おはよーございまーす」

「うひゃあ」
「おん? サクヤ嬢か……って、なんじゃそれは?」

 研究所内に突如出現して挨拶する朔耶に、博士の助手のサータが飛び上がって驚くが、博士は研究観察中の古代の魔導具に集中しているせいか、リアクションは薄かった。
 が、朔耶が抱えているドア枠を見て目を丸くしてる。

「実はかくかくしかじか――」

 ――と経緯を説明した朔耶は、このドア枠が実は個人の能力によって作られた転移門である事を明かす。

「なんと! 遂に転移門に届く異能者が現れたか」

 ドア枠には、地球世界に転移した時には消えていた空間接続部分、斑模様の蠢く膜が出現していた。

 アンダギー博士は、研究用テーブルの上に並べられた古代の魔導具の動作確認を一旦脇に置き、研究所の壁に立てかけられたドア枠転移門に注目する。


 ちなみに、ここにある古代の魔導具は先日、冒険飛行から帰って来たレイオス王子が、無人島の古代遺跡で手に入れて来た品々である。
 コウ少年が所持している古代魔導文明の魔導人形、ガイドアクトレスのエイネリアやレクティマ達の居た遺跡だ。


「これ、一応動作テストは済んでるらしいんだけど、世界移動した影響とか、無茶苦茶距離がある条件とかでの検証はまだだから、そこの安全確認をまず済ませたいのよ」

「ふむふむ、今これは空間が繋がっておるのじゃな?」

 アンダギー博士は、朔耶の説明から必要な実験の手順を組み立てると、サータ助手に指示して計測器やら謎の物体やらをドア枠の前に用意した。

 魔力の揺らぎやら空間の歪みを観測する計測器をドア枠に繋ぎ、センサーになる部分を斑模様の膜に向け、博士は小さな計測装置を先端に付けた棒を用意して膜の中に突き込んだ。

 しばらくして棒を戻し、先端の計測装置を読み取り機らしい装置に繋いで、モニターに表示される波長を確認している。

「うむ、空間移動による内部の構成には問題ないようじゃな」

 小さな計測装置の中には色々な物質が収められているらしく、環境の変化に対する影響をそれらの物質の変質度合いで検証できるのだそうな。

「では、実際に生き物を通す実験を――」
「にゃー」

 と、博士が次の検証に入ろうとした時、どこからか研究所に入り込んでいた猫がドア枠の膜に飛び込んで行った。

「あ!」
「あっ」
「あ」

 博士と助手と朔耶が思わず声を漏らす。

『コウ君じゃないわよね?』
タダノ ネコダ

 しばらくして、パンを咥えた猫が戻って来た。
 自分の顔ほどもある丸いパンを、「どや」みたいな雰囲気で見せびらかすと、研究室の隅の方に行ってもしゃもしゃ食べ始める。

「ふむ、問題なしと見てよいようじゃ」
「っていうーか、あのパンどうしたのかしら」

 今、転移門の向こう側はどうなっているのか疑問に思う朔耶。

 念の為、先に手紙と通信魔導具を乗せたトレイを膜の向こうに送る。すると、こちらの通信魔導具に反応があった。

『も……もーし――サ――です――……』

「む、ノイズだらけじゃな。そのままでは無理か」
「声は希美香さんっぽい」

 博士は通信魔導具の魔力調整をしようとしたが、今度は向こう側から何かが送られてきた。艶のある滑らかな表面の黒石が一つ。強い魔力を帯びているのが分かる。

「これは……『対の遠声』か? にしては整い過ぎておるな。まるで天然の魔力石じゃ」
「あ、多分それ希美香さんが作った創作鉱石だと思う」

「ほうっ! これがそうか。むむ、何か聞こえるが、何を喋っているのか分からんのう」

 石を握った博士が、耳を澄ますようにしながら唸る。声が遠いのかと思いきや、言葉が分からないらしい。言語が違っているようだ。

「何となくのニュアンスは分かるんじゃがなぁ」
「まさかの言葉の壁」

 朔耶は希美香に繋ぐイメージで意識の糸を伸ばし、彼女に『疎通の加護』が必要である事を知らせた。

 すると、先ほどと同じように艶のある黒石が膜を通って送られてくる。どうやら『疎通の効果』も付与した『精神感応石』らしい。

「なんと! そんなに容易に仕様を反映できるとは、これは研究のし甲斐があるのう」

 精神感応という通信方法で希美香と転移門越しに会話をしたアンダギー博士によると、準備を済ませ次第、転移門を通ってこちらにやって来るそうだ。

 昨日の今日でグランダール入りすると聞いて、朔耶は『調整の準備期間とは何だったのか』等と思ってみたりする。
 とは言え、実際に地球世界に渡る前に向こうでやっておかなければならない事もある。希美香のご両親に事前連絡は入れておきたい。


「サータよ、王城に連絡じゃ。客室の手配も頼むぞ」
「分かりました」

「先にレオゼオス王との謁見があると思うが、サクヤ嬢は立ち会うのかの?」
「うーん、そうね。転移門と今後の事も考えると、あたしも一緒に会っておいた方がいいかも」

 遥か南方大陸のトレクルカーム王国と簡単に行き来できる環境が確立されたなら、それは東方オルドリア大陸との交流にも影響を及ぼす事になる。

 古代魔導文明時代にあったという転移回廊のような、人々が気軽に利用できる移動手段に至るまでには色々と乗り越えなければならない問題も多いだろう。
 しかし、物資と人材が即日遠方の国まで届くようになったならば、外交のやり方も従来の方法から変わってきそうである。


 それからしばらくして、南方大陸のトレクルカーム王国で『異界の錬金術士』と呼ばれる異世界人彷徨い人『南田 希美香』が、三人の護衛と一人の従者を連れてアンダギー博士の研究所に現れた。

「いらっしゃーい」
「よく来た! お主の作った魔法鉱石を見たが実に興味深い、研究のし甲斐がある特異能力のようじゃ。それで早速じゃがこの生体魔導器を――」

「ようこそ、グランダール王国へ。私はアンダギー博士の助手のサータといいます。まずは王宮の客室に案内しますね」

 朔耶が軽い挨拶で迎えるも、研究者モードのアンダギー博士が挨拶もそこそこに怒涛の勢いで検証実験を持ち掛けようとしたが、サータ助手にヒップアタックで吹っ飛ばされた。

「よ、よろしくお願いしま~す」

 向こうトレクルカームではなかなか見ないキャラの濃い人達と唐突なドタバタ劇に、護衛の三人と従者の少年は唖然として固まり、希美香は苦笑を浮かべながら挨拶を返したのだった。



しおりを挟む
感想 58

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(58件)

九尾
2025.12.31 九尾

血まみれで一時帰還した時の刑事か。第一発見者になったばっかりに、その後も巻き込まれることに
博士みたいにノリノリで関わろうとされるのもそれはそれでこちらが困るし。難しいもんです。どちらも頼らなきゃいけないことが大きいのが特に

解除
九尾
2025.11.19 九尾

世界を超える転移の感覚。コウと京矢が世界を跨った時の感覚も近そうですな。ラジオのチューニングみたいにして穴を覗けるようにしたり。抜けようとしたら引っかかったり。サクヤの移動は自分自身が動くのがメインで、転移門は通路を作るのがメインだから、コウたちの感覚の方が参考になりそうだ

解除
九尾
2025.10.22 九尾

三界共同。あ、そうか。ユースケはオリジナルは地球人だけどコピー生成されてるから狭間世界生まれの現地人だもんな

解除

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく…… (第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)

スピリット・マイグレーション

ヘロー天気
ファンタジー
欠けた記憶と生前の思考を内在したとある一つの精神が、元居た場所とは別の世界へと零れ落ちた――――幽霊もどきな主人公が次々と身体を乗り換えながらその世界と人々に関わっていくお話。※こちらのダイジェスト版はコウに視点を寄せた内容に書き換えてます。

能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました

御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。 でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ! これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

兄貴のお嫁さんは異世界のセクシー・エルフ! 巨乳の兄嫁にひと目惚れ!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
ファンタジー
夏休み前、友朗は祖父の屋敷の留守を預かっていた。 その屋敷に兄貴と共に兄嫁が現れた。シェリーと言う名の巨乳の美少女エルフだった。 友朗はシェリーにひと目惚れしたが、もちろん兄嫁だ。好きだと告白する事は出来ない。 兄貴とシェリーが仲良くしているのを見ると友朗は嫉妬心が芽生えた。 そして兄貴が事故に遭い、両足を骨折し入院してしまった。 当分の間、友朗はセクシー・エルフのシェリーとふたりっきりで暮らすことになった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。