異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

第六章:狭間世界に集うイレギュラーズ

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 フレグンス城の敷地に設けられた竜籠発着場では、レイオス王子達の帰国準備に伴い、魔導船団の点検や整備、荷物の積み込みなどが進められている。
 水や食料の他、大学院の地下遺跡調査で見つかった発掘品である『影晶』も数点。
 それと、コウがここで魔導船団から離脱するので、異次元倉庫に預かっていた荷物もほぼ魔導船の船倉に積み替えたようだ。明日の朝には、魔導船団はフラキウル大陸に向かって発つ事になる。

 フレグンス城の庭園に設けられた、竜籠発着場脇に並ぶ魔導船を眺めながら歩いていた朔耶は、船尾からひょいと飛び降りて城に向かおうとしているコウに声を掛けた。

「コウ君、今からお城?」
「うん、今日はみんなとお別れ会するんだ」

 客間のある階のサロンで、ガウィーク隊だけのささやかなパーティーをするらしい。

「そっか。また別行動になるもんね」

 しばらく一緒に歩きながら、明日の予定などについて話す。

「あしたは沙耶華も呼ぶの?」
「そうね、先に京矢君を実家に送って、それから沙耶華ちゃんを連れて来て、その後ネリアちゃんを連れて行こうと思ってるんだけど」
「おっけー。じゃあキョウヤが向こう地球世界に戻ったらボクも渡って待ってるね」

 コウと城の入り口で別れた朔耶は、一旦地球世界に帰還した。


 自宅庭を経由して狭間世界のポルヴァーティア大陸に転移した朔耶は、囲郭都市群の中央に位置するポルヴァーティア人自治区の一角に飛ぶと、精霊術的ステルスモードで姿を隠す。

(確かこの辺りって聞いてたんだけど)

 今日はアルシア達『暁の風』を始めとした、ポルヴァーティア人自治区に存在する有力組織の会合が行われる。
 彼等は、現在ポルヴァーティアを公式に訪れているカルツィオの使節団と何とか接触を図って、非公式ながら交流を持つ事を目論んでいる。朔耶はその会合の様子を見守りに来たのだ。

アノ タテモノダ
『あそこかぁ、なんか普通のマンションの一室って感じだね』

 地球世界でよく見る、小奇麗な集合住宅風の建物の上空に来た朔耶は、会合が行われている部屋のベランダに降り立った。窓の外から中の様子を覗いつつ、精霊術で会合の声を拾う。
 リビングのような場所で各組織の代表が数人、テーブルを囲んで話し合っている。

(確か、会合の席にはアルシアちゃんの料理が振る舞われてるんだっけ)

 軽い食事会のような雰囲気で進められる会合の内容は、議論が紛糾するような事もなく、終始穏やかなやり取りが交わされていた。

「では、やはり我々側から真聖光徒機関に掛け合って、カルツィオの使節団との面会を求める方針でよろしいか?」
「大神官は渋るかもしれんが、我々の存在はカルツィオ側にとっても交渉の余地を広げるメリットがある。あちら側から面会を拒否される事は無いだろうし、大神官も無下には出来ないはずだ」

 今の大神官達は、旧執聖機関のような絶対的な権力を持っていないので、面会要求の揉み消しは不可能。多少不躾にはなるが、使節団が滞在している中央の神殿施設に直接押し掛ける方法で面会をもぎ取ろうという方向に話がまとまった。

『結構強引に行くんだね』

 朔耶は、中々アグレッシブなアプローチを選ぶのだなぁと、ポルヴァーティアの新興有力組織の方針に内心で呟く。

ワカイ ソシキハ ソウイウ モノダ

 神社の精霊曰く、走り始めたばかりの力ある組織は、大抵が何らかの闘争を軸にした拡大路線で成長していくものなのだそうな。
 成熟した社会システムで法によってガチガチに固められた世界でも、知力を駆使した静かで地味だがその分精神を擦り減らす戦いが、日夜繰り広げられている。

タタカイハ ヒトノ ホンシツデモ アル
『そこは否定出来ないけど、なるべくなら傷付く人が出ないのが望ましいよね』

 避けられない戦いというものもある。しかし、どんな戦いの中にも、その結果に怪我人や不幸になる人を出来る限り出さないようにする方法もあるはず。
 朔耶は、『何とかしたいと思って、何とか出来る力があるから、何とかする』という、これまでの自身の軸に添えてきた決意に従い、彼等の『強引に面会作戦』を少し手助けする事にした。

(後でアルシアちゃんに詳しい段取りとか聞きに行こっと)

 カルツィオの使節団が滞在している間に行動を起こす必要があるので、今日は流石に無いとしても、明日にでも決行されるかもしれない。
 自分が裏で動いて、あらかじめ使節団のアユウカスやヒヴォディル達に話を通しておけば、向こうも面会に応じるよう大神官に働き掛けてくれるだろう。

『……今更だけど、これって思い切り政治的な暗躍行為になるよね?』
ホントウニ イマサラデ アルナ


 その後、カルツィオの使節団が宿泊している施設に飛んだ朔耶は、フォンクランクの代表であるヒヴォディルの部屋を訪ねると、ポルヴァーティアの有力組織勢力の動きについて話しておいた。
 ステルスモードで会いに来た朔耶に面食らっていたヒヴォディルは、アポなし面会がある事や、継続的な非公式会談の開催を目指している事など、有力組織勢力の目的を聞いて得心していた。

「なるほどね、それは僕達にも朗報だ。正直、今のままだと、ガゼッタの一人勝ちを許してしまう状況だったからね」
「あはは……」

 最初はそのアユウカスに話を通すつもりだった朔耶は、曖昧に愛想笑いを返した。
 件のアユウカスは、大神官を誘惑する為のデート中らしく不在だったので、急遽予定を変更してヒヴォディルのもとを訪れたのだ。

『結果的に公平になったかな』
メグリ アワセノ ミョウヤモ シレヌ

 この分だと、大神官が居ない間に面会イベントが起きそうだなと推察する朔耶。
 アユウカスの働きでガゼッタが大神官の真聖光徒機関と親密な関係を築きそうな現状、フォンクランクもただ手をこまねいている訳にはいかないだろう。
 アルシア達ポルヴァーティアの有力組織勢力は、ヒヴォディルを通してフォンクランクを中心に交流を深めていく事になりそうだ。

『まあ、元々アルシアちゃんやカナンさんは悠介君とも共闘した仲だし、順当な流れかな』
ウム オサマルベキ トコロニ オサマルノダロウ

 一応、フォンクランクの代表に話を通しておいた事を報告しておこうと、朔耶はアルシアも居るであろう有力組織の会合場所へ戻るのだった。


「ん? サクヤか?」
「あら、わかっちゃった?」

 振り返ったアルシアの前に、朔耶が姿を現す。先程会合場所まで戻って来た朔耶は、玄関側から誰かが出入りするタイミングを見計らい、姿を消したまま室内に侵入。
 別室に設けられたキッチンで料理の仕込みをしているアルシアを見つけたので、そっと近付いてみたのだが、気配で察知されたので驚いた。
 神社の精霊も、特に危険も無いこの場所ではそこまで本気で隠伏していた訳ではなかったものの、よく気付いたものだと感心している。
 朔耶や悠介が絡むと少々ポンコツな一面が垣間見えたりするが、アルシアは一応、勇者の力を持つ一流の戦士である。僅かな気配を読み取るくらいは普通にこなせるのだ。
 ともあれ、朔耶は挨拶もそこそこに本題に入る。

「実はさっきカルツィオの使節団を訪ねて、フォンクランクの代表の人に会って来たのよ」
「ほう?」

 現状、ガゼッタの代表がポルヴァーティア最大勢力である大神官と親睦を深めている事もあり、フォンクランクとしてはアルシア達のような第二、第三の有力組織との繋がりを歓迎している。という内容を報告しておいた。
 今回は組織の裏方として動いているアルシアだが、朔耶から得た情報は次の料理を配膳する時にでも皆に伝えるそうだ。

「我々の為にわざわざすまないな、サクヤ。とても助かる」
「いいよ、いいよ。あ、それ悠介君のフライだね」

 組織の皆も喜ぶだろうと感謝するアルシアに、朔耶は大した手間でも無いからと、さらっと流しつつ、今アルシアが作っている魚の切り身のフライに注目した。

「ああ、油と小麦粉が手に入ったのでな」

 ちょっと摘み食いなどさせてもらいつつ、今日の活動の締めとするのだった。


 翌日。朝から京矢を迎えにフラキウル大陸はナッハトーム帝国の帝都エッリアに転移する予定の朔耶は、自宅の庭に出ながら兄の重雄に声を掛ける。

「それじゃあちょっと行って来るから、車回しておいてね」
「あいよ~」

 庭の転移陣(置き石のストーンサークル)から異世界へ。帝都エッリアの離宮に転移した朔耶は、準備を整えて待っていた京矢に声を掛けた。

「おはよー、京矢君」
「おはようございます」

 見送りに顔を出しているスィルアッカ皇女やメルエシード王女にも軽く挨拶をした朔耶は、早速京矢を連れて自宅庭に帰還した。
 今回は京矢を自宅まで送った後で沙耶華を迎えに遠藤家まで移動し、本日フレグンスを出発する予定のレイオス王子にお届けする。
 車で御国杜家に移動中、京矢からこんな提案がもたらされた。

「レクティマの事で、コウも狭間世界に連れて行くのはどうかな」
「コウ君を?」

 京矢の話によると、レクティマが完全に回復して元の状態に戻った場合、セキュリティが働いて色々制限が掛かるかもしれないという。

「っていうーか、ずっとスリープモードってのが、まさにその状態なんじゃないかなって」
「あー……」

 なるほどそれはあり得ると、京矢の推察に納得する朔耶。

「コウを連れて行けば所属の変更も出来るし、回収したレクティマも安全に運べると思う」
「そうね、その方がいいかも」

 この機会に、家の大型電化製品類も邪神バックアップに運びたい朔耶だったが、今回は自重しておく。
 京矢を御国杜家に送り、家の前で別れた朔耶は、次に沙耶華の待つ遠藤家に向かう。道中、兄と他愛ない話などして移動時間の暇を潰しつつ、情報の共有とさり気ない相談やアドバイスを貰う。

「しかしアレだな、狭間世界のゴタゴタが落ち着いたと思ったら異世界の魔王騒動でゴタゴタして、それも落ち着いたら今度はまた狭間世界でゴタゴタしてるとか、それ何て無限ループ?」
「無限ループというか、トラブルスパイラルというか」

 ある意味、あの凶星騒ぎから活動範囲と人脈が広がった分だけ、トラブルに巻き込まれる確率も高くなった気がすると肩を竦める朔耶。

「いや、お前の場合、九割自分から突撃してるだろ」
「う……そこまで自発的じゃないわよ」

 七割くらいだと小声で反論しては「ほとんど変わらん」とツッコまれる。

「まあ何にせよ、朔耶が今日も朔耶で安心した」
「なによそれ?」

 謎の呟きに小首を傾げるも、兄は「こっちの話だ」とだけ答えて運転に集中した。
 都築家の中では、朔耶の次に異世界に入り浸っている兄重雄は、朔耶の活動を最も近しい第三者の視点で見ている。
 異世界と狭間世界を飛び回り、日々活躍している朔耶の在り方は、もはや人の領域を超えている。朔耶自身は、いつも通りの活動をしているつもりなのであまり気に留めて無いが、多くの物や人が朔耶の力で世界の壁を越え、互いに干渉し合っている現状は、やはり異常な事なのだろう。
 そう理解する重雄は、いつか朔耶が『妹の姿をした別の何か』に変わってしまわないか心配していた。実際、オルドリア大陸では一部で神格化されているのだ。

「いつまでも君のままでいて~」
「意味わからんわ」

 突然歌い出す兄に、朔耶はとりあえず逆水平チョップツッコミを入れておいた。


「それじゃあ行って来まーす」
「気を付けなさいよー」

 遠藤家前にて、母親に送り出されて玄関から出て来た沙耶華を拾い、都築家にとんぼ返り。
 沙耶華を連れて自宅庭からフレグンス城に転移した朔耶は、レイオス王子達が宿泊している客間に向かう。

「直ぐ魔導船団で出発になると思うから、ちょっとバタバタしそうだけど、大丈夫?」
「はい。どうせ荷物もこれだけですし」

 問題無いですと、沙耶華は両手で提げた大きめのバッグを胸元に持ち上げて見せる。レイオス王子達は客間の階の隅にあるサロンで寛いでいた。
 いつも通り、沙耶華をレイオス王子に引き渡してミッションコンプリート。後はフレグンス王室特別査察官の立場で魔導船団の出発を見送り、それが終わればコウを連れて狭間世界に渡る。
 今日も今日とて、予定ぎっしりで大忙しな朔耶であった。

 フレグンス城の竜籠発着場から飛び立つ魔導船団を見送る朔耶。その隣にはコウが居る。魔導船の甲板で手を振るガウィーク隊メンバーや船員達。レイオス王子の傍には、沙耶華の姿もあった。

「みんなー、またねー」
「コウー! こっちに戻ったらまた顔出せよー!」
「コウちゃーん」

 魔導船団は、隊列を組みながらフレグンス城の周りを一周する。そうして上層階のテラスに立つカイゼル王やアルサレナ王妃、レティレスティア王女達にも挨拶をすると、西の空へと飛び去った。

「さて、お見送り完了~」
「じゃあボクはキョウヤのところに行ってるね」

 伸びをしながら呟く朔耶に、コウは一足先に地球世界へ渡る事を告げる。

「うん。迎えに行くから、京矢君の家で待っててね」
「りょーかい」

 拡散する魔力の光を残して少年型を解除したコウは、そのまま異次元倉庫から京矢との繋がりの線を辿って世界を渡って行った。
 城の庭園で魔導船団を見送った貴族達が引き揚げる中、朔耶はカイゼル王とアルサレナ王妃の居る上層階に飛んだ。特定貴族達の内心観察情報を報告したり、次にグランダール王国と連絡を取り合う時期を話し合ったりという、割と重要な任務をこなす。

「今日もお勤めご苦労様です、サクヤ」
「レティもお疲れ~。飛べるようになってからレティの公務も結構増えてるよね」
「私のはほとんどが表敬訪問ですから、サクヤに比べれば大した働きではありませんわ」
「またそうやって卑下する~」

 レティレスティア王女と親睦を深めたりもしつつ、細々とした用事を済ませて今日の仕事を終わらせた朔耶は、自身も地球世界へと帰還した。

「さあ、コウ君迎えに行くから、また御国杜さん家と往復よろしく」
「今度はショタっ子コウ君か。今日は特に忙しないな」
「ショタっ子言うなし」

 居間で休んでいた兄を急かして、車庫に入れたばかりの車を出させる。兄の送迎で再び御国杜家を訪ねる朔耶。

「おまたせー、じゃあ一旦あたしの家に行こっか」
「りょーかーい」

 京矢とその両親にも軽く挨拶をした朔耶は、コウを連れて都築家に戻る。そんな道中、コウから京矢の両親を帝都エッリアに連れて行く異世界旅行計画について相談された。

「そうね、沙耶華ちゃんのご両親も博士のところはちょっとアレだけど、グランダールに招こうかって話は出てるし、良いんじゃない?」

 また今度、当人達も交えてゆっくり計画を練ろうかという方向で話がまとまった。
 一時間ほどで都築家に帰宅した朔耶は、さっそく庭のプチストーンサークルから世界を渡る。

「じゃあ狭間世界に跳ぶわね」
「わくわく」

 朔耶はコウと手を繋ぐと、神社の精霊に転移を要請した。目標は、現在レクティマを預けている悠介邸。精霊の力が働き、自宅庭から狭間世界のカルツィオ大陸にあるフォンクランク国の首都、サンクアディエットの貴族街に立つ悠介邸の敷地内に転移した。
 山なりになったサンクアディエットの街の中でも、結構高い場所にある悠介邸。周囲にポツポツと見える建物は何れも大きく、この辺りが高級住宅街のような場所だと分かる。

「さ、行きましょう」
「はーい」

 朔耶が屋敷の入り口に向かうと、コウも後ろを付いて来る。
 いきなり敷地内に現れた朔耶達に、門を護っている衛兵達が動揺していたが、玄関から出て来た執事長が彼等に『問題無い』と指示を出した。

「こんにちは、ザッフィスさん」
「お待ちしておりました」

 朔耶は既に何度かここを訪れているので、執事長のザッフィスとも顔見知りだ。彼に屋敷の中へと案内された。
 割と落ち着いた雰囲気の屋敷内。入って直ぐの玄関ホールで悠介に出迎えられた。今日はいつもの黒い隊服姿ではなく、部屋着らしいラフな格好をしている。

「やほー、おはよう悠介君」
「やほー、ユースケおにーさん、おじゃましまーす」
「いらっしゃい――てか、コウ君も一緒か」
「うん、ネリアちゃん運ぶのにも都合がいいし、ちょっと気になる事もあるんで」

 連れて来ちゃったという朔耶に、悠介はOKOKと二人を歓迎してくれた。今日は休暇を貰えたので、朝からレクティマ関連のイベントに付き合えるそうな。

「さっそくティマちゃんにネリアちゃんを会わせたいんだけど」

 朔耶がそう言ってコウに視線を向けると、コウの傍にエイネリアが現れた。コウが持つ特殊能力、『異次元倉庫』から取り出されたのだ。
 以前、悠介には魔王討伐を手伝って貰った事がある。その時にコウの能力を見た事がある悠介はあまり驚いた様子はなかったが、悠介邸の同居人や屋敷の使用人達は皆目を丸くしていた。

「皆さん、お久しぶりです」

 エイネリアはそう言って丁寧に挨拶をすると、屋敷の奥に視線を向けた。神社の精霊によると、その方向に待機中のレクティマが居るらしい。

『ガイドアクターの識別ビーコンでも出てるのかな?』

 王都フレグンスの地下に見つかった遺跡より識別信号が出ていたという最近の出来事から、ふとそんな事を思う朔耶に、神社の精霊は恐らく同じようなモノだろうと同意した。
 さっそく案内してもらい、皆でその部屋に移動する。広間に居た悠介邸の同居人で、悠介の恋人であるスンと、愛人らしいラサナーシャも同行している。
 朔耶はしばらくぶりに会ったスンに小さく声を掛けた。

「久しぶり、スンちゃん。最近どう? 悠介君、優しい?」
「お、お久しぶりです。ユウスケさんは、元気で優しいですよ?」

 少しオドオドしながら答えるスン。

「そっかぁ、元気で優しいのかぁ」

 と、意味深な言葉の拾い方をすると、赤面であわあわし始めた。そんな反応や仕草が大変可愛らしくて良いと和む朔耶。

『昔はレティもこんな感じだったのに、最近はすっかり大人びちゃった感があるのよねぇ』

 初々しい反応を見せるスンだが、実は彼女、悠介とは既に一線を越えた関係にある。というか、愛人ラサナーシャや、今日は地下で薬の研究をしているらしい奴隷のラーザッシア等と共に悠介を共有している傾向にあり、いわゆる本妻ポジションのヒロインであった。

『異世界もそうだったけど、狭間世界の人達も早婚な感じするわね』

 やっぱり環境のせいかしら等と朔耶が考えていると――

サクヤモ ソロソロハンリョヲ カンガエネバ イキオク……
『ぅおらっしゃあ!!』

 その先は言わせない。


 神社の精霊と思考バトルでじゃれ合いながら目的の部屋に入る。途端、神社の精霊から軽く警告が入った。

シノビノ モノガ ヒソンデ オルゾ
『忍び?』

 なぜに忍者? と内心で小首を傾げつつ警戒する朔耶に、神社の精霊からその者の位置と正体、目的などが明かされた。
 天井裏に潜み、天井の隅の角の部分から目立たないように、『神技』というこの世界の魔術のような技で作った覗き管を逆さ潜望鏡のように突き出して、そこから部屋の様子を観察している。
 『邪神・悠介』が『異界の魔術士』と屋敷で何をしているのか、王直属の諜報活動。風を操って空気の振動から声も拾っているようだという。

『レイフョルドって人か……』

 以前、ポルヴァーティアの斥候部隊と悠介達カルツィオの勢力による武力衝突に朔耶が介入した時、催眠効果のある技を仕掛けて来て藪蛇になった人だ。

ワレラノ コトハ ウトンデ オルヨウダ

 それほど強く敵愾心を持っている訳ではないが、国家を裏から支える優秀な密偵としては、国でコントロール出来ない上に対抗も出来ないほど強力な存在は、歓迎し兼ねるという立場らしい。
 気持ちは分からなくもないと理解を示す朔耶。

『まあ見られて困るでも無し、放置で』
ウム

 部屋の中央付近には、充填用の椅子に座って目を閉じているレクティマの姿があった。彼女の前に立ったエイネリアが、ガイドアクター同士の通信による呼び掛けを始める。
 少し遠巻きにしながら見守る事しばらく。レクティマの目が開いた。

「あ、おきた」

 コウがそう言って二人の傍に歩み寄ると、じっとレクティマを見詰める。どうやらレクティマの人工精霊から情報の読み取りを行っているらしい。


 椅子に腰掛けたまま動かないレクティマと、それを静かに観察しているコウ。
 謎の膠着状態に悠介が小首を傾げていたので、朔耶はコウの能力について解説がてら、今の状況について説明した。

「コウ君って、ガイドアクターの思考も読めるみたいなのよ。で、ティマちゃんの状態を確かめてるみたい」
「そう言えば相手の思考を読めるって聞いてたけど、機械の思考を読むって……数式とか計算とかしてるんすかね?」
「ううん、ガイドアクターのAIみたいな部分って人工精霊が使われてるらしくてね、その精霊の部分から、今どんな判断してるかとかを読み取ってるそうよ」

 コウが確認しているのは、レクティマの所属や、最優先で実行されている命令内容。そこから、所属の変更など再設定が必要か否か。見極めをしているそうな。

「一応ほら、遺跡施設から勝手に持ち出されてる事になるから」
「ああ、なるほど。防犯対策の行動とか設定されてるかもしれないって事か」

 悠介が納得して頷いた。同じ地球世界の文明圏出身だったお陰か、理解が早い。一方で、スンやラサナーシャ達は朔耶と悠介の会話の意味が分からず、キョトンとしていた。
 コウの読み取り観察とエイネリアの解析の結果、やはりレクティマのスリープモードは記憶の整理などではなく、盗難対策として設定されていた既定の行動である事が分かった。
 記憶が正常に戻った時、座標の照会が行われたが現在地の特定が出来ず、セキュリティプログラムが『当機は所属していた施設から持ち出されている』と判定した。それにより、レクティマにはあらゆる機能にロックが掛けられる活動制限が入った。
 今は存在しない『総合管理室』に救難信号を送りながら、可能な限り機体の状態を保ちつつ待機するという、予め定められていた行動をしていたのだ。

「そうだったのか」
「今、エイネリアが一時的に解除してくれてるよ」

 コウが悠介に、同僚機のエイネリアがガイドアクターの専用回線からアクセスしてレクティマのロック状態を解き、その間に所属の変更を行うと説明した。
 そして朔耶には、コウから見覚えのある腕輪に顔というか、お面が渡される。

「うおっ、なんすかそれ」
「リードゥ主任っていう、古代のおじさんの顔」

 やたらリアルな造形のお面に引いている悠介に、朔耶はそう説明する。エイネリアやレクティマ達が勤めていた古代当時の職場で、ガイドアクターに色々な命令を出せる権限を持っていた人物。
 おじさんのお面を被り、認証コード書き換え済み託児カードの腕輪を付けた朔耶がレクティマの前に立つ。
 はたから見ているとシュールな光景だが、リードゥ主任の顔と、その人物を表す認証コードを持つ朔耶を、レクティマは全権責任者リードゥ主任と認識した。

「所属部署の責任者を確認。当機の一部機能制限を解除しました。おはようございます、リードゥ主任」

 椅子から立ち上がってペコリと挨拶するレクティマに、朔耶は少し胸がキュッとなったが、リードゥ主任役として堂々と切り出す。

「レクティマ君、突然だが君の所属を変更する事になった」
「まあ、そうなのですか?」

 おじさんっぽく低い声で演技しつつ、レクティマの所属をコウへと移す。

「君に関する全権は、ここに居るコウ君に譲渡される」

 レクティマの記憶中枢になる人工精霊にコウが所有者として登録され、所属の変更が完了した。

「うん、上手く行ったみたいね。悠介君もここまで協力ありがとね」
「いえいえ、こっちも色々手伝って貰ってますから。っていうか、今それ外しちゃって大丈夫なんすか?」

 レクティマの目の前でお面と腕輪を外した朔耶が謝意を伝えると、悠介は応えつつもツッコむ。朔耶は、ガイドアクターが認知する整合性は意外とアバウトである事を教えた。

「何せ古代文明の人って、性別は勿論、見た目の年齢まで変えたり出来るそうよ」
「へぇー」

 金持ち限定だが、実年齢六十過ぎで見た目は十歳の子供爺さんなどが普通に居たと聞いている。あくまで見た目だけであり、寿命は普通のままらしいが。
 見た目も、実際の身体の若さも、永遠の十二歳を地で行っている人がここカルツィオにもいるが、ああいう特殊な例ではなく、コストは掛かれど普通の人間がそこまで若返ったり出来る古代文明。
 であるなら、本人を特定する認証方法は基本的に登録されたデータ上にしか存在せず、いきなり目の前の実物が別物になっても問題無いのかもしれない。

「いやまあ問題はあるんだろうけど、その辺りの細かい照会とかは他でやってたんじゃない?」
「だろうね。聞いた限りじゃ世界中に監視網が張りめぐらされてるような文明だったみたいだし、役割分担的にも、ガイドアクターの認証機能はそこまで高性能にする必要がなかったのかも」

 朔耶と悠介が古代文明の社会システムと、ガイドアクターのアバウトな認証について考察している傍らで、相変わらず話に付いていけない悠介邸の住人達は、揃って「ほえ~」となっていた。
 その時、神社の精霊から『忍びの者レイフョルド』の動きについて報告がもたらされた。彼がこちらを監視している間、神社の精霊も彼の行動を観察していたのだ。
 どうやらコウに思考を読まれて見つかったらしく、かなり動揺しているという。なんでも、観察していたコウに不意打ちで明確に視線を合わせられたらしい。
 朔耶はちらりとコウを見て、次いで天井の隅を一瞥すると、コウに伸ばした意識の糸で交感を繋いで伝えた。

――大丈夫よ、あの人そんなに害は無いから――
『そうなんだ?』

 それからすぐ、レイフョルドは悠介邸から立ち去った。彼はまだコウに関する十分な情報を得ていないので、いずれまた探りに来るだろう。
 一方、コウは狭間世界の裏表を知る有益な情報源として、再会を期待しているようだ。


 レイフョルドは、その軽い口調や掴みどころのないふわっとした印象で、一見すると楽観主義的な遊び人のようにも感じるが、その実かなりの現実主義的な思想の持ち主だ。
 国家権力が持て余すような、埒外の力を持つ存在は、極力排除したいと考えている。

『コウ君も大概、対峙する人から見ると厄介よね……』

 諜報の専門家であるレイフョルドが、コウの能力の一端を知るところとなれば、きっと頭を抱える事になるだろうなぁと想像する朔耶であった。

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乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく…… (第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)

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