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三界巡行編
第七章:世界の憂鬱
しおりを挟むレクティマの回収と、所属をコウに移す手続きも無事に達成した朔耶は、そろそろお暇しようかとコウに促す。
「じゃあ帰ろっか、コウ君」
「もうちょっとこっちに居ていい?」
この狭間世界にも興味を持ったというコウは、以前魔王討伐の時に助けてもらったので、悠介達の手伝いをしたいという。
どうやら悠介がポルヴァーティアやガゼッタ絡みで命を狙われるなど、身の危険に晒されている現状を読み取って知ったらしい。
ふむと一考した朔耶は、悠介にとっても悪い話ではないように思えた。
「って事だけど、悠介君どう? コウ君なら敵味方の判別も瞬時にやってくれるわよ?」
「それは、正直助かりますけど……結構危険もはらみますよ?」
申し出は有り難いとしながらも、悠介は朔耶のような絶対防御の障壁を作り出せたりはしないので、十分な安全が確保出来ない。
敵味方の判別が必要な場面で、もし事が起きた場合、狙われると護り切れない可能性があると、悠介はコウの身を案ずる。
「ボクは平気だよ?」
対してコウは、自身に護りは不要である事を説明した。
プロの冒険者でもあるコウは、自分の身は自分で護れる。今現在憑依しているこの少年型や、複合体は仮の姿であり、実体は不死の精神体。なので、少々デンジャラスな環境でも問題無いという。
元々危険な魔物が彷徨うダンジョンの中で目覚めて、しばらくはその環境下で暮らしていたのだ。地球出身者であるこの三人の中では、最も多く人の生死に係わっている。
「なるほど。それならよろしく頼もうかな」
「おっけ~」
そんな訳で、コウはしばらく狭間世界に滞在する事になった。近々行われる四大国会談の使節団報告会にも、悠介達一行のゲストとして参加出来るよう手を回すらしい。ちなみに、朔耶は勝手に参加する予定であるが、フォンクランク側からは暗黙の了解を貰っている。
「使節団が戻ったら直ぐに聖堂に集まる事になってるんで、それまでうちに宿泊って事で」
悠介はとりあえず、使節団が帰国してカルツィオ聖堂に出発するまで、コウを悠介邸で預かる事にしたようだ。
屋敷の使用人達にも伝えておこうかと話していた時、コウが唐突に言った。
「あ、そのヒトさっき来てたよ?」
「え?」
「うん?」
急に何の事かと戸惑う悠介。朔耶も小首を傾げたが、神社の精霊から先程の『忍びの者』の事を言っているのだと教えられて察した。
恐らく、悠介がレイフョルドの事を思い浮かべて、それにコウが反応したのだろう。朔耶は苦笑しながら悠介に教えてやる。
「ああ、コウ君の読心って常時発動してるから、何か思っただけで筒抜けちゃうわよ?」
それと、朔耶もレイフョルドが天井裏に隠れていたのは察知していたと伝える。
「えぇ、あいつ居たんすか……つか、常時発動って」
「あたしは精霊スクランブルで対処してるけどね。コウ君の読心はえげつないレベルで読み取るから」
プライベート情報含め、コウを相手に隠し事はまず不可能であろう。
「ど、どこまで分かるんです?」
少し頬を引きつらせながら訊ねる悠介に、朔耶は一言。「全部」と答えた。
「ぜんぶ?」
「全部。0から120まで余すことなくオール筒抜け」
コウの読心範囲と深度は、当人さえ気付いて無いような深層心理まで読み取ってしまうのだ。
「えー……それが本当なら筒抜けどころじゃないっすね」
悠介は「確かにえげつないレベルだ」と、恐々としていた。
それでコウと距離を置こうとしない辺りに、悠介の持つ大物感というか、カルツィオで『英雄』をやっている者の器の大きさを感じた気がした。
「さて、それじゃあ今日はこれで帰るね」
朔耶はまた後日と、手を振って悠介邸から地球世界の自宅庭に帰還した。
「京矢君に電話してコウ君の事を伝えておかなくちゃ」
夕方前の庭先で一つ伸びをした朔耶は、そろそろ空いて来たお腹を気にしつつ家の玄関に回るのだった。
「たっだいまー」
狭間世界でコウが悠介達と交流を深めている間、朔耶は普段通り異世界はオルドリア大陸の王都フレグンスに転移する。
大学院に顔を出したり、工房の様子を見に行ったり、城を訪れて公務を貰ったりと、今日も忙しく飛び回っていた。
大学院では引き続き遺跡調査が進められており、地下への通路に少し工事が入るようだ。最深部の大穴がどこに繋がっているか等の調査もあり、ティルファからも研究員が派遣されて来るらしい。
「私達の立ち入りは、まだ許可されてませんけどね」
「まあ、まだ危険があるかもしれないからね~」
最初に朔耶、コウと共に地下遺跡の公園まで下りた経験のあるエルディネイア達は、あの先がどうなっているのか早く見たいのにと軽く愚痴っていた。
そのフラストレーションは模擬戦で発散するようだ。
「サクヤはしばらく模擬戦には参加しませんの?」
「ちょっと公務とか他の用事が忙しくてね」
付き合えなくてごめんねと、一言詫びる朔耶に、エルディネイアは「別に謝る事じゃありませんわ」と理解を示す。
「そんなに忙しくても、こうして僕達に顔を見せに来るサクヤのマメな誠実さは素晴らしいね」
ドーソンのそんなフォローに、エルディネイアのチームメンバー達は揃って頷いた。
サクヤ式工房では、フラキウル大陸はグランダール王国の天才魔導技師アンダギー博士の協力も得て開発が進められている通信具『魔術式投影装置』の調整が行われている。
この作業には、地球文明の電化製品の扱いに長けている藍香が参加していた。
サクヤ邸で特別なメイドをやっている元地球世界のクラスメイトで親友だった藍香は、こちらの世界での生活にもすっかり馴染んでおり、最近は工房の管理も任せられるようになった。
兄重雄のような特殊能力には目覚めていないが、その内何か発現するかもしれない。
「藍もその内、城に呼ばれたりするようになるかもしれないわね」
「お城かぁ~、朔ちゃんとドレス着て踊ったりとか?」
「あたしゃドレスもダンスもビアンもお断りだわ」
相変わらず隙あらばくっ付いて来ようとする藍香をひらりと躱した朔耶は、何か道具のアイデアがあれば好きに作って良いからと、少しづつ藍香に工房の仕事を割り振るようにしていた。
フレグンス城にやって来た朔耶は、宮廷魔術士長の執務室を訪れると、レイスと今後の諸外国との催し物など行事の予定について話し合う。ほぼスケジュールの確認をする程度の話し合いだが、朔耶が進行に介入するか否かで開催時期が十日以上ズレたりするので、どの催し物を優先するか等を決めるのに結構重要な役割を担っている。
「帝国の学園は開校までまだ時間掛かりそうだし、先に機械車競技場の方をやっちゃう?」
「そうですね。ティルファとの調整はほぼ済んでいます。まだ先になりますが、今後はグランダール王国からの参加も見込めますね」
新たに国交を結ぶ事になった、西方フラキウル大陸のグランダール王国との親善の催しとしても使える。今のうちに機械車競技大会のノウハウを高めておけば、フレグンスにとって良い外交の材料になるだろう。
「向こうの魔導技術は凄いからね~、レギュレーションとかしっかり考えておかないと、勝負にならないかも」
「その辺りの技術的な知識も、サクヤの世界の歴史資料を期待していますよ」
「……レイスって、そういうところは本当に抜け目ないよねー」
「ふふ、誉め言葉として受け取っておきます」
朔耶を利用する事にかけては一日の長があるとも言えるレイスは、いつもの微笑を浮かべた。それに肩を竦めて見せた朔耶は、ふと思い出したように言う。
「そうそう、ちょっと狭間世界の方で色々起きそうだから、しばらく向こうに集中しようと思うんだけど、急ぎの用事とかある?」
「特に緊急を要する事案はありませんが……狭間世界というと、例の双星か何かですか?」
レイスは、当時のような混乱が起きる可能性があるなら備えが必要だと構えるが、朔耶がそこは否定した。
「あんな大事はそうそう無いでしょ。まあアレが絡んでる話ではあるんだけどね」
朔耶が狭間世界の国々で起きている問題について軽く説明すると、レイスはなるほどと納得して頷いた。
「本当に、どこの世界でも、人間は同じ歴史を繰り返すのですね」
「しんみり言われると、確かにそうかも」
世界や文明の姿形は違えど、同じような事ばかりやっているなぁと思える二人であった。
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