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三界巡行編
第二十章:深緑に潜む災厄
しおりを挟む――気が付くと、風の街道を眺めていた。
(あれ? 今日はぐっすり眠れると思ったんだけど)
深夜、地球世界の自宅の部屋で眠っていた朔耶は、夢内異世界旅行の状態に入っていた。
特に思い残すような事は無かったと思うが、色々な情報を一気に入手したせいかもしれない。気に掛かる事は多々ある。
(せっかくだからオルドリアの方を見ておこうかな)
一応、向こうの人々にはしばらく狭間世界での活動が忙しくなると伝えてあるが、フレグンスを中心に、自身の異世界でのホームグラウンドはオルドリア大陸なのだ。
そんな訳で、いつもの巡回コースを一通り見て回ったのだが――
(異常なし)
流石に深夜帯な時間だけに、ほとんどの面子が就寝中で、オルドリア大陸は平和そのものだった。ならばと、西方フラキウル大陸の知り合いの様子も見に行ったが、こちらも大体同じ。
アンダギー博士が夜通し研究している以外は、特に問題も起きていなかった。レイオス王子達の魔導船団も順調に航行を続けているようだ。
(ふーむ、ちょっと夜遅過ぎたかな。あ、でもこの前のあれやこれは深夜だったよね)
やはり今は狭間世界がホットスポットかと、『新生カルパディア大陸』となった超巨大浮遊大陸の南半分、カルツィオ大陸側の様子を見に行く。
(ここはやっぱりコウ君かな)
睡眠を必要としないコウ少年は、深夜でも何かしら活動している場合が多い。現在はガゼッタの問題解決に協力しているので、今夜もパトルティアノーストで動いている可能性が高かった。
早速コウ少年を思い浮かべると、景色が切り替わり石壁に囲まれた暗い空間に視点が移動した。天井は高く、壁から壁までの距離もある結構広い空間。地面は砂敷きになっている。
その砂を蹴散らすように撥ね飛ばしながら、激しく戦っている幾つかの影。
(あれって……)
見覚えのある大柄な白い甲冑巨人。コウのもう一つの姿である『複合体』が、同じくらいの背丈を持つ武骨な甲冑巨人――ポルヴァーティアの魔導兵器、『機動甲冑』と戦っていた。
場所を確認する為に上空へ視点を移して見渡す。どうやら先程の空間は、パトルティアノーストを囲む防壁の内側にある、軍の訓練場施設のようだ。
城塞都市の彼方此方で戦闘が起きている様子が覗える。状況の把握にそのまま観察していると、空中庭園に見覚えのあるエフェクトが上がった。
(悠介君も来てるっぽい?)
朔耶は一瞬、自分も応援に行くべきかと考えたが、直感が否を告げた。
(そうだ、この前みたいに他の場所でも何か起きてるかも)
この状態の自分に出来る事、自分にしか出来ない事がある。思い付いた朔耶は、さっそく行動を開始した。
初めにリシャレウス女王を思い浮かべて彼女の傍に移動すると、そのまま山頂の都コフタの様子を見て回る。特に異常は感じられない。
次に先日、密偵レイフョルドの救出作業を手伝った時の、使用人とお嬢様を思い浮かべて要塞都市パウラの中心街へと移動。街の様子と長城部分も回ったが、こちらも問題なし。
(ブルガーデンに異常はなし、と)
ヴォレット姫を思い浮かべて、フォンクランクの首都サンクアディエットのヴォルアンス宮殿に移動。街全体をぐるりと見渡すも、静かなものだった。
(フォンクランクも異常なし。トレントリエッタは――ああ、あの人達にしよう)
四大国会談の時にカルツィオ聖堂に来ていたトレントリエッタの代表で、朔耶に国家戦略の方針について訊ねてきた緑髪のグラマラスな女傑ベネフョスト。彼女が仕える主人でもある、男勝りな令嬢ヴォーレイエを思い出す。
彼女達をイメージすると視点が切り替わり、何処かの屋敷の中っぽい場所に出た。まずは視点を空に上げて現在地の確認をする。
(森と岩山に囲まれた明るい街か……直ぐ近くに海、反対側には広い森、ずっと遠くに平原ね)
遠くに見える平原はフォンクランク領だろう。広大な森林はトレントリエッタの樹海。従って、真下に広がる明るい街並みは、トレントリエッタの首都リーンヴァールだと思われる。
視点を先程の屋敷の中に戻すと、大きなテーブルを挟んで向かい合っている男女の姿があった。いずれも見覚えがある。
前髪の一部が緑のメッシュになっている赤髪のヴォーレイエ嬢と、豊かな緑髪に豊満なボディが目立つベネフョスト。
彼女等の付き人として四大国会議の時にも顔を出していた、参謀っぽい青髪の男性ウェルシャ。ぽやっとした雰囲気の緑髪の女性リフョナ。それに白髪の奴隷少年オド。
部屋に使用人の姿は無く、彼等は深刻な表情で何やら話し合っている。すすすと近付いた朔耶は内容に耳を傾けてみた。
「やはり、目撃情報にあった獣の群れは、調整魔獣とみて間違いないかと」
「厄介だね……今まで何処に隠れてたんだか」
ウェルシャから魔獣の目撃談に関する報告を受け、ヴォーレイエが眉を顰める。かつて、隠れ里で静かにノンビリ暮らしていた彼等エルフョドラス一族を決起させる切っ掛けになった調整魔獣兵。
一時はカルツィオ全土を巻き込む大騒動を引き起こした元凶だ。
「ただ、兜をかぶってたってのが変だよね~」
「誰かに使役されているのかもしれない。何か起きる前に対処したいな」
目撃情報によると、その調整魔獣は頭部に兜のようなものを装着していたという。いくら普通の獣より知能が高いとはいえ、四足歩行の魔獣が頭部を護る防具を自然に身に付けるとは考え難い。
ベネフョストの見解は、かつての『風の刃』のような武装集団か、もしくは調整魔獣を作り出した旧ノスセンテス研究所のような組織が関わっている可能性を挙げる。
野生化した調整魔獣を集めて、再利用しようとしているのではないか、と。
「とにかく、速やかに報告書を纏めて上に提出し、調査隊の編制と派遣要請を出すべきだな」
そんな結論に至っていた。
(調整魔獣か……そう言えば、悠介君の暗殺未遂事件の話にちらっと聞いたわね)
悠介達は、現在ガゼッタの応援に出向いている。向こうにはコウ少年も居るので大丈夫だろう。そう判断した朔耶は、悠介達の手が回らないこちらの問題に手を貸す事を決めた。
「という訳で強制覚醒で目覚めたんだけど――流石にちょっと眠いわ……」
アマリ ムリヲ スルナ
ふわわと欠伸をしつつも手早く着替える朔耶に、神社の精霊から寝不足を諫める御小言が出る。しかし朔耶としては、騒動が起きた事を明確に知った以上、そのまま寝過ごす訳にはいかない。
深夜の自宅庭に出た朔耶は、屋敷の一室で話し合っていたヴォーレイエ達を転移目標に狭間世界へと転移した。
「こんばんは~」
「っ!?」
突如背後に現れた気配と声に、反応したベネフョストがガタッと椅子から腰を浮かせて剣に手を掛けるも、声の主の正体に気付いてほっと息を吐く。
「これは、サクヤ殿」
「びっくりした。突然どうしたんだい?」
いきなりやって来た朔耶に驚いたヴォーレイエ嬢は、肩を竦めて訊ねる。
「脅かしてごめんねー、実は今ガゼッタで――」
朔耶は先程まで自分の世界から特殊な方法でこちらの世界を見て回っていた事と、現在進行形でガゼッタに騒動が起きている事を伝えた。
「それで、応援に行く前に他にも問題が起きて無いか調べてたら、偶々ここにいる皆の会話を聞いたの。調整魔獣の調査に協力するから、詳しい目撃場所とか教えて?」
「しかし、大丈夫なのか? 調整魔獣は神技を阻害する力を使うが」
ベネフョスト達は、朔耶の申し出を有り難いとしながらも、調整魔獣の能力について危惧する。神技阻害能力に関しては、まだ明確な対策が確立されていない。
朔耶がいくら強い特殊能力を有していたとしても、それを封じられてしまうと非常に危険だ。
「悠介君には通じなかったんだよね?」
「確か、そう聞いている」
「なら大丈夫だと思う。危なそうなら直ぐ逃げるし」
そも、カルツィオ人達が使う体内の器官から発せられる『神技』の力と、朔耶が使う『精霊』の力は、割と別物なのだ。個人が吐き出す息と、大気が巻き起こす自然の風くらい違う。
そうして彼女達から聞き出した情報によれば、兜をかぶった奇妙な調整魔獣が目撃されたのは、トレントリエッタの南西に広がる樹海の奥。
その付近には以前、闇神隊に封鎖された魔獣研究施設があったらしい。
「封鎖が解けたとか?」
「いや、当時施設の中に居た魔獣は全て処理した上で、完全に封鎖したと聞いている」
構造物の詳細を把握する能力としては、並ぶ者のない闇神隊長が、ガゼッタ勢や傭兵達と共に念入りに調べて封鎖した魔獣研究施設。
万が一見落としがあったとして、水も食糧も無い封鎖された施設内で生き延びるのは不可能だし、備品も持ち出されているので、あそこで何らかの研究を続けるのは無理だという。
「ふーむ、その施設自体は直接関係ないのかも」
件の施設は使えなくとも、その場所が秘密の研究を行うなど、調整魔獣に関する何らかの活動を行うのに丁度良かったというパターンも考えられる。
封鎖された施設の詳しい場所を聞いた朔耶は、さっそく付近の調査に向かうのだった。
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