異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

第二十一章:災厄の躾け方

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 ヴォーレイエ達から得た情報を基に、奇妙な調整魔獣が目撃されたという魔獣研究施設跡を目指してトレントリエッタの樹海の上を行く。

 まずは首都リーンヴァールから南西方向の街道沿いに栄える双子都市デリア・ルディアまで岩山を見下ろしながら飛び、そこから少し海を越えて海岸線の宿場街まで移動。
 宿場街からはデリア・ルディアに繋がる街道の他、西のガゼッタ方面に樹海を迂回しながら進む上街道と下街道という二つの街道が伸びている。

 魔獣研究施設は、この二つの街道の丁度真ん中の辺りを進んだ先にあるようだ。ヴォーレイエ達が住んでいたという隠れ里の集落跡も、割りと近くにあるらしい。

『この辺りかな? 一度下りて索敵してみましょうかね』
ウム キケンナ ドウブツハ イナイヨウダ

 鬱蒼と木々の茂る深い樹海に下りた朔耶は、そこで意識の糸を一本に絞ってぐるりと回す。
 普段使っている意識の糸を放射状に放っての索敵よりも、より広範囲を探れる意識の糸レーダー。ちなみに、本来はこちらのやり方が通常の精霊術による探索方法である。

「この先みたいね」

 意識の糸レーダーで周辺の地形を確認すると、少し先に不自然に開けた空間があるのを見つけた。とりあえず空に上がってその地点まで飛んで行く。
 そこには、歪に捻じれた木々に覆われる大岩と、僅かに踏みならされた跡が残る空間があった。付近は大量の落ち葉で埋もれている上に真っ暗で視界も効かないが、朔耶は放射状に広げた何時もの索敵で周囲の情報を得ているので、この場所の正確な状態を確認出来たのだ。

 光源を浮かべて目視確認すると、鬱蒼とした樹海の光景が広がっているだけに見える。が、索敵によると、この大岩の向こう側に通路のような空間がある。

『この岩って、出入り口だったみたいね』
ユースケ ドノガ フサイダ アトノ ヨウダ

 魔獣研究施設には複数の出入り口があり、悠介達は当時別の出入り口から施設内部を掌握して、調査後は全ての出入り口や通気口も塞いで封鎖したらしい。

『魔獣の目撃場所と封鎖施設が近い事は、直接関係は無いのかもって思ったけど……何処か一ヵ所に穴でも開けたら、中の広い空間とかそのまま使えるのよね』
サグッテ ミルカ?

 かなり巨大な施設で、長い通路だけの場所も含めれば、フォンクランクの首都並みの広さがあるという。
 全域を探るには、施設の中央辺りから一本に絞った意識の糸レーダーを回して、何とか届くかもしれないという大きさ。

(それだけ大きいと、通路だけでも仕切って部屋に出来そう)

 栄耀同盟の技術力を考えるに、しっかりした建造物さえ残っていれば、ちょっとした研究所施設くらいなら簡単に造ってしまえそうだ。
 封じられた出入り口の大岩から意識の糸レーダーで通路の先の様子を探ると、階段がなだらかな角度で地下へと続いている。魔獣研究施設は地下の洞穴を利用したものだと聞いていた。

 朔耶は、地面の下の空間を探る作業ならフレグンスの王都で地下遺跡を調べた時の経験がある。森の中は歩き難いので、意識の糸レーダーを下方向に広げながら低空飛行で周辺の調査を始めた。

 しばらく付近を飛び回る内、森の様子に違和感を覚える。
『うん? なんかこの辺りから急に動物の気配が多くない?』

 意識の糸レーダーは地下を探る為に真下に向けたものの他、浅い角度で伸ばして広範囲も同時に調べていたのだが、最初の大岩の付近ではほとんど感じられなかった動物の気配が明確に増えた。
 ある一定範囲の動物が極端に少ない。神社の精霊の見解によれば、何かに怯えて近付かないようにしているのだろうとの事。

『それって、例の魔獣のせい?』
オソラクハ

 ならばその範囲を調べて、中心付近を探ろうと調査の方針を固めた朔耶は、森の動物が近付いて来なくなる一帯の絞り出しに掛かった。


 やがて、それらしい空間に辿り着く。この鬱蒼とした森の中に、大きな金属の塊があった。

『これって……』
ナカニ ヒトガ オルゾ

 魔獣研究施設に近い場所だが、施設に続く長大な通路の出入り口からは少々離れた位置にある、小さな通路への出入り口らしき洞穴と、その傍にポツンと置かれている場違いなコンテナ。
 地球世界の貨物コンテナに似ている。所々塗装の剥がれ落ちた壁面には、こちらの世界の文字で『神聖水軍』と記されている。
 端の方には小さな窓の付いたスライド式っぽい扉も付いていた。

『コンテナハウスみたいね』
モノオキ コヤカ

 怪しい事この上ない。とりあえず、コンテナハウスの前に下りた朔耶は、扉をノックしてみる。

「戻ったか、随分早かったな」

 中からそんな声が聞こえて、カチャンという扉の鍵を解除したような音が響いた。どうやら仲間の帰還と間違えているようだ。そのまま「お邪魔します」と踏み入った。
 コンテナハウスの中は思ったより広く、壁際に研究机らしき長いカウンターテーブルが置いてある。その上にはビーカーや試験管のようなガラス容器が沢山並んでいた。
 テーブルに向かって何やら作業をしている白衣の男性が、こちらに背を向けたまま話し出す。

「やはり維持費として餌代が問題に――うおおおお誰だお前はー!」
「朔耶でーす。よろしくね」

 話しながら振り返った男性が、朔耶の姿に驚いて叫びを上げる。呑気に自己紹介を返す朔耶だったが、男性はその黒髪を見て正体に気付いた。
「はっ! お、お前は! 混沌の使者――黒き翼を持つ者『障壁の使者』ではないか!?」
「そういやそんな呼び方してたわね」
「何故こんなところにっ、いやそれよりも敵襲ー! 敵襲ー! ええい、今ここには私しかおらんじゃないか!」

 大騒ぎしながら状況を分析しつつバタバタと後退った男性は、カウンターテーブルの端に置いてある護身用魔導拳銃を取ろうとしたので、朔耶はその手にプチ雷を落とした。
 バチィッという乾いた音と共に、瞬いた青白い閃光が甲を打つ。

「うおあっちぃっ!」

 小さく火傷した手を抑えながら後ろに飛び退いた拍子に、椅子に足を引っかけて盛大に転んだ。仰向けに倒れた視線の先に朔耶の姿を認め、慌てて立ち上がると壁を背に警戒する。

「ええい寄るなっ! ここには多分何もないぞ!」
「多分って何よ……」

 慌て過ぎでしょと肩を竦めた朔耶は、とりあえず落ち着かせようと会話を試みる。

「ここって栄耀同盟の関係施設なの?」
「栄耀同盟? ……ああ、そうだった、我らの資金源組織は確か栄耀同盟といった」

 おや? と、朔耶は内心で小首を傾げる。この研究者っぽい男性が栄耀同盟の構成員らしいのは確かのようだが、組織に対してあまり帰属意識が感じられないように思う。

「というか何故警報機が作動しとらんのだ、周囲には満遍なく設置しておいた筈なのに」
「ああ、あたし空飛んで来たから」
「空かっ! しまった、盲点だった!」

 警報装置の感知範囲を飛び越えて来られるとは思わなかったと頭を抱える研究員。そんなやり取りをしている内に大分落ち着いて来た様子だったので、朔耶は色々と話を聞いてみる事にした。

「この辺りで変な魔獣の目撃情報があったらしくてね、調べに来たのよ」

 朔耶は『頭に兜を付けた魔獣』の話をして心当たりが無いか訊ねる。

「ふむ、確かにそれは我々が研究している生体せいたい魔導まどう獣兵じゅうへいの事かもしれんな」

 現地での活動資金を稼ぎに樹海の奥まで素材採取に出向いた時、かなり知能が高いと思われる獣の集団に出くわしたので、捕獲して研究を始めたのが切っ掛けだという。

「その辺り詳しく」
「うむ――いや、まてまて! 何故混沌の使者に我々の機密を話さねばならんのだっ」
「混沌の使者ってのは旧執聖機関の欺瞞でしょ? あたしら別に今は敵対してる訳じゃないし」
「うむ? そう言えばそう……なのか?」

 カルツィオではポルヴァーティア大陸が来る少し前に、調整魔獣による被害という問題が起きていて、現地住民が心配しているので調査しているのだという朔耶の説明に、研究員も納得した。

 実際のところ、朔耶は栄耀同盟とはがっつり敵対関係にあるのだが、この研究員は組織との関係があまり深くないように感じた。所属はしているが忠誠心などは無さそうだ。

「その魔導獣兵って危険は無いの?」
「そこは問題無い。我々が調査した結果、どうも元から人の手が加えられた極めて高知能な個体をベースに繁殖を繰り返して継承されたらしき特徴的な能力に劣化の跡が見られる事から――」

 余程誰かに研究成果を話したかったのか、凄い勢いで説明を始める研究員。朔耶はそれを流し聞きしながら要点を押さえる。

 纏めると、森の奥で非常に賢く、人慣れしていて、命令もよく聞く飼い易い獣の集団を拾った。世話をしながら訓練を施して通信具を装着し、離れた場所からでも正確に指示が出せる魔導獣兵を開発した。我ら凄い――ということらしい。

「え! 野生の獣を訓練して統率出来るようにしたの? 凄いっ」
「そうだろう、そうだろう! 我々も一から開発したわけではないが、繁殖で増やせる点からしても安価で確実な戦力に――」

 割と扱い易い相手だったので、朔耶はこの研究員から聞けるだけ情報を引き出しておこうと、褒めて煽てて喋らせる。
 実は微妙に精霊術を駆使しており、意識の糸を絡めて相手の心に親しみを感じやすくなるよう、多少の干渉を与えながらの褒め殺しであった。

「よいしょー」
「ふははははー」

 朔耶の『精霊のよいしょ』で、留守番研究員の心と口はどんどん軽くなっていくのだった。



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