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第七章
第七章 第二話
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猫又はネズミに飛び掛かると前脚を振った。
爪が右目を掠めたのかネズミが叫んだ。
高樹がすかさず斬り掛かる。
不意にネズミの姿が消えた。
「え!?」
勢いが付いていた高樹がたたらを踏む。
「下よ」
祖母ちゃんの声に地面に目をやると小さなネズミが植え込みに駆け込んだところだった。
ネズミを追い掛けようとしたが見失ってしまった。
俺は急いで猫又の方に戻った。
地面に血塗れのイエネコが倒れていた。
尾が二本ある。
「猫又!……………………だよな?」
俺は猫を抱えると祖母ちゃん達の方に顔を向けた。
「他にケガしてる猫なんかいないでしょ」
「尾が割れてる猫もな」
「まだ息がある。なんとか助けられないのか!? 河童の傷薬は効くんだよな?」
俺は縋るように海伯を見た。
「儂の事は良い」
猫又が掠れた声で言った。
「なに言って……」
「儂より自分の心配をしろ」
え……?
ネズミが仕返しに来るかもしれないという事か?
「頼みがある」
「なんだ」
「儂の死骸が消えるまでには時間が掛かる。儂の死を知られぬよう……」
最後まで言い終える前に猫又は息絶えた。
「猫又……」
飼い主の元で最期を迎えさせてやりたかったのに……。
助けられなかった。
飼い主だって猫又を看取ってやりたかっただろうに。
「見られないようにするなら埋めた方がいいのか?」
高樹が言った。
そうだ。
高樹の言う通り、せめて最後の願いだけは聞き届けてやらなければ……。
迷い猫の写真と同じ猫の死体があったという連絡をされてしまったら飼い主に猫又の死を知られてしまう。
人に見られない場所に猫又の遺体を隠す必要がある。
そうなると埋めるしかないだろうが……。
俺は辺りを見回した。
中央公園は植え込みが多いから地面は沢山あるのだが――。
すぐ側の植え込みには、
〝球根が植えてあるので入らないで下さい〟
と言う小さな立て札が立っている。
植え込みはどこも花か球根が植えてあるから掘り返して埋めるというわけにはいかないだろう。
植え込み以外の地面は土だがかなり硬いから人間の手で掘るのは難しそうだ。
低木の向こうなら大丈夫だろうか。
そう思った時、
「儂に貸せ」
白狐が言った。
「埋めるなら穴を掘るの、手伝うよ」
「いや、埋めなくても消えるからそれまでの間だけ人目に触れなければ良いだけだ。穴を掘る必要はない」
「じゃあ……」
「人間が入れない場所に置いておけば良い」
「埋葬とかそういうのは……」
「こやつの供養をしたいというのなら、お前のうちの仏壇で手を合わせる時に猫又の事もついでに祈ってやれ」
「それだけなのか……」
俺はホントに何も出来なかった……。
俺は無力感に打ちひしがれながら猫又の遺体を抱いている腕に力を込めた。
力一杯抱き締めても猫又は「痛い」とも「苦しい」とも言わない。
本当に死んでしまったのだ。
もう何も出来ない。
何もしてやれない。
俺は無念の思いで白狐に猫又の遺体を渡した。
白狐は猫又を抱えて帰っていった。
「師匠、ここ二、三日、白狐がこの辺に来てたのは……」
「天命は変えられぬが本懐を遂げる助力は出来る故な。とはいえ、あんな化物とは思わなんだが」
頼母がなんとも言えない表情で呟くように答えた。
考えてみたらマムシもネズミを餌にしているのだからネコ同様ネズミの天敵である。
猫又だけではなく頼母までいたのにネズミに敵わなかったという事だ。
そう言や高樹に剣術を教えているとはいっても頼母の被害は騒音だけ……。
人を傷付けないどころか太鼓を叩かれたら大人しく家に帰っていたというのだから無害だったのは言うまでもない。
近所の人は騒音被害があったのだから無害ではないと言うかもしれないが。
もしかしてホントはマムシじゃなくてシマヘビかアオダイショウなんじゃ……。
噛まれた人がいなくて毒があるかどうか分からないなら実際にはマムシではないのかもしれない。
河童と川獺を区別していなかった時代なのだからシマヘビやアオダイショウもマムシも全て蛇と一括りにしていてもおかしくない。
「雨月の孫よ」
頼母が声を掛けてきた。
俺が顔を上げる。
「ネズミは逃げただけだぞ」
「猫又がネズミを追い掛けなかったのは飛行機が離陸したからであろう。ウェ~イ」
頼母と海伯が言った。
猫又は飼い主が安全な場所に行ったから逃げるネズミを無理してまで追わなかったのだ。
「狙っていた人間がいなくなってしまったのだ。別の人間を襲うぞ」
「あっ……!」
そうか……。
猫又が言っていたのはその事か。
化猫でさえ敵わないようなネズミが人間を狙っているのだ。
「策を講じておいた方がいいであろうな。ウェ~イ」
「ウェ~イはいいから」
祖母ちゃんが海伯に突っ込む。
「猫が敵わないんじゃ鼠捕りは通用しないよな」
高樹が言った。
「殺鼠剤もな」
頼母が言った。
どちらにしろ薬はともかく、あの大きさのネズミが入れる罠は売ってないだろう。
「蛇ならお酒を用意して酔わせるとか出来たんだろうけどね」
秀が言った。
「蛇は酒など飲まん」
頼母が言った。
「え、でも、八岐大蛇とか……」
「あれは化生より神に近いものだからな」
「昔話だと猿とかだね~。狐もあった気がするけど~。ウェ~イ」
「河童もなかった?」
祖母ちゃんがむっとした表情で言った。
「まぁ八岐大蛇を除けば姿が人間に近いものだな。狐や狸なんかも人に化けてる時の話だ」
「え、人の姿になるのは化かすためだろ」
「酔って正体を失って、正体がバレたとかか?」
「化かそうと思って変化するところを人間に見られていて逆に騙されたというオチの話が狐狸の類には良くあるのだ」
「へ、へぇ……」
「え、えっと、あのネズミは人間に変化するの?」
秀がフォローするように言った。
「化けぬであろう」
「人を取って喰うのに人間の姿になる必要はないからね~」
「喰うのに姿を見せる必要はないし、それならわざわざ変化しても意味がないのでな」
「じゃあ、お酒は無理だね」
「どっちにしろ未成年のあんた達じゃ売ってもらえないでしょ」
祖母ちゃんの言葉に俺達は考え込んだ。
小細工が通用しないとなると正攻法で戦うしかないが、ネコとヘビがいても敵わなかったようなネズミ相手に俺達の腕で倒せるかどうか……。
「とりあえず、今日はもう帰りなさい。孝司、雪桜ちゃんに連絡するの忘れないようにしなさいよ」
それを合図に俺達は家路に就いた。
爪が右目を掠めたのかネズミが叫んだ。
高樹がすかさず斬り掛かる。
不意にネズミの姿が消えた。
「え!?」
勢いが付いていた高樹がたたらを踏む。
「下よ」
祖母ちゃんの声に地面に目をやると小さなネズミが植え込みに駆け込んだところだった。
ネズミを追い掛けようとしたが見失ってしまった。
俺は急いで猫又の方に戻った。
地面に血塗れのイエネコが倒れていた。
尾が二本ある。
「猫又!……………………だよな?」
俺は猫を抱えると祖母ちゃん達の方に顔を向けた。
「他にケガしてる猫なんかいないでしょ」
「尾が割れてる猫もな」
「まだ息がある。なんとか助けられないのか!? 河童の傷薬は効くんだよな?」
俺は縋るように海伯を見た。
「儂の事は良い」
猫又が掠れた声で言った。
「なに言って……」
「儂より自分の心配をしろ」
え……?
ネズミが仕返しに来るかもしれないという事か?
「頼みがある」
「なんだ」
「儂の死骸が消えるまでには時間が掛かる。儂の死を知られぬよう……」
最後まで言い終える前に猫又は息絶えた。
「猫又……」
飼い主の元で最期を迎えさせてやりたかったのに……。
助けられなかった。
飼い主だって猫又を看取ってやりたかっただろうに。
「見られないようにするなら埋めた方がいいのか?」
高樹が言った。
そうだ。
高樹の言う通り、せめて最後の願いだけは聞き届けてやらなければ……。
迷い猫の写真と同じ猫の死体があったという連絡をされてしまったら飼い主に猫又の死を知られてしまう。
人に見られない場所に猫又の遺体を隠す必要がある。
そうなると埋めるしかないだろうが……。
俺は辺りを見回した。
中央公園は植え込みが多いから地面は沢山あるのだが――。
すぐ側の植え込みには、
〝球根が植えてあるので入らないで下さい〟
と言う小さな立て札が立っている。
植え込みはどこも花か球根が植えてあるから掘り返して埋めるというわけにはいかないだろう。
植え込み以外の地面は土だがかなり硬いから人間の手で掘るのは難しそうだ。
低木の向こうなら大丈夫だろうか。
そう思った時、
「儂に貸せ」
白狐が言った。
「埋めるなら穴を掘るの、手伝うよ」
「いや、埋めなくても消えるからそれまでの間だけ人目に触れなければ良いだけだ。穴を掘る必要はない」
「じゃあ……」
「人間が入れない場所に置いておけば良い」
「埋葬とかそういうのは……」
「こやつの供養をしたいというのなら、お前のうちの仏壇で手を合わせる時に猫又の事もついでに祈ってやれ」
「それだけなのか……」
俺はホントに何も出来なかった……。
俺は無力感に打ちひしがれながら猫又の遺体を抱いている腕に力を込めた。
力一杯抱き締めても猫又は「痛い」とも「苦しい」とも言わない。
本当に死んでしまったのだ。
もう何も出来ない。
何もしてやれない。
俺は無念の思いで白狐に猫又の遺体を渡した。
白狐は猫又を抱えて帰っていった。
「師匠、ここ二、三日、白狐がこの辺に来てたのは……」
「天命は変えられぬが本懐を遂げる助力は出来る故な。とはいえ、あんな化物とは思わなんだが」
頼母がなんとも言えない表情で呟くように答えた。
考えてみたらマムシもネズミを餌にしているのだからネコ同様ネズミの天敵である。
猫又だけではなく頼母までいたのにネズミに敵わなかったという事だ。
そう言や高樹に剣術を教えているとはいっても頼母の被害は騒音だけ……。
人を傷付けないどころか太鼓を叩かれたら大人しく家に帰っていたというのだから無害だったのは言うまでもない。
近所の人は騒音被害があったのだから無害ではないと言うかもしれないが。
もしかしてホントはマムシじゃなくてシマヘビかアオダイショウなんじゃ……。
噛まれた人がいなくて毒があるかどうか分からないなら実際にはマムシではないのかもしれない。
河童と川獺を区別していなかった時代なのだからシマヘビやアオダイショウもマムシも全て蛇と一括りにしていてもおかしくない。
「雨月の孫よ」
頼母が声を掛けてきた。
俺が顔を上げる。
「ネズミは逃げただけだぞ」
「猫又がネズミを追い掛けなかったのは飛行機が離陸したからであろう。ウェ~イ」
頼母と海伯が言った。
猫又は飼い主が安全な場所に行ったから逃げるネズミを無理してまで追わなかったのだ。
「狙っていた人間がいなくなってしまったのだ。別の人間を襲うぞ」
「あっ……!」
そうか……。
猫又が言っていたのはその事か。
化猫でさえ敵わないようなネズミが人間を狙っているのだ。
「策を講じておいた方がいいであろうな。ウェ~イ」
「ウェ~イはいいから」
祖母ちゃんが海伯に突っ込む。
「猫が敵わないんじゃ鼠捕りは通用しないよな」
高樹が言った。
「殺鼠剤もな」
頼母が言った。
どちらにしろ薬はともかく、あの大きさのネズミが入れる罠は売ってないだろう。
「蛇ならお酒を用意して酔わせるとか出来たんだろうけどね」
秀が言った。
「蛇は酒など飲まん」
頼母が言った。
「え、でも、八岐大蛇とか……」
「あれは化生より神に近いものだからな」
「昔話だと猿とかだね~。狐もあった気がするけど~。ウェ~イ」
「河童もなかった?」
祖母ちゃんがむっとした表情で言った。
「まぁ八岐大蛇を除けば姿が人間に近いものだな。狐や狸なんかも人に化けてる時の話だ」
「え、人の姿になるのは化かすためだろ」
「酔って正体を失って、正体がバレたとかか?」
「化かそうと思って変化するところを人間に見られていて逆に騙されたというオチの話が狐狸の類には良くあるのだ」
「へ、へぇ……」
「え、えっと、あのネズミは人間に変化するの?」
秀がフォローするように言った。
「化けぬであろう」
「人を取って喰うのに人間の姿になる必要はないからね~」
「喰うのに姿を見せる必要はないし、それならわざわざ変化しても意味がないのでな」
「じゃあ、お酒は無理だね」
「どっちにしろ未成年のあんた達じゃ売ってもらえないでしょ」
祖母ちゃんの言葉に俺達は考え込んだ。
小細工が通用しないとなると正攻法で戦うしかないが、ネコとヘビがいても敵わなかったようなネズミ相手に俺達の腕で倒せるかどうか……。
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それを合図に俺達は家路に就いた。
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