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第1話:理不尽な婚約破棄
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王宮の大広間を照らすシャンデリアの輝きは、この場に集う貴族たちの虚栄心を物理的に可視化したかのようだった。
無数の宝石、色とりどりのドレス、そして人工的な香水の匂い。
ホール内の空気の循環効率は最悪だ、とエレノア・ヴァレンタインは冷静に分析していた。
二酸化炭素濃度の上昇が、人々の判断能力を鈍らせているのかもしれない。
そうでなければ、王国の次期国王たる王太子が、大勢の貴族の面前でこれほど非論理的な行動に出るはずがないからだ。
「エレノア・ヴァレンタイン! 貴様との婚約を、この場をもって破棄する!」
王太子ウィリアム・アークライトの高らかな宣言が、オーケストラの演奏を強引に遮断した。
静まり返る会場。
数百の視線が、ホールの中央に立つ二人の人物と、それに対峙する一人の女性――エレノアに突き刺さる。
エレノアは、銀縁の眼鏡の位置を人差し指で修正した。
彼女の装いは、周囲の令嬢たちと比べればあまりに地味だった。
色素の薄いアッシュブロンドは、実験の邪魔にならないよう実用性のみを重視してきっちりとまとめ上げられ、ドレスも試薬が飛んでも目立たない濃紺色。
化粧っ気のない顔は、能面のように表情を欠いている。
対照的に、ウィリアムの腕にすがりついているのは、男爵令嬢のカレン・ベリーだった。
ふわふわとした髪に、潤んだ瞳。
庇護欲を刺激するフォルムをしている。
「……殿下。婚約破棄、とおっしゃいましたか?」
エレノアの声は、氷のように冷たく、そして透き通っていた。
動揺の色は一切ない。
それがウィリアムの神経を逆撫でしたようだ。
彼は整った顔を歪め、忌々しげに吐き捨てる。
「そうだ! 貴様のような、可愛げのかけらもなく、陰湿な女は王太子の妃にふさわしくない! あろうことか、このカレンの研究成果を盗み、自分の手柄として発表しようとしたそうだな!」
会場から「まあ」「なんてこと」とさざ波のような囁きが広がる。
研究成果の盗用。
アカデミアの世界において、それは万死に値する罪だ。
エレノアの瞳の奥で、理性の青い炎がゆらりと揺れた。
「盗用、ですか。それは看過できない発言です。具体的根拠をご提示願えますか?」
「証拠ならある! これだ!」
ウィリアムが誇らしげに掲げたのは、一束の羊皮紙だった。
それは、エレノアが数年かけて執筆し、近日中に王立学術院へ提出する予定だった論文『高級脂肪酸塩の界面活性作用と、皮膚常在菌叢への影響に関する考察』――平たく言えば、肌に優しい石鹸の製造理論だ。
ここまでは、彼らのの計画通りだったかもしれない。
ウィリアムとカレンが、エレノアを見下すような笑みを浮かべている。
しかし、ここから彼らの計画は、少しずつ狂い始めるのだった……。
無数の宝石、色とりどりのドレス、そして人工的な香水の匂い。
ホール内の空気の循環効率は最悪だ、とエレノア・ヴァレンタインは冷静に分析していた。
二酸化炭素濃度の上昇が、人々の判断能力を鈍らせているのかもしれない。
そうでなければ、王国の次期国王たる王太子が、大勢の貴族の面前でこれほど非論理的な行動に出るはずがないからだ。
「エレノア・ヴァレンタイン! 貴様との婚約を、この場をもって破棄する!」
王太子ウィリアム・アークライトの高らかな宣言が、オーケストラの演奏を強引に遮断した。
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数百の視線が、ホールの中央に立つ二人の人物と、それに対峙する一人の女性――エレノアに突き刺さる。
エレノアは、銀縁の眼鏡の位置を人差し指で修正した。
彼女の装いは、周囲の令嬢たちと比べればあまりに地味だった。
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化粧っ気のない顔は、能面のように表情を欠いている。
対照的に、ウィリアムの腕にすがりついているのは、男爵令嬢のカレン・ベリーだった。
ふわふわとした髪に、潤んだ瞳。
庇護欲を刺激するフォルムをしている。
「……殿下。婚約破棄、とおっしゃいましたか?」
エレノアの声は、氷のように冷たく、そして透き通っていた。
動揺の色は一切ない。
それがウィリアムの神経を逆撫でしたようだ。
彼は整った顔を歪め、忌々しげに吐き捨てる。
「そうだ! 貴様のような、可愛げのかけらもなく、陰湿な女は王太子の妃にふさわしくない! あろうことか、このカレンの研究成果を盗み、自分の手柄として発表しようとしたそうだな!」
会場から「まあ」「なんてこと」とさざ波のような囁きが広がる。
研究成果の盗用。
アカデミアの世界において、それは万死に値する罪だ。
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「盗用、ですか。それは看過できない発言です。具体的根拠をご提示願えますか?」
「証拠ならある! これだ!」
ウィリアムが誇らしげに掲げたのは、一束の羊皮紙だった。
それは、エレノアが数年かけて執筆し、近日中に王立学術院へ提出する予定だった論文『高級脂肪酸塩の界面活性作用と、皮膚常在菌叢への影響に関する考察』――平たく言えば、肌に優しい石鹸の製造理論だ。
ここまでは、彼らのの計画通りだったかもしれない。
ウィリアムとカレンが、エレノアを見下すような笑みを浮かべている。
しかし、ここから彼らの計画は、少しずつ狂い始めるのだった……。
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