断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

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第24話:精霊の声とクレバー・ハンス効果

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 それは、王都の貴族たちが集うガーデンパーティーでのことだった。

 会場の一角に人だかりができ、異様な熱気に包まれていた。
 中心にいるのは、白いローブを纏い、目を閉じて天を仰ぐイザベラだった。

「……聞こえます。精霊様の声が聞こえますわ」

 イザベラが芝居がかった口調で呟く。

「精霊様は仰っています。『この国に災いをもたらす邪悪な女がいる』と。……ああ、かわいそうに。精霊様が泣いておられます」

 周囲の令嬢たちが息を飲む。

「邪悪な女って、まさか……」

「やっぱりリリアさんのこと?」

 と囁き合う。
 イザベラは精霊の声が聞こえる聖女として、新たなポジションを確立しようとしていたのだ。

 そこへ、アルヴィスとリリアが通りかかった。
 イザベラはカッと目を見開き、リリアを指差した。

「出たわね、不浄な者よ! 精霊様が叫んでいるわ。『その女を追放せよ!』と! さあ皆さん、精霊様の怒りを鎮めるために、彼女を追い出すのです!」

 彼女の迫真の演技に、周囲の人々が動揺し、リリアに向けられる視線が険しくなる。

 見えない権威を借りた攻撃。
 リリアが「精霊なんていない」と言ったところで、「あなたには信仰心がないから聞こえないのよ」と言われれば反論できない。

 リリアが唇を噛んだその時、アルヴィスがパンパンと乾いた拍手をした。

「素晴らしい演技力だ。だが、脚本が陳腐すぎるな」

「へ、辺境伯……! 貴方にはこの崇高な声が聞こえないのですか? 精霊様は貴方のことも『憐れな男だ』と仰っていますよ!」

 イザベラが勝ち誇る。
 しかし、アルヴィスは冷ややかな目で彼女を見下ろした。

「イザベラ。君が今やっていることは、動物行動学におけるクレバー・ハンス効果の再現だ」

「くれ……はんす?」

 イザベラの顔が引きつる。

「昔、計算ができると話題になったハンスという馬がいた。『2足す3は?』と聞かれると、蹄を5回鳴らして止める賢い馬だ」

 アルヴィスは周囲の観衆を見回して説明を続けた。

「だが、実はその馬は計算などしていなかった。出題者や観衆が、正解の回数(5回)に近づくと『あと少しだ』と緊張し、正解した瞬間に『当たった!』とホッとして体の力を抜く。馬はその微細な体の動きや表情の変化(キュー)を読み取り、蹄を止めていただけだったのだ」

 アルヴィスはイザベラに詰め寄った。

「君も同じだ。君は精霊の声を聞いているのではない。周囲の人間が『リリアを悪者だと言ってほしい』と期待している空気や、君自身の願望を読み取り、それを精霊の言葉として出力しているに過ぎない」

「な、失礼な! 私は本当に聞こえているのよ! 馬と一緒にしないで!」

「ならば検証しよう。二重盲検法(ダブル・ブラインド・テスト)だ」

 アルヴィスは近くのテーブルから、中身の見えない小さな木箱を手に取った。

「この中に何が入っているか、精霊に聞いてみたまえ。ただし、私を含め、ここにいる中身を知らない状態で行う」

 アルヴィスは背を向け、手品のように素早く何かを箱に入れ、蓋を閉じた。

「さあ、精霊は何と言っている? 誰も正解を知らない状況で、君は観衆の期待というカンニングペーパーを読めないはずだ」

 イザベラは脂汗を流した。

 周囲の視線が突き刺さる。
 何か言わなければならない。
 彼女は必死にアルヴィスの表情を読もうとしたが、彼は能面のような無表情を貫いている。

「え、えっと……、精霊様は……、美しい宝石だと仰っているわ! 貴方がリリアに贈ろうとした指輪でしょう!?」

 イザベラは、きっとそうに違いないという希望的観測で叫んだ。
 アルヴィスは口角を吊り上げた。

「ファイナルアンサーか?」

「ええ! 間違いないわ!」

 アルヴィスは箱の蓋を開け、逆さまにした。
 コロン、と転がり出てきたのは――道端の石ころだった。

「……残念だったな。精霊の視力は随分と悪いようだ」

 会場から失笑が漏れる。
 イザベラは顔を真っ赤にして叫んだ。

「ず、ずるいわ! 精霊様は貴方の意地悪な心が視界を曇らせたと言っているのよ!」

「往生際が悪いな。それに、もし本当に声が聞こえているなら」

 アルヴィスは真顔になり、イザベラの目を覗き込んだ。

「それは神託ではなく、精神医学的な幻聴の可能性がある。解離性障害や統合失調症の初期症状かもしれない。精霊に祈るよりも、早急に専門医の診断を受けることを勧める」

「~~っ!!」

 イザベラは言葉を失った。 

 神聖な奇跡を馬の芸当と断じられ、さらには病気扱いされたのだ。
 彼女は「精霊様のバチが当たるわよ!」と捨て台詞を吐いて、その場から走り去った。

 静かになった庭園で、アルヴィスは石ころを拾い上げた。

「……やれやれ。見えない友人の声を根拠に他人を断罪するとは。法治国家の危機だな」

「アルヴィス様……」

 リリアは彼を見上げた。

「あの、先ほどの……、『指輪が入っている』と言われた時、少し動揺されませんでしたか?」

「……む」

 アルヴィスが視線を逸らす。

「クレバー・ハンス効果だ。私の筋肉が『いつか渡そうと思っているものがバレたか』と一瞬緊張したのを、彼女が読み取ったのかもしれない」

「えっ……、いつか渡そうと、思ってくれているのですか?」

 リリアが目を輝かせると、アルヴィスは咳払いをして背を向けた。

「……データ収集中だ。最適な質量とデザインを計算しているだけだ」

 その耳が赤いことこそが、言葉よりも雄弁な真実を語っていた。
 精霊の声は聞こえなくても、リリアには彼の不器用な愛の声がはっきりと聞こえていた。
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