王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上

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第18話:醸された愛と未来への乾杯

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 あれから、三年という月日が流れた。

 かつて流刑地と恐れられた北の辺境、ダリウス領は、今や大陸有数の美食と観光の聖地としてその名を知られていた。

 特産品のダリウス・ブルーを求めて商人が列をなし、街の市場にはチーズ、ハム、魚醤、味噌といった多種多様な発酵食品が並ぶ。

 レストランでは、新鮮な素材と巧みな発酵技術を融合させた料理が振る舞われ、王都からも多くの貴族が足を運んでいた。

 皮肉なことに、かつてエリアナを追い出した者たちが、こぞって彼女の作り出した味を求めてやってくるのだ。

 そして今夜、ダリウス城の大広間では、領地の更なる発展と、豊作を祝う盛大な祝賀会が開かれていた。

「エリアナ様! 今年のワインの出来は最高ですよ!」

「奥様のおかげで、孫も元気に育っております!」

 煌びやかなドレスに身を包んだエリアナの周りには、笑顔の領民や来賓たちが絶え間なく訪れる。

 彼女は少し照れくさそうに眼鏡の位置を直し、謙遜していた。

 そんな彼女を、少し離れた場所から見守る男がいた。
 辺境伯ギルバートだ。

 彼は相変わらず仏頂面で、近寄りがたいオーラを放っているが、その瞳はエリアナの姿を追う時だけ、信じられないほど柔らかく緩んでいる。

「……人気者だな」

 彼は手に持ったグラスを揺らし、誰に言うでもなく呟いた。

 宴もたけなわとなった頃。
 エリアナとギルバートは、喧騒を抜け出し、城の最上階にあるバルコニーへと避難していた。

 眼下には、灯りに彩られた城下町と、月明かりに照らされた広大なブドウ畑が広がっている。

「……ふぅ。酸素濃度が回復しました」

 エリアナは夜風を胸いっぱいに吸い込み、手すりにもたれかかった。

「……ほら、これを」

 ギルバートが差し出したのは、一本のワインボトルと、二つのグラス。
 そして、美しく盛り付けられた一口サイズのおつまみだった。

 スモークサーモンのクリームチーズ添え、イチジクと生ハム、そしてレバーペーストのカナッペ。
 どれも発酵食品と相性抜群の品々だ。

「これは……、私たちが結婚した年に仕込んだ、最初のワインですね?」

「ああ。三年熟成のダリウス・ルージュだ。……今日という日のために、取っておいた」

 ギルバートは慣れた手つきでコルクを抜き、真紅の液体をグラスに注いだ。
 ふわっ、と芳醇な香りが広がる。

 カシスのような果実味に、熟成による複雑なスパイスの香り、そして樽由来のバニラ香。

「……いい香りです。完璧な熟成ですね」

 エリアナがグラスを受け取り、二人は静かに乾杯を交わした。
 チン、と澄んだ音が夜空に吸い込まれていく。

 一口含むと、ベルベットのような滑らかな舌触りと共に、濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。

「……美味しい」

「ああ。……悪くない」

 ギルバートは満足げに頷き、そして遠い目をした。

「……不思議なものだな。最初はただのブドウジュースだった。それが時間をかけ、環境を整え、時には厳しい寒さに晒されることで、こんなにも深い味わいに変わる」

 彼はエリアナの方を向き、その瞳を真っ直ぐに見つめた。

「お前が王都で味わった辛い過去や、俺たちがここで乗り越えてきた苦労も……。今のこの幸せを醸成するための、必要な熟成期間だったのかもしれないな」

 エリアナは目を丸くした。

 あの不器用な彼が、こんな詩的なことを言うなんて。
 彼女は口元を手で覆い、くすくすと笑った。

「ふふっ。……ギルバート様、随分と上手いことを仰るようになりましたね? 詩人の才能まで開花してしまったのですか?」

「茶化すな。……本心だ」

 ギルバートが少し拗ねたように視線を逸らす。
 その耳が赤いのが、月明かりの下でもよく分かった。

 エリアナは愛おしさを噛みしめるように、もう一口ワインを含んだ。

 渋みも、酸味も、甘みも。
 全てが渾然一体となって、体に染み渡っていく。

「……そうですね。あなたのおっしゃる通りです」

 エリアナはギルバートに近づき、そっと彼の腕に身を寄せた。

「私も、あの辛い過去があったからこそ、あなたという最高のパートナーに出会えました。……一人では決して醸せなかった幸せの味です」

 彼女は見上げ、いたずらっぽく微笑んだ。

「ですが、油断は禁物ですよ? ワインは開栓した後も変化し続けます」

「ほう?」

「この幸せが酸化してお酢にならないよう、これからも徹底的に温度管理……、いえ、愛の育みをお願いしますね?」

 ギルバートは一瞬きょとんとし、やがて声を上げて笑った。

「ハハッ、お前は本当に、ブレない女だ」

 彼はエリアナの腰を引き寄せ、その額に優しくキスをした。

「任せておけ。俺の人生をかけて、お前を最高の状態で守り抜いてやる。……腐らせる隙など、一ミリも与えん」

「ふふ、期待しています」

 二人は再びグラスを重ねた。
 夜空には満天の星。

 かつて腐った女と罵られた彼女は今、世界で一番、芳醇で幸福な時間を醸している。

 その愛の熟成は、これからも止まることなく、時と共に深みを増していくことだろう。
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