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美しい君
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しおりを挟む「カエデ、今日も花をありがとう」
〝いいえ。お気になさらず〟
あの日、花束のおかげでメイドとの距離感に変化が生まれたことを話すと、とても喜んでくれた。
それから週に1度カエデの育てた花を持ってきてもらっている。
メイドは3人とも花が好きなようで、楽しそうに花瓶へ花を飾っているようだ。
「『いつもすごく綺麗ですね』と褒めているよ。きっとカエデの腕がいいんだな」
〝庭師の皆さんのおかげですよ〟
「クスッ、そうか。
今日の花はなんなんだい?」
〝はい、今日は──〟
季節は段々夏から秋へと変わってきている。
それにつれ、花の種類も変化しているようだ。
(できれば春夏秋冬全て見てみたいものだが……)
目がもと通りになれば、もっと楽しくなるのだろうな。
〝……そう言えば、フェルナンド様〟
「ん? どうした」
〝何故、私の話を皆様にされないのですか?〟
窓から手を出して話をする、カエデとの時間。
使用人とこういうことをしているのを私は誰にも話していない。
「カエデも私とのことは誰にも言ってないんだろう?」
〝私は……その、私のような者がこのようなことしていると知れたら、大変なことに……〟
「そんなに大変かい? まぁいいけど……
私は、ただ単に秘密にしていたいだけだよ」
〝秘密に?〟
「誰にも邪魔されたくないってことだ」
このゆったりした時間を、誰にも邪魔されたくない。
ただそれだけ。それ以上もそれ以下もない。
(──本当に?)
「っ、」
〝フェルナンド様?〟
「あぁいや、なんでも」
あの日医者と話して以降、よくわからなない感情に囚われることがある。
心が変に締め付けられたり、腹の底からふわりと暖かくなったり……
(これは、一体なんなのだろうか)
〝あの、フェルナンド様〟
「ん?」
〝後どれくらいこの家にいらっしゃるのですか?〟
「そうだな……後、1ヶ月かな」
ここに来て既に4か月が過ぎた。
初めはただただ長いと感じていたが、こうも早く過ぎるとは思ってもいなくて……
(まもなく、カエデとの時間も終わるのか)
懐いてもらうべく試行錯誤して縮めた距離も
嵐の日度肝を抜かれたことも
何気ない話をして、笑い合った日々も
心から〝楽しい〟と思えた、この日常も──
「……ねぇ、カエデ」
〝はい〟
「髪を、触ってもいいかい?」
〝っ、〟
何故か
何故か無性にカエデの手以外にも触りたくなった。
意味のわからない不安と焦燥と、それから切なさと……
「わっ」
カチリと固まってしまったカエデの手が、突然私の手を引っ張る。
そのまま──
フワリ
「っ、はは、カエデは猫っ毛なんだね」
恐る恐るコクリとうなずく、小さな頭。
(カエデ…カエデだ……)
もう片方の手も窓から出して、両手でふわりふわりと頭を撫でる。
「カエデ、私の髪にも触って」
『っ、』
ヒクリと息を飲む音が聞こえた。
「ほら。包帯に気をつけてくれたら大丈夫だから」
落ちない程度に身を乗り出し、姿勢を落とす……と、
「──っ、そう、上手だ」
小さななにかが、そっと触れる感触。
そのままゆっくりと私の頭の形に沿って髪を撫でてくれる。
「カエデ、もっと…もっと触って」
カエデの髪から耳・首筋・肩・服の感触を両手で追いながら、グイッと細い体を自分へと近づける。
カエデの手も、どんどん私の髪から耳・肩・服へと降りてきて、優しい体温が体に溶け込んでいくようで。
その温度が、ただ 愛しくて……
──愛しい?
「…………っ」
(嗚呼、そうか)
ずっと体の中に蹲っていた感情が、一気に溢れ出してきた。
〝愛しい〟など、これまで一度も思ったことはなかった。
そうか、これはこんなにも暖かで……こんなにも切なくなるものだったのか。
(何故だろう? 泣きそうだ)
よくわからない。
けれど、仕方がない。だって初めて抱く感情なのだから。
「ねぇ、カエデ」
『っ、』
頭を下げて、コツリとカエデの頭にくっつける。
「私のこの目の傷はね、自業自得なんだ」
馬鹿なことをしていた日常からの、罰。
迷惑しかかけてこなかった私への戒め。
「だが、私はこの傷を負ってよかったと思っている」
痛かったさ、そりゃね。
驚きもしたし、あのような公共の場で醜態を晒したことが恥ずかしくもあった。
……けれど、
「この傷があったからこそ、私は君に出会えたんだ」
『っ、』
触るたびにビクリと震えるのが、本当に可愛くて。
触れ合っている部分が、こんなにも暖かくて心地いい。
こんなこと、これまであっただろうか……?
どんな女を抱いてもこんな感覚にはならなかった。
カエデだけ、カエデだけだ。
カエデだけが、私の特別──
「ありがとう、カエデ」
私は、どうかしていたよ。
悩むこともなく、両親によって敷かれたレールの上を歩く人形のようだった。
それを、君に人間にしてもらったような感覚。
(君の心は純粋で、美しくて……そして、ただ愛おしい)
今すぐにでも口づけてしまいたいのを必死に我慢して
一生懸命私に触ってくれるカエデを、きつく抱きしめた。
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