それは、キラキラ光る宝箱

花町 シュガー

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美しい君

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「大分よくなってきましたな」

 実家で療養を始め3ヶ月。
 診察に来た医師がほっと息を吐いた。

「視力も、怪我を負う前とさほど変わらないものになるでしょう。傷もあまり残らないかと……奇跡に近いことです」

「そうか、よかった」

 正直、これまでのバチが当たったと思っていた分多少の支障が出てもしょうがないと身構えていたが……

 (ラッキーと捉えていいのか、素直に喜べないな)

「このままいけば予定どおり全治5ヶ月……後2ヶ月ほどで治りますな」

「2ヶ月ほど、か」

「はい」

 (後2ヶ月で、私は私の場所へ戻るのか)

 あのつまらない都会へ、憂鬱な毎日へ……戻らねばならないのか。


 (嗚呼、嫌だな)


 嫌だ? 何故そう思う?
 別に、また何か他の楽しみを見つければいいだけだ。
 女遊びはもう辞めて、職場の雰囲気を良いものへ戻して、次は場を乱さないような新しい趣味を──


 〝フェルナンド様〟


「っ、」

 手のひらに優しい体温を感じた気がして、ビクリと腕が震えた。

 (カエ、デ)


 ──嗚呼、そうか。


 (私は、カエデと話す時間が無くなることが寂しいのか)

 たかだか出会って3ヶ月。
 しかもろくに挨拶もせず半ば強引に始まった関係。
 それなのに……いつの間にこんなにも大事なものになっていたんだろう。

 カエデとの朝の挨拶が、好きだ。
 植物の話になると止まらなくなる手のひらの文字も、目には見えないけれどコロコロ変わってるのが分かる表情も、何気なく続く意味のない会話も。
 全てが全て、心地良くて…大切で……

 (私は、私は……カエデのことを──)


「…──様、フェルナンド様?」


「っ、あぁ、すまない」

「どうかされましたか? 少しぼうっとしておられましたが……」

「少し考え事をしていただけだ。
それよりどうした? 悪いがまったく話を聞いていなかった」

「いいえ、さほど重要なことでもありませぬ。
ただ、フェルナンド様が起こされている奇跡はそう簡単には起きませんので、なにがあったのだろうと不思議で」

「そう、なのか…?」

「はい。普通ですと多少の視力の衰えや後遺症などなにかしらが残るような傷です。それなのに何もない……
きっと、フェルナンド様のなにか強いお気持ちがそうさせたのでしょう」

「強い、気持ち……」

「えぇ。病は気からとも言いますからな。
後は、差し出がましいことかもしれませんが私がフェルナンド様を初めて診察したときよりも、ずっと雰囲気が柔らかいものになっておいでです。ご実家ということもあり肩の力が抜けたのでしょうか?
メイドや使用人に『部屋から出ずおひとりで過ごされている』と話を伺っており心配していたのですが……」

 カタン、と医者が立ち上がる音が聞こえる。

 そのまま老人特有のしわのある手が、私の頬へ触れ


「ふむ。

どうやら、とてもよい時間の使い方をされていたようですな」










「カエデ……カエデ?」

 医者と話し込んでいたらすっかり遅くなってしまった。
 去り際に『もう日が落ちてしまっておるなぁ』と話していたから、恐らく夜。
 まもなく夕食を運びにメイドがやってくるだろう。

 (いない…か。
普段呼ばない時間帯に呼んだのがいけなかったな)

 医者と話してから無性にカエデと話がしたくなった。
 少しでもいいから会話を……と思ったが、既に仕事を終えているようだ。

 また明日話をするとするか。
 私はこんなに急いで何を話したかったのか……まったく恥ずかしいやら可笑しいやらで、自分で自分がわからない。


 カサッ


「ん?」


 窓から離れようとした私の手に、なにかが当たる感触。
 触ってみるとガサガサした自分の手よりも大きな丸い部分と、その周りをぐるりと囲んでいる不思議な感触の長い破片のような柔かい部分。

 これは──


 〝ヒマワリは黄色い花びらで大きな花を咲かせます。
 フェルナンド様の手のひらよりも大きな〟


「っ、ヒマ…ワ、リ……か?」


 よく触ると、ほかにも別の感触のものがある。

 (花びらが5片…ということは、これがプルメリアというものか。こっちは……)

 カエデが育てている植物の特徴を、会話を思い出しながらひとつひとつ触っていく。


「フェルナンド様、夕食をお待ちしま……あら?」


「っ、」


 没頭しすぎていつもの定位置に座るのを忘れていた。

「すまない、すぐ席に──」


「まぁ!素敵な花束ですね!」


「……え」


 いつもあんなに淡々と仕事をこなしていたメイドの、まるで花が咲いたかのような声。

「色とりどりでとても綺麗……庭に咲いているものですね。庭師が届けてくださったのでしょうか?」

「恐らくそうだな」

「よろしければ、花瓶にお飾りいたしましょうか?」

「あ、あぁ頼む」

「はい、すぐに」

 カチャリとテーブルに夕食を置き、私が渡した花束を持ってドアを閉める音。
 心なしか、足取りはこれまで聞いた中で一番軽いもののように思えて──


「………っ」


 (ねぇ、カエデ?)

 花とは、素晴らしい力を持っているのだな。
 メイドたちとの距離は開いたまま終わるものだと思っていた。
 だが、心が動けばこんなにも態度は変わるものなのか。

「っ、はは」

 今日、本当は私にこれを渡そうと思っていたのかい?
 診察がある話はしていたから、終わるのを待ってくれていた?
 私が「カエデが育てた花が見たい」って前に言ったのを…ずっと覚えてくれていたのか……?


「──っ」


『フェルナンド様が起こされている奇跡はそう簡単には起きませんので、なにがあったのだろうと不思議で』

『なにか強いお気持ちがそうさせたのでしょう』

『〝部屋から出ずおひとりで過ごされている〟と話を伺っており心配していたのですが……
ふむ。どうやら、とてもよい時間の使い方をされていたようですな』


 (カエデ)


 言いようのない気持ちで、何故か腹の底から熱くなってきて

 メイドが再び戻ってくるまで、ずっと窓の外へ顔を向けていた。




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