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しおりを挟む「我が家から聖女が出るとは!」
興奮した様子で公爵は喜びを表す。夫人はそんな公爵を引き留めようと呼び止めるが振り払われた。なんと言う名誉だろう!と興奮する公爵はラウリーの服装など目に入らないらしい。
「司祭様、本当に私が聖女でお間違いありませんか」
「はい。例え貴女様が何者であっても、貴女様が聖女です。ハンクスは貴女の護衛であると同時に本物かどうかを見極める役割も担っておりました」
司祭の淀みのない返事に頷き、ラウリーは公爵へと向き直った。
「公爵様は私が令嬢だと断言できますか」
「な、何を言っているんだ?お前は私の、私たちの娘じゃないか」
引きつった笑顔を浮かべる公爵に、ラウリーは微笑む。
「確かに私は貴方達の娘です。ですが、公爵家の令嬢として名前を背負うつもりはありません」
ラウリーの発言に、何を、と気色ばむ公爵夫妻に、ハンクスは一枚の書類を掲げた。
「この通り、ラウリー様は公爵家と雇用契約を結んでいらっしゃいます」
「私はこの契約に基づいて公爵家で働く使用人の一人であり、間違っても公爵令嬢などではありません。つまり、私が聖女に就任しても、この家の利益にはなりませんし、させません」
「は!?なんだ、それは!!」
「お疑いなら城の鑑定士に依頼して筆跡鑑定をさせましょう。この署名が誰のものなのか、明確にした方が宜しいでしょうからね」
奪おうとする公爵の手から逃げるようにハンクスは書類を丸めて身を引く。
「そ、そんな契約を公爵と結んでいたなんて、私は知らなかったわ!どうして母である私に相談してくれなかったの!?」
涙を浮かべる夫人へと向けられる視線は冷たい。
「私は常に公爵夫人の廃棄したドレスを拾ってきて繕い身にまとっておりました。私に関心があり、私を見ていたのなら、私の置かれている境遇に気づいたはずです」
ラウリーが淡々と指摘すれば、夫人は泣き崩れた。
「どうして母と呼んでくれないの?ドレスの件も、貴女が望んだと聞かされていたわ」
「───お嬢様の分の予算を巡り、公爵様の愛人と口論していたのは存じております。貴女様はその予算で舞台俳優に貢ぐのだと大声で叫んでいたではありませんか」
ハンクスもまた淡々と指摘をする。公爵夫人は顔を真っ赤にして唇を噛み締めた。
「な…!無礼な!貴女は母である私より、その男を信じるの!?どうして家族よりも他人の言葉を鵜呑みにするのですか!!」
母の嘆きとやらを、ラウリーは理解できない。
「では。どうして公爵夫人は娘である私を名前で呼んで下さらないのですか」
「え…?」
動揺した夫人へと場の視線が集まった。
「公爵も、私の名前を最後に呼んだのはいつなのでしょうね…」
娘の呟きに、公爵は顔を背ける。
頭にはあるのに、覚えているはずなのに、名前を呼ぼうとすると何故か声が出て来ないのだ。
「参りましょう、聖女様」
名前を呼ばれたいと心から親に願った時期はとうに過ぎ去った。今更名前を呼ばれたくはない。無意識のうちに使った聖女の力が彼らから言葉を奪っていた。こんな事のために力を与えたわけではないと神も嘆いた事だろう。
娘を虐げていたらしいと噂され、公爵家は社交界で針のむしろらしい。どんな事業も単独では行えない。どんな領だって他領との売買が発生する。次々に事業提携を打ち切られ、借金をしようにも真っ当な者からは借りられず。かなり苦労しているのだとか。公爵に囲われていた愛人は貢がれた宝石の数々を抱えて我先に逃げ出したというのだから逞しい。
とうのラウリーはもう済んだこととばかりに公爵家に興味を示さない。聖女としての修行を積み、国を覆う小さな奇跡を毎晩降らせることで、人々を平等に慈しむ日々を送っている。
「ところでラウリー様。婚約者はどうなりました?」
ハンクスの問いかけに、ラウリーは刺繍の手を止める。聖女として人前に立つ際の衣装をラウリーは自作しているのだ。代々受け継がれた聖女の衣装を見た途端、リメイクしたくて仕方なかったらしい。
「え?…ああ、いたわね、そう言えば」
忘れていたわ、と。ラウリーに悪びれる様子はない。どうでもいい、気に留める価値もないという判断なのだろう。
「婚約って家同士の契約でしょう?今の私は公爵家とは無関係だもの、無効でしょう」
婚約者の方は聖女を手放す気は無いらしく、会わせろと再三神殿に押しかけているのだが…。それもそうかとハンクスは納得して頷いた。
「ラウリー様───いえ、ラウリー。俺と結婚しません?」
「雑なプロポーズね、ハンクス。まぁ、いいけど」
「貴女の返事も大概ですよ」
「自ら苦労に飛び込む貴方を応援しているのよ、これでも」
一度も自分を不幸だと思ったことの無い、自分の痛みに鈍いラウリーは、他人の不幸や痛みにも鈍い。万人が幸福であれと、いい夢を見られるようにと祈りはすれど、悩みや痛みを打ち明けられても全く共感はできない。だから何?と内心思いつつ、役割としての笑みを浮かべるだけ。
不幸を感じないということは、逆に幸福をも正しく認識できないということではないか。そんな自分が聖女だなんて、ラウリーはおかしくて仕方ない。
「きっと壊れてるのよ、私。それでもいいなんて物好き、貴方くらいだわ」
[完]
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