ラウリーは夢を見ない

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 辟易しつつも現状を変えられないまま、数年が経った。ラウリーは16歳になり、そろそろ婚姻の話が進んでも良さそうなものだが、婚約者の愛する幼馴染が身篭ったらしく、婚約者はそれどころではないらしい。お陰でラウリーは母と弟から、いつまで家に居座るのかと罵倒されることが増えた。

 相変わらずラウリーは母の着古したドレスをリメイクするのが趣味で。そのドレスを着たまま調理場の下働きをしている。ジャガイモの皮を剥くのが得意だ。

 料理人を含め、使用人たちは極力ラウリーに関わろうとしない。ラウリーに関わることでクビになったら困るのだろう。唯一の例外が、家令見習いのハンクスだ。ラウリーの為、頭を悩ませてくれた家令見習いである。

 ハンクスはラウリーが賄いを食べる正当な理由を作るため、貴族令嬢のラウリー・アウラではなく、単なるラウリーとして雇用契約書を作成した。それを他の書類と一緒にしれっと公爵に提出して承諾の署名まで入手したのである。雇用契約書があり、仕事をしている事実がある以上、公爵家の規定に則り賄いを食べるのは正当な権利だ。それだけでラウリーは嬉しかった。生まれて初めて肯定されたから、泣いて喜んだ。

 ハンクスは、少ししかラウリーの力になれないことを恥じていたようだった。ラウリーに言わせれば、自分なんかの為に悩むなんて申し訳ないとしか思わない。





「お嬢様をお迎えにあがりました」

 ある日突然、白づくめの集団がラウリーを訪ねてきた。これには公爵夫妻も呆気にとられている。

「お嬢様こそが、次代の聖女様であるというご神託が下りました。して、聖女様はどちらに?」

 早く娘を呼んでこいと公爵は夫人を急かす。気が動転した夫人は自ら娘の部屋に足を運んだが、そこに娘の姿はない。どこにいるの!とヒステリックに叫ぶと侍女は淡々と「この時間は裏庭で洗濯をしておられます」と応えた。は?洗濯?何を言っているのか、そのような冗談に付き合う暇はないのだと、夫人は声を荒らげた。しかし他に宛もないので裏庭に向かう。洗濯物が風に揺れていた。そこに娘の姿はない。

 干場に居合わせた下女は夫人の登場に何事かと目を白黒させ、ラウリーなら厨房に向かったと答える。

 しかし、厨房に娘の姿はなく、料理人に聞くと、足りない分の野菜とハーブをとりに畑に行ったとのこと。畑!?野菜!?ハーブ!?夫人は娘の行動に腹を立てた。おおよそ公爵令嬢らしくない。娘には再教育が必要だ。聖女云々所ではない。

 夫人のヒステリックな独り言を聞き、使用人たちは顔を見合わせる。そもそも、働かないとラウリーに賄いすら与えないのは公爵夫妻だ。だからラウリーは日々雑用をこなしているのに、それを公爵令嬢らしくないと怒る。では一体どうしろというのか。

「奥様はお嬢様を餓死でもさせるおつもりですか?」

 騒ぎを聞き付けたハンクスは臆することなく夫人に問いかけた。

「そんなわけないでしょう!」

「家族の食卓に現れないお嬢様を心配することも呼びに行かせることもなかったじゃありませんか。むしろ清々すると断言なさってましたよね。お嬢様が日頃何を口にされているかなど興味もなかったんでしょう?だから、奥様は何もご存知ない。そんな奥様に、お嬢様を叱る権利などありませんよ」

 なんと無礼な!お前など解雇する!と夫人は騒ぐが、ハンクスは意に介さない。どうぞご自由に。飄々と応える態度に、夫人の怒りは募るばかり。退職金なんて出さないと断言しても、ハンクスの態度は変わらない。

 ハンクスの後を追い、畑近くの井戸に夫人は向かう。そこにいたのは継ぎ接ぎの寸足らずなドレス姿で野菜を洗う、泥だらけのラウリーだった。あまりの光景に夫人は目眩を覚えるが、驚いているのは夫人だけで、ついてきた使用人たちは誰一人驚いていない。これが日常だからだ。

「あら、ハンクス。どうしたの?」

「お嬢様にお客様です」

「まぁ!この格好ではお会い出来ないわね。着替えないと」

 ラウリーは目の前に母親などいないかのように、ハンクスと笑顔で会話をする。

「その必要は御座いませんよ、お嬢様。お客様は何もかもご存知ですから取り繕う必要など御座いません」





「おお、聖女様」

 白いヒゲをたくわえた老人が、恭しく頭を垂れる。泥だらけのラウリーは首を傾げた。

「せいじょさま?私の事?」

「えぇ、そうです。今までお迎えに上がれず申し訳ございませんでした。ご神託により、聖女様が16歳になるまでは密かに見守るようにとのことだったのです。ですが、心配は尽きず、勝手ながら護衛をお傍においたこと、誠に申し訳ございません」

 家令見習いであるはずのハンクスが老人の隣で片膝をつき、頭を下げる。

「今までお嬢様を騙し、申し訳ございませんでした。私は元々教会の護衛兵士です」

 ラウリーは、なるほど、と、声には出さず頷く。


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