不確定要素は壊れました。

ひづき

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本編

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 この国の王族は恋に盲目になる傾向が強い。しかも、盲目になった途端に、よくわからない底力と行動力を発揮する。

 シェノローラの父も、最初の結婚は政治的に回避できず───だったが、母と出会った際は15歳下の少女相手に根回しをしまくり外堀をガッツリ埋め、ウェディングドレスまで作ってから思い出したかのようにプロポーズをしたという。

 父方の叔父───グレイルの父も、ある日一目惚れした平民女性を追いかけるために、手紙一枚残して家出をし、偽りの戸籍で平民となって商会を立ち上げ、女商会長としてバリバリ仕事をしていた女性に勝負を持ちかけた上、その勝敗で結婚に漕ぎ着けたらしい。そんな叔父夫妻の商会は統合され、現在は国境を超えて幅広く活躍している。実はグレイルが城で働くことになったのも、叔父夫妻が世界中を回って新たな商品と出会うための旅に出掛けるから「息子を預かって」と手紙一枚で国王に託したからである。

「陛下と相談して、わたくしは、一日も早く嫁がなくては」

 シェノローラが結婚すれば、グレイルは自由の身だ。

 グレイルは、本当は両親の商会を継ぐために、そちらで働きたかったかもしれない。シェノローラは時々、そう思う。幼少期から長年城においてくれた恩義を感じてシェノローラの従者となったのなら、もう、解放されてもいいはずだ。

 鏡越しにシェノローラが相手の様子を窺うと、グレイルの表情は酷く硬かった。

「───シェノローラ第一王女殿下、急用を思い立ったので、明日から一週間ほど留守にさせて頂きます」

 一日たりとも、傍を離れなかった男が、何を言ったのか理解出来ず、ただ驚き、シェノローラは振り向いた。グレイルの手によって梳かれた髪が靡く。

「どこか具合でも悪いの?」

「───良かったですね。目につかないところに私が消えて嬉しいでしょう?」

 口端を吊り上げて笑うグレイルに、シェノローラの心は煮えたぎった。普段はお世辞でも笑わないくせに、嫌味を言う時だけ笑う男。もっと心を砕いて、どんな時も笑い合いたいのに、それが叶わない相手。本気で彼の体調を心配したのに、その心が彼には届かない。

「えぇ!嬉しいわ!なんなら明日からと言わず、今から離れなさい。あなた、ここに来てから1日も休んだことなかったものね?せっかくだもの、休日を満喫しなさいな」

 約10年間、欠かさず毎日一緒にいたことがおかしいのだ。勉強も公務も、何もかも、グレイルと一緒だった。そのくせろくに会話をしたことがない。

 ───ねぇ、

 あなたの趣味は何?

 あなたは何が好き?

 あなたは将来何がしたい?

 出会ったばかりの頃はシェノローラが気を使って一生懸命グレイルに質問ばかりした。彼は一度も答えてくれず、やがてシェノローラも問いかけることをやめてしまった。諦めてしまった。

 修復も何も、最初から2人の間には何も無い。

 何も無いはずなのに、シェノローラの中で、何かがひび割れる音がした。





 グレイルが居なくなって3日後。

 よくわからない憤りを心の中で殴りつけながら、学園内を歩いていた。次の授業に備え、本校舎から少し離れたところにある実験棟に向かう。

 グレイルが離れてから、頭の中はぐるぐるとよくわからない嘆きが渦巻いていて、何をやっても上手くいかない。自分でもよくわからない、普段でもやらないようなミスをして文官から失望の眼差しを受けたり、メイドたちから心配されたり、「貴女様らしくもない」などと講師から小言を頂戴したり。

 空っぽのはずの心の中がぐちゃぐちゃだ。

 だから、気づくのが遅れた。気づいた時には目の前を数人の男子生徒が立ち塞がっており、取り敢えず立ち止まる。邪魔だなと思い、避けようとするが、相手が制止してきた。中庭の木々がざわめく。昼食時でもなければ、あまり人の来ない場所だ。長い廊下を迂回するよりは実験棟に早くつけるため、シェノローラが重宝しているルートである。

「何か、御用?」

 用があるから、わざわざシェノローラのスケジュールを把握した上で待ち伏せしていたとしか思えない。内容までは想像がつかなかった。

 確か、公爵家の養子と、伯爵家の三男坊と、男爵家の跡取りと、聖女ミリアの甥だったか。あまり関わった覚えのない人物だ。

「シェノローラ王女!アンタが身分を盾にリリアをイジメてるんだろ!?」

「───?」

 突然怒鳴られ、シェノローラの心が白紙になる。

「僕たちの天使を害するのは許さない!貴女のような冷酷な女性が王族を名乗るのも納得がいかない!」

「リリア嬢は、必死に君を庇っていたよ。自分は危うく死にかけたのに、ね。君はそれでも何とも思わないの?」

「人として有り得ません。そのような輩が権力を持つなど、あってはならないことです」

 いっぺんに言うものだから、どれが誰のセリフなのかもわからない。


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