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しおりを挟む本人同士で話して来いと父に言われ、自分の夫となる男性と二人で庭を散歩するはめになった。
突然過ぎてカナリアは話題が見つからない。こういう時、前置きなく実務的な話をしても良いのだろうか。シルヴェートは長男で、カナリアは一人娘だ。シルヴェートが婿入りするのだろうか、あるいはカナリアが嫁いで遠縁から跡取りを迎えるのだろうか。
前置きになりそうな話題を探す。思い出すのはアリスという少女だ。ほぼ初対面に近いタイミングで話題に出すには不適切過ぎる。
「僕の顔に何かついていますか?」
無意識にシルヴェートを凝視していたらしい。シルヴェートと目が合う。彼の表情に嫌悪などは見られない。そのことにカナリアはホッとした。アリスの件で女性不信になっているのでは、と過ぎた思考を巡らせていたことに気づく。下世話な憶測だ、と自身を窘めて咳払いをした。
「いいえ、シルヴェート様は相も変わらずお美しいお顔ですわ」
言ってから、これはこれで何を言っているのかとカナリアは唖然とした。どうも自分は思っている以上に動揺しているらしい。
くすり、とシルヴェートが笑みを零す。それさえ小説の一幕のように美しい。
「僕の顔が貴女のお眼鏡にかなったようで安心しました」
「えぇ、それはもちろん。シルヴェート様ほどお美しい男性を他には知りませんもの」
面食いなのかと問われれば恐らく違う。とはいえ、どうせ結婚相手を選べない宿命なのだ。父より年上の老人が相手でもおかしくなかった、それを考えれば相手が極上の美しさを持つ同年代の男性だなんて幸先が良い。
「それは良かった。このまま貴女の中の一番は僕でありたいものです」
「…そう、思われるのですね」
顔は、一番だ。顔は。ただそれ以外は何も知らない。順位のつけようがない。
「実は、この婚姻を望んだのは僕なんです」
足を止めたシルヴェートを振り返る。目が合うと彼は表情を緩めた。カナリアには分からない。ただ怪訝な表情を返すばかり。
「貴方様の利益になるような価値が我が家に…?」
何かあっただろうか。婿入り出来るという点では需要があるだろう。そのくらいしか思いつかない。
「貴女が」
「私が?」
「ずっと僕は貴女に恋をしていました。もちろん今も貴女が好きです」
照れ臭そうに笑う彼を前に、カナリアは反応に困り、顔を引きつらせた。何を言っているのだろう、この男は。端的に言えばそのような感想しか湧かない。
「ずっと、とは?…たしか、婚約者が、いらっしゃいましたよね?」
確かも何も。シルヴェートという人物と合わせて有名だった婚約者だ。お似合いの二人、お似合いの美男美女。
学生時代に絡んでいたアリスとて、可愛い美少女だった。
あの二人を差し置いて何故。
自分で言うのも虚しいが、容貌だけで優劣がつく争いである。
「もちろん貴族の義務と割り切り婚約者を大切にしていたつもりです。しかし心は縛れませんから。───何を利用してでも機会を逃すつもりはなかったんです」
「…っ?」
何を言っているのか。分からない。ただ漠然とした恐れを覚えてカナリアは一歩後退る。そんなカナリアを見つめるシルヴェートの目はどこまでも優しい。
□ □ □ □ □
母に連れられてサロンに顔を出す。当時5歳だったシルヴェートは社交というものの必要性を説かれても今ひとつ理解出来なかった。ただ、よく分からないが必要らしい、という程度の認識。母の隣でニコニコして、お行儀良く座るだけで良い、そんな、まるで母のオプションかアクセサリーのような扱いに辟易しつつ、このような時でないと母の近くにいられないのも事実。幼いシルヴェートは葛藤しながらも、表面上はご機嫌で座っていた。
中央の一段高い舞台上では、誰かが詩を朗読したり、楽器を弾いたりと、何かしらの芸術的手腕を披露していた。いつか自分もあそこに立たされるかもしれない、そう思うとシルヴェートは憂鬱で仕方ない。
「今日は頼み込んで金糸雀を呼んでおりますの」
主催者の女性が母に耳打ちする。
「まぁ。あの有名な小鳥を?さぞ渋られたのではなくて?」
「それはもう苦労しましたわ」
あまりにも渋るものだから相手の弱点となっている領地の災害の件を持ち出し脅して、礼金を積んだのよと主催者は笑う。シルヴェートは目の前で楽しげに交わされた会話の内容に、自身の母が知らない人間のようで怖くなった。
残酷な大人の都合で見世物にされる小鳥とは、どのような鳥だろう。隙を見て鳥籠から逃してあげられないだろうか。
子供ながらに真剣に悩むシルヴェートをよそに、金色の髪が美しい少女が現れて堂々と歌い出す。
その揺るぎない姿の力強さに。
儚く震える睫毛に。
伸びやかな歌声に。
シルヴェートは時が止まったかのように魅入った。
「さすが金糸雀ね」
母の満足そうな声に、あの少女が卑怯な手を使ってでも主催者が引っ張り出したいと望んだ金糸雀という小鳥なのだと知る。
楽しそうに脅迫したのよと話す大人達に嫌悪感を抱いていたのに。鳥籠から逃してあげたいと思っていたのに。
シルヴェートは、強く、強く渇望する。
───あの子が欲しい。
それまでのやる気のなさが嘘のようにシルヴェートは勉学に励んだ。家庭教師のお墨付きを追い風にして経営の勉強がしたいと父に強請り、小さな商会を手に入れて。資金を稼ぎつつ、母に同行してサロンに顔を出した。籠の中の鳥は未だ他人の手には渡っていないらしい。どんなに脅しても彼女の父親が娘を手放さないのだと不満そうに言う男の声を聞き、シルヴェートは闘争心を燃やした。
既にシルヴェートには婚約者がいたが、そんなことより、少しでも早く大人になりたかった。浅はかな子供だったとシルヴェートは後に自嘲する。
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