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しおりを挟むアリスに対する周囲の反応は大きく別れた。
興味本位で近づき、貴族令嬢にはない明るさに魅了される人達。
異物だと見做し、排除しなければと考える過激派。
面倒事の気配を察して距離を置く人達。
カナリアは一度会話をした後、距離を置くべきという判断をした。元々アリスに名乗ってもいない。名乗りもしない相手に身の上話を明け透けに話したアリスは思い返しても変な人だった。
シルヴェートを始めとする何人かの令息はアリスの魅力に嵌ったらしい。いつの間にかアリスを中心とする集団の中にシルヴェートの姿もあった。「シル」とアリスに愛称で呼ばれても拒絶せずに応える彼の姿を見かけた。
そんなアリスを睨むのは、自身の婚約者がアリスの取り巻きになってしまった令嬢達だ。必然的に彼女達は排除派と形容されるようになった。
「ねぇ、そこのあなた」
カナリアが振り向くと、そこに珍しく一人きりのアリスがいた。
「何か御用でしょうか?」
カナリアは努めて平坦な声を出し、柔らかく問い返す。
「バーバラさんに呼び出されたんだけど、この温室ってどこにあるの?」
アリスの手には白い便箋があった。それをカナリアに見せてくる。藍色の万年筆で用件のみが綴られており、宛名もない、差出人の名前もない。バーバラ嬢の家格を考えれば不自然な便箋だった。高位貴族の令嬢は便箋に家紋の透かしが入ったものを使うのが一般的である。その透かしが見当たらない。
どうしてこれがバーバラ嬢からの物だとアリスは断言したのだろう。そう疑問には思ったが面倒事に首を突っ込むわけにはいかない。問われた内容にのみ答えればいい。
「温室でしたら、そこの角を曲がって真っ直ぐ進んだ先、右側に見えるはずです」
「ふぅん、そう。行ってみるわ。ありがとう」
嫌な予感がしてカナリアは学園を早退した。
カナリア早退後───
突然アリスが姿を消したことに、取り巻き達が慌てて探していたところ、悲鳴が響き渡った。取り巻き以外の人達も悲鳴を聞き駆け付けた。
そこには燃え盛る温室。内側からドアをドンドン叩く悲鳴の主、アリス。彼女は無事に救出され怪我はない。騒ぎに集まってきた人達の中にバーバラ嬢を見つけたアリスは迷わず、彼女が犯人だと訴えた。
当然、証拠を出せとバーバラ嬢の取り巻きが騒ぎ、アリスを庇うように令息達が進み出る。
「バーバラ嬢が私を呼び出したっていう証拠の手紙は燃えちゃったけど、証人ならいるわ!」
そう自信たっぷりに答えたアリスは、該当者を探す。探すがいない。そもそも名前を知らない相手だ。
後日、証人を探して大騒ぎになった、という事の顛末を級友から聞かされたカナリアは危機を回避できたことに安堵した。
あの、道を尋ねるという行動は、証人を作る為の行為だったらしい。バーバラ嬢に呼び出された温室にアリスが向ったと言ってくれるはず、と期待したのだろう。例えカナリアがその場にいたとしてもアリスに期待されたような証言はできないが。あのように怪しい便箋だけで自分より家格が上の人間を貶める発言なんて出来るわけがない。
大衆の前で矢面に立たされる、想像しただけで恐ろしい。
カナリアは迷わず書類に万年筆を走らせた。内容は経営する商会および領地視察を理由とする休学届けである。貴族の子女は幼いうちから経営を学び実践している者が多い為、こういった理由で長期間学園を休むのは珍しくない。一定の成績さえ納めていれば学園側も寛容だ。ほとぼりが冷めるまでカナリアは父親のいる領地へ逃げた。
カナリアが不在の間も学園ではトラブルが頻発したらしい。久しぶりに学園へと足を踏み入れたカナリアに、噂好きの人々が喜々として教えてくれた。
何でも、令息達が背後にアリスを庇い、婚約者である令嬢達と睨み合っている。そんな光景が珍しくないのだとか。令息達は「不貞ではない、友情だ」「嫉妬は見苦しい」などと口を揃えて婚約者を糾弾する。令嬢達は呆れを見せ、カナリアが復学するのと入れ替わるように彼女達は学園に姿を見せなくなった。
婚約者を蔑ろにし、アリスを囲んで昼食をとる姿。アリスを中心におき、令息達が集団で歩く姿。婚約者がいても露骨だったが、婚約者達が姿を消すと、調子づいた集団はますます目立つようになった。
慎みのある令嬢は婚約者のいる男性を侍らせたりしない。下心のない女は、いくら親しい友人であっても異性の太腿に手を置いたりしない。アリスを中心とする集団の親密さは異質で異常だ。あれで不貞ではないと言われても、令嬢も令嬢の親も納得しないだろう。
案の定、令嬢達の家が一斉に婚約破棄と損害賠償を令息達の家に突きつけた。休学したのは単に婚約破棄の準備が必要だったから。貴族の家と家を繋ぐ婚約は、両家の事業運営などに深く関わる為、当人達だけの問題ではない。その分、事情説明や代替え案の準備など、必要な根回しは多い。
婚約破棄を突きつけられて驚いたのはアリスと令息達本人のみ。令息達の親を始め、社交界の面々には予想できた動きだったので特に驚きはない。令息達の実家は即刻謝罪と共に問題児との絶縁を公言し、家を、領地を守るため行動した。
例外はシルヴェートだけ。彼はアリスから差し入れられた菓子に薬品が混入していることに気づき、国に報告していた。その後、国からの依頼でアリスの動きを報告する密偵として動いていたのだ。それでも彼を信じられないと、そんなのは後づけの理由なのではと言い募り、バーバラ嬢は婚約解消を望んだ。シルヴェートは何も言わず、バーバラ嬢の願いを受け入れたらしい。
結局、アリスは逮捕され、アリスの取り巻きとなっていた令息達は学園からも貴族社会からも姿を消したのである。
□ □ □ □ □
人の心は御し難い。頭で分かっていても、理解しても、納得出来るかは別だ。
バーバラ嬢は他国に嫁いだと聞く。そんな話を思い出しつつ、カナリアは隣を歩くシルヴェートを見上げた。
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