後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第一章 

9 淡い気持ち

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「あのな小蘭。城の兵士達は今、俺達のことを血眼になって探している。ほとぼりが冷めるまで、しばらくは身を隠さないと危険だ」
「あ……」
 上手く会話をはぐらかされた気もしたが、確かにそれは重要な問題だ。
 蒼龍は、ふっと息を吐いた。
「ここの厩の爺さんは、古くからの知り合いだから、頼めば協力してくれるだろうが……。残念ながら最近は少し耄碌もうろくしていてな。いずれは見つかる恐れがある」
「じゃあ、どうすれば……」
 
 蒼龍は、ぐっと眉間に皺を寄せて尋ねた。
 
「小蘭、どこかにあてはないか?」
「うーん……、そんなこと言ったって」

 こっちへ来てからというもの、後宮内を出たことがない小蘭にそんなあては中々ない。婆やなら助けてくれるかもしれないが、連絡する手段がない。
 
 ――そうだ!
 小蘭はぱっと顔を上げた。

「春明先生! 先生のところに行きましょう。先生なら、きっと分かってくださるもの」
「春明先生って……、もしかして、英春明インチュンミンのことか?」
 蒼龍は苦い顔をした。

「そうよ、蒼龍も知ってるのね。だったら話は早いわ。大丈夫よ、先生はいたいけな私を処刑場に送り込んだりなんてしないわ」
 
「いや、アイツはちょっと……うるさいんだよな」
「そんなことない! それはきっと、蒼龍の普段の行いが悪いからよ」

「ちぇっ……、まあいい。じゃあその線で行くとして……。そろそろ休むぞ。夜明けまでにここを出て、英春明に話をつけないと。おやすみ、小蘭」

 そう言うと蒼龍は目を閉じて、あっという間に寝息を立てはじめた。
 小蘭は、少し笑って囁いた。
「おやすみ、蒼龍」
 
 高窓から差し込む月光が、蒼龍の寝顔を柔らかく照らす。
 眠れぬままの小蘭は、その穏やかな寝顔を見つめた。こうしてみると、本当に綺麗な顔――。
 そのうちに寝息が、規則正しく変わってきた。
 すう……。

 静寂の中、穏やかな吐息だけが聞こえてくる。人肌の温かさが心地よい。誘われるように、やがて小蘭のまぶたも重たくなってきた。

「フワッ」
 欠伸を一つ。

  そういえば……。
 夢とうつつの狭間に、小蘭の心は再び北の草原へと帰っていった。
 あの頃の私は、本当にお兄ちゃんの事が大好きで、「お兄ちゃんのお嫁さんになる」なんて思ってた。だから、「兄妹は結婚できない」って知った時は、悔しくて腕に思いっきり噛み付いてやったんだ。
 ――あの傷、三カ月も残ったんだっけ。

 蒼龍の胸の内から、穏やかで規則正しい鼓動が伝わってくる。
 トクン、トクン。
 それに重なるように、少し早いリズムを刻むのは小蘭の鼓動。
 トクトクトク。
 
 ホッと安心する気持ちと胸をドキドキさせるときめき、相反するふたつの気持ちが、ひとつのリズムを奏でている。

 この気持ちを、一体何て言うんだろう。
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