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第二章 華燭
47 春明先生の処方箋
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再び、場に沈黙が流れる。
春明の、薬木を砕く音だけが、長閑な庭先に響いている。
小蘭はふと顔を上げた。これを言えば、もう戻れない――でも、吐き出してしまいたい。
とうとうこらえきれず、か細い声で呟いた。
「ねえ、先生。蒼龍はさ……まだ黎妃様を愛してるの。本当は、成り行きで仕方無く一緒にいるのは、私じゃなくて蒼龍のほう。私なんて……黎妃様の身代わりに過ぎない」
春明は手を止めると、静かに小蘭を見つめた。
「小蘭。あなたは、自分に自信がなさすぎる」
「え」
キョトンとして目を瞬かせた小蘭を見て、春明は柔らかく微笑んだ。
「何も、そんなに驚いた顔をしなくても。蒼太子があなたをどう思っているか――。私には想像しかできませんが」
春明は、重たげに睫毛をもたげ、息を吐いた。
「少なくとも、あなたが黎妃様の身代わりだなどとは思いませんよ? 黎貴妃はスープに浮かんだカエルなど、絶対に投げつけたりはしないでしょうから」
「わ、私だって普段からそんなことしないわよ。……たまにしか」
小さく付け加えた最後の言葉に、春明はくっと笑いを堪えた。
「そうですか。……私はね、蒼太子は間違いなくあなたに惹かれていると思いますよ」
「うそ!」
「嘘ではない。あなたの魅力は意地悪をする相手にカエルを投げつける強さや、蒼太子にも遠慮なく悪態をつく思い切りのよさだ」
「む……」
半分は褒め、半分は貶す春明のいつもの毒舌に、小蘭は唇を尖らせた。
「……蒼太子は、きっと不安なのでしょう。幼く無垢なあなたを怖がらせてしまわないかと」
「私、幼い?」
「……少しね。彼なりに時を待っているのでしょう」
「う~……ん」
果たして、そうなのだろうか。
気持ちの晴れない小蘭に、春明はさらに畳みかけた。
「いっそ、本人に聞いてみてはどうですか? どうせ今夜も蒼太子は、嬉々としてあなたの房に来られるでしょう」
「いやっ! そんなこと聞いたら、絶対バカにされるもの」
『ふうん、そっかあ~。まさか小蘭がそこまで俺に惚れているとはな~』
なんて、ニヤニヤと勝ち誇った顔が目に浮かぶ。
その癖、肝心なところは冗談めかしてはぐらかす……。そんなの、絶対に嫌だ!
「ふふ、その意地っぱりこそ、そろそろ卒業してもいいのでは? ――恋する気持ちは、武器にも毒にもなる。使い方次第ですよ、小蘭」
春明は、頭を抱えている小蘭を、柔和な笑顔で包み込んだ。
それは普段のからかいでも毒舌でもなく、優しき者を護ろうとする、皇后様と同じ――強き大人達のそれだった。
「ああ、もう日が傾いてきている。少し喋り過ぎました。……さあもうお行き。あなたが毒カエルをくれてやった姫が、もうすぐここへやってくるから」
「分かったわ……ありがとう」
春明の部屋を追い出され、小蘭は帰り道でその言葉を反芻していた。
時を待つ? やせ我慢? ――先生の言葉は、いつも少しだけ難しい。
(それにしたって、悔しいや)
私ってば本当に、蒼龍のこと……好きになっちゃってたんだ。
『恋心は武器にもなる』ーーだなんて。
春明先生は宦官だけれど、誰かを好きになったことが、あるのかなぁ……。
碧衣や尚真、婆やに春明先生ーー小蘭に味方は大勢いるが、凜麗たちの嫌がらせは、日に日に激しさを増すばかり。
本当は蒼龍に愚痴ってしまいたいけれど……。
春明先生もおっしゃった通り、表の政権争いに関わるならば、それは悪手に違いない。そもそも、告げ口なんて自分の流儀には合わないし。
「よーし、頑張るぞー」
己を鼓舞するように声を張り上げると、小蘭は、自分の房のある、北宮に向かって駆け出した。
しかし――。
そんな小蘭の決心を嘲笑うかのように。
春明の忠告の甲斐もなく、小蘭の後ろには、冷たい影が迫りつつあった。
春明の、薬木を砕く音だけが、長閑な庭先に響いている。
小蘭はふと顔を上げた。これを言えば、もう戻れない――でも、吐き出してしまいたい。
とうとうこらえきれず、か細い声で呟いた。
「ねえ、先生。蒼龍はさ……まだ黎妃様を愛してるの。本当は、成り行きで仕方無く一緒にいるのは、私じゃなくて蒼龍のほう。私なんて……黎妃様の身代わりに過ぎない」
春明は手を止めると、静かに小蘭を見つめた。
「小蘭。あなたは、自分に自信がなさすぎる」
「え」
キョトンとして目を瞬かせた小蘭を見て、春明は柔らかく微笑んだ。
「何も、そんなに驚いた顔をしなくても。蒼太子があなたをどう思っているか――。私には想像しかできませんが」
春明は、重たげに睫毛をもたげ、息を吐いた。
「少なくとも、あなたが黎妃様の身代わりだなどとは思いませんよ? 黎貴妃はスープに浮かんだカエルなど、絶対に投げつけたりはしないでしょうから」
「わ、私だって普段からそんなことしないわよ。……たまにしか」
小さく付け加えた最後の言葉に、春明はくっと笑いを堪えた。
「そうですか。……私はね、蒼太子は間違いなくあなたに惹かれていると思いますよ」
「うそ!」
「嘘ではない。あなたの魅力は意地悪をする相手にカエルを投げつける強さや、蒼太子にも遠慮なく悪態をつく思い切りのよさだ」
「む……」
半分は褒め、半分は貶す春明のいつもの毒舌に、小蘭は唇を尖らせた。
「……蒼太子は、きっと不安なのでしょう。幼く無垢なあなたを怖がらせてしまわないかと」
「私、幼い?」
「……少しね。彼なりに時を待っているのでしょう」
「う~……ん」
果たして、そうなのだろうか。
気持ちの晴れない小蘭に、春明はさらに畳みかけた。
「いっそ、本人に聞いてみてはどうですか? どうせ今夜も蒼太子は、嬉々としてあなたの房に来られるでしょう」
「いやっ! そんなこと聞いたら、絶対バカにされるもの」
『ふうん、そっかあ~。まさか小蘭がそこまで俺に惚れているとはな~』
なんて、ニヤニヤと勝ち誇った顔が目に浮かぶ。
その癖、肝心なところは冗談めかしてはぐらかす……。そんなの、絶対に嫌だ!
「ふふ、その意地っぱりこそ、そろそろ卒業してもいいのでは? ――恋する気持ちは、武器にも毒にもなる。使い方次第ですよ、小蘭」
春明は、頭を抱えている小蘭を、柔和な笑顔で包み込んだ。
それは普段のからかいでも毒舌でもなく、優しき者を護ろうとする、皇后様と同じ――強き大人達のそれだった。
「ああ、もう日が傾いてきている。少し喋り過ぎました。……さあもうお行き。あなたが毒カエルをくれてやった姫が、もうすぐここへやってくるから」
「分かったわ……ありがとう」
春明の部屋を追い出され、小蘭は帰り道でその言葉を反芻していた。
時を待つ? やせ我慢? ――先生の言葉は、いつも少しだけ難しい。
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『恋心は武器にもなる』ーーだなんて。
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「よーし、頑張るぞー」
己を鼓舞するように声を張り上げると、小蘭は、自分の房のある、北宮に向かって駆け出した。
しかし――。
そんな小蘭の決心を嘲笑うかのように。
春明の忠告の甲斐もなく、小蘭の後ろには、冷たい影が迫りつつあった。
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