後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第二章 華燭

62 逢いたい

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「ここを通ること、まかりならん!」
 ドオォンッ――!
 大槍が地に打ち付けられ、大地が震えた。

「な,なんでだよっ、オイラ、春明先生のご用があるんだよっ」
「そんな話は聞いておらんっ」

  延禧宮門――後宮の唯一の出入口。

 そこでは見るも珍しい、奇妙な問答が繰り広げられていた。

 門の前に立ちはだかるのは、七尺ほどもある大男。
 そのぶ厚い胸板に挑む度に、黒い頭の小さな童子が、虫のように弾かれている。

 何度目かで、とうとう黒いかつらの下から、金色の地毛が覗き出た。

「おお? ついに正体を表したな、小鼠が」

 顎髭あごひげに手をあて、面白そうに自分を覗き込む男。
 
 もう起き上がる気力もない。地べたに座り込んだまま、小蘭は怒鳴り散らした。
 
「お願い、退いてよ! 私、どうしても蒼龍に会わなくっちゃいけないの」
「ガーッハッハ。何を抜かす。たまに居るのだ、こういう妃が。いいか、お前のようなチビっに、蒼太子はお会いにならん!」
「この、わからずや!」

〝蒼龍に会いに行く〟
 そう決意した小蘭は、無謀にも、正面突破を試みた。
 そうして、案の定、この巨漢に門前払いをくらわされた。


 小蘭だって別に、最初からこんな無謀をやり出したわけではない。

 最初は『孩子』――小さな男の子の変装で、春明の宮廷でのご用に着いて行って、脱出するつもりだった。
 ところが、あてにしていた春明は、珍しくいおりを留守にしていた。

 それは、その日だけではない、次の日も、また次の日も。
 途中で、何となくそれが、戦に関係している気がして――例えば、お医者様として行軍に同道するとか――小蘭は早々に方針転換した。

 それが、この正面突破。
 
(こうなったら――!)
 
 小蘭は、腹をかかえて笑っている門番の虚を突いた。
 身体を低くし、座った姿勢で足に力を貯めていく。
 
 そうして――。

(それ!)
 一気に、男の足の間を目掛けて突進した。
 
「お、おおっ?!」

 すっかり油断していた男。その股下を、小蘭はするりと抜けた。

(やった?!)
 大門の扉の角に手が届く――

 かに思えた時、ふわりと身体が浮き上がった。

「ったく、なんて素早い金ねずみだ、危ないあぶない」

 あえなく首根っこを掴まれた小蘭は、じたばたと手足を動かした。

「うー、くそっ! 離しなさいよっ」
「ほい」

 言われたとおり、男が襟を離すと、小蘭はたちまち地面に落下する。
「ぎゃん!」犬のような声とともに、小蘭はしりもちをついた。
 
「痛っ……たあ……。ちょっとあんた……いたいけな乙女を雑に扱わないでちょうだい!」
 
「アーッハッハ。いたいけな乙女は、そんな口を聞かねえって。いいかチビっ娘。俺はな、その蒼龍太子にここを任されてる。たとえ貴様が皇太の妃……プッ、だったにしろ――」
 
 彼は、ぎん、と目玉を剥いた。
「何人たりとも、ここを通すわけにはいかん!」

 ドオォンッ――!

 男は、再び槍を突いた。


 *

 うう、何て忠義がんこな門番だろう。

 小蘭の目論見は、見事に砕けた。
 しょぼくれて肩を落としつつ、小蘭は、春明の診療室へと向った。

 今日こそは居るかもしれない。
「……せんせ」
 しかし、やはり彼は居ない。

 小蘭は、ようやく諦め、自房へ向かっていくのだった。
 
 ――ああ、だめだ。出立の日さえ分からない中、気ばかりが焦ってしまう。
 嫌な感じがしてならない。

 ひとりでいればいるほど、脳裏には、〝戦〟よりも恐ろしい考えが浮かんでくる。

 日鳳に策を描かせて、まんまと総大将に名乗りを上げ、結婚を延期させた蒼龍。
 
 曹丞相は、きっと怒っている。
 蒼龍が無理を通したのなら、そのままにしておくはずがない。
 ――戦場で、何か起きても、おかしくはない。

 妄想を膨らませるだけ膨らませ、小蘭はまた、強く首を振った。
 何言ってるの、大丈夫よ。
 蒼龍には、頭の良い日鳳だってついているのに、信じなくってどうするの?
 
 でも――会いたい。
 会って、彼の口から確かめたい。

 それから、それから。
 今度こそ、自分の想いをちゃんと伝えるんだ。
 貴方が好きだ、一緒にいたいと。

 自分はもう、ここでじっとしているしかないのだろうか。
 あたかも碧衣が言ったように、彼が会いに来てくれるのをただ待って。
 そんなの――。

「そんなのは嫌!」

 小蘭は再び門へと向かった。

 
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