不運な王子と勘違い令嬢

夕鈴

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最終話

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 全てを騙した美女は笑っていた。
 勝利を掴んだ美女は鳥籠から飛び出した。
 代わりに贄となる少女に心の中で感謝しながら。

***

 王がレティシアに婚姻を急がせたのは執務放棄を覚えたクロードの手綱を握らせるためである。ステイ学園を卒業しないと成人した貴族として認められないため婚姻を結べなかった。
放棄さえしなければ、さらに優秀になった息子のおかげで会議はすぐに終わった。

 会議に送り出した頼りになるはずの元婚約者の豹変を受け入れられないレティシアは、アリアとのお茶会を早々に切り上げてある部屋に乗り込んだ。アリアは息子のことで苦労をかけている義娘に甘くなり、公務も積極的に取り組むようになっていた。
 レティシアの努力によりクロードの容姿はもとに戻った。だがどんなに魔法を試してもレティシアの目に映るクロードの様子はおかしいままだった。

「レオ殿下、どう責任とるつもりですか!!クロード殿下がおかしくなりましたわ!!」
「お前、俺と会って大丈夫なのかよ」

 軟禁されているレオは怒鳴りこむレティシアに驚く。
 レオに面会するのは王と世話役の騎士だけだった。

「門番は買収してますわよ。貴方のブラコンの所為で聡明で穏やかな殿下が冷たくておかしい殿下に変わってしまいましたのよ。どう責任とりますのよ!!」
「軟禁されてる俺に言われても…。母上はお元気か?」

 レティシアは恐怖を思い出し震えそうになる体を抱いた。
 レティシアの監禁の主犯のレオの連座でサラやシオン一族を冷たい顔で断罪しようとしていたクロードを見た時は恐怖で震えた。
 国としての大損害のためアリアに教えてもらった方法で羞恥に震えそうになる自分を叱咤し止めた。
 そしてレオを許さないと決めて計画を立て忍び込んだ。

「サラ様はシオンに帰られました。役目を果たさないなら不要とクロード殿下が容赦なく断罪しましたわ。シオンの遠縁の薬学教授は研究所に送られました。斬首を止めるの大変でしたのよ。恐怖政治を始めそうで私は」
「レティ?」

 レティシアは聞こえるはずのない声と体を襲う冷気に目を見張って恐る恐る振り向く。

「殿下!?会議はどうされましたの?」
「終わったよ。迎えにいったらいないから探したよ。ここは危ないよ。どういうことかな。会わないようにと」

 冷たい空気を纏い上着を脱いでレティシアに羽織らせて肩を抱くクロードに身を任せながらレティシアはレオを睨んだ。レオへのトラウマよりもクロードの豹変のほうが怖かった。

「レオ殿下も働かせましょう。私の監禁はクロード殿下に構ってもらえず拗ねた幼稚なレオ殿下の悪戯ですよ。クロード殿下が兄弟の時間を作るならレオ殿下もバカなことしませんよ。きちんと王族として責任を果たしてもらいましょう。監視にリオをつければよろしいかと。来週には帰国しますわ」
「レオは私に構って欲しかったのか。言ってくれればいくらでも時間を作ったのに。いくらでも…。レティの願いは叶えるよ」
「是非お願いいたします。ではご兄弟でお話を。私は先に部屋に戻りますわ」


 レオはクロードを見て、恐怖に襲われ震える体を思わず抱きしめた。


 心を落ち着けるために庭園の澄んだ泉に飛び込んだレティシアは監禁されて性格が変わった自覚があるが一番変わったのはクロードと確信していた。
 いつも穏やかな笑みを浮かべていたクロードが冷笑を覚え、レティシアに不敬を働くものは容赦なく断罪する。レティシアがいないと眠れないとクロードは弱った笑みを浮かべて呟く。
 レティシアは必死に令嬢モードで対応していたが、間に合わなくなった。
 レティシアが突っ込まないとクロードがおかしいことを始める。

 穏やかで優しい第一王子の豹変は急な婚姻の所為とされ常に付き添うレティシアは悪女と一部で囁かれる。付き纏われているのはレティシアであり一緒にいるのは王命である。
 レティシアは自分が苦労しているのにレオがのんびり軟禁生活を送っているのを許せない。
 レオはクロードによる恐怖の調教を受け、監視をつけられ軟禁生活は終わりを告げた。そして過酷な公務に駆り出される。監視役はリオとエドワード。

「レオ殿下がバカなことしなければ良かったんですよ。クロード殿下が」
「お前、俺のところに来るなよ!!兄上が」

 嫌そうな顔で犬を払うように手を振るレオをレティシアは睨みつける。

「来世があるなら養蜂家のお嫁さんになります。もう貴族なんて嫌ですわ」
「安易に言うなよ。兄上が養蜂はじめるだろうが!!」
「庭園で養蜂なんて始めれば侍女と庭師が悲鳴をあげますよ。王太子妃なんてなるつもりありませんでしたのに。代役のつもりでしたのに……。正妃も望んでませんわ。そういえばエイベルはどこに行きましたの?私は一発殴りたいんですが」
「騎士見習いに降格させられ、墓地の警備隊に配属」
「ズルいですわ!!ほとんど仕事ありませんわよ?あら?ビアード公爵家ってエイベルだけですよね?」
「ビアードの血を絶やさないために手は回されている。エイベルはビアードを継げない」

 レティシアは息を飲んで、両手で拳を握りブルブルと体を震わせ下を向いた。

「レティシア?具合が悪いなら兄上のところに」

 しばらくして顔をあげたレティシアは嫌そうな顔のレオの腕をがっしりと掴んだ。

「エイベルだけ逃げるなんて許せませんわ!!レオ殿下、転移してくださいませ」
「うわ!?兄上に頼め」
「一人だけ平穏な場所で余生を過ごすなんてありえませんわ!!どうして被害者の私が苦労して、代わって欲しい」
「離れろ」

 怒りで震えるレティシアにレオがさらに嫌そうな顔をして叫ぶ。レティシアの手を力づくで振りほどいたことが兄に見つかれば制裁が待ってるのを身を持って知っていた。

「お前が兄上の隣で大人しく微笑んでいればいいんだろうが」
「そんな単純ではありませんわよ!!誰か悪女を王宮から追い出してくださいませ!!昔のクロード殿下が恋しい。ブリザードを出す殿下なんて知りたくなかった」
「俺だって兄上があんなに恐ろしかったなんて。父上さえも敵わない」
「陛下はお優しいのに。ルーンに帰りたい」
「言葉に気をつけろ。エドワードはお前が本気で願えば反乱起こすぞ」
「ありえませんわ。エドワードは貴方と違っておバカでも愚かでもありません。私の優秀な弟は出来が違いますのよ。次は監禁ではなく浚ったらどこかに捨ててください。そういえばルメラ様はどうされたのかしら?お嫁にいかれたそうですが」
「お前、なんで知らないんだよ。念願のラル王国の王子に嫁いだ。王太子の妾」
「え?確かご高齢ですよね?王太子とは名ばかりの、宰相が実権握っている国ですわ。でもお可愛いらしいルメラ様ならイチコロさせてお好きに過ごしてますよね。妾なら教養もいりませんし、羨ましい。是非代わってほしい。お飾りの王太子の妾なんて素敵。殿下、私を捨ててくださいませんか? 私は平穏な生活を送れるなら」
「本命はどれ?なんでも叶えてあげるよ」

 レティシアはレオから手をほどいて、背中に冷たい汗を流しながら淑やかに微笑む。
 最近のクロードは有言実行であり決して冗談を言わないことをよく知っていた。

「クロード殿下、ごきげんよう。いえ、私は今に満足しておりますわ」
「継承権を放棄して二人で養蜂家でもいいよ。レオに任せてお飾りの王兄の妃でも。これお土産」

 レティシアはクロードから渡される箱を見て目を輝かせる。

「まぁ!?ルーンの蜂蜜ケーキですわ。お茶にしましょう。蜂蜜は人を幸せにしますわ」
「レオ、頼みがあるんだ」
「なんでも作りますからその冷たい目はやめてください。レティシアと転移で出掛けませんから。お前は蜂蜜さえ与えておけば静かなのかよ。いえ、兄上、落ち着いて」
「いただきましょう。お茶を」
「もう用意してあるよ。行こうか」
「まぁ!?さすがですわ。この香りはもしかして」

 先程までの怒っていた顔が嘘のようにクロードにエスコートされ席に座ったレティシアはうっとりと大好物を口にする。クロードが淹れたお茶に口をつけふわりと微笑む様子にクロードは幸せそうな笑みを浮かべ、レオは苦笑する。
 レオとレティシアが頻繁に喧嘩をしてもクロードが顔を出せばすぐに収まり王宮ではよくある光景である。

「うちの王族は大丈夫か?」
「姉上が幸せならいいんですよ。僕もいつでも願いを叶える準備はできてますよ」
「シアは無自覚で傾国できそうだよな」
「善良な性格なので難しいかと。レオ殿下は記憶さらしの所為で性格変わったんですね。斬首かと思いましたが、子種として飼い殺しか。姉上と楽しそうなのが気に入りませんが」
「クロード殿下の被害者の会か。たった五日、されど五日」
「冷静な姉上なら魔力を生命維持に回せたのに……。魔力を放出さえしなければ意識不明にも。結局、王太子妃からは逃げられず」


 王族は優秀な臣下に支えられている。
 レティシアの監禁は3人の性格を変えた。
 国王の望みとは違ってもクロードは民には善良な王と慕われた。
 クロードの隣には常に美しい笑みを浮かべる妃がいた。
 妃の顔が曇れば不幸が起こると貴族達は囁く。
 穏やかな王も冷酷な王も妃には敵わない。妃は王の変化をいまだに受け入れられない。
 それでも自己管理を放棄している頼りない王を放っておけず、望まれるまま手を繋いでずっと傍に控えていた。
 王は理想の王でなくても妃が傍にいてくれることを知り自分の欲望に正直になり素の顔を見せ始める。

 妃の顔が曇るのは視線で会話できるようになった王が物騒な思い付きをした時だとは臣下は気付かなかった。
 妃が王の頬に口づけると王は妃をエスコートして消える。


「妃も貴族も嫌ですわ。冗談ですわ。心惹かれてませんわよ。クロード様以外と踊りませんのでどうか、」
「どう見ても本気だったよ。下賜してほしいなんて宣戦布告だよ」
「下賜なんて望まれてません。外遊に誘われただけですわ。冗談ですわよ。休みましょう。一緒にお昼寝してくださいませんか」
「レティの願いなら。あとはレオに任せようか」
「名案ですわ。きちんと責任を取っていただきましょう」

 義母直伝の大衆の前での頬への口づけは恥ずかしくてもどんなに時が経っても効果は抜群だった。会議を邪魔する美しい妃の心を知る者はほとんどいない。

 ***

「心から笑って欲しいと願いましたわ」

 レティシアは本を閉じて膝の上で眠るクロードの髪を優しく撫でる。

「連れ出してやろうか?」
「お戯れを。自己管理ができないクロード様をお一人にできませんわ。どうして退行してるんでしょうか……。一人が寂しいなんて」
「さぁな」
「エイベルが羨ましくなる日がくるなんて思いませんでしたわ。優しいお嫁さんをもらって平穏な生活…。小説では悪女は王子様と結婚できませんのに」
「殿下は王子ではなく魔王のほうが似合うよな。シアが悪女は無理があるだろうが」
「確かに全ての男性を虜にする豊満なお体は持ってませんね。魔王とニセ悪女とズル賢い参謀のいる国。勇者が現れて国を救ってくれますかね」
「ずる賢い参謀はエドワードか。最近の流行りの小説か。勇者ねぇ。どうだろうな」
「リオですわよ。うちの優しくて優秀なエドワードは善良な臣下で最終的に勇者の味方につきますわ。レオ殿下は勇者は似合わないですね」
「レオ殿下は怪しい研究者、最初にやられる幹部役だな。手強いのは王弟妃殿下だろう」
「そうですわね。レオ殿下の監視役に選ばれたのには同情しますがありがたいご縁ですわ。誰かが魔王に支配されるこの国を救ってくれることを祈りましょう」

 レティシアはリオから借りた小説を返した。
 勇者になるのはお腹に宿った小さい命。
 命がすくすくと育ち、勇者が成人するとクロードは退位し妃を連れて王宮から姿を消す。妃も貴族も嫌とこぼす妻の願いを叶えるために。
 魔王とニセ悪女はルーン領の澄んだ泉のある大きな庭を持つ家で俗世と離れて生活を始める。

「ずっと二人でいられるなんて幸せだよ」
「何も縛られない生活はいいものですわね。きちんと看取ってさしあげますから休んでください」
「最期に見る景色がレティなんて、有り難いご褒美だ」
「まぁ。どんな美姫も手に入るお立場でしたのに。代役のつもりでしたのに」
「一番欲しい物は手に入ったから。レティにとってはわからないけど」
「大事にしていただき満足してますわ。ルーン公爵家も国も栄え、クロード様もお幸せそうですもの。次代も優秀です。他に望むものはありませんわ。エイベルも一発殴れました」



 レティシアは監禁されたおかげで手に入れたものがある。
 両親との関係が改善し、幼い頃に憧れたマール公爵家のような仲の良い家族になれた。
 マール兄弟にも遠慮なく甘えられる。
 被害者同盟レオとアリアとはいえ同志もできた。
 頼りないけど素直な友達アリッサもできた。
 まともな王子も誕生した。

 レティシアにとって頼りになる兄の一人が手のかかる夫に変わった。
 国のためにいつも必死なクロードには誰よりも幸せになってほしいと願ったのはかつてのレティシア。
 幼い頃に思い描いた未来とは同じようで違う。それでもクロードの自然な笑顔を見ると嬉しくなるのはいつまでたっても変わらない。
 レティシアには恋も愛もわからない。
 それでもお互いに尊重し合える理想的な夫婦になれたと思っている。
 クロードを頼りがない人と言うのはレティシアだけである。

「レティの願いはどんなものでも叶えるよ。だから私の隣にずっといて」
「かしこまりました。クロード様のお心のままに」

 レティシアの膝を枕にしていたクロードは青い花に手を伸ばす。
 茎をポキっと折り摘んだ花をレティシアの髪に飾る。
 レティシアの好きなルーン領自慢の青い花。
  王宮では育たないルーン領でしか咲かない花を。
 レティシアは好きな花の匂いと、目の前に広がる好きな物が広がる庭園を見て幸せそうに笑う。
  クロードはゆっくりと起き上がり抱き寄せ、背中に回る腕と柔らかい体の温もりに幸せを噛みしめる。
 幸せの塊と一緒にいるためにクロードはレティシアの手を繋ぐ。ぼんやりしているレティシアはクロードとシエルが養蜂を始める準備をしているとは気付かない。
 賢王が妃を喜ばせるついでに国を栄えさせたとは民達は気付かない。
 元腹黒王子の手のひらの上で踊っていることも。
 フラン王国の王族は曲者ばかり。穏やかな外見に隠された本当の顔を知るのは少数である。
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